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全271件 (271件中 1-10件目)

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神社

2019.06.02
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カテゴリ:神社


伊射奈岐神社

大阪府吹田市佐井寺


■御祭神  伊射奈岐大神


この吹田市の
伊射奈岐神社は、既にここで記事にしたことがあります。

しかし使うカメラが違うとういうだけでなく、

以前とは少し事情が異なります。

1年半ほど前、私はこの神社の近所に引越してきたからです。




神社巡りを始めたばかりの頃、

私は瓦葺はもちろんのこと銅板屋根の社殿もあまり好きではありませんでした。

ましてやこの伊射奈岐神社のように鉄筋コンクリート製の社殿には

ほとんど魅力を感じていませんでした。

以前の私は、神様と向き合いご挨拶をさせていただくという参拝ではなく

観光的な訪問で神社をブログネタの撮影対象と見てしまっていたのかも知れません。

でもこの
伊射奈岐神社の社殿は不思議と「美しい」と思いました。







伊射奈岐神社

大阪府吹田市山田東




■御祭神  伊射奈美之命


佐井寺にある
伊射奈岐神社の北東約1.5kmの丘の上にも

伊射奈美之命を祀る伊射奈岐神社があります。

伊射奈美之命を祀る神社なのに伊射奈岐神社というのは、

佐井寺の
伊射奈岐神社と対の神社なのだからでしょう。

鎮座地の「山田」という地名ですが、

伊勢神宮・外宮の鎮座地に由来するという興味深い社伝がご由緒書きにありました。




長い参道の途中には珍しい狛犬があります。

狛犬というよりは狛恐竜みたいな感じです。

これが伊射奈美之命のご眷属というわけではないのでしょうが、

なんとなく
伊射奈美之命が行ってしまわれた黄泉の国の生き物のようでもあります。

私の勝手な想像なので悪しからず。


この神社に参拝するのは数年ぶりなのですが、

ちょっと残念なことがありました。


平成30年6月の地震の被害で損傷を受け、

鳥居がこんなことになっていました。

ところで伊射奈岐命を祀る神社と言えば

近江の多賀大社と淡路島の伊弉諾神宮。

これら二社と吹田の伊射奈岐神社の鎮座地は、興味深い位置関係にあります。

ただの偶然かも知れませんが、

近江の多賀大社と淡路島の伊弉諾神宮もおもしろい位置に鎮座しています。

興味のある方は、「裏ばなし」の方の記事をご覧ください。

➡​「龍水御朱印帳・裏ばなし」『琵琶湖と淡路島』


※​「龍水御朱印帳」掲載寺社検索ページ

.







Last updated  2019.06.02 08:41:21
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2018.06.26
カテゴリ:神社


素盞烏尊神社(片山神社)

吹田市出口町3-3

片山神社公式HP


■御祭神   素盞烏尊 (スサノオノミコト)
    相殿 天照皇大御神 (アマテラススメオオミカミ)
       住吉大神 (スミヨシノオオミカミ)


正式名称は素盞烏尊神社なのですが、その神社名を言っても誰も知らないくらい

片山神社という通称名が近隣では浸透しています。

お札や御朱印にも「片山神社」と記されています。








鎮座地は片山丘陵。

周辺には公園、図書館など吹田市の施設が建ち並んでいます。

境内は歴史を感じさせるものはありませんが、

上品な北摂の神社という感じ。

現在の鎮座地の地名は「出口町」ですが、元々は片山村と言い

この神社以北は「片山町」という地名です。









ゆるやかな上り坂の参道は紅い灯篭が立ち並び、

清々しい気に包まれています。

ここは神社の参道にしては珍しく、桜並木の参道です。







実はこの地域に昨年まで17年間住んでいました。

通勤や買い物の通り道ではなかったため、

毎日のように参拝というわけにはいかなかったのですが

最も身近にあった神社のひとつでした。


「産業道路」を挟んだ向かいには

アサヒビール吹田工場があります。

ここにビール工場が出来たいきさつを鑑みれば

工場の隣にある泉殿宮という神社もご縁がありそうなのです。

しかし片山神社の方がこのビール工場から崇敬されている感じがします。

そのあたりの事情はわかりませんが、

アサヒビールは信心深い会社だと思います。


会社 業績 大躍進の秘訣?








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Last updated  2019.06.01 21:33:20
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2018.06.19
カテゴリ:神社
s-kainomoto

柿本神社(かきのもとじんじゃ)

葛城市柿本162




■御祭神  柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


葛城市にある柿本神社。

「歌聖」とも呼び讃えられる柿本人麻呂を祀る神社です。

柿本人麻呂と言えば万葉集ですが

古事記や日本書紀だけでなく、万葉集も貴重な歴史資料だと思っています。


もちろん万葉集は歌集なのですが、

記紀と違って権力者の影響が少ない分、歴史の真実が隠されている可能性があります。

その一例が大伯皇女(おおくのひめみこ)の歌。



・うつそみの人なる吾や明日よりは
             二上山を弟背(いろせ)と吾が見む


日本書紀には大津皇子が「訳語田の舎で死を賜わった」としか記されていません。

しかし「大津皇子墓」が二上山にあるのは、この大伯皇女の歌が根拠となっています。

ただし真の大津皇子墓は現在宮内庁が管理しているものではなく

麓近くにある「鳥谷口古墳」の可能性が高いのですが・・・。


古文や短歌など解さぬ私です。

それでも幾度か目にしているうちにわからないなりにも歌のすばらしさが垣間見えます。

その中で特に好きな歌人が額田王と柿本人麻呂。

詩歌を楽しむ風流はなくとも、美しい文章には憧れるのであります。





yosino
雪の吉野・宮滝



・見れど飽かぬ吉野の川の常滑の 
           絶ゆることなくまたかへり見む
                             柿本人麻呂




hinngasi
宇陀・万葉公園かぎろひの丘より望む山々



・東の野にかぎろひの立つ見えて
           かへりみすれば月かたぶきぬ
                           柿本人麻呂



柿本人麻呂が亡くなったと言われる石見や、

一時住んでいた明石にも柿本人麻呂を祀る神社があります。

葛城市にある柿本神社がその本宮というわけではないのですが

やはり柿本人麻呂には大和が似合うような気がするのです。


しかし「歌聖」とも呼び讃えられるあの柿本人麻呂を祀る神社としては、

ひっそりと地味な感じがしました。

ところで最近、古事記を書いたのは柿本人麻呂だと説く本を読みました。

決して「トンデモ本」ではありません。

既成概念に疑問を持っている古代史に興味ある方は読んでみてください。

大元出版「古事記の編集室」









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Last updated  2019.06.01 21:33:45
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2018.06.04
カテゴリ:神社


吉備大神宮(きびだいじんぐう)

岡山県小田郡矢掛町東三成3864-1



■御祭神  吉備大臣の神(吉備真備公)


吉備真備公園の隣に鎮座。

ご由緒、創建年代は不明。

それほど古い神社ではなさそうです。

のどかで静かな地域にあるのですが、以外にも訪問者が多くて驚きました。

あとで判明したのですが、その訪問者の大半は

吉備真備を偲んでやって来た人たちではありませんでした。

吉備真備(きびのまきび)は奈良時代の学者、政治家。

「ミスター遣唐使」とも呼ばれ、

二度の渡航で合計19年間も唐で学んだとされています。






吉備真備像(吉備真備公園)



地方の一豪族の出身で学者として名を馳せ、

その後は政治家として右大臣まで上り詰めた人物。

その才を認められて学者から右大臣まで出世したのは、

吉備真備と菅原道真だけなのだそうです。








ここは吉備真備ゆかりの地とのことですが、

生誕地は現在の倉敷市なのだそうです。

生誕地付近は吉備真備由来の町名で真備町(まびちょう)。

遣唐使であり、学者でもあったため

受験シーズンには受験生の参拝で賑わうそうです。








古代日本の文化や政治への貢献度から言えば、

吉備真備は菅原道真に勝るとも劣らない存在だと思います。

しかし残念ながら「知名度」の面では菅原道真に劣ります。

それは菅原道真が「怨霊」として怖れられ、鎮魂のために天満宮に祀られ

やがて「天神信仰」の隆興で全国に天満宮・天神宮が広まったからでしょう。










ネットで検索してみた限りでは、

吉備真備を主祭神とする神社は当社以外には見当たりませんでした。

ただ、以前から気になっていたのですが

京都の上御霊神社の祭神の一柱として吉備真備が祀られています。

「平安京の神社に、なぜ奈良時代の吉備真備が?」

とも思いますが、御祭神の顔ぶれからすれば不思議なことではありません。

上御霊神社には早良親王(崇道天皇)、井上大皇后 、他戸親王など

奈良時代末期の人物も祀られているのです。

私の勝手な想像ですが、

吉備真備はそれらの神の「監視役」として配されたのかも知れません。

と言うのも、吉備真備は「陰陽道の祖」とも言われているからです。







吉備真備公園には、遣唐使にちなんでか

唐風の建物が並んでいました。

参拝はちょうどお昼時にかかっていました。

吉備大神宮に参拝する人もなく、

吉備真備公園の吉備真備像前にも人影は見当たらないのに

なぜか続々と駐車場に車が入って来ました。

最初は公園内にコミュセンでもあって、地域の寄り合いでもあるのかと思いました。

しかしやって来た人たちは皆、

この「館址亭」と呼ばれる建物に入って行きました。

怪訝に思いながらも一旦は駐車場に戻り、車のエンジンをかけました。

しかし思いとどまって、私もその館址亭に入ってみることに・・・。


★吉備大神宮
 駐車場 有 トイレ 有
 御朱印 可(要 問い合わせ)
 ​吉備大神宮Facebookページ


右矢印「館址亭」それは吉備真備公園のディープな○○だった!
  「龍水御朱印帳・裏ばなし」
「何もかもが不思議な空間・館址亭」











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Last updated  2019.06.01 21:34:12
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2018.06.02
カテゴリ:神社


木嶋坐天照御魂神社
(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)

京都市右京区太秦森ケ東町50


■御祭神  天之御中主
      大国魂神
      穂々出見命
      鵜茅葺不合命


天照御魂神社シリーズ第5段。

当社には上記の御祭神との説明書きがありますが、

「木嶋坐天照御魂神社」と称するからには

「木嶋に鎮座する天照御魂神の社」という意味で、 

他の「天照御魂神社」と同じように本来は「天照御魂神」を祀る神社

そう考える方がしっくりきます。









この神社の鎮座地は秦氏の勢力範囲として知られていますが、

秦氏が山城の地を開拓する以前には尾張氏が居住していたという説もあります。

だとすれば、秦氏色が濃くなるにつれて御祭神が替えられたのかも知れません。

とは言え、上記御祭神も秦氏を連想させるものとは思えないのですが。




本   殿










この神社で有名なものと言えばこの三柱鳥居。

中心にある磐境(いわさか)は天之御中主の依代とも言われているそうです。

非常に珍しい鳥居で、京都三珍鳥居のひとつとして知られています。

この三柱鳥居がある場所は「元糺(もとただす)の池」と呼ばれ

かつては清らかな水で満たされていたとか。

周辺の森は「元糺の森」と呼ばれています。

ここの禊の祭祀が賀茂御祖神社(下鴨神社)・糺の森にうつされたため

こちらが「元糺の森」と呼ばれているという説があります。







現在の池は水が枯れてしまい

祭祀用にホースで水を引くようになっているようです。

その水源は不明ですが。









個人的な感想ではありますが、

境内は排他的な雰囲気が漂っています。

社務所はありますが、御守りや御朱印がいただける授与所はありません。

近くには国宝第一号として有名な弥勒菩薩半跏思惟像のある広隆寺や

東映の映画村がある「太秦」にありそこそこ知られた神社なのに

観光客を受け入れる姿勢もありません。

神社庁にも属していない単独神社のようです。

神社の経営には疎いのですが、

この神社は「京都の名所」と称されるつもりはないように思えます。

「天照御魂神社」という名も御祭神も秦氏につながらないようですが、

やはりここが秦氏の拠点であったことが連想されるものが二つあります。





養蚕神社
ひとつは瑞垣内にある境内社「養蚕神社」です。

この養蚕神社の存在が当社が「蚕の社」と呼ばれる由縁です。

当社の一の鳥居の社号扁額は「天照御魂神社」ではなく「蚕養神社」です。

秦氏は渡来系の技術者集団とも言われ、

とりわけ織物の技術者として知られています。







そしてもうひとつが境内にある稲荷社です。

境内に入ってすぐ、左手にある保育園裏の一画に

複数の稲荷社があります。










上の3社は全て稲荷社です。

おそらくはかつて周辺にあった稲荷社が、この一画に集められたのでしょう。

稲荷社の総本宮と言えば、伏見稲荷大社。

伏見稲荷大社は秦氏分家の創建と言われています。

秦氏は聖徳太子の時代の、秦河勝以外はあまり歴史の表舞台には登場しません。

しかし技術者集団として、天皇家を支えた氏族であったと言われています。

日本書紀に欽明天皇は夢のお告げによって、

山城国・深草の秦大津父という人物を側近に向かえたという記述があります。

深草というのは、伏見稲荷大社が鎮座している地域名です。





この「稲荷社」の一画で特に異彩を放っているのがこの「白清社」です。

洞穴のような場所の中にお社があります。

実はここは古墳の石室を再現したもの。

積み上げられた岩の中には文字がびっしりと刻まれたものもあって、

本当にお墓だったものを移築したようにも思えるほど。

近くにある天塚古墳の石室に稲荷神を祀った祠があります。

その稲荷社がこちらに遷されたものが、この白清社だそうです。

現在はまた天塚古墳内に戻されていますが、

引き続き分霊をお祀りしているものと思われます。

天塚古墳は秦氏の有力者の墓だと言われています。

初訪問のときは恐怖で鳥肌が立ちました。

他の稲荷社も傾いたものもあって、荒れ果てたおどろおどろしい雰囲気でした。

今では写真のように、きれいに整備されていますが

私的にはあまり足を踏み入れたくない一画です。



「龍水御朱印帳掲載寺社索引」
​​☆印は画像がデジイチで撮った記事です​​​​











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Last updated  2019.06.01 21:35:13
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2018.05.31
カテゴリ:神社


鏡作坐天照御魂神社
(かがみづくりにいますあまてるみたまじんじゃ)

奈良県磯城郡田原本町八尾816


■御祭神  天照国照彦火明命(あまてるくにてるひこほあかりのみこと)
      
石凝姥命(いしこりどめのみこと)
      
天糠戸命(あまのぬかとのみこと)


新屋坐天照御魂神社に続き、天照御魂神社シリーズ第4段。

御祭神の
石凝姥命と天糠戸命は、八咫鏡(やたのかがみ)を作った神とその父。

八咫鏡は伊勢神宮の内宮に祀られている御神体。

崇神天皇6年。

宮中に祀っていた天照大神と倭大国魂神の勢いを畏れ、

天皇は宮外の別々の場所に祀ることにした。

古事記にはない記述ですが、日本書紀にはこのような記事があります。

その後、伊勢に鎮座するまで約60年。

天照大神が巡幸された地は「元伊勢」と呼ばれています。

余談ですが、この記述はちょっと不可解です。

天照大神と倭大国魂神の勢いを畏れ」たのであれば、

どちらか片方を宮外に出せばいいと思うのですが、

両方とも遷したことには意味があるのだと思います。

「宮中」とは崇神天皇の磯城瑞籬宮(しきみずがきのみや)のこと。

三輪山の麓にあったとされ、

その伝承地には現在、
志貴御県坐神社(しきのみあがたにます)​があります。

崇神天皇は大物主大神を畏れたのでしょうか。

崇神天皇紀には他にも大物主大神の祟りを畏れ

その子孫に祀らせたという記述があります。

※参考 
大直禰子神社
 


拝  殿

話がそれてしまいましたが、そんなわけで八咫鏡は天皇の宮の外へ。

社伝によれば宮中を出た八咫鏡の代りに

内侍所に安置する神鏡を鏡作部に命じて鋳造させ、

それを天照大神の御魂としたとのこと。

天皇に献上するその鏡を作る際に試鋳した鏡が当社の神宝であり

天照御魂神と讃えて御神体としたとのことです。



本  殿


「試作品」が宮中に納められた天照大神の御魂と同じでは畏れ多いということなのか、

この神社の御祭神は天照御魂神とされたのでしょうか。

つまり天照御魂神も太陽信仰の神ということなのでしょう。

この鏡は三角縁神獣鏡という鏡で、

とある古墳から出土した三角縁神獣鏡の同笵鏡という指摘もあります。

同笵鏡とは、同じ鋳型から作られた鏡のことです。

社伝の通りであれば、三角縁神獣鏡は国産の鏡ということになります。

(三角縁神獣鏡は、邪馬壹国畿内説を唱える論者の多くが
卑弥呼が魏から下賜された鏡だと主張しています)






境内にある鏡池。

鏡の秘伝を授かる池として、鏡作部たちがここに集まったと伝えられています。

鏡職人がこの池で鏡を洗い清めていたのだそうです。

現在でも鏡作神社は、鏡業界や硝子業界からの信奉が篤いそうです。




この「鏡石」は江戸時代に鏡池から出土したものだそうです。

鏡作成の仕上げに使われたものだと伝えられています。

この付近には、銅鏡の製作を業としていた鏡作部が住んでいたのです。




鏡作坐若宮神社



つまり「鏡作坐」とは、「鏡職人が居住していた地に鎮座する」

そういう意味なのでしょう。

この神社の近くには唐子鍵遺跡があります。






この楼閣が本当にこの遺跡にあったかどうかはは別として、

この遺跡からは銅鐸の鋳型などが出土しています。

この地には、古くは弥生時代から銅製品の技術者が住んでいたのですね。




「龍水御朱印帳掲載寺社索引」





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Last updated  2019.06.01 21:36:26
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2018.05.27
カテゴリ:神社


新屋坐天照御魂神社(宿久庄)

大阪府茨木市宿久庄5-17-1


■御祭神 天照皇御魂大御神(中央正殿)
     天照国照彦火明大神(左座)
     天津彦火瓊瓊杵大神(右座)



天照皇御魂大御神(あまてらすすめのみたまのおおかみ)とは

天照大神なのでしょうが、なんとなく違和感を感じる御神名です。

他の二社の新屋坐天照御魂神社と同様の御祭神

「天照御魂大神」のカモフラージュかと想像してしまいます。

先の記事でも書いたように、高山右近の「焼き討ち」を逃れるための策かも知れません。

同じ茨木市内にある神社のサイトによれば、

高山右近は織田信長に倣って

牛頭天王、天照大神、春日大神、八幡大神の神社は焼かなかったのだとか。



拝  殿


織田信長の比叡山延暦寺焼き討ちなどは有名ですが、

織田信長が神社も破壊したとか、高山右近が寺社を破壊したかどうか

伝承はあるようですが、実際はどうだったのか。

ただし中世・戦国時代には兵火の被害や

領主の政策により衰退した神社は多いようです。

天皇陵と思しき古墳に城が築かれた(高槻市・今城塚古墳)

そんな時代だったようですから。

邪馬壹国畿内説の人たちが卑弥呼の墓だと騒いでいるあの箸墓古墳にも

「山越え」の径があって、途中に茶屋もあったという話もあります。

高山右近はキリスト教徒だったため、

後世になって特に「悪役」にされたのかも知れません。

社  殿



御祭神の天照皇御魂大御神がカモフラージュではなく、

本当に天照大神のことであったとしても

身を護るために御祭神を変えた可能性は高いのではないでしょうか。

何も知らない「よそ者」である私が勝手な想像ばかりしてはいけませんが、

この神社は他に特に語ることがありません。


住宅地の中にある小さな神社で、境内の一部は児童公園になっています。

参拝日は日曜日でしたが、子供の姿はありませんでした。

境内は清掃が行き届いており、

この日もご年配の女性が黙々と落ち葉を拾い集めていらっしゃいました。




社殿裏


★新屋坐天照御魂神社(宿久庄)
 駐車場 無 トイレ 無


右矢印「龍水御朱印帳・裏ばなし」
「サイ苦リング」
30kmほど自転車で走って神社巡り








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Last updated  2019.06.01 21:37:03
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カテゴリ:神社


新屋坐天照御魂神社(にいやにいますあまてるみたまじんじゃ)

大阪府茨木市西河原3-1-2

新屋坐天照御魂神社HP(by氏子さん)



​■御祭神  天照御魂神(天照国照彦火明命・あまてるくにてるひこほあかりのみこと)


関西にはあちこちで「○○坐」を冠する神社名を見かけます。

「○○」は鎮座地の地名。

関東などではこういう神社名は見かけないそうなので、

関西特有の神社名なのかも知れません。

たとえば明日香村にある※1飛鳥坐神社、

​​​薬井戸や三輪山登拝の起点として知られる※2狭井坐大神荒魂神社(狭井神社)、

平城宮跡にある※3宇奈多理坐高御魂神社 などがあります。

※1あすかにますじんじゃ
※2さいにますおおみわのあらみたまじんじゃ
※3うなたりにいますたかみむすびじんじゃ​​





そんな神社名の中で、私が特に注目していたのが

「○○坐天照御魂神社」という名前の神社です。

この新屋坐天照御魂神社の他にも

「蚕の社」の通称名で知られる京都の「木嶋坐天照御魂神社」や


奈良の「鏡作坐天照御魂神社」などがあります。

「天照御魂神」という神社名、これもどうやら関西だけのようです。

関西各地にある天照御魂神社はそれぞれどんな共通点があるのか、

ずっと疑問に思っています。

国宝の『籠名神宮祝部丹波国造海部直等氏之本紀』
(通称「海部氏本紀」)は

丹波国一ノ宮に伝わる貴重な歴史資料ですが、

そこには以下のように記されているそうです。

「始祖彦火明命 亦名天火明命 亦名天照国照彦火明命 亦名天明火明命 亦名天照御魂命」

つまり「火明命」と「天照御魂命」が同一の神であると明記してあるのです。

たとえば木嶋座天照御魂神社(蚕の社)は秦氏の拠点にあるのですが、

「火明命」と秦氏はなんとなく結びつきがないような気がします。

天火明命は尾張氏の祖神と言われていますから。








さてこの新屋坐天照御魂神社ですが、

​​
延喜式神名帳に「新屋坐天照御魂神社三座」と記載されており、

現在もこの西河原と福井、宿久庄に
新屋坐天照御魂神社があります。

ただし「新屋坐」が地名だとすれば、「新屋」に鎮座するのは

この西河原の新屋坐天照御魂神社だけのようです。

今では社務所もなくひっそりとしていますが、

かつては名神大社という社格を誇っていました。

名神大社は大阪では住吉大社など数社しかない高い社格です。












10年以上前のことですが、初参拝のときの境内は荒れ放題という感じで

参道は一面に落ち葉が層をなすように積もっていて、

「遺跡はこやって地中に埋もれて行くのだらうな」と思ったほど

朽ち去って行く過程を見ているような気分になりました。

今回の参拝では境内はきれいに掃き清められていました。

氏子さんによるHPも運営されており、祭祀も行われているようです。

こうした歴史ある神社の祭祀が続けられることはうれしく思います。





まだまだひっそりと寂しい境内ですが、

時間をかけてでも修復と整備が続くことを期待しています。

本殿は鉄筋コンクリート造りの覆い屋の中にあり、

ほとんどその姿を見ることが出来ませんでした。






 ​

ついでに撮ったような写真ですが、

実はこちらの覆い屋にある神社が新屋坐天照御魂神社の本宮だそうです。

右手前に見えているのは拝殿です。

先に掲載した大きな覆い屋は「東之社」​​で

応神天皇(八幡神)住吉神、磯良神(​磯良神社参照​)が祀られているそうです。

この東之社の方が大きく、拝殿の前に陣取っているのは

江戸時代頃は本宮よりも八幡神の方が人気があったからだとか。



せっかくなので、あと2社ある新屋坐天照御魂神社や

他の「天照御魂神社」についてまとめてみようと思います。




★新屋坐天照御魂神社(西河原)
駐車場 無
トイレ 無
すぐ北にある西河原に駐車場・トイレ有


右矢印「龍水御朱印帳・裏ばなし」
「サイ苦リング」
30kmほど自転車で走って神社巡り







.







Last updated  2019.06.01 21:41:05
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2018.05.20
カテゴリ:神社


磯良神社(いそらじんじゃ)
通称 疣水神社(いぼみずじんじゃ)

大阪府茨木市三島丘1-4-29



■御祭神  磯良大神(いそらのおおかみ)

御祭神は関西では馴染みの薄い神さまかも知れませんが

磯良大神は海人族として知られる、九州安曇氏の祖神。

安曇氏の足跡は全国に見られ、長野の安曇野や滋賀の安曇川(あどがわ)

また「渥美」や「熱海」も安曇氏に由来する地名と言われます。

この地も安曇氏に関係するのかと思いきや、

数年前に参拝したときにご神職に伺ったところ、そうではないようです。


《磯良神社の伝承》

神功皇后が朝鮮に出向く前に、天照御魂神社に祈願。

社頭に湧く「玉の井」で顔を洗ったところ、疣や吹き出物が出て

醜い男のような顔になってしまった。

皇后は「これは御神慮のおかげ」と言って、男装して出発。

そのため敵から「女性」と侮られることなく戦果をおさめることが出来た。

凱旋後、再び玉の井で顔を洗うと、元の美しい顔に戻ったとのこと。


ご神職のお話によれば

神功皇后の新羅遠征の際、水先案内人を務めたのが安曇氏であったご縁により

新屋坐天照御魂神社に安曇氏の神を祀ったとのこと。

磯良神社はかつては
新屋坐天照御魂神社の境内社だったそうです。

・新屋坐天照御魂神社(にいやにますあまてるみたまじんじゃ)

戦乱などにより天照御魂神社は衰退し、江戸時代に遷座したそうです。

新屋坐天照御魂神社(三座)については

後日ご紹介する予定です。








「写真上」は神社の南側。

こちらが本来の神社入口なのでしょう。

しかし、少し頭を下げないとぶつけてしまいそうなほど小さめの鳥居です。

「写真下」は西側、バス通りに面した入口の鳥居。

すぐ前が「疣水神社前」というバス停になっています。




疣水拝受所


上記のような伝承から、御神水「玉の井」は「疣水」と呼ばれ

古くから疣・黒痣や諸病平癒の霊泉として知られるようになったそうです。

この神社が「疣水神社」と呼ばれるのはこの御神水によるもの。

江戸時代に出版された「摂津名所図解」には、次のように記されているそうです。


(前略)よるべの水は社頭の神水なり 世人此水を疣水といふ

ここに来て疣黒痣を濯ふ時は忽に抜落るとぞ 

天照御魂神社の神水なれば・・・(後略)

※磯良神社由緒略記より


​つまりこの「疣水」は磯良神社ではなく​、
新屋坐天照御魂神社の御神水だったようです。

「玉の井」を守る人々によって、

新屋坐天照御魂神社に代わってこの地に残った磯良神社が信仰されたのでしょうか。

この日も「疣水」を汲む参拝者が途切れなく訪れていました。






この麗しい社殿は昭和54年に改築されたものだそうです。

少し変わった構造で、側面から内部に入り本殿の真裏でも参拝出来るようになっています。

ここの「お百度」は正面で参拝後、側面から裏に回り

反対側の側面から出て正面に戻る形で行うようです。

この日、おひとりの方が「お百度」をされてました。

本殿の裏からも参拝すると言えば、えびすさまを連想します。

「えべっさん」は耳が遠いという伝承があり、

本殿の裏からも「念押し」の祈願をする慣わしがあります。

大阪だけかも知れませんが。

ひょっとしたら磯良大神さまも耳が遠いのかも知れません。

神奈備さまのサイト​によれば、

「磯良大神とは古代の海人族である安曇氏の祖神であり、
対馬の和多都美神社(豊玉町仁位)の原初の御神体が
「磯良エビス」と呼ばれる霊石である」 とのこと。

「えべっさん」と磯良大神とは何か共通点があるのかも知れません。






それほど広くはありませんが、清々しい境内です。

近くには交通量の多い幹線道路があり、工場や民家が建ち並ぶ場所とは思えないほど。

周辺を見ると、「ここの地下水(疣水)って大丈夫かな?」と心配になります。





境内にちょっと気になる石碑がありました。

「桜ぼい」ってなんだろうと思いましたが、

どうやら「いぼ桜」だったようです。

かつて境内には天然記念物に指定された「井保桜」という桜の木があったそうです。

戦前に枯れてしまったのだそうですが、

この石碑は「井保桜」があった場所なのかも知れません。






境内にある「桜姫稲荷神社」

こちらも「井保桜」にちなんだものなのでしょうか。





こちらは「住吉社」でしょうか。

御祭神は住吉大神・神功皇后と書かれてありました。

神功皇后ゆかりの地ですから、大切な場所なのだと思います。



この磯良神社の北、およそ100mの所に

元の「本宮」であった、新屋坐天照御魂神社があります。

10年くらい前だったでしょうか。

初参拝のとき、境内は荒れ果てていました。

「こうやって遺跡は地面に埋もれて行くのだろうな」と想像するほど

そんな過程を見るような境内でした。

現在はどうなのでしょうか。

磯良神社参拝後、新屋坐天照御魂神社に向かいました。


★磯良神社(疣水神社)
駐車場 有 トイレ 有
御朱印可



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Last updated  2019.06.01 21:42:46
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2018.05.16
カテゴリ:神社


高天彦神社(たかまひこじんじゃ)

奈良県御所市高天


■御祭神  高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)


社務所もない、ひっそりとした境内。

金剛山東麓に鎮座するこの小さな神社は、

延喜式では名神大社という高い社格が与えられています。

付近は三輪山麓の崇神天皇以前に、葛城王朝があったという説もあります。

「御所」という地名も気になります。







御所市はWikipediaによれば、南葛城郡御所町が秋津村を編入

掖上村を編入、などといった沿革が書かれてありました。

日本書紀に、神武即位後 次のような記述があります。
 
夏四月朔日、天皇(神武)の御巡幸があった。腋上のほほ間の丘に上られ

国の形を望見していわれるに

「なんと素晴らしい国を得たことだ。狭い国ではあるけれど

蜻蛉(あきつ)がトナメ(交尾)しているように山々が連なっている」

これによって初めて秋津島の名ができた。

 
現在も御所市には掖上、秋津、本間(≒ほほま)などの地名が残っています。








現在の御祭神は高皇産霊尊ですが

古くは高天彦神だったとも言われています。

ただし、高天彦神は
高皇産霊尊の別名とする説もあるようですが。

この「高天」というのは金剛山の古名「高天山」に由来するものと思います。

10年前、大阪側からロープウェイを利用して金剛山に登りました。

山頂付近から大和三山を見下ろしたとき、

私は「ここは高天原だ」と思いました。








参道の両脇には現代の風景が広がっているのですが、

この参道だけは異空間のような雰囲気が漂います。

今ではたった数十メートルの参道ですが、

かつてはここが特別な場所だったことを想像させるに十分な神聖さ。






いつ来てもひっそりとした境内ですが、

不思議なことに駐車場はいつでも満車に近い状態です。

農業施設のようなものもありますが、

そこにも人の気配はありません。

おそらく、神社前の登山道から金剛山を目指す登山客のものなのでしょう。


★高天彦神社
駐車場 有 トイレ 有
御朱印は高鴨神社でいただけます。

右矢印龍水御朱印帳・裏ばなし
「新緑の葛城」
高鴨神社境内の鳥のさえずり
拝殿下石垣の幻の灯篭






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Last updated  2019.06.01 21:43:36
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