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2011.12.08
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日本の12月と8月は開戦、敗戦の記事・番組をよく見るように
なったのはこの数年のことではないだろうか。

バブル崩壊後は特にこの風潮が強くなってきたと、私が感じているのは
不勉強だったせいかもしれないが。


自信をなくし、自虐的な歴史観を抱くようになったのは敗戦による。

日中戦争(「戦争」とは言わず、「事変」とよんでいた。
理由があるのだろう。)に並行して、太平洋戦争に突入したのが
70年前の今日12月8日。

日本人の心理としては、宣戦布告通知が遅れ、事実上奇襲攻撃に
なってしまったことにうしろめたさを抱くのは自然だろう。

(しかし、最後通牒を発して行われた戦争はどのくらいあるのだろう。
しかも、日米戦争に関しては米側の「ハルノート」最終版が実質的
最後通牒である。)

いまでは開戦の張本人はフランクリン・ルーズベルトであるとの考えに至っている。

私の小中学生の頃の歴史の時間では、F・ルーズベルトは大恐慌後の
アメリカ経済を「ニューディール政策」で復興させたと学ばされ、好意的な
評価だったが、どうもこれは間違いだったようである。

今日の新聞には「ルーズベルトの責任・日米戦争はなぜ始まったのか」
著者:チャールズ・A・ビーアド(1874-1948)の和訳が近々出版されるそうである。
*当時は米政府の圧力で売れなかったそうである。


日中戦争(あえてこの表記を使うが)については、辛亥革命で清を倒した
孫文の後、後継者の蒋介石の時代には、またぞろ軍賊が割拠しだし、治安は
また乱れ始め、警察行動で抑えにかかった日本軍は、規律のだらしない
中国兵、便衣兵(ゲリラ)に対し、泥沼に落ちていった。
(それはちょうど、米軍がベトナム、アフガン、イラクで泥沼に落ちた現代と
重なって見える。米国はつくづく学ばない。)

いまも変わらないようであるが、中国は法治ではなく人治(即ちコネ、
賄賂)で、国際法なんぞは自分の都合のいい所だけ受け入れる。
しかも、南北朝鮮と同じく、うそ・捏造がうまい。


今日、いろいろWEBを渡り歩いていたら、
【日米戦争はなぜおきたか:久保有政氏】
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/rekishi06.htm
を見つけた。私の思いを代表している秀逸な記述だと思う。

まだ読んでいないが、加藤陽子氏の【それでも、日本人は「戦争」を選んだ】
も興味大である。
(加藤氏は今日のテレビ、BS歴史館「真珠湾への7日間-」に出演されていた。)


歴史は掘り起こすものだと思う。


30年前、私は始めての海外旅行・・ではなく米国出張の機会を
与えられた。(会社としてはご褒美のようなものだった。)
米英仏独、メキシコ、ブラジル・・世界中の営業マンがオレゴン・ビーバートンに
集まり、新製品のトレーニングにかこつけた親睦会のようなものだった。

そんなある夜、同僚の小林とホテルのラウンジで飲んでいたとき、
アリゾナから来ていた営業マンが同席していいかと寄ってきた。
Of course. Please.

私の英会話はなかなか覚束ない。
が、対面していればある程度理解できる。
彼は開口一番、「あのとき、俺の爺様はパールハーバーに居たんだ」
・・・・
しばしの沈黙。

そのとき何を話したか覚えていない。

しかし、その後の連日のパーティーやらワークショップでは
なぜか彼のほうから近づいてきて、テーブル上の新製品を
いっしょに評価しあった。

私の下手な英語は中々通じず、同席のメキシコから来ていた
少し年配の営業マンが私のへぼ英語を通訳してくれたりもした。

日米開戦70年の今日、30年前のアメリカでの私のいい思い出がよみがえる。


20111208BOT.jpg






Last updated  2011.12.08 22:47:21
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