悪童日記(アゴタ・クリストフ)
ハンガリー生まれのアゴタ・クリストフは幼少期を第二次大戦の戦禍の中で過ごしている。彼女の処女小説である本作品も、ひとまずは東欧の現代史に照らして読めるが、全体のテイストは歴史小説というよりはむしろエンターテインメント性の強い「寓話」に近い。
この小説には人名や地名はおろか、固有名詞はいっさい登場しない。語り手は双子の兄弟「ぼくら」である。戦禍を逃れ、祖母のもとに疎開した「ぼくら」は、孤立無援の状況の中で、生き抜くための術を一から習得し、独学で教育を身につけ、そして目に映った事実のみを「日記」に記していく。彼らの壮絶なサバイバル日記がこの小説なのである。
感情を一切排したスマートな文体、先の見えない展開、さらに奥底にはヨーロッパの歴史の重みをうかがわせる、と実に多彩な悦びを与えてくれる。続編の『ふたりの証拠』『第三の嘘』も本作に劣らない傑作だ。