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こころのオアシス

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August 1, 2007
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テーマ:怪談十夜(19)
カテゴリ:カテゴリ未分類
0時の最終「部屋廻り」を終えて
ロビーでの教員ミーティングも終わりかけた
1時頃だった。

今度は、何やら女子棟の部屋から悲鳴があがった。
それも一部屋や二部屋ではなく、
1学年女子の全部屋で
悲鳴やら鳴き声やらで
パニック状態になった。

もう勘弁してくれや・・・
という気分で・・・
ドッと疲れが押し寄せてきた。

各担任はそれぞれクラスの部屋に
駆けつけた。
私も105の我がクラスの処へと。

ノックして入ると、どうだろう。
それは、まるで2時間前に
男子の202室で見たのと
ほとんど同じシチュエーションだった。

違ったのは、
和木という女の子が白目をむいて
仰向けに寝ているまわりで、
4人の子がオンオン泣いているのだ。

私は、クラッと、軽い目まいを覚えた。
が、気を取り直して
「どしたん?」
と訊いた。

すると、中島という子が
泣きながら言った。

「先生。和木ちゃんなぁ、
急になぁ、寝てたらなぁ、
大声出して暴れ出してん・・・。

そんで、みんなで抑えてんけど
すんごい力してはって・・・
4人とも飛ばされんねん・・・」
「そんなに力あるん? この子・・・」

すると、べそをかきながら
弱っちそうな明美が言った。  

「ちゃうねん。
和木ちゃんだけの力とちゃうんや」
「ヘッ? なんやそれ?」
「だからなぁ、誰か別の人が入ってはんねん・・・」
「別の人って、誰や?」

中島が応えた。
「いつもの和木ちゃんの声と違うんや。
ふっとい声でな・・・。
男みたいやねん。その声が・・・」
「そうなん?」
とまわりで泣いてる子にふると
みんな可愛らしいパジャマ姿のまま
コクコクとうなずいた。
 

明美が続けた。
「それと、変なんやわ、先生。
あたしが、あんた誰?
って訊いてん」

(・・・んなの、訊くなやアホ)
私は内心で舌打ちした。

「そしたらな、今度は女の子の声で
和木ちゃんと違う声でなぁ、
『マーくん。マーくん』とか
言わはんねん・・・」
「なんじゃ、それッ?」

「でな、ウチがな、
マーくんて、誰? って訊いてん。
そしたらなぁ、
『私はマーくんといっしょに死ぬ』
って言わはってん・・・。
それが、東京弁で言わはるんやで。
和木ちゃん、生まれも育ちも大阪なのに」

私はただでさえ疲れと眠気で
頭がウニ状態だったが、この憑依騒ぎで
トドメを刺された感じだった。
きっと、まだ若かったから
凌げたのだろう。

肝心の和木自身は
今度は川島の比ではなく、
呼べども肩を揺すれども応答はなく
ほとんど人事不省で意識なし。

ただ、呼吸はしっかりしており、
顔はいくぶんか紅潮していたので
救急車を呼ぶレベルの病態とは違うと
判断できた。

私の脳裏では、集団ヒステリーによるハイベン
(ハイパー・ベンチレーション=過呼吸症候群)
だろうと察していた。

合宿や修学旅行での隔離状態や
蓄積疲労により、それが起こりやすいという事を
私は新任研修で習っていた。


とうとうその晩、和木は
正気に戻ることがなかった。

しかたなく、そのまま寝せることにして
他の子たちにも男子と同じく
灯かりをつけたたまま寝てよいことを告げて、
ようやく自分の布団にもぐりこめたは
午前2時過ぎだった。


翌朝、朝食時間ギリギリにやっと眼を覚まし
布団の中から枕もとの
ファイルをはさんだバインダーに手を伸ばすと
何やら指先に触るものがあった。

妙な感触なので目を凝らしてよく見ると
それは長い長い髪の毛であった。
どう見ても女の毛のようだ。

それもご丁寧に蛇のようにグルグルと
とぐろを巻いている。

端をつまみ上げてみると
裕に片腕分ほどの長さがあった。

部屋には一度たりとて女生徒が入ったことはないし
都会のホテルでもないこの宿に
ルーム・メイドが来るわけもなかった。

(なんでやねん? ・・・)
と思ったが、気色悪かったので
ポイとゴミ入れに放かした。

400名ちかい一行は朝食を終えると、
各部屋の清掃を済ませて
バスに分乗しはじまった。

私はロビーにいた温厚そうな初老の番頭さんと
お礼挨拶がてら雑談をしていた。
「いや~。
ゆんべはエライ目に遭うたんですよ・・・」
と、ふと昨晩の騒ぎを話した。

すると番頭さんは
「エッ?」
と驚いたような顔をしたかと思うと
「ちょっと、お待ちいただけますか・・・」
とそそくさと
受付カウンター奥の事務室に走り
しばらくして一冊の
分厚い青ファイルを持ってきた。

それは新聞のスクラップ・ファイルらしく
どうやらM温泉関連の記事を
全部ストックしているらしかった。

番頭さんは、私の目の前でペラペラと
しばらくファイルをスキャンしていると、
十数年前くらいの
かなり古い記事を指さした。

見ると、
それは地元のローカル紙で、
そこには男女の顔写真が
小さくそれぞれ1枚ずつ載っていた。

写真の下には細かい字で
それぞれ
「杉本亜矢さん(19才)」
「橘 正人さん(20才)」
という名が出ていた。

(マサト・・・って、
マーくん? ・・・
んな、アホな・・・・・・)

「S山の火口付近で心中したんです」
番頭さんが言った。
当時、ちょっとした騒ぎになったので
覚えているんですよ」

M温泉の「生き字引」らしい
風貌の番頭さんの言葉には
どこか真実味があった。

「新聞には載ってませんが、
駐在さんに聞いた話では、
二人とも東京の理科大の学生さんで
実験中に薬品の爆発事故があったらしく
女学生のほうが火傷したみたいで・・・」
「顔を?」
「ええ・・・」

「遺体確認の時、
駐在さんも驚いたそうですよ。
まるで溶岩にでも焼かれたようだった、
って・・・。
右半分がドス黒くて、
まるで『四谷怪談』の
お岩様みたいだったそうです」
「・・・・・・」

「まだ、若いのにねぇ・・・。
気の毒に・・・。
で、きっと世をはかなんで
恋人といっしょに
自殺したんでしょうよ・・・」

私は咽の奥が枯れて
ヒリリとしたので
慌てて唾を呑み込んだ。

その時、副担のK子先生の
ひと際明るく元気な声が
玄関外の向こうから伝わってきた。
「S先生ェ~!
2組全員、乗車完了しましたぁーッ!!」


出発の時間だった。

私は、番頭さんに
あらためてお礼の言葉を述べると
嫌な後ろ髪をひかれる気分を
断ち切るように
ササッとバスに乗車した。

見ると、真ん前の教員席のすぐ後ろのシートに
和木がニコニコしながら
チョコを頬張っている。

(こいつ、ゆんべの騒ぎ
覚えてへんのかいな・・・)
と私は少しばかり
ムッとした。

バスは何事もなかったかのように
高原の温泉ホテルを後にした。

それから2時間ほど走り、
最初のトイレ休憩パーキングで
友達と和気あいあいと
くっちゃべっている和木を見つけて
私はバス内に呼んだ。

「なんやのん、先生?」
「おまえ、ゆんべのこと
覚えてへんの?」
「ゆうべの何?」
「夜中に大騒ぎしたことや・・・」
「えっ? ウチ、寝ぼけて
絶叫寝言でも言うたん?」
「・・・・・・」

(あかん。こいつ、知らへんのやわ・・・)

「ちゃうちゃう。
誰からか朝飯んときに
聞かへんかったんか?」
「せやから、何をッ?」
和木は訝しげな顔をして
私の顔をのぞきこむように言った。

「じゃ、おかしな夢とか
見いひんかったか? ゆんべ・・・」
和木は一瞬ポカンとしたが
「ううん」
と首を振った。

「そーいえば、夢とちゃうけど
何だかバスに乗ってから
変な女の人の顔が
頭ん中に浮かぶんや・・・」
「女の顔ぉ?」
「うん」
「まだ、消えてないか、その顔?」
「うん」

私はとっさにバインダーから
A4の白紙を取り出すと
ポケットのボールペンを添えて
和木に渡した。

「これに描いてみぃ。
その女の人いう顔を・・・」
「ええで」
 
そういうと和木は
サッサカさっさかボールペンを走らせた。

はなからそれを目で追うと
A4の紙いっぱいに女の全身像が描かれ
スキーウェアらしい姿となり
髪が腰の辺りまで長くて
目が少し吊り上っていた。

そして、最後に何をするのかと思いきや
顔の右半面にシャッシャッと
斜線を入れはじめた。

「なにしとんの? おまえ・・・」

和木は首をひねりながら
「なんやか知らんけど、
顔半分にヤケドみたいのがあるんやわぁ・・・
この人・・・」







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Last updated  August 1, 2007 07:05:59 AM



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