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私は仕事でも私事でもトラブルが発生して、白黒の判断がつかないとき「こりゃ、藪の中だ」という言い方をしてきた。 周りにいた人たちが「藪の中」の意味を理解してくれたか否かはわからない。 原点&原典は芥川龍之介の小説「藪の中」。 普段の会話で使っている人は、結構多いと思うのだが。 この話は黒澤明の「羅生門」で映画化された。 (どうして羅生門というタイトルにしたのだろう? 羅生門という小説もあるのに。) 以下 アマゾンから引用 内容(「BOOK」データベースより) 山中の薮で発見された男の死体をめぐって繰り広げられる7人7様の証言。真実は最後まで明かされず、読者はいつしか深い薮の中へ迷い込む…。『今昔物語』から着想を得て、みごとにドラマ化した傑作短編は作者の人生観を色濃く反映している。 カスタマーレビュー 『広辞苑』が次のように成語扱いしている。 【藪の中】(芥川龍之介の同名の小説から)関係者の言うことが食い違っていて、真相が分からないこと。 私見によれば、これは芥川の意表を突いた小説構成で、 (1)創作ノート開陳法 (2)裁判証言羅列法 とでも言うべきものをうまく利用していると思う。すなわち、 (1)三通りの筋書きをそのまま提示 (2)七人の食い違う証言を並べただけで、裁判をしないで、読者任せ。 このような投げやり手法で成功して名作の地歩を確立している(雅) 他人の評価は様々で面白い。 芥川龍之介の小説はすべてを読み通してはいないが、短編ということもあり私には馴染みやすかった。 「芋粥」は教科書にも引用されていたし、「鼻」・「杜子春」・「蜘蛛の糸」も小中学生の頃に読んだ。 特に「蜘蛛の糸」はエゴイスティックな俗人を皮肉っており、教訓めいた話だが私は好きである。 さて、上京してから親友になったSがビアスの「悪魔の辞典」を紹介してくれた。 以下にその内容の一部をWEBから拾って紹介。 筒井版『悪魔の辞典』から(講談社) 花嫁 「幸せいっぱいの見通しが過去のものになった女」 政治 「主義主張の仮面を被った利害のぶつかり合い。 私利私欲のためになされる公の行為」 電話 「悪魔の発明である。不愉快な人物を遠ざけておく 便利さをいささか阻害するもの」 戦争 「平和のためのかけひきから生まれた副産物」 年 「三百六十五回の失望がやってくる周期」 喜び 「最も不愉快でない形の落胆」 歩行者「自動車から見れば、動き回り(しかも声まで出す)、 道路の一部。 「友情とは、天気がよければ2人乗れるが、悪いと1人しか乗れない程度の大きさの船」 こういう、皮肉?が大好きな性分で作者を調べた。 短編作家アンブローズ・ビアス(1842-1914?)で晩年は不明。 社会人になって経済的にゆとりができた頃、ビアス全集を購入してすべて読んだ。 その中に、なーんだ芥川龍之介(1892-1927)の「藪の中」は彼からのパクリじゃないか?という短編があり、ビアスを不憫に思った。 芥川龍之介がビアス作品をパクッたのかどうかは、「藪の中」である。 (2007.5.6記) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.05.07 15:47:55
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