四 夕餉の風景(2)
春休みだった。冷え冷えとしたとーら(台所)の板間には裸電球が赤く光っていた。食事は,お汁とタイ米のぽろぽろのご飯、大根とにんじんの塩煮だった。それでもおかずがあるだけ夕食は豪華だった。裸電球が、冷たく淡い光を食卓に落としている。
「伸、・・・・・済まん学校やめてくれないか。いちねんくらい・・・・・」と消え入るような声で重治が言う。
「うん、いいよ」とあっさり答えたが、皆は何か不快のものに触れたように箸を止めた。無言のまま又、箸が動いた。
途中で食事をやめて祖父イトゥヌが座を離れ、二番座の縁側で、キセルに火をつけている。ひとしきり、すぱーっと頬を細めて煙を吸い、上を向いてすーっと吐いた。そして、いつもより激しい動作で、キセルを灰受けの竹筒に叩きつけた。こつーんと空気に突き刺さるような音が、皆を我に反らせ、再び箸が動いた。イトゥヌは、威厳のある目を重治に向けていた。重治はその視線を避けるように俯いたまま、ご飯を口に運んでいた。この祖父も理髪師であったが五十代で仕事を辞め、その後は土地を切り売りして生計を立て、今、八十に手が届こうとしている。
重治のこの言葉に、祖母マンダルも叔母マイツも、居心地の悪そうな様子である。
なんの躊躇いもなく返事をした伸夫には、予感があった。清の死後、療養費の返済に呻吟していた重治の心中を理解していたからだ。高校に行けるとは思わなかった。渋渋、了解した重治の口から学業中止の言葉が出るのは時間の問題だと伸夫は感じていたのだ。いつ,止めることになってもおかしくないと伸夫は思った。学業も手に着かない毎日であった。ただ、家の手伝いのために家庭教師をして、学費を稼いでいたが,借金を軽くするまでには至らなかった。いつ、学業中止の裁断が下るか解らない,そんな苛立ちが,いつも伸夫の心を捉えて離さなかった。重治は,今日、そんな伸夫の気持ちを解き放してくれたのだ。
(つづく)
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