4月1日
垂示記得趙州和尚因僧問狗子還有佛性也無州云無謹奉諮詢両班諸大徳向趙州答處底請各各道将一轉語来左右各各好言葉予亦別語水流元入海 月落不離天拝塔佛光普照界三千瑞鹿山頭望暁天弘誓願文為正念心香一片献真前法話宗教とは生活である。と云った言葉がございます。どんなに有り難い言葉や教えを頭の中で理解していてもそれが現実に生きていなければそれは“絵に描いた餅”その価値の大半を失います。知識に働きが加えられ、知恵となって実地に行われている事が大事であります。宗教は生活である。反対に申せば、生活は宗教である。日々日常の動作、所作、威儀、こう云ったものが何とは無しにスっとしていると端から見ていても気持ちの良いものです。歩くなら歩く、食べるなら食べる、掃除をするなら掃除をする。どんな些細な事もそれそのものになりきって只只やるという事。しかしながら我々なかなかこの只只というのが上手く出来ず、頭の中では色々な考え事、過去や未来の不安なり希望なりと云った妄想があらゆる場面で湧いてきてしまいます。そうして大切な今を見過ごしてしまうようです。人の生を受くるは難く今命あるは有り難し。と申します。何より尊い時を大切に、今日、今を充実して生きる事が大事ではないでしょうか。私自身....云々。