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2013年02月15日
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カテゴリ:広井勇&八田與一
 

プロローグ

 「二宮尊徳の会」では、平成二十二年(2010)に「日本近代製糖業の父・台湾製糖株式会社初代社長 鈴木藤三郎」、平成二十二年(2011)に「報徳産業革命の人 報徳社徒鈴木藤三郎の一生」を出版した。

 鈴木藤三郎の足跡を求めて、台湾の高雄にある台湾製糖会社と工場跡も訪問した。

現在でこそ、日本でも産業遺跡は注目されつつあるが、台湾では当時の巨大な製糖工場をそのまま保存していることに驚かされた。

また、現地の糖業博物館では児玉台湾総督、後藤新平、新渡戸稲造と並んで日本では忘れられている-当時は砂糖王・発明王と呼ばれた-鈴木藤三郎が、共に顕彰されていることに深い感銘を受けた。

藤三郎が製糖会社の従業員の安全を祈って建立した観世音菩薩像は、「黒銅百年守護観音」として今でも盛大なお祭りまであることにも感動した。

 台湾における鈴木藤三郎を調べるうち、台湾の人々から敬愛されている日本の土木技師八田與一を知った。

烏頭山ダムを造り、広大な台南の荒地を豊かな穀倉地帯とした技師である。

現地の人々を大事にし、現在も敬愛を受けるその人と事業の高貴性(ノブレス)に関心を抱いて調べていくと、それは東京帝国大学工学部時代の恩師広井勇教授に由来するように思われた。

広井教授のもとで学んだ青山士(あきら)は、パナマ運河の建設に従事し、また信濃川の大河津分水路の堰修復後に記念碑を建てた。

その碑には「人類ノ為メ国ノ為メ」と日本語とエスペラント語で刻んである。

広井勇は札幌農学校の出身で、内村鑑三・新渡戸稲造と同じ第二期生である。

 内村鑑三といえば、「代表的日本人」で二宮尊徳を「農業聖人」としてとりあげ、また「後世への最大遺物」の中では、「この人は事業の贈物にあらずして生涯の贈物を遺した」と評価している。

おそらく二宮尊徳を最も深く理解した「日本の生んだ天才の一人」(宮部金吾の言葉)である。

 また、鈴木藤三郎の良き理解者であった留岡幸助は新島襄が創立した同志社で学んだクリスチャンである。

藤三郎が日本醤油株式会社の社長を退いたとき、「英国のクロムウェルは、多年奸雄と定まっていたが、カーライルが出て、その雄勁な筆をふるって、クロムウェルは千古の大忠臣で、真に国家のためにその身の毀誉をかえりみなかったと名誉回復した」と藤三郎を励ました。

イギリスのピューリタニズムは、ピリグリム・ファーザーらによってアメリカのニュー・イングランドに伝わり、そのキリスト教はアマスト大学に学んだ新島襄によって日本にもたらされ、また同じくアマスト大学出身のクラークによって札幌農学校に移植された。

そして、このピューリタニズムは報徳思想とその道徳性の高さにおいて共鳴している。

そのことは内村鑑三の二宮尊徳理解や留岡幸助が藤三郎に同志的に共感していることにおいてもみることができる。

私は、札幌農学校の「Boys be ambitious」を現実化した内村鑑三・新渡戸稲造らを中心とした二期生の魂(souls)の交流(手紙と演説)を、カーライルの「クロムウェルの手紙と演説」にならって編年体で編集し、またその内容の理解を図るためコラムとして収録した。

本書は、このコラムと資料の抜粋である。

「札幌三人組(宮部金吾・内村鑑三・新渡戸稲造)と広井勇」の手紙の原文はほとんど全て英文で書かれている。

当時の札幌農学校の教育のレベルの高さがうかがわれる。

同時にキリスト教的な友愛は、おそらくは当時の日本語では表現しづらかったのかもしれない。

内村鑑三はこうした英文による、おそらく日本人の中でもその量と質において傑出した高さを誇る膨大な手紙を書く中で、自らの考えを作り上げていったようにも思われる。

内村鑑三は、宮沢賢治とともに、近代日本語(それは日本語に高貴性をもたらした)の創出にも大きく寄与している。

大きくクラークが札幌農学校にもたらしたクラーク精神と札幌農学校二期生の青春(米国留学まで)に区分してコラム欄を抜粋する。

 

予が見たる二宮尊徳翁

1904年6月19日静岡県袋井における学術講演会における講演の概要

予はかつて「日本及び日本人」なる一書を英文にて著し、これを世に示したり。録するところ、西郷隆盛、日蓮上人、上杉鷹山公らなりしが、これを読んで英米人のもっとも驚嘆せしは二宮尊徳先生という。彼らが異教国と称するこの国にかくのごとき高潔偉大の聖人あらんとは彼らの意外とせしところなりしと見ゆ。もし欧米人がつまびらかに先生の性行、閲歴を知りえたらんには、おそらく先生をもって世界における最高最大の人物に数えるならん。英人は、世界の宝庫といわるるインドを有するよりもシェークスピア全集を有するを誇りとなす。否、シェークスピア全集を有するは誇りにあらず、シェークスピアその人を生じたるをもって光栄となすという。しからばわが日本は、満州を獲(う)るよりも、ロシアに勝つよりも、この二宮先生を有するというにおいて至大の光栄となすべきか。予は汽車に乗りて国府津(こうず)、松田間を過ぐるごとに、先生を思うてやまざるなり。予の理想に近き人を求むれば、先生は確かにそれなり。

 近年、日本に産出せられたる書物の中にて、もっとも大なる感化力あるものは二宮先生の「報徳記」にしくものなし。予は予が小児(しょうに)らにまず読ましめたきものはすなわちこの書なり。余が雑誌「聖書之研究」の読者に推薦して熟読を勧めおるものは実にこの書なり。この書は聖書的の書籍にして、現今出版物幾百冊の書を読むも、この「報徳記」の百分の一の益をも感化をも受くることあたわざるべし。

 何ゆえに、この書がしかく偉大なる感化力を有するや。他なし。これ真正の経済なるものは道徳の基礎に立たざるべからざることを先生の事業生涯をもって説明したるものなればなり。先生はすなわち身をもってこの問題の解決をなしたるなり。先生は経済と道徳の間に橋をかけたり。先生の一生は経済道徳問題の福音なり。この意味において「報徳記」は一部の「クラッシク(古典)」なり、経書なり。

 そもそも現今経済を論ずるものは大抵倫理道徳と関係もなきものとなすもののごとし。
倫理と経済と分離して秋亳(しゅうごう)の関係なきものなるや否やは至難の問題に属すといえども、おそらく倫理、道徳の要素なしに経済の成立すべきはずなからん。アダム・スミスの「富国論」は著名なり。邦人皆これを読みて経済学上の大著となす。しかれども彼れはこれをその倫理学の一篇として書きたるものなり。彼は両者密接の関係を認めたるなり。しかるに現今英米の学者輩、経済学をもって単に利欲の学問とせり。ここにおいてか経済学は武士の子孫の学ぶべきものにあらずなどと思惟(しい)したる者ありき。福沢氏のごときは、道徳は畢竟(ひっきょう)経済なりと道破し、現今の社会主義者は、道徳は単に胃の腑(ふ)の問題なりなどというに至れり。かくのごときは果たして真正の経済学なるべきか。先生はしからず。道徳は原因にして経済は結果なりと断じたり。至誠勤勉正直(せいちょく)にして初めて経済の成立するものなりとせり。かくのごとき高尚なる経済論はたとえ英のオックスフォード大学に行くも決して聴くことを得ず。勤倹貯蓄のみが先生の報徳なりとなすものあらば、先生を誣(し)うるもまたはなはだしからずや。もしかくのごとき人あらば、余は先生に代わりていわん。「諸君は誤れり。諸君まず善人となるべし、至誠の人となるべし。余の根本とするところは道徳なるがゆえに、諸君もまず、これを心がけざるべからず」と。ゆえに先生の報徳説、盛んに行わるるところには、必ずまず道徳的大変化、大復興起こらざるべからず。もし、しからずして、ただ勤倹貯蓄経済上の変化のみならばいささかこれをあやしまざるを得ず。

 先生が事業の為すところには往々反対に出でたり。そはその地の料理店貸し座敷、あるいは一部の偽善者輩なりしがこれをもって見るも先生の事業方針の正に道徳上の改革より初まれるを想見すべきなり。かつて大磯の川崎屋孫右衛門なるもの先生につきて廃家再復の途(みち)を聞かんと欲せし時、先生浴室より飛び出し、夜中二里余を隔てたるところに逃げ行けり。何ゆえぞやといえば、彼のごとき難物は容易に道に入(い)るべき人間にあらず、仕法を教えるも益なしと考えたればなりという。家政困難を救うは、先生の喜ぶところなりといえども、その人物を改善せしむるを先となしたることこれをもって明らかなり。

 先生の自信の強きことはまたこれによりて知らるべし。今日のキリスト教の伝道者などが説教聴聞に来るものあらばよくこそ来たれりとて礼を述ぶるがごとく卑屈ならず。教えを乞うものあるもまず自ら教えを受くるに足る者となりて来たるにあらざれば決してこれを授けずしてしりぞくるがごとき自信力は先生の有せしところにしてかくのごとき確信こそ吾人(ごじん)の得んと欲するところなり。しかしてその与える再興の法は何ぞや。いわく「なんじは非を飾り他(ひと)を苦しめんとす。誠に悪人なり。速やかに善に帰し家産を尽くして人命を救助し一人も助命の多きを多きを願うべし。これなんじの家の再興の法なり」と教訓せしがごとき実に高尚なる工夫なり。先生が破産家の整理法は実にかくのごとし。今日の社会決してこれを見いだすこと能わざるなり。予かつて某地の人某の2万円ばかりのために整理の相談を受けしことありたり。予は翁の教えをもってこれに勧めたり。すなわち財産を隠蔽するなかれ、至誠をもって各債主に事情を告白せよ。無一物貧措大となるも恐れるなかれ。有るを有るとし無きを無しとして一毫の私心を挟まず返却の途(と)を講ぜよといいしに後某来り謝して債主等の好意能く予の至誠他意なきを憐れみ満足なる整理を遂げたりとのことをもってせり。

 また、先生の印旛沼堀割見分の命を受けその復命をなしたるごとき実に現時の人々(ひと)に見ること能わざるところなり。先生、つぶさに種々の調査を遂げ確かに印旛沼掘割より生ずる大益を認めたれども、その地方人民の道徳腐敗のゆえをもって直ちにこれに着手するもその功なきを認めまず儒者を遣わしてその民を教導ししかる後に事業の挙がるべきをもってしたり。先生はこの沼の開墾事業をもって道徳問題となしたり。今日の教師らにこの見識ありや。測量や水利やただこれをもって土木事業は成就すべしと思うは非なり。先生は150年以前すでに日本ありて以来の卓抜の識高潔の徳をもってかくのごとき復命をなしたり。今日の経済学者はまずソロバンを手にす。先生はまず至誠の有無を質す。吾人先生に学ぶところなきか。

 今や不景気の声高し。この救済策をもって先生に問わば先生必ず云わん。人民腐敗せり、まずこれを救わざるばからず。不景気の救済は不道徳の救済ならざるべからず と。
今どきの人ややもすれば挽回策をもって農工銀行や商業銀行の設立によるとなす。しかれども人心腐敗すればかくのごときものはかえってこれ不景気の前駆となり破産の機関となり了せん。予聞けるに越後の人にして所有地を抵当になし農工銀行より金(かね)を引き出し放蕩して遂に破産せるものありき。畢竟経済の本は金にあらずして人の心にあるなり。この点において先生の経済論は実に敬服のほかなきなり。今の経済学者はただこれをもって金銭利欲の問題となして人の意志に関する無形の倫理道徳の問題なるを知らず。真に憐れむべきにあらずや。・・・・・


すべての財産は天のたまものなり。

至誠勤勉の結果なりとは二宮先生の教訓なり。・・・・・







最終更新日  2013年02月15日 06時34分22秒
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