一 母の目の中で2
家に着くなり、清の怒声が飛ぶ。清は信夫の母である。いつもの気弱な清の声ではなかった。
「いったい、いつまで遊ぶつもりなの、飯も炊かんで。勉強するわけでもないし。飯の仕度は、おまえの分でしょうが。中学生にもなって。一体、いつになったら自分の立場がわかるの。父ちゃんだって畑からもうすぐ帰ってくるのよ。ひもじい思いさせていいのね。この馬鹿ったれが・・・・・」と高い声音でいっきにまくし立てる。信夫はかっとなった。(こんなことが何時まで続くんだ。炊事、洗濯、後片付け、掃除、家事一切がのしかかっている。母の病いは、いったい何時よくなるのだ。もう、四年だ。四年もこんな生活が続いているんだ)。
「なにい、馬鹿? くそっ、そんなに腹がすいてたんなら、自分で炊けっー!」狂わんばかりの勢いで、今までの胸のつかえを信夫は吐き出す。一瞬、沈黙が辺りを制し、やがて間延びした真弓の声がする。
「ねえ、だから、うちが呼びに行ったとき、直ぐ、帰ればいいのに。うりっ、だから怒られるさあ」
「なにい、直ぐ帰っただろうが。何もできんくせして、黙っとれっ・・・・」と、先にもまして威圧的
に大声を張り上げた。清の穏やかな声がした。
「のぶやん、ねえ、どうしたの今日は。のぶやんらしくない。真弓は小さいの。小さいなりに幸のお守りをし、面倒見てるじゃない。そう、母ちゃんがやればいいの、他のお家みたいにね。でも、仕様がないじゃない。母ちゃん少し無理しながら出来ることはやってるのよ。今も、火を焚きつけながら、息が苦しくなって大変なの。火吹棒で焚きつけながら息苦しくて、でも、少しは役たたないとね。死ぬ思いなのよ。早く直って元みたいに、みなの世話をしたい・・・・・。ねえ、どうなの自分のたち場が分かってるの? それとも、こんな母ちゃん要らない? 死んでもいいの・・・・・。ねえ、どうなの、母ちゃん死んだほうがいいの・・・・・」
清は、穏やかな声で語っていた。が、信夫には、いやにい落ち着いた自信ありげな抑揚のこの声音が、これまでの思いを一気に爆発させた。
「しつこいなあ。そんなに死にたかったら死ねばいい」と、ほとんど絶叫に近い叫びだった。信は真っ青だった。
いつの間にか、父重治が帰っていた。きっと、会話の一部始終を聞いていたに違いない。口元をかすかに震わせ、青ざめた顔を清に向けている。急に重治の節くれだった手のひらが信夫の頬を叩きつける。さらに、強い力で足払いされた。しりもちをついたまま清に目を向けると、清は黙ったまま俯いている。やせ細ったかいなが激しく上下していた。かきあげた清のぱさついた黒髪が、夕暮れの風を受けていた。
重治は、鍬と芋の入ったもっこを台所の片隅に置いて、何も言わずに夕食の仕度を始めた。
お中元にいかがですか・・・・桃