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やってきた仕事

2019.10.20
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カテゴリ:やってきた仕事
自分が以前働いてたとこの社長と元社員が書類送検されたのを知りました。なんか思うところあるので在職中のこととか書いてみようと思います。

前々職に当たるその会社ではいくつかの部署があり、書類送検が絡んでいたのはそのうちの一つの部署ですね。エンタメ系施設を経営していたのですが、そこの安全基準が満たされていないまま営業を続けて、都の是正勧告にも従わなかったことが送検事由のようです。

私が在職当時関わっていた部署はまた違う部署で(厳密には併せて一つなのかもしれませんが)、コンテンツの宣伝や企画をしていた部署です。立ち上がりは社内ベンチャーのような形で、自分の入職時はまだ部署ができてから間もない時期で、部署の人員も自分を合わせて二人、一人は別部署との掛け持ちのような感じの体制でした。自分も入社当時は他部署の営業も兼任していたのですが、宣伝事業部での業務を多くしたいと希望してからは宣伝系の業務に携えるようになりました。

数ヶ月の間に部署は四人体制になり、コンテンツも複数同時進行で抱えながら本格的に稼働していったのですが、個々の仕事量は多く、自分は未経験職種ということもあり主に宣伝チーフの補佐的な仕事をしていましたが、入社半年ほどの時期には担当営業先も全国に持てるほどにはなりました。ただその頃くらいから、次第に宣伝コンテンツの広報物の制作業務を任されることが多くなりましたね。本来企画宣伝系の仕事がしたくて入社したのですが、未経験というのもあり、また制作系の仕事は経験があったことも起因していると思います。

その後、最終的には宣伝や企画、営業の業務からはほぼ全て外されてしまいましたね。部署内や社内で自分以外に担当できる人員がいない類の制作業務を任されることが多くなったのが原因で、複数案件を絶えず同時進行で抱えて納期に追われる毎日になりました。制作進行管理もいないような状況です。自分としては、自分の業務は人員不足時の一時的なものだと考えていましたが、一向に人員が補充される気配はなく、補充されても社風(か社長)に合わずかすぐに辞めてしまう人が多かったため、延々と制作系の業務に追われる日々が続きました。希望業務ができないのが残念でしたし、正直肉体的にも精神的にもかなりキツい毎日でしたが、自分の制作したコンテンツが全国の人の目に止まったり、実績として積み重なっていくことはやり甲斐を感じましたし、部署のためにも自分ができることを最大限活かしたいくらいの信念は持ってました。

私が入社してから2年目くらいからでしょうか、社長がエンタメ施設運営の新しい事業に本格的に取り掛かったのは。その頃には部署内の人員も6人くらいにまで増えていたと思います。そのうちのほぼ全員が、その施設のオープン直後にあったとある事件(事変の方が差し障りはないですかね)が契機で辞めてしまいました。その事変がきっかけとなって事業部の信用を失う事態になってしまったのが、集団退職の原因だったと思います。部署の同僚たちには一切の非はありません。皆努力家で忍耐強く、優秀な人たちでした。その責任はあるとしたら、部署の長たる社長でしょう。目論見が甘すぎた結果が、優秀で部署の立ち上げ当時から支えてくれた人員たちを失う結果になったのだと思います。

その後は、私と他部署を兼業していた社員の二名しか社内には残らなくなり、その頃から私はだんだん精神的衰弱が加速していったのだと思います。私が部署に残ったのは、未経験職種にも関わらず自分を採用してくれた社長に対しての恩を感じていて、自分にできることがあればまだ協力したいという思いも残っていました。あとは、宣伝部の人員がほぼ全員いなくなったので、ようやく自分もそっちの仕事に戻れるかなという邪的な期待もありました。しかし結果は違いましたね。企画宣伝については外注が主になり、社長も施設運営事業に注力するようになっていき、企画宣伝事業部は衰退していきました。自分は以前と同じまま、また制作物の担当が続きました。外注すれば1件10万〜50万くらいの費用がかかる仕事を割と薄給めな給料で何本も任されていた割には給料も上がらず、生活が困窮していたというのもありつつ、事変をきっかけにした施設や社長へのバッシングが、自分にも向かっているような気持ちにもなり、メンタルが落ちていきました。そしてある日パンクして会社に行けなくなり、療養で休むことになり、退職になりました。

辞めていった同僚たちは、きっとどこへ行っても力を発揮できるような頼もしい人材たちだったと思います。逆に言えば自分は、他でやっていける自信や、新しい環境に飛び込む勇気がなかったのでしょう。あるいは、原動力を発揮するための気力が失われてしまっていたのかもしれません。


ネットでクソミソに叩かれている当該社長ですが、自分としてはそうですね、割と多くのことを自分自身が参画したがり、楽観的なところがあったので、その結果が招いた結果なんじゃないかなと思います。初志貫徹に徹しようとするあまり、ギリギリセーフのラインでやってたつもりが、目論見甘く最初からアウトだったという感じなんですかね。人間なんて出来ないことだってあるわけで、見通しの甘さや目論見が外れることだってあります。その時、きっぱりと諦めて、それが大事な約束や自身のプライドに関わることだったとしても、そこは謝罪して、反省として活かし、次に進めば良かったんでしょうね。

消防法は最悪の事態では人命にも関わって来ることですから、まずお客さんの安全面最優先で、それを大前提にそこでやれることをやっていたら良かったのでしょう。経営者として、人のうえに立って部下を率いるやり方や姿勢については、思うところはありましたが、それについて自分がどうこう言える立場にはないですし、人の上にも立ったことがないので何が正解なのか分かりませんので言及するに値しないでしょう。個人的には、感謝しています。未経験の自分を採用してもらい、あらゆる業務に携わる機会を与えてもらえたからです。今はまだ気力的にもその経験を活かした新しいことに取り組むことは難しいですが、いつか役に立つことができればいいなと考えています。起訴されて罰が発生するのならそれは受けて、もしその後またこの業界に戻ってくるにしろ来ないにしろ、今度は本当にお客さんやユーザー最優先で、支えてくれるスタッフを大事にしてあげて欲しいですね。それが出来ないなら、一線を退いて会社経営にだけ携わるか、全てから足を洗った方が良いのではと思います。

自分はこの会社の在職中に体調が悪くなり、その後も不幸が重なって転落の一途を辿りどん底まで落ちたと思います。私生活においてですが、いくつかの取り返しのつかない事態を招くことにもなってしまいました。ですがそれは社長や会社のせいじゃなく、自分のせいだったと思います。自分が本来やりたかったことをもっと強く希望していればよかったのかもしれませんし、お給料の話ももっとしつこくすれば良かった。なんでもかんでも引き受けるべきではなかったと思っています。

なんだか何が書きたかったのか、よくまとまらないまま長々と書き綴ってしまいましたね。そんな感じです。もう一人送検された人については、どこまで運営に携わってたかわからないし業務的にあまり接点もなかったのでアレですが、もし色々内情知らなかったとしたらとんだトバッチリでしょうね。実質施設の立ち上げ時に内外装で動いていた総務部の部長の方がよっぽど内情しってんじゃないのかなと思いますけども。






最終更新日  2019.10.23 09:05:02
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2019.09.20
カテゴリ:やってきた仕事
2019年の4月から半年ほど介護職に携わっていました。今は辞めてしまっています。介護職の経験は初めてだったので、色々新しい発見や驚きが多く、人生において経験してよかったと思える職ではありましたが、もう一度つけるかと言われると、できないと思います。ある程度の勢いや覚悟がないとできない職種ではあったと思います。
 
介護職を選んだ理由としては、田舎で職を探すにあたって希望していた条件がまず寮があることと、あとはそこそこお金がもらえればなんでもよかったという大義も志もないものでした。
 
最初の1ヶ月半はOJTで先輩職員さんの後ろをついて回ってメモを取るのが主だったので、きついという事はなかったですが、シフトが夜勤や早朝勤務などまばらで不規則だったので、少し体力的に疲れが取れないと感じる日もありました。朝一番早いシフトの時は夜寝ないで出勤するとか、思い返せばそういう生活スタイルはあまりよくなかったと思います。

働き始める前は、介護職の現場で働く人ってなんとなくですが、おおらかな心、慈善の心で職についている、そんなイメージを抱いていたんですが、そうではなかったですね。割と我が強いというか、言葉は悪いですがオラついてる人もいて、舐められたら負けだとでも思ってそうな態度というか、言葉遣いが悪かったり、少ない人員で無理して回してる感じはあったんで、たえずストレスを抱えてるみたいなところはあったと思います。正直なところ、雰囲気良くなかったですね。

自分もそういう環境に染まり始めてしまっていた部分があった頃、続けられないと思ってやめる理由の一つになったところはあると思います。辞めた理由は他にもありまして、私生活でショックなことがあり精神がすこぶる落ち込んでしまったというのもありますので、一概に施設の環境や職員さんの態度の全てが辞める理由になった、という訳ではありません。綺麗事だけ言ってても務まらない仕事だとは思います。

ただ、自分の家族をその施設に預けられるかって言われたら、預けられないと思ってしまうだけでも、やはり長くは続けられない職場だったのかなとも思います。いつかもう少し書ける範囲で書こうと思います。






最終更新日  2019.12.17 08:31:14
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2019.06.18
カテゴリ:やってきた仕事
この時は全部で3つ仕事をしてました。一つは本業で、一つは夜のドライバー、それでもう一つがこれ、ポスティングのバイトです。単純なビラ配りです。1日短時間でもいいって話だったんで、空き時間をうまく使えるかなと思って始めてみたんです。

だいたい1時間で500枚くらいですかね、都心部だったので比較的配りやすかったと思います。誰とも話さなくていいのでコミュ障には気楽でいいと思います。雨じゃなければ運動感覚でできるし、ゲーム感覚と言うか、配れば配るだけお金がもらえるので自分には向いてそうだと思いました。1日3~4時間配って2~3000円くらいですかね。

ただ自分の働いてた会社はちょっとヤバイところだったんです。

ある日、社員?らしき人に突然呼び出されて、
「なんで呼び出されたかわかるか?」と言われましたんです。
いやわかりませんと言うと、事務所の端っこを指さされ、
「それ何かわかるだろ?」と。
そこにはグシャグシャになったチラシの山がありました。
全く覚えがなかったです。まあ簡単にいうと、濡れ衣を着せられて損害賠償請求されそうになったんです。

続きはノートで書いてます。ほぼほぼ無料なのでもしよかったら読んでください。

↓ ↓ ↓

身に覚えのないことで賠償金請求。これは詐欺?チラシ配りのバイトであった怖い話。






最終更新日  2019.08.05 01:14:12
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カテゴリ:やってきた仕事
以前Amazonの配達員の仕事をやっていたことがあります。

だいたい1日80~110個くらいの荷物を配っていました。朝9時前後には配達をスタートさせて、21時までに配り終えるという感じでしたね。その間、一度センターに戻って午後に配る荷物を積み込むので、実質配れる時間は10時間くらいでしょうか。

朝は遅くとも8時には積み込みを開始する感じでした。なので7時とかに起きて、家を出て、22時ごろ家に帰ってくる感じですね。そう考えると拘束時間は長く感じます。実質14時間拘束みたいなものでしょうか。それで賃金は、1日あたり14000円くらいになっていました。求人では18000円とか20000円とかで出てるんですが、車両レンタル代、保険代、謎の手数料、ガソリン代など引かれてこれくらいになります。時給換算で1000円になるので、そんなに美味しい仕事でもなかったですね。

業務内容はきついかというと、経験がある人ならきつくはないと思います。初めての人でも、同じエリアを1ヶ月も回れば、最初は覚えるのが大変ですが、慣れればナビを使わないで住宅地図だけで回れるようになれると思います。

Amazonの品物は基本小さいものが多いので、肉体的にきついということもそうないです。ただ、戸建てが多いエリアだと、飲料水やらオムツやら、大きく嵩張るものや重いものが増えていくかなという感じで、アパートやマンションの単身者が多いエリアの方が楽かなという印象でした。

働いている人は若い人からおじさんまで幅広く、割と若い人たちの方がテキパキと、ゲーム感覚で楽しみながらうまく捌いてるなという印象でした。自分にはそういう若い人たちのノリに馴染めず、距離を置いていましたが、基本人と深く関わることはない業種なので、人付き合いが苦手な人には向いている職種かもしれません。

裏話的なこともノートで書いてみて販売してみたのでもし気になったら読んでみてください。

↓ ↓ ↓

元Amazonデリバリープロバイダ配達員の裏話。驚くほど低モラルな配達員たちのエピソード






最終更新日  2019.08.03 10:43:22
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2019.05.17
カテゴリ:やってきた仕事
10代の終わりから数年間、古本屋さんで働いていたことがあります。ブックオフとかではなく、個人経営のところでやってました。それまで長く働いていたのは飲食店のキッチンだったので、全く違う職種のバイトでした。

当時は小説を書いたりカメラにはまっていて、サブカルチャー的なものに憧れていろんな作家さんの作品を吸収したいと思っていました。そういう思いもあったので、創作物に触れる機会が多い古本屋で働こうと思ったのだと思います。

給料はめちゃめちゃ安かったと思います。当時の最低賃金ギリギリくらいか以下なんじゃないかと。ただ業務内容はほとんど座って、たまにくるお客さんに対応してレジ打つだけなので、すごく楽でした。お金もらえるだけでありがたいみたいなところはあったと思います。

暇なときはずっと座って本や漫画を読んでました。棚の整理とか清掃をやっても、時間は有り余ってましたね。そんなんで採算取れてたのかと思うかもしれませんが、ゲームやアダルトが主力だったように思います。この両ジャンルで一定の売り上げがあったので商売できてたんだと思います。

買取はネットで相場を調べて、売れ線のもので0.7掛けとか 200円で売るなら140円で買取みたいな感じだったと思います。売れる要素があんまりないものは、とことん安く買い取っていたと思います。自分で買うときは7掛けの値段で買えたので、特典のようでよかったですね。

お昼前くらいから日付が変わる前くらいまでの勤務だったと思います。一日働いて8000円とかそんなところです。基本一人で店番でした。働いていたひとは自分が一番若くて、あとは30代くらいのおじさんです。今まで聞かなかった音楽や読まなかった作家さんを教えてもらったり、自分の興味の幅が広がった良い期間だったと思います。

引っ越しととある事情を契機に辞めることになりましたが、ずっと続けてもいいなと思える仕事でした。






最終更新日  2019.08.21 11:16:30
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