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ちょっと本を作っています

ちょっと本を作っています

第一章 先住民/黒猫の『タンゴ』

第一章 先住民/黒猫の『タンゴ』




『佐倉』の旧家へ転がり込む

黒猫がいる。じっとこちらを見ている。

550坪あると聞いてはいたが、雑草が生い茂り荒れ果てた庭、水の涸れた池、植木は伸び放題。

それでなくとも周りは竹林と杉林、森の中の1軒家の風情だ。

夕暮れ迫るこの時間。東京からクルマで40分だというのに、とんでもない田舎へ来たようだ。

すぐ近くで、うぐいすが鳴いている。タヌキやキツネが棲んでいそうだ。


ひょんなことで千葉県の佐倉というところへ住みつくことになった。

どこか静かなところへ行きたかったのだ。

「オレが金を貸して、回収出来ないとこがあるんだ」

「幸ちゃんが住むところがないんで、そこに住ませようかと思ってんだ」

「高石さんも、どこか寝泊り出来る所を見つけてくれって言ってたよな」

「広い家らしいから、一度、見てきたら……」


金融や不動産ものの事件屋をやっている中村さんが言い出した。

指名手配にもなったことのある知能犯の前科6犯のオヤジさんだが、ヤクザではない。

600億円ほどの負債を抱えて倒産した会社の社長でもある。

いたずら小僧の悪ガキがそのまま大人になったような人で、しゃれっ気もあり、親分肌でもある。

なぜか意気投合して、ここんとこ数年、いつも私とつるんでいる。

飲み友達で、私のスポンサーといったような存在だ。

『ホトケの中村』とも呼ばれているが、本名は別にある。


「家賃はオレが出してやるよ。その分は、高石さんへのオレからの小遣いだ」

「毎月5万円家賃を払って、その内1万5千円をオレの貸し金の利息分として差っ引くよ」

「オレはそれでいいよ。幸ちゃんも助かるし……」

幸ちゃんとは、中村さんのやっている街金の雇われ社長だ。

そのほかにも不動産の仲介や、(法律ギリギリの)産業廃棄物の紹介などをやっている。



俺も変だけど、みんな変だよ

中年を過ぎた男3人の変な共同生活が始まった。

前述の幸ちゃんは離婚しているのでバツイチ独身。

家主のトンちゃんは、さんざん遊び呆けていて50過ぎの今も独身。

そしてかくいう高石こと私も、仕事にかこつけて、さんざん馬鹿をやってきた。

女房・子供はいても、金さえ送ってくれて居ないほうがいいと、たぶん思われている。


さいわい、週に1、2回、東京へ出て打ち合わせをすれば何とかなる。

ときどき携帯電話で指示をして、パソコンへ向かって原稿を書いていれば、何とか食うには困らない。

でも、これも実は言い訳なのだ。ここ2、3年、商売のほうでは何をやっても上手くいかない。

世間様に、ちょっぴり拗ねているのだ。


小遣い銭程度なら「ガソリン代が無くなった」「飲み代が無い」と中村さんに言えば黙って万札が突き出される。

中村さんの懐具合で、1枚だけの場合もあれば、数枚が出てくることもあるのだが……。


私が寝泊りする部屋は、一番奥まっていて、8畳間の和室で床の間付き。

障子戸を隔てた外廊下ごしに竹林が見える。畳の部屋で生活するのも久しぶりだ。

丘の上の家なので、朝、太陽が下から竹林を這い登るように上がってくる。なかなかのもんだ。


建て直してからそれほどたっていないそうだ。

以前建っていた家の建材を使ったそうで、落ち着いた和風の風情を残している。

緑に包まれ、山間の温泉地の、ひなびた和風旅館に泊まっているようだ。

最初は週に2、3日、仕事場として泊まるつもりだった。

でも、住み心地が良いものだから、そのまま家に帰ることを忘れてしまった。



これは、最高の遊び場だ

トンちゃんちの裏側は、緑いっぱいの裏山になっている。

裏山といっても、トンちゃんの家が一番の高台にある。

尾根が小高い丘となって下の畑までずっと続いて、杉林と竹林になっている。

谷間をはさんで、反対側の森が借景になっているので、民家はまったく見えない。


この裏山、もともとは、ほとんどがトンちゃんの持ち物だったらしい。

3,000坪ほどを残して京成電鉄に売ってしまったらしい。

また一部は税務署に押さえられているそうだ。

それぞれの境界が定かでないが、緑の林は1万坪以上ある。


裏山を見た瞬間、幸ちゃんは「ここいいよ。産廃を捨てるのに最高だよ。1億円にはなるよ」と言い出した。

冗談じゃない。これだけの遊び場、そうそう無い。それもプライベートガーデンだ。

「ここだけはダメだよ。やるんなら、オレはすぐに警察に駆け込むからね」

と言ったものだから「惜しいよ。惜しいよ」と諦め切れない様子だ。


高速道路の東関東自動車道とJRの線路が、それほど遠くないところを走っている。

風向きによっては音が響いてくる。それさえ気にしなければ、最高のロケーションだ。

バーネットの『秘密の花園』を思い出した。

誰も入れない静かな庭園を造ってみよう。誰にも知られないように……。


このあたりにはタヌキがいるそうだ。いても何の不思議もない。

まずは、伸び放題に伸びた庭の植木の剪定から始めた。

一週間ほどかかったが、オレもなかなかのものだ。そこそこ見られる庭が復活した。


小鳥のエサ台をつくり、タヌキ用のエサ台も作った。

タヌキ用エサ台に晩飯の焼き魚の骨を置いておいたら、一晩で無くなった。

次の日も、そしてその次の日も……。

『よし、今晩はタヌキの観察会でもやるか』

部屋の明かりを豆電球一つにして、1升瓶を抱えてチビリチビリ始めた。


『ん、何か動いている。真っ暗で見えない』

結局、何か音がして、何か動いていたことは分かった。

酔いが回って、立ち上がるのもおっくうだ。

『まあいいや』と、そのまま気持ちよく寝てしまった。

酒を飲むと、のどが渇いて翌朝の目覚めも早くなる。

寝ぼけて伸びをすると、昨晩の空になった1升瓶が手に触れた。


窓越しの木々の合間に、うっすらと明るさを帯び始めた空が青黒く横たわっている。

『おっ、何かいる』

黒猫が振り向いた。

初めてここへ来た夕暮れ、遠くからじっとこちらを覗っていた猫だ。

じゃあ、オレが置いたエサは……。

《タヌキ専用。ネコお断り》

と墨書して木札を付けたが、もうエサを置く気がしない。

そのままエサ台は今も雨ざらしになっている。



幸ちゃんの天敵『タンゴ』

この黒猫、忘れたころに出没する。

空になっていた池に水を張って、幸ちゃんが買ってきた金魚を放した。

22匹放したはずなのに、だんだん少なくなってくる。

「ぜったい、あいつだよ。捕まえてやる」と幸ちゃんは1人で騒いでいる。

確かに、池の淵で、じっと身構えている黒猫を見たこともある。

さすが田舎暮しの猫、けっこう高い木の上で小鳥を狙っているのを見かけたこともある。


真っ黒で、目のところだけが白く浮き上がり、なかなか精悍だ。

黒い猫なので『タンゴ』と名付けた。『黒猫のタンゴ』だ。

一度、庭仕事に疲れて、木の切り株に腰を下ろしてタバコを吸っていたら、タンゴが現れた。

私に気がつかないのか、一直線に進んでくる。

1メーターほどの距離まで進んできて、ふっとタンゴが顔を上げた瞬間、目と目が合った。

『フンギャオー』

凄まじい鳴き声とともに、タンゴは体をひねって斜め前に飛び上がった。

逃げ足の速さにも威かされたが、後にも先にも、タンゴの鳴き声を聞いたのは、この時だけだ。


小鳥のエサ台もタンゴの狩場にされてしまった。

幸ちゃんが、趣味の渓流釣りで使ったエサの残りのイクラを、

「これも食べるかな」

と、小鳥のエサ台に置いたものだから、タンゴの注意を引いてしまったのだ。

どんな鳥が来るかな、と窓から見ていたら、タンゴがどこからか忍び寄ってきた。

軽々とジャンプして、一瞬にしてエサ台へ飛び上がって食べてしまった。

「ダメだよ。イクラなんて置いちゃ。それに、もっと高くしないとネコに狙われるよ」

台木を継ぎ足した。


ミカンの輪切りにしたものと、スーパーでもらってきた牛脂の固まりやコメなどを載せた。

ヒヨドリやキジバト、メジロやウグイス、そのほかにも名前の分からない小鳥が2、3種類飛んでくる。

エサ台の上なら安全なのだが、地面に飛び散ったエサをついばみ始めると、タンゴがそっと忍び寄る。

小鳥がいなくても、草むらに潜んで、じーっと狙っている。

追い払っても、追い払っても、忘れたころに現れる。

庭の植木の陰で、小鳥の羽が飛び散っているのを何度か見かけた。

結構大きな野鳥の死骸を見つけたこともある。

タンゴの狩の痕だろう。



第二章 房総のチベットに、山里「コンタ」発見につづく


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