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福岡・博多 人力車出張サービスで思い出イベント       あなたの夢を運びます!博多人力屋

闘いの日々3



【変わった仕事の依頼】
8月末のある日、宗像郡福間町にある諏訪神社より人力車の問い合わせをいただく。宮司を兼務している金刀比羅宮の秋季大祭で利用したいということで、事前に打ち合わせに出かける。毎年9月9日に御神幸行列で町中を歩き回っているが、昨年まで利用していた馬の代わりに宮司を乗せて欲しいとのこと。実は前年、近くにある宮地嶽神社の秋祭りで馬を用意していたところ祭り開始の花火の音に驚いた馬が暴れだし、乗っていた方は落馬。しかも打ち所が悪かったのか、亡くなられたそうだ。この件があってから馬を使うのが怖くなり、代替役を探していて人力車に行き着いたというわけだ。運良く福間には私の母方の伯父が住んでおり、宮司とも旧知の間柄であったため話は即決。以来、毎年9月9日は一年に一回だけの仕事で今でも金刀比羅宮に出向いている。

もう一つの変わった仕事は熊本・玉名市の伊倉八幡宮秋季大祭。通常は神様に見立てた人を馬に乗せ、全行程の何ヶ所かの短距離を全力疾走するというもの。たまたまこの年は馬の代わりに人力車にお声が掛かり出向いた次第。「さ~、よいとしょ~こら~よい」「と~よいよい~よい」「そりゃっ!」の掛け声の後、全力ダッシュで走る。距離にすると50~100m程度だが猛ダッシュはさすがにこたえる。この日は二台の人力車を用意し、もう一台の車には本郷氏(当時フリーター兼パチプロ)(笑)がついていたが何だか様子がおかしい。真っ青な顔で下をうつむき死にそうな形相なので、どうしたのか尋ねると実は喘息の持病があるということ。「聞いてないぞ!」の話だし、今この場で言われても仕事をキャンセルするわけにもいかない。とにかく、しんどいかもしれないが何とか頑張ってくれと励まし、辛うじて最後まで持ちこたえてもらう。仕事が終わった後はケロッとしていたので、問題ないと思っていたが後から聞いた話では福岡に戻った後、入院していたらしい。このハードな仕事は理由はわからないが一回限りで終わり、その後馬を使って行われているかどうかも定かではない。

【博多部への引越し】
居酒屋開業3ヵ月後にはオーナーMさんからの勧めもあり、自宅を引っ越すことになった。通勤に時間のかからない警固周辺でということであったが、私はずっとこの職場にいるかどうかわからないし、自分の本業のことを優先して考える。創業時より博多区に拠点を設けることが目標の一つだったのでいいタイミングだと思い、いわゆる博多部で物件を探す。しかし平成10年のこの当時、一人暮らし向けの物件は極端に少なく、しかも9月という中途半端な時期で空き物件はほとんど見当たらなかった。それまで住んでいた大橋のマンションはすでに解約届けを提出しており、何が何でも住処を確保しなければならない。結局唯一空いていた櫛田神社裏の日の当たらないマンションに決めざるを得ず、悲しきかな今日に至っている。

【飲食業からの離脱】
最も繁忙期である11月に入り、人力屋で土日祝日フル稼働後、夕方から居酒屋営業に加わり疲れはピークに達した。このままでは車に例えると全くアソビがない状態で、とても体がもたないと思い、ランチタイムの仕事から外してもらうよう申し出。すんなりと受け入れられ、代わりにパートの主婦の方がお昼の3時間だけ手伝ってくれることになった。この頃には小串氏は足を骨折したのをキッカケに自然消滅の状態で店を去っていた。居酒屋の切り盛りは料理長と私の二人だけでやらざるを得ず、その負担もかなりの重荷になった。特に料理長が週一で休みをもらう時は(店は無休なので)サブはつくものの全ての料理作りを自分がやることとなり、その精神的プレッシャーは並々ならぬものがあった。元々自分は料理人ではなく、料理作りに関してはあくまでもサブの立場で開店以来携わってきた。それが料理まで全て任せられるとなると、さすがに話が違ってくる。本当に自分が好きなことではない故、料理長が休みの日はプレッシャーで胃が痛くなった。そのうち次第に居酒屋に通勤すること自体も苦痛になり始め、結局翌年の2月末には店を去ることになった。

かつて本で読んだナイキのフィル・ナイト会長の
「レストランを開きたいと思っても厨房で一日23時間働く覚悟がなかったらやめたほうがいい。」
という言葉の意味がこの時初めて身にしみてよく理解できた。そうだ、自分はサービス業を志向してはいるが、それは決して飲食業ではなかったのだ。約8ヶ月にわたる居酒屋経験はそのことに思いっきり目覚めさせてくれたし商売を一から勉強させてもらうキッカケにもなった。様々な思いが交錯しながらもこの時のオーナーMさんとは円満な話し合いの下、店は別の方にバトンタッチしてもらった。以来二度と飲食業を目指す方向には行かないことを心に誓った。

【新たな婚礼提携先】
平成9年の10月12日(日)、小串氏の知人の紹介で薬院のマンションからけやき通りを経由して六本松の和食店まで婚礼人力車を走らせる機会があった。実はけやき通りを通過している時、この模様をじっと観察している方がおられ、後日お電話をいただく。博多駅前にある三井アーバンホテルの管理職の方で、以前一度だけ営業に出向いた時のマネージャーに対応してもらう。この日、人力屋にとって二番目の婚礼提携の話がとんとん拍子でまとまった。こちらのホテルは主としてビジネスホテルとして稼働しているが、ホテル内に挙式場のスペースがないというハンデを抱えている。このハンデを逆手にとって近くにある櫛田神社で古式ゆかしい神前結婚式を挙げ移動にはオプションで人力車を活用されては、といったプランを作って下さったのだ。ホテルにとってこのプランは追い風になったようで、たまに新郎新婦様に披露宴会場の決定理由を聞くと「人力車プランがあったから」という答がちらほら聞かれた。してやったり、という感じで婚礼提携先2ヶ所の状態がしばらく続くこととなる。
私が前職の会社の新入社員時代、当時祗園にあったN社福岡支店で3週間ほど研修に参加。その時の宿泊先がこちらのホテルであったのも何かのご縁か。
to be continued・・・



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