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福岡・博多 人力車出張サービスで思い出イベント       あなたの夢を運びます!博多人力屋

創業期3



【一つある会】
平成8年5月20日、以前「騒々塾」で知り合ったNさんに教えてもらった別の異業種交流会に初めて出向くことにした。会場は天神・警固公園そばの今はなき居酒屋「ジョン万次郎」だ。地下に続く階段を降りて行き、広い貸切の会場に入ると、そこにはもう40~50名位の男女が集まっていた。受付で初めて参加の旨伝え、プロフィールを記入(確か出身高校まで記入する欄があった)すると、主宰者とおぼしき男性が「小倉高校なら僕の後輩じゃないか。」と声を掛けてこられた。元TNCでアナウンサーをされていた久保先生との出会いの始まりだ。

事前に聞いていたとおり、マスコミ関係の方を始め、経営者やフリーの仕事をされている方がほとんどでサラリーマンはごく少数であった。とりわけ元気のいい女性経営者が多いという印象を強く受けた。
この時知り合った税理士の吉原さんから人力車に加入すべき損保の件で代理店の方を紹介してもらったり、久保先生には小倉高校出身のマスコミ会に同行させてもらったりした。会社を辞めて福岡にはほとんど人脈のない私にとって、この「一つある会」で知り合った方々はその後も色々な面で私をサポートしてくれる顔ぶれとなった。

【協力者の出現】
もう一人、騒々塾で出会ったK氏のこと。当初は起業の準備に必要なことを既に会社を経営している立場で教えてくれたり、人力車の練習にレンタカーを手配してくれて志賀島まで同行してくれたりと、いい協力者を得たと喜んでいた。しかし、まずパンフを作成しようという段階になり、連絡先事務所にK氏の会社名を入れたり、パンフ見積書として40万円以上の金額を提示してきたりと次第に不審に思う言動が目立ってきた。これまでサラリーマンしか経験していない自分はまだまだ人を見抜く目ができていなかった。ある方に相談してみてそのことを自覚した私はその後K氏との距離を置くようにして自然と遠ざかって行った。この選択は今でも正解だったと思っている。

肉体労働のフリーターをやっている中で変り種の男が一人いた。元メイクアップスクールで講師をやっていて脱サラした小串英哉氏(現在、スタジオミニー代表)だ。一見、反町隆史風のルックスとほのぼのとした笑顔、女性をターゲットにした仕事を一緒にやるにはうってつけだと思い、自分の構想を話すと協力を快諾してくれた。人力車は一台しかなく、まだ仕事も全くない状態だが、二人の創業メンバーで活動開始のタイミングを見計らうことにした。

【屋号の決定】
本格的な活動を開始するにあたって決めておかなければならない最も重要な課題があった。いきなり法人とはしないものの、屋号がまだ決まっていなかった。前述のK氏との打ち合わせの中でもわかり易く「ジンリキシャのジンリキヤ」という案が出ていた。神谷の一字を取って「神力屋」という案もあったが、オウム真理教問題の起きている最中で宗教団体を連想させるので、これは没。目先人力車の仕事をするのだが、どんな仕事をするにしても「人」が最も重要なポイントである点、それに「人」様のお「力」になりたいという思い、意味合いをかけて「人力屋」の屋号誕生となった。
to be continued・・・




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