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宮澤賢治の世界

2021年08月28日
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カテゴリ:宮澤賢治の世界
ざしき童子のはなしby宮沢賢治

 ぼくらの方の、ざしき童子(ぼっこ)のはなしです。

 あかるいひるま、みんなが山へはたらきに出て、こどもがふたり、庭であそんでお
りました。
大きな家にたれもいませんでしたから、そこらはしんとしています。
 ところが家の、どこかのざしきで、ざわっざわっと箒の音がしたのです。
 ふたりのこどもは、おたがい肩にしっかりと … [続きを読む >>]





最終更新日  2021年08月28日 01時58分24秒


2020年11月22日
カテゴリ:宮澤賢治の世界
八木英三「少年宮沢賢治」(「宮沢賢治研究資料集成第1巻」p.141-144)
私は明治40年に早稲田大学へ入学することになって、花城小学校の代用教員を退職した。
私の最初の教え子達であるところの賢治君の組は尋常3年から持ち上りで4年を今や終ろうとする2月の中旬であった。
18歳にして代用教員を拝命したところの私自身がすでに少年であった。
「教壇に立つときはまっ黒な … [続きを読む >>]





最終更新日  2020年11月22日 09時05分06秒
2020年04月14日
カテゴリ:宮澤賢治の世界
宮沢賢治と伝染病
(エンドトキシン研究の黎明期は宮沢賢治の生きた時代だったhttp://www.asahi-net.or.jp/~CP6K-IND/kenji.html)
・宮沢賢治は6歳のとき(明治35年,1902)赤痢を患い花巻町の隔離病舎に入院した。看病した父も感染した。この数年前に伝染病予防法が施行されており、赤痢は強制的に隔離される法定伝染病であった。

大正3年(1914)、18歳になった賢治は蓄 … [続きを読む >>]





最終更新日  2020年04月14日 12時18分51秒
2020年04月03日
カテゴリ:宮澤賢治の世界
現代数学で最重要の難問「ABC予想」を証明、論文掲載へ 京大・望月教授、8年越しで専門誌に
4/3(金)

現代数学で最も重要な難問とされる「ABC予想」を証明したとする京都大数理解析研究所の望月新一教授の論文が、同研究所の編集する専門誌「PRIMS」に掲載されることが3日までに決まった。論文はインターネット上に2012年から公開されていたが、8年越しで専門誌に掲載され … [続きを読む >>]





最終更新日  2020年04月03日 19時01分20秒
2020年03月29日
カテゴリ:宮澤賢治の世界
教師宮沢賢治の実習 より

長坂俊夫の証言
 麦刈りの脱穀は、もみがらが飛んで、首にささって、汗でべとついて、ほんとに嫌なんです。
 すると賢治先生が。とつぜん大声で
「おおい、氷買ってこい」なんて言うのです。
 代表がバケツを持って買いに走ります。
先生はブドウ糖液を持ってくるんです。
それをバケツにぶちこんで、みんなで麦わらで作った長いストロー … [続きを読む >>]





最終更新日  2020年03月29日 08時03分46秒
2020年01月13日
カテゴリ:宮澤賢治の世界
宮沢賢治先生の授業

・ただ感動してください。

・賢治先生は目に見えるように教えてくれた。堀籠先生は教科書に書かれていることを、端からほんとうに細かく、丁寧に説明してくれました。そのころに習ったこと全部忘れました。でも、賢治先生の授業は違うのです。たとえば、酸性土壌というのを教えてくれるとします。 すると、先生はこう言う。 『酸性土壌かどうかは、ま … [続きを読む >>]





最終更新日  2020年01月13日 18時26分37秒
カテゴリ:宮澤賢治の世界
ざしき童子のはなしby宮沢賢治

 ぼくらの方の、ざしき童子(ぼっこ)のはなしです。

 あかるいひるま、みんなが山へはたらきに出て、こどもがふたり、庭であそんでお
りました。
大きな家にたれもいませんでしたから、そこらはしんとしています。
 ところが家の、どこかのざしきで、ざわっざわっと箒の音がしたのです。
 ふたりのこどもは、おたがい肩にしっかりと … [続きを読む >>]





最終更新日  2020年01月13日 15時30分06秒
カテゴリ:宮澤賢治の世界
宮沢賢治の有名な「雨ニモマケズ」の詩は、賢治が亡くなる約2年前の1931年11月、病床で手帳に鉛筆書きされた。
12年前に初公開された手帳は今、背表紙部分の傷みが目立ち始めている。
また、5点の絵画のうち、3点の水彩画は色あせが心配されている。特に岩手山や早池峰(はやちね)山をイメージして描いたとされる「日輪と山」は、全体が淡い青色で幻想的な雰囲気 … [続きを読む >>]





最終更新日  2020年01月13日 15時25分42秒
カテゴリ:宮澤賢治の世界
(宮沢賢治の誓願)

昭和8年(1933年)1月1日付け(この年の9月21日亡くなる)で宮澤賢治は、浅沼政規則、河本義行、菊池信一、高知尾智耀、母木光、高橋忠治、藤島準八、伊藤与蔵の8人に新年の挨拶を送っている。(「宮澤賢治全集」第15巻書簡集)
特に高知尾智耀の名前が注目される。
賢治が父との確執を経て、家出同然に東京に出て、国柱会の田中智学に面 … [続きを読む >>]





最終更新日  2020年01月13日 15時02分02秒
2020年01月05日
カテゴリ:宮澤賢治の世界
斎藤宗次郎

大正11年

「二荊自序伝 上」斎藤宗次郎著 大正12年(p.207-378)
2月5日
午後館区内の集会に出て農学校で校長に会い柿の話や、校舎移転後の新計画に就て語り合った。春季予(斎藤宗次郎)に苺の苗を頒けれ呉れいとのことであった。『斎藤さんから譲られたのだとして長く繫殖せしめたい』とのことであった。学校には宮沢賢治君が居るから実現さるることと … [続きを読む >>]





最終更新日  2020年01月05日 16時40分39秒

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