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ちょっと本を作っています

ちょっと本を作っています

第十三章 ムジナに見送られ、街へ帰る

第十三章 ムジナ(アナグマ)に見送られ、街へ帰る




秘密基地を作ろう

千葉県に大多喜という町がある。お城もあって由緒ある土地柄なのだが、まったくの田舎の村だ。

その大多喜に、なぜか私の友人、トミオちゃん働くテレビ局の土地があるという。

2,700坪の山林だそうなのだが、誰も見たことがないという。

何のために彼の所属するテレビ局が買ったのかも分からないらしい。


「使い道なんてないはずだから、1坪100円で俺が買ってやるよ」

と、まるで冗談みたいな話をしていたら、「売ってもいいよ」と、瓢箪から駒が飛び出した。


『坪100円で2700坪だから、27万円か……』

『27万円なら何とか出来るかも。もしもの場合は中村さんに泣きつけばいいし』

『まさか俺には、10日で1割の金利をよこせなんて言わないだろうし……』

『ともかく見に行くか』

頭の中でいろんな計算がクルクルと回る。

200万だ、300万だという話なら最初から諦めるが、2、30万円の話だと現実味を帯びてくる。


トミオちゃんから、資料がFAXで送られてきた。

房総の奥座敷と呼ばれる養老渓谷の温泉にも近い。

それよりも房総のチベット亀山の、コンタの小母さんのところからも近そうだ。

クルマなら20分も走らせれば、行けそうだ。

小屋を建てることは出来ないらしい。

でも、コンタの小母さんの家をベースキャンプに、何か使い道がありそうだ。

御宿近くの隠れビーチも、それほど離れていない。

俺の秘密基地が、何とはなしに、この辺りに集中してきた。


先ずは、現地を見なければ話にならない。

中村さんの相棒で、元は街金を手広くやっていたナベさんに頼んで、一緒に行ってもらうことにした。

ナベさんは、不動産のことも、金融のこともよく知っている。

経理や税務のことも、法律のことも、ともかく何でもよく知っている。

今は、芸能マネージャーをやっているのだが、土日以外なら何時でも付き合ってくれる。

そうそう、ワケあって、ナベさんは中村さんの養子なんだ。



地図も無い、道もない、何にもない

日にちを決めて、ナベさんのRV車に乗っかって、大多喜へ向かった。

延々とクルマを走らせ、まずは大多喜町役場へと向かった。

お城の近くに町役場はあった。

登記簿謄本を取ってから、場所を確かめようとしたのだが、地図がない。

遥か昔、明治時代初期にできたらしい『奉天』とか言うものしかないのだ。


役場の職員に尋ねてみた。

「調査中ですので、それ以外は無いですね」

「調査中って、ズーっと調査中のままじゃないの?」

「ええ、たぶん私の生まれる前から、ズーっと調査中だと思います」

と、申し訳なさそうに職員が答えた。


さすがナベさん、

「ここに民家があるから、えーっと、この部分の隣にこれがあって、この隣がたぶんこれだな……」

まるでジグソーパズルをやるように、明治時代の『奉天』のコピーをとって、つなぎ合わせ始めた。


勘の鈍い私は、「そうかもしれないね」「うん、多分それだよ」

と、ナベさん一人に作業をやらせる後ろめたさもあるものだから、合いの手だけを無責任に発する。

「ともかく、行くだけ行ってみるか」

ここまできたら、ナベさんに負んぶに抱っこだ。


クルマは山道に入っていく。

よそ者がこんな所まで来るなんて、ほとんど無いのだろう。

ポツリポツリ点在する民家から、狂ったように犬が吠え立てている。

窓越しにこちらを覗っているような視線も感じる。

道はやがて行き止まり。


「たぶん、この奥の辺りだと思うよ」

ナベさんの声に促されて、小雨のパラつき始めた山道に分け入った。

小道に沿って小川が流れている。杉林と潅木が生い茂っている。

ここ数年は手入れをしたことがないようで、杉の木がなぎ倒されているところもある。

「何にもないね」

「うん、目印になりそうなものもないから、これは、隣の土地の持ち主に聞くしかないよ」

「聞こうにも、人がいないよ」

荒れ果てた風景が、なぜか私には懐かしいような、好ましいものに思えた。


「俺、ここが気に入ったよ。小屋が建てられなくても、テントで充分だよ」

「ここで1ヶ月くらい過ごせたらいいよね」

「高石さん。次は仙人になろうっての?」

「ナベさんも、どお。中村さんも誘って、みんなで山の中に籠るのもいいと思うよ」

「借金取りも来ないし、いいかも知れないな」


よし、決まりだ。ともかくこの土地を買っておこう。何をするかは、いずれ考えよう。

帰り道、ナベさんのクルマの助手席でまどろみながら、ぼやーっといろんな想像をしていた。



そしてムジナが現れた

引越しの前々日。

ここへ来て一年か。たった一年なのに、色々あったな。

それも、もう後二日しかいられないんだ。

台所で一人、焼酎をチビリチビリやりながら、ぼんやりとテレビを見ていた。


大多喜の山奥での仙人生活もいいけれど、やっぱり1人じゃ面白くない。

その前に、少し稼いでおかないと、生活できないな。頼まれた出版社の再建もあるし……。

それに、一人じゃ何も出来ない。やはり、遊び仲間を作らないと何も出来ないな。

チビクロがいれば、大多喜へ連れて行ってやったのに……。

などと思いを巡らしていた。


何の気なしに、ガラス戸越に表の暗闇に目をこらすと、何か黒い塊が動いている。

チビクロの餌場だ。

チビクロにしては大きすぎる。

それも一つではない。二つ、三つ。

大きな黒い塊が音も立てずにモソモソと動いている。


そっとガラス戸に近づいた。

タヌキみたいだ。それにしても、ちょっと大きい。

体型はタヌキのようだが大きすぎる。それに、顔が突き出してキツネ顔に近い。


おりしも、トンちゃんが、珍しく早く帰ってきた。

そっとトンちゃんに声を掛け、一緒にガラス越しの得体の知れない動物を覗き込んだ。

「ムジナだよ」

「この辺りには昔から居るんだ」

「親子だよ。1匹だけ小さいよ」

「多分、縁の下に棲みついているんだ」

「前から、床下で音がしていたから間違いないよ」


ここに1年も住んでいて、何で今まで気付かなかったのだろう。

それも、出て行く直前になって現れるなんて……。

ムジナもこちらに気付いているようで、時々振り返るのだが、逃げる様子もない。

チビクロのために用意したキャッツフーズの皿に顔を突っ込んでいる。

チビクロが居なくなった後も、戻ってきたときのために、エサだけは入れておいたのだ。

それも、昨日の雨で、水浸しになって、エサもふやけている。

ガラス越しのご対面が、30十分は続いたろうか。

やがてムジナは、1匹、また1匹と姿を消した。


次の日。チビクロのためのキャッツフードの残りを、全部エサ台へ置いた。

今日が最後の夜だ。可愛げのない顔をしたムジナだが、もう一度、見てみたい。

「ムジナがいたよ」と、友だちに電話をすると、

「それはアナグマなんだよ。アナグマのことをムジナって言うんだ」と教えられた。


期待通り、夜の10時を過ぎる頃、3匹揃って姿を見せた。

それも、こちらがガラス越しに覗き込むと、向こうも不思議そうに、こちらを覗き込んでいる。

これではまるでお見合いだ。

幸ちゃんにも、「ムジナが来てるよ」と声を掛けたのだが、

「へー」

とチラッと覗き込んだだけで、興味なさそうに大きなテレビのある居間のほうへ行ってしまった。

何かバラエティ番組でも見ているのだろう。1人でワハハ、ワハハと大笑いする声が続いている。

じっくりと、ムジナとのご対面を続けた。

ずんぐりむっくり、ちょっと尖がった顔とのバランスがどうも良くない。

目も小さくて、愛嬌がない。1匹だけが落ち着きなく私のほうを何度も振り返る。

他の2匹は意にも介さない様子で、ゆうゆうとエサをパクついている。

やがて昨晩と同じように1匹、また1匹と縁の下へ姿を消した。


ここで生まれ育ったトンちゃんも去っていく。

そして不思議な縁から共同生活を始めた幸ちゃん、清ちゃん、そして私も去っていく。

ピー助も、今は土へ帰ってしまった。そして多分チビクロも……。


誰もが居なくなった家に、ムジナだけが棲んでいる。

彼らは昔から棲みついていたのだろう。多分これからも棲み続けていくのだろう。


一時、変な連中がここに住んでいた。

彼らが去る前に、どんなやつらか見ておこうと思ったのかもしれない。

「俺たちが居なくなっても、お前らが居てくれる」

理由もないのに、なぜか救われた気がした。


エピローグにつづく


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