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2018年09月03日
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戦争の引き金―偏見と差別について考えてみよう​​

異常な差別社会日本 ​​
 日本がすごい差別社会だということがわかりましたね。女性は土俵に上がるな。医学部の受験点数は女性は2割引き。LGBTの人は生産性がないから国は支援するな。会社や学校ではセクハラ、パワハラが蔓延。とどめは障害者雇用を推進すべき中央省庁が水増し、中でも障害者の人権啓発を推進する法務省までが手を染めていたのには驚きを越えて絶望しかありません。
 差別社会とは国民の間に敵意や憎悪が蔓延し、反目し合う分裂社会です。かつて部落差別がその分裂支配の手段に利用されたという説がありました。しかし、部落差別だけでは分裂支配はできません。国民が様々な階層・分野において偏見と差別により抑圧されている差別社会の中でこそ効力を発揮するのです。
​ 「上見て暮らすな、下見て暮らせ」は支配者の論理といわれていましたが、抑圧から逃げる国民の論理でもあったようです。さらに、差別社会は往々にしてファシズム誕生の土壌となることを見落としてはなりません。​





​差別社会が生み出す敵意と憎悪​​
 テレビや新聞では毎日のように暴力事件や殺人事件が報道されない日はありませんね。こうした事件の内容を見ると、やはり加害者と被害者の間には敵意や憎悪が根底に存在しています。衝動的な無差別殺人にも社会制度や社会集団に対する敵意や憎悪が存在していますね。こうした犯罪者の敵意や憎悪による犯罪行為を肯定するわけにはいきませんが、人間に敵意や憎悪の感情が生まれる要因を知ることは犯罪を防ぐうえでも重要なことです。
​ 最も人間にとって重要なのは生命維持に関わる生理的欲求ですね。食欲(生命維持)や性欲(種族保存)をはじめ、睡眠や休息、苦痛回避といった欲求を人間は生まれつき持っているのです。差別社会は間接的にこうした生存を脅かせるような​抑圧感を与え続けます。その中で生まれるのが敵意と憎悪です。​​​
 ​​敵意と憎悪は当然ながら攻撃行動に転化していきます。

※「万人が万人に対して狼になる」(『リヴァイアサン』ホッブス)

※攻撃は性あるいは生の本能(エロス)と対立する死の本能の派生物。(『文化と不満』フロイト)

※すべての人間が平和主義者になるまで、あとどれくらいの時間がかかるのでしょうか?この問いに明確な答えを与えることはできません。しかし、今の私たちにもこう言うことは許されていると思うのです。文化の発展を促せば、戦争の終焉に向けて歩みだすことができる!
(「『ヒトはなぜ戦争をするのか?』アインシュタインとフロイトの往復書簡」フロイト )


敵意と憎悪から生まれる攻撃性
​​
 攻撃とは「他者に危害を加えようとする意図的行動」、すなわち身体的あるいは言語的に他者を傷つけようとすることです。さらに、「悪口・陰口」「罠にはめる」なども攻撃になりますね。陰で「部落」の悪口を言うのも攻撃の一種です。
​ この攻撃行動については社会心理学者の大渕憲一氏が、「衝動的攻撃」と「戦略的攻撃」に分類しています。「衝動的攻撃」は怒り、恐怖などの抑えがたい感情によって生じる攻撃行動です。「戦略的攻撃」は目的を達成するための攻撃です。強盗、復讐、叱責、あるいは戦争が含まれます。​
(大渕憲一著『人を傷つける心―攻撃性の社会心理学』・セレクション社会心理学) 
 こうして見てみると人間の心の中には攻撃本能が存在していることがわかりますね。
 この攻撃本能は人間社会が経済的・文化的に高度な発展を遂げ、近代的法治国家が成立し、法の支配が貫徹され、それが道徳・慣習としても一般的になる中で、理性の支配下におかれることになったのです。




​​攻撃性を攻撃行動に転化する偏見と差別​​
​ 国家間の利害が対立化すると、対立する国家に敵意と憎悪が生まれます。その敵意と憎悪を攻撃に転化する触媒の役割を果たすのが偏見と差別です。対立する国家に向けられた偏見と差別は国民の敵意と憎悪を正当化することにより攻撃性を高めます。それは「衝動的攻撃」(典型的事例・関東大震災での朝鮮人虐殺事件)を生み、やがて「戦略的攻撃」(日中戦争・第2次世界大戦)につながっていきます。​
 日本軍国主義は朝鮮半島を支配下に置くために、武力を背景に1905年条約(乙巳五条約・韓国保護条約)を結びました。その後、日本では「今では既に保護国となっている韓国の人民…その不潔であること、その怠惰であること…その薄っ馬鹿であることなどは、たしかに彼らの特有性である」(1908年8月15日『神戸新聞』)という報道が公然とされるようになりました。朝鮮人に対する偏見と差別は、歴史的に意図的に作られたのです。
 中国人に対する侮蔑語である「ちゃんころ」という言葉も、大東亜共栄圏を掲げて、日本が大陸に積極的に出兵する昭和初期から頻繁に使われるようになったといわれています。
 戦前の日本は天皇制を頂点とする華族制度、家父長制度、寄生地主制度など、戦後とは比べものにならないほどの差別社会でしたから、偏見と差別を利用して国内に敵をつくり、国民を結束させることにより外国との戦争を開始することは簡単であったように思います。

​​偏見と差別を巧みに攻撃行動に利用したナチスドイツ​​
 ヒトラーは古代から存在する宗教的差別を巧みに操り、ユダヤ人が社会におよぼす影響が大きすぎると批判し、ユダヤ人は世界制覇を目論んでいて、彼らはその計画に従って活動していると扇動しました。
​​ 当時のドイツもユダヤ人、黒人、ジプシー、障害者に対する差別が根強く存在する差別社会でした。第一次大戦の賠償で苦しむドイツ国民の抑圧感はこうした少数民族や弱者への「攻撃行動」に転化していったのです。この「攻撃行動」はナチスの進めたあのいまわしいユダヤ人絶滅計画(ホロコースト)へと突き進みます。 ​​
​ このナチスの残虐行為を伝える『語り伝えよ、子どもたちに』(S・ブルッフフェルド、P・A・レヴィ―ン著)の一部を紹介します。偏見と差別にまみれた時に現れる人間の正体に暗澹とした気持ちになります。​

​※ヤンケル・ヴィエルニク、トレブリンカの生存者の話​
ゼップと呼ばれるドイツ人は
鼻もちならない非人間的な男で、
子どもを痛めつけることに喜びを感じていた。
彼は女性たちを虐待し、
彼女らが子どもがいるからやめてくれるように懇願すると、
たいていの場合は母親の腕から子どもを引き離し、
子どもを真っ二つに引き裂いたり、
子どもを足で押さえつけて頭を壁に打ち付け、
体を放り投げることもあった。

​※ドイツ刑事局アルベルト・ヴィトマン博士と親衛隊中将アルトゥール・ネーベとの会話​
「ヴィトマン博士、犯罪技術研究所は大量の毒薬を生産することができますか?」
「何の目的で?人間を殺すためですか?」
「いいえ」
「では、動物を殺すためですか?」
「いいえ」
「では何のために?」
「人間の姿をした動物、つまり精神障害者を殺すためです。彼らはもはや人間とは言えず、治療の手段もないのです」

​◯相模原市「津久井やまゆり園」で入所者19人を刺殺、入所者・職員計26人に重軽傷を負わせた大量殺人事件の元職員植松聖の語った動機「彼らを生かすために莫大な費用がかかっている」は、日本社会に「優生思想」の水脈が存在していることを認識させた。​

​◯自民党の杉田水脈(みお)衆議院議員の発言「LGBTの人は『生産性がない』」という発言の本質も「優生思想」が存在しています。「生産性」のない人間ならば国家は見捨ててもいいのか?​




差別社会は戦争体制の土台​​
​ 差別社会においては国民は分裂状態におかれています。お笑い番組やスポーツイベントでは一体感(これは抑圧感からの逃避も含まれているようです)をみせることはありますが、一方、生存にかかわる問題については孤立しているために理性的な対話ができない。そのため政治に対する意見がまとまらない。その結果、「極論」を発信する政治家・政党、マスメディアの力に引きずられていくという状況が生まれています。​
 こうした状況の中から、自民党内からでさえ「嘘つき」と批判されている安倍内閣は、厚かましくも憲法9条を「改正」し、アメリカの進める戦争に参加できる道を開こうとしているのです。
 私たちは反対か賛成かを論じる前に、戦争は、人間を敵意と憎悪の奴隷にし、偏見と差別にまみれさせ、残虐な「攻撃行動」をとらせることを熟知しておかなければなりません。そのことを歴史から深く学び、「自衛隊員に戦争させればいい」という傍観者的立場からではなく、「自分は鬼となって人が殺せるか?」と、内なる問いかけをしてみる必要があります。そのうえで「嘘つき」安倍内閣の改憲に対する態度を決めるべきではないかと考えます。
​※戦争の責任は、偉い人や、政治家、資本家だけにあるとは思いません。そうでなく、名もない一般の人たちにも責任があるのです。そうでなかったら、世界中の人々は、とっくに立ち上がって、革命を起こしていたでしょう。​
        アンネ・フランク『アンネの日記』(文芸春秋社)​


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最終更新日  2018年09月05日 10時00分32秒
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