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アドベンチャー日記 四国徒歩一周の旅



楽天さんのご好意でこんなに昔の日記を書き込めることを発見。神谷商店のルーツでもあるアドベンチャー日記をアップしていきます。

1982年3月4日(木)晴れのち曇り
Iと電話で話した後、不安感を抱きながらも神戸の下宿を出る。12:05発のフェリーでいざ徳島へ。
夜になって一人で歩いていると無性に淋しい。晩飯を食っている時ももうすぐにでも帰りたい気持ちになった。その後、すぐ近くに銭湯があったので入る。そこのおばちゃんと話をしてだいぶ気が紛れる。午後10時まで歩いて少し雨がちらついてきたので橋の下で眠ることにする。
3月5日(金)雨
昨日は変な夢を見た。警察に眠っているところを見つけられて無理やり家に連れ戻される夢だ。おそらくこれは心の中にそんな願望があったからだろう。
昨日気が付いたのだが、なんと雨具を持ってくるのを忘れてしまった!それに加えていきなり朝からずっと雨。どこかで早く傘でも買わねば、と思いとりあえず折り畳みの傘を購入。夕方5時頃、黙々と歩いていると右側に不動の滝というのがあった。その場所にある食堂から一人のおじいさんが出てきて「頑張んなさいよ。」と言ってくれた。更に今日泊まる場所がないことを伝えるとユースホステルの場所を教えてくれた。本当にうれしかった。
というわけで今日は日和佐ユースに泊まることになる。三人部屋だ。
3月6日(土)晴れ
出発から三日目にしてやっといい天気にめぐり合えた。同室の三人でまず薬王寺に参詣してから午前10時、日和佐の町を後にした。牟岐駅前で昼飯を食い、甲浦へ着いたのが午後8時前。何とここはもう高知県なのだ。明日は明るいうちに室戸岬へ行きたいので今日のうちに目一杯歩いておく。野根川のほとりで野宿することにするが、辺りは真っ暗でとても恐い。
3月7日(日)晴れ
朝7時に野根を発つ。朝飯を食おうと思ったら歩けど歩けど海岸線の道ばかりでなーもない。ようやく10時ごろ一軒の民家が暇つぶしにやってるような店を発見し焼きうどん(大)を食べる。そこの小さな坊主に「何しに行くんや?」と聴かれたので、はてと戸惑ったが「遊びに行くんや」と答えると今度は別の女の子に「遊ぶんやったら、そこの校庭で遊び」と言われた。何も言い返せなかった。
やっとの思いで室戸岬に着いたが、人影もまばらで全然活気がない。これだけの自然美であればもっとたくさんの人が訪れてもよさそうなものなのに。。。でももう夕方なので帰ってしまったのかな?この辺りの民家は門といい玄関といい、非常にがっしりした造りで中には町ごと大きなコンクリート壁で囲っているところもあった。これは台風が頻繁に襲ってくる為であろう。行当岬を回り、公園めいたところがあったので、今日はここで眠ります。
3月8日(月)曇りのち晴れ
朝7時出発。今朝の冷え込みは一段と厳しい。お昼はドライブインでサービス定食を食べた。田野町の辺りで小学生の女の子3人の写真を撮ってあげひたすら歩く。夕方6時くらいには安芸の町に入り、スーパーで買い物をしてそこで買った弁当を夕食とする。近くで公園を見つけそこで食べることにする。八幡宮の前でトイレも水道もあり、居心地がいいのでここで寝ることにする。
3月9日(火)晴れ
今日は今までで一番すごい冷え込み方だ。何とリュックの上に霜が降りていた。昨夜も寒くてほとんど熟睡できなかった。今日は歩くのがとてもきつい。1時間も経たないうちに身体がバテてしまう。でももうすぐ高知なんや。頑張るゾ!高知にK君という高校の同級生がいることを思い出し、連絡を取ろうと思ったが電話がつながらない。仕方なく高知駅前ユースに泊まることにする。
困ったことに右足の足首を痛めたらしい。大したことがなければよいのだが。。。久しぶりにお布団で眠れるぞ。うれしいな。おやすみなさい。
3月10日(水)快晴
朝8時過ぎ、ユースを発つ。空は真っ青でむっちゃええ天気や!今日も張り切って行くぞ!!と思いきや右足首が痛む。どうも知らないうちに捻挫したようだ。ペースがかなり落ちている。土佐市内に入って公園があったのでそこで休憩。「復興の塔」なるものがあるが、ここでかなりスランプに落ち込んでしまう。しかし再び歩き出すと知らないうちに足首は痛まないようになり、何かに取りつかれたように急ぎ足になった。夜9時、土佐新荘駅に着きここで眠る。無人駅だ。
3月11日(木)快晴
朝の冷え込みはやはり厳しい。でも今日は駅の中なので前よりはだいぶ楽だ。昼前に峠道にさしかかった。ドライブインがあったが、もうちょっと経ってから食べようとそのまま歩く。が、歩いても歩いても山道が続きお店などある雰囲気ではない。久礼坂のトンネルを3つ抜けてもまだ何もないのでここでちょっとダウン。山からホースを通して出てくる水を発見し喉を潤す。それからまた歩き出し、ようやく2時ごろ七子峠というところにたどり着き、そこの「ななこ茶屋」で焼き飯を食った。
今日は喉の渇きが激しい。朝からコーヒー、牛乳、レモンスカッシュ、トマトジュース、川の水、おまけに遠足帰りの小学生から水筒の水までもらうという始末。足の痛みもますますひどくなってきた。窪川町までたどり着くのがやっとで、岩本寺で泊めていただく。ここはユースなのです。
3月12日(金)曇りのち雨のちどしゃ降り
歩いていると途中で雨が降り出した。昼食は伊与喜駅近くの喫茶Kというところでとった。そこで食べていると後から店に入って来たおじさんが話しかけてきた。四国を歩いて回っていることを話すととても感心され自分の勘定まで払ってくれた。本当にうれしかった。感謝します。
雨がどしゃ降りになったので、今日も予定通りには行けない。靴の中はぐっちゅんぐっちゅんで気持ち悪いし、寒気もする。何とかたどり着いた民宿に入ると満員だという。それでも雨も降っていることだし、客室ではないが使っていない空室でよければ、と中へ通してくれた。ありがたや。
夕食は刺身もあり中々豪勢でご飯もおかわりできた。ご馳走様。今日は初めて民宿に泊まるのです。さらの浴衣も気持ちいい。あったかいお布団で眠れるのは最高の幸せです。オヤスミ。
3月13日(土)快晴
昨日の雨が嘘のように晴れ上がった。おまけに足の具合もだいぶいいみたいだ。この調子が続けばよいのだが。
昼間歩いていると後の方から子供の泣き声がする。ずっと気にも留めず歩いていると、とうとう子供が追いついて来た。後ろを振り返ると小さな男の子が自分の顔を見て「だっこ」ふと見るとそのまた後から母親らしき人が追いかけてくる。話を聴くと自分のことをお父さんと間違えたのだそうだ。段々と足摺岬に近づいてきたので、海岸沿いの道になってきた。でも辺りはもう真っ暗。時刻は7時を回っており、どうもこの様子では野宿のできそうなところもないと思われたので、今日も民宿に泊まることにする。久百々(くもも)なるところです。
3月14日(日)晴れのち曇り
昨晩の民宿の待遇はひどかった。風呂は水みたいにぬるくなっとうし、布団は自分でひかされるし、朝食の時は階下に下りても誰もいないし、おまけに8時前にはせかされるように宿を追い出された。ただ夕食はカツオのたたきもあって中々豪勢やった。
今日は2回も車に乗らないかと声をかけられた。この辺りの方は人のよさそうな方が多い。原付に乗った兄ちゃんまでが夜遅く歩いていると声をかけてくれて「頑張って下さい。」と言ってくれた。めっちゃ、うれしかった。
今日は足摺岬を通過し午前中通った鹿島公園で野宿しようと思うので目一杯歩いた。岬の売店にポートピアのバイトしていた天津館の民芸品(鉄扇、鳥の卵)が置いてあった。公園内のトイレで本日は眠ります。水道・トイレ完備は野宿する者には何とも重宝!
3月15日(月)雨のち暴風雨
昨晩からの雨は一晩中すご勢いで降ったにもかかわらず朝になっても一向に止む気配がない。それどころかどんどん勢いを増し、歩き出してから間もなく暴風雨になった。まるで台風みたいで風の力で体がいうことをきかないのだ。仕方なく今日は何とか竜串に着くことだけを考えて歩いた。今までの最低距離12kmだ。本日は民宿ニュー竜串に泊まることになる。身体はぐしょ濡れ、傘はぐにゃぐにゃで最悪!!
3月16日(火)晴れ
昨夜というより今朝方変な夢を見た。。。
さて民宿を出てからまず竜串の美しい海岸を見に行くことにする。それから近くの売店でIへのお土産を買う。あとは実家にもって帰るお土産だが、これは海洋館の近くの売店で買った。そこの店員さんたちと少しだけ話をして出ようとすると、これを持って行きなさい、草団子を1パックいただいた。何といううれしいことか。というわけで昼食はこの団子を途中の山道で食べた。真っ青な空の下、聞こえてくるのは川のせせらぎと鳥のさえずりだけ。何というのどかな場所で食事ができるのだろう。口直しは山から湧き出る水でこれが一番おいしい。昨日雨が降ったせいか至るところから水が湧き出ている。こちらにとっては何とも好都合。
路線バスの運ちゃんもマナーがいい。すれちがう時こちらが道端へよけると大抵クラクションを鳴らして合図してくれる。午後6時頃には宿毛へ到着。ここでこのままもっと進むかここで泊まるかを迷ったが、どうもこの先は不安だと妥協して「民宿みずほ」に泊まることにする。
3月17日(水)晴れのち曇りのちまたもや雨
民宿を出て国道56号線に久々に戻った後、前方にお遍路さんをやってる方を発見。しばらく後をついて行くがトンネルを抜けてから追いついたので初めて口を開いた。大学(なんと同志社大学・経済学部)を卒業して何年か経っている方で、現在は実家の仕事を一緒にやっているらしい。これから40番札所へ行くというので一緒に行くことにする。途中何度か色々な話をしたが、それでもペースは非常に速くお昼までには城辺町というところにまで着くことができた。そこの喫茶店で飯を食いコーヒーを飲む。そして勘定をしようとすると先ほどのお遍路の男性がおごってくれた。ああ、なんという幸せ。本当に感謝です。目的地のお寺についた後そこで写真を撮り、お互いの健闘を祈りながらもお別れすることに。
その後も速いペースでどんどん進み、途中で拾った八朔を食べ、峠のお店で肉まんと缶コーヒーを胃袋に収め、津島町にたどり着く。が、ここでまたもや雨が降り出した。何という腹立たしさ。どうしてこんなにまで自分を苦しめるのか。いい加減にやめてくれ!!!仕方なく今日も民宿に泊まることにする。56号線から1.5kmほど奥に入った場所にある緑滝温泉だ。(この民宿に行く前に角のホルモン屋のおじさんに尋ねたのだが、このおじさんは親切にも自分が民宿に行くことをわざわざ電話してくれたいた。本当にいい方ばかりです。)
今日はすでに愛媛県入りを達成。
3月18日(木)曇りのち晴れ
昨日の民宿は4500円とだいぶ高かった。今日は気温が高くないので歩くのにはちょうどいい。お昼には宇和島の町に着き弁当を買って和霊公園で食べる。小学生が遠足に来ていて中々春らしい光景だ。それにしても今日はよくトンネルを通る日。午前中に通った松尾トンネルは1710mと気が狂いそうに長かった。また吉田町と宇和町との境の法華津峠には10個もトンネルがあり、最後の法華津トンネルがこれまた長く、息は苦しいしトラックには脅かされるし散々だった。トンネルを抜けてから鼻をかむと真っ黒けやった。
午後6時半には飯を食うことにしたが、目的地の上宇和駅はもうすぐそこ。ここもまた無人駅だったので野宿するのには最適。ここで眠ることにします。
3月19日(金)曇りのち小雨
朝から曇って今にも雨の降り出しそうないやな天気。7時に無人駅を出発して途中の店でパンを買って食べる。すると、ここのところいつも朝食後に用を足していたので、むっちゃしたくなってきた。しかし回りにはトイレはおろか建物らしきものもない。ちょうど道路のはずれに杉の木の生い茂った山があったので、そこを登り誰もいないのを確かめて大きい方をした。野ぐそ第一号だ。
午前11時には伊予大洲の駅まで着いたので、ここでちょっと休憩。内子に着くまで雨の降らないことを祈る。内子で泊まるつもりだったが、まだ雨も降っていないしちょっと行き過ぎたので、できるだけ遠くまで歩くことにする。中山町まで行けば宿があると聞いたので必死になって歩く。雨がパラパラし始めたからだ。何とか雨が本降りにならないうちに町にたどり着き、今日は旅館に泊めてもらうことにする。
3月20日(土)曇り
朝8時半過ぎに旅館を出て一路松山方向へ。松山市内に入ってから市街地を目指すはずが標識ばかりを当てにしていたので、間違って中心部を通らないバイパスを抜けてしまった。結局今日は鷹の子温泉というところに泊まることにしたが、めぼしい宿があまりない。あまり気は進まないが鷹の子荘という旅館に泊まる。
3月21日(日)曇り時々小雨
午前8時50分、旅館出発。天気予報では今日こそは晴れると言っていたのに、どうも今にも雨の降り出しそうないやな雲行きだ。案の定歩き出して1時間も経たないうちにパラパラしてきた。しばらくそのまま歩くが観念して傘を出すとすぐ止む。またリュックに直す(しまう)とすぐに降り出す、とこれを何回も繰り返す。最後には頭にきたのでもう傘を持ったまま歩くことにする。山間の途中に大衆食堂があったので焼きうどんと飯を食う。そろそろ出ようとしていると、おばさんがコーヒーを出してくれて「サービスやからゆっくりしてや。」と言ってくれた。ああ、人の親切が身にしみる。
午後7時前には西条の町に到着。めし屋で豚汁定食を食い、すぐ近くの市民公園へ行ってみる。そこで野宿をするためだ。ちょうど身障者用のトイレがあり好都合なのでこの中で寝ることにする。
3月22日(月)晴れ
久々の晴天。けれども冷え込みは厳しい。夕べも寒くてよく眠れなかった。でもこの身障者用のトイレというのはいわば一つの個室で洗面所もトイレもあり、おまけに扉で完全に密閉されているので外から誰かに見られる心配もなく野宿するにはまさに最適だ。
朝7時過ぎには公園を出発し、どこかで朝食を取ろうと歩き出す。1時間ほど歩くと道路の左側にリンガ・リンゴという洒落た喫茶店があったのでモーニングを食べることにする。でもあまりお腹はふくれない。あっこの曲、NSPの「雪のララバイ」だ。早く家に帰ってステレオで聴きたいな。
今日は無茶苦茶ダレている。足がしんどいし、肩が痛い。特にこれまでもずっとだったが、左肩。どうしてだ、あと3日の辛抱じゃないか、何とか乗り切れ、と自分に言い聞かす。
伊予三島を過ぎると景色は海岸近くの工場地帯になった。何となく北九州の199号線に似た感じだ。川之江市に入るまでの長かったこと。市庁舎の案内板が見えるともうホッとしてバス停のベンチに倒れこんだ。川之江駅はすぐ近くだったので駅前通りの旅館に泊まることにする。ここは素泊まり3000円也。ああ、あと二日や、神戸は近い。明日はIに電話ができるんだ。楽しみだな。
宿に着き途中で拾った八朔を食ったが酸っぱかった。知らないおばさんから幸せになる話を聞かせてくれるところがあると言って教えてくれた後にいただいたもう一つの八朔。こちらの方が実もひきしまって美味しかった。
3月23日(火)晴れ時々曇り
朝8時前に宿を出る。一時間弱歩いて香川県に入ったところで無人の自動販売機がありうどんとハンバーガーを買う。このハンバーガーはどちらかと言えば肉まんのような味だった。ちょっと歩くと国鉄(今はJR)の箕浦という無人駅があった。ちょうど大きい方を催してきたので、ここでする。ここでまたおばさんが話しかけてきたので気軽に話す。12時過ぎに入った食堂のおばさんも中々気さくな方で感じがいい。お陰でゆっくりできた。でもトンカツと切干大根の煮物と大めしで680円と予想よりは高かった。まあ、いいか。
高瀬町の辺りでとりつかれたように早足で歩いたが長続きせず、その反動で一遍にバテてしまった。3時半ごろジョアを飲んで休憩。5時20分ごろアイスキャンデーを食って休憩。この時にはすでに丸亀市内に入っていた。午後6時40分ごろ何とか丸亀駅前に到着。そこで信号待ちをしていると後から年輩のおじさんが声をかけてきて「よかったら喫茶店に入りませんか?」と言われる。すんなり承諾して近くの店に一緒に入る。自分がカルピスを注文するとウェイトレスの女の子に笑われた。そしておじさんから何か食べなさいと言われ、ミックスサンドを頼みごちそうになった。話を聴くと若い時分は神戸にいたそうで何と神戸商業大学(現在の神戸大学)のOBの方であった。つまり私の大先輩にあたり、何か不思議なご縁を感じた。それから30分ばかり色々な話をしてそこで別れる。本当にご馳走になりました。
丸亀駅に行き公衆電話でIに電話をかける。明日はやっぱりできるだけ早く高松に着くことにしよう。よって今日はここの駅で寝ることにする。
3月24日(水)晴れ
いよいよ待ちに待った最終日。昨日は洋服のまま駅のベンチに寝転んでいたが、夜中にはとても寒くなったので、この際人目も構わず寝袋を出してもぐりこんだ。とっても暖かくて快適。
今日は残すところあと30km歩けばいいんだ。でもなんとなく身体がだるくおまけに途中の何もない場所でまたまた大を催してきた。ついに野ぐそ第二号をやった。
鴨川駅というところまで3時間で何とか倒れこむようにしてたどり着いた。もう20kmを切ったんや、あと一息や、と自分に言い聞かすが、どうしようもない位に左肩が痛い。字を書いても力が入らない。足よりも肩の方が限界に近づいているようだ。

あと高松駅まで6kmを切った。ガンバレ。

午後12時45分、無事高松駅到着。駅にいた方に道を聴くと、フェリー乗り場まではあと2kmを残すのみという。
何が2kmや。4kmは絶対にあるぞ!13時50分発のフェリーに乗る予定だったが、もう時刻を過ぎてしまったので諦めて待合所に行こうとすると、向こうから急げと合図している。まだ乗れるみたいだ。最後の力を振り絞るようにしてぎりぎりセーフで船尾のトラック入口から乗せてもらった。
ああ、船が動き出した。四国よ、さらば。これですべて終わった。3週間の道のり、全777km也。





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