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愛犬ジュンとのなんじゃもんじゃウォーク

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ジュンの回想

2015.04.01
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カテゴリ:ジュンの回想
20130503JUN
2015.5.3 海の公園・・・だと思う。


異種動物間の愛情

通勤の行き帰りに、三毛猫がいる。

ジュンを得る前からだから、齢は13年以上は間違いない。

その当時は、よぼよぼで痩せこけた老犬がノーリードでその三毛猫のいる周辺をうろついていた。

あるとき、三毛猫がその老犬にすり寄ってゴロゴロしているシーンに出会った。
・・・・ エッ!と、気持ちが癒やされた。


今日もその三毛猫が待機していた。たまに、かまってほしいのか目が合うとニャーニャー鳴く。



さて、暇つぶしにスマホで見た記事。

【これぞ運命】野良イヌを保護したら “生後10日の子ネコ” がくっ付いてきた!「子と親をなくした2匹が巡り会ったのではないか」と獣医師

私にしてみれば、愛犬を亡くした親と、飼い主を亡くしたポメ。
記事と似たような状況。



異種間の動物の愛情。

昔々、NHKで「タモリのウォッチング」という番組があった。

ワニに捕まり、川に引きずりこまれようとしている鹿(の一種)の子供。
カバが現れ、その子鹿をワニから救う。30年くらい前の番組を記憶している。

今では、ネットでそんな異種間の心温まる映像をよく見かける。


人の世界は・・・ISのテロ、異種どころか我が子への虐待・・・

「惜しみなく愛は奪う」という言葉の意味は、この歳になっても理解が
混沌としているが、自らの命・他人の命を奪う宗教は邪教である。

動物を見習った方が良い。



* ジュンの闘病記8と反省はなかなか著せない。








Last updated  2015.04.01 22:17:48
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2015.03.31
カテゴリ:ジュンの回想
20130609福浦ヘリ基地
2013.6.9 福浦ヘリ基地


そして里親になる

ジュンに許しを乞わなければならない。
「里親」になることに決めた。

ジュンの写真とかぜにはるるさんが描いて下さったジュンと、
お骨を傍らに、 ペットのおうち を探っていた。


昨日、「飼い主死亡につき里親様募集します(代理投稿)」の
募集条件を見て、プライバシーをそこそこさらけ出して勤務先から応募した。

帰宅後PCを開いたら、励まされるメッセージ。

メールのやりとりは深夜におよび、今日「見合い」もせずに決定した。


元親は甘やかしたらしく、「お姫様」状態。
ジュンとどっこいどっこい。

私もしばしばジュンを「ヒメー!」とか「お姫様」と呼んでいた。


ジュンの生年は2002.2。・・・13歳。
彼女は里親募集では推定年齢が多い中、2002.1.7 生まれ。


ジュンと私が果たせなかった20歳齢を目指す。

20150331ルビーちゃん
ルビーちゃん。

心臓に若干支障があるとのことだが、一病息災!
いざとなったら治療費捻出で酒・タバコはやめる。

土曜日に迎えに行く。日曜日は一緒にジュンとたどった花見かな。






Last updated  2015.03.31 20:10:50
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2015.03.29
カテゴリ:ジュンの回想
20130103貝山にて
2013.1.3 横須賀・貝山


高齢者と里親


「里親」とは本来、人を対象にした制度だが、今では「里親募集」は
犬猫などのペットを対象にしたものが主流のようで、この用語の使い方に
異論を唱える方々の意見もネットで散見する。

「里親」に求められることは、その愛情力のみならず心身の健康、
そして、経済力。 全面的な責任能力。

実の子供への虐待事件がこのところよく報道される。
「人の子供」への責任は何倍も何倍も重い。

比べることは不遜ではあるが、ペットへの責任も考慮せざるを得ない。
一緒に生活して「互いの豊かさ」を求める姿勢は同じだから。

里親制度さとおやせいど
里親とは、児童福祉法(昭和22年法律第164号)に基づき、家庭に恵まれない児童を自分の家庭に預かって養護することを希望する者で、都道府県知事が適当と認めた者、里子とは里親に委託された児童をいう。(ネットから 以下略)

なにげにネットニュースを見ていたら、こんな記事があった。

高齢者とペット 飼い主の病気や入院で行き場失い…安心して飼える仕組みを
この記事のリンクは不可でした。産経新聞からです。

シニア世代にとって、ペットを飼うことは心身の健康維持につながる。しかし、飼い主の病気や入院で飼育が困難になり、行き場を失うペットは少なくない。高齢化が進む中、シニアが安心してペットを飼うための仕組み作りが広がっている。(平沢裕子)(以下略)

20150325サンケイから
「民家で飼われていた約60匹の犬。飼い主には最後まで責任を持つことが求められている」

暇にあかして数多くの「里親募集」や「一時預かりのブログ」に目を通す。
里親を求めるボランティアの条件は高齢者には厳しいが、中には
犬の推定年齢と平均寿命を鑑みているボランティア団体もある。

たとえば、人がペットの世話のできる平均寿命とペットの平均寿命20年。
ペットの推定年齢が5歳なら里親希望の方が60歳なら、75歳まで
「責任をもって最後まで看取ることができるか」である。

先のことは誰しも分からない。
予見できることは、ペットのエサ・オヤツ代のみならず晩年の
医療費と自らの医療費がどうなるのか。

生き物への責任は重い。






Last updated  2015.03.30 00:33:51
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2015.03.28
カテゴリ:ジュンの回想
20090909JUN


野島公園のバーベキューで

古いPCにろくに整理もされず、ファイリングされていたジュンの写真。

以下は2009年の野島でのバーベキュー時のもの。

スナック「おいしい香り」の常連が40名くらい集合。

ジュンはノーリード。もちろんつまみ食いはしない。
マスターが仕入れた高級な食材を与えられても食べない。
コンロ周辺から離れることもない。

可愛がって抱っこしてくれる人たちで満腹だったのだろう。

20091103BBQ1 20091193BBQ2

20091103BBQ3 20091103BBQ4

20091103BBQ5




メモ
散歩の健康への効果はけっこうあったようだ。
ジュンに逝かれてから歩くことも、これといった運動もしていない。
一駅前で降りて歩くのだが、ジュンがいないとつまらない。

さみしくて釣りに行く気もおきない。

ジジーのボランティアグループ「助さん」からの依頼は少ない。

ネットで「里親募集」のサイトを探る。
単身高齢者OKの募集は極めて少ない。
介護保険料の納付通知だけが積極的に届く。

まだまだ元気なうちに・・・と、新たなボラを申し込む。
「一時預かりと里親さん宅への搬送」

簡単な返信があったが、10日位前突然携帯が鳴った。
誰から? ・・・・ 里親ボラさんからの搬送依頼。

先週土曜日、里親さん宅へ「トライアル」でボラ主催者さんと
届けた。 しつけの方法やらもろもろの注意事項を伝授していた。
私はジュンにはあそこまで厳しくはできなかったし、知らなかった。

里親さんはフローリングをカーペットタイルに改装済。

黒ラブ+柴のミックスと思われる**ちゃんはハイテンション。

里親がまだ見つからない有名ブロガの「飯のためなら何でもするずら」のユキちゃんみたい。
(岡山在?)

トライアルを経て、実の里親さんになってくれることを信じている。


20150321 Hana

ドッグレスキュークラブ・東京






Last updated  2015.03.28 18:12:41
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2015.03.26
カテゴリ:ジュンの回想
20081024JUN
2008.10.24 ジュンの笑顔


ジュンのとっておきの笑顔

一世代前のノートPCから、ジュンの写真ファイルを抜き出した。
この写真はデスクトップの背景にしていたものだ。

いつも元気を与えてくれた。


カメラを向けるとジュンはいつも顔をそむけた。
数少ないジュンのカメラ目線の笑顔。


写真では表現しきれないジュンの活力に満ちた笑顔は私の頭の中のアルバムにある。






Last updated  2015.03.26 19:31:56
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2015.03.24
カテゴリ:ジュンの回想
20140104JUN
2014.1.4 ジュン


犬がいる風景

ジュンが2歳ぐらいの頃だったか、夜の散歩を終え自宅マンションはもう目の前。
すぐ近くの公園には誰もいなかった。

こっそりリードを外した。

ジュンは喜び勇んで、広場をぐるぐる円を描き走り回り喜ぶ。
これには私も自分のことのように嬉しかった。

それからである。
なんとかジュンをノーリードで散歩したい。

夜の散歩が多いが、できるだけ人と車の往来の少ない散歩コースを探した。


散歩後、テレビを観る。
ジュンとの生活の中で、いつしか犬のいる風景を注目するようになっていた。

映画、ドキュメンタリー、ドラマ・・・

東南アジアや南の島ではほとんどの犬は人の生活の中で放し飼い。
やせた犬が自由に闊歩している。

一方、「先進?文明社会」の中ではつながれている。
私の幼い頃、昭和20-30年代は名古屋の下町でも放し飼い。
犬は皆おとなしいものだった。

あるとき飼い主の分からない犬が数日間、うろちょろしていた。
私は一度だけの経験だが、「犬獲り」が車でやってきてその黒犬を捕まえた。
犬は恐怖と観念からか脱糞していた。惨めだった。哀れだった。


前後を確認して、人がいないのを確認してリードを外す。
人影を見つけたらリードをつなぐ。
ジュンには「車道に出ちゃだめだよ」と言い聞かせ、散歩道でリードを外す。
ジュンはおのずと私に寄り添い、時には遅れ時には先を行く。

先を小走りして、「ちゃんと始末してね」と排便する。
毎回挨拶する人は分かっているので、次第にそのままノーリード。

そのうち犬がだめな人、好きな人は遠目でも分かるようになってきた。

好きな人はジュンを触りたがったり、「抱いてもいいですか」と諒解を求めてくる。
中には勝手にジュンに別の名前をつけ、呼んだりする。

あるときは、後ろから「すいませーん」、「うちの子にわんちゃんを
触らせていただけませんか」と声をかけられたこともある。

小さな子供から触らせて下さいと申し込まれたことも多々あった。
シャイな子が親に頼んで「さわらせて」ということも多かった。

すべて私には嬉しくジュンは自慢の娘だった。


犬を怖がる大人・子供の存在は認める。しかし、私はそんな人を情けないと思う。
犬アレルギーのひとはしょうがない。


私は登山で熊に出会ったことはないが、カモシカや雷鳥、岩雀、
サンショウウオ等生き物に出会ったときは嬉しかったのだが・・・

人を最優先にする社会だが、害のない生き物に先入観で
怖れを抱かれることにいささか残念な思いがする。

ジュンとの散歩で2度ほど「青大将」に出くわしたことがあった。
私は蛇が苦手である。
犬が苦手な人の気持ちは、私が蛇を怖れるのと同じなのかしら。


さて、犬のいる昔の風景。
忠犬ハチ公の2つめの銅像が先日お披露目された。

あのころ、ハチは大型犬で放し飼いにもかかわらず地域の人から愛されていた。
いい時代だった、と思わざるを得ない。

忠犬ハチ公像
東大 赤門に設置されるそうな






Last updated  2015.03.24 21:00:22
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2015.03.23
カテゴリ:ジュンの回想
20121202JUN
2012.12.2 ジュン


ジュンの闘病記 7

1月25日(日) ヘリ基地へ。フリースケットで抱いて1週。
        腹水が流れ出るので、医院へ相談。明日止まっていなければ
        処置することに。 砂肝3羽分ぺろり。


今思えば、私はアホな飼い主だった。病の愛犬を散歩に連れ出すなんぞ。
ジュンの歓心を得んがために・・・

腹水が溜まるのは投薬の副作用だったのでは?
「闘病記」の最後に反省を記したい。

以下、闘病記7へ
*********************************

明日でジュンに先立たれてから1ヶ月になる。

随分長い時間が過ぎたように感じる。

仕事をしていなければ、外出することもなく引きこもっていたかも知れない。

散歩-ウォーキングすることもなく、食事も乱れがち。
仕事先に向かう足が重い。


ジュンの闘病記を書き残すことは無意味に思えるが、
「登山」と同じで、もうじき山頂。

いつか、自分で書いたこのブログを読み返して思い出に
耽ることもあるかも知れない。


1月26日(月)砂肝2羽分食べる。17:00過ぎ帰宅。腹水で
        ペットシーツが血混じりで濡れていた。
        それでもヘリ基地へドライブ。散歩不可。
        小便数回。
1月27日(火)朝、砂肝・肉缶を食べる。17:30帰宅。
        ジュンは不自由ながらも寝室から出迎え。
        元気づけられる。
        砂肝3羽。ビーフステーキも少し食べる。
        腹水は止まった。安心。
1月28日(水)朝、砂肝・肉缶・カリカリ少々食べる。食欲旺盛
        17:30帰宅。ジュンは必死で玄関にお出迎え。
        嬉しくて思わず涙。
        手羽元⒉羽。軟骨部も食べる。腹水孔は完全に塞がれた。
1月29日(木)朝、肉缶少々のみ。食欲減。
        帰宅後ヘリ基地へドライブ散歩。ほとんど歩けず。
        砂肝⒉羽+アジの開き半分食べる。
1月30日(金)朝、砂肝1羽・ジャーキーかけら・肉缶とカリカリ少し。
        帰宅後、メロンパンの底周りの甘いところ1個分。
        雪・雨で外出中止。砂肝・アジ・肉缶 食欲復帰。
1月31日(土)砂肝2羽分だけ。水を大量に飲むが尿・便がでない。
⒉月 1日 (日)朝、砂肝1羽分+もも肉1/4。午後、侍従側沿い~
        ヘリ基地をドライブ。抱いて散歩。
        16:30 アジ少しもも肉残り。その後もジャーキー
        カリカリ、ホームパイを食べる。
        20:00 砂肝⒉羽。食欲復帰
⒉月 ⒉日(月)朝、砂肝1羽/ジャーキー・肉缶。軟便あり。
        ウェットタオルで拭き取り。
        帰宅 寝室入り口に敷いたマットに排便あり。
        排泄にほっとする。メロンパン底の甘いとこ。
        砂肝。
⒉月 3日 (火)砂肝1羽・肉缶2。帰宅後医院へ。薬。
        メロンパン底甘いとこ。~ ヘリ基地へドライブ。
        夜、砂肝⒉羽・もも肉。
        23:20 大便。
⒉月 4日 (水)朝、砂肝・もも肉。 帰宅後いつものメロンパン。
        夜、砂肝4羽分。夜中尿便あり。
⒉月 5日(木)砂肝⒉羽・肉缶。排便あり。夜、砂肝⒉羽。
⒉月 6日(金)免許更新のため仕事休み。とり軟骨をかみ砕いて
        与える。ヘリ基地へドライブ。
        ジュン夜泣きが激しい。苦しいのか!?
        ベッドに上げて一緒に寝る。排便なし。
⒉月 7日(土)疲れたのか午後まで寝入る。起床後、ジュンは
        砂肝は顔をそむける。とり軟骨は食べる。
        肉缶少し。 22:15小尿 22:40排便
        ジュン お座りの姿勢で首を落として不調。 
⒉月 8日(日)ジュン食欲なし。午後ヘリ基地へドライブ・抱っこ散歩。
        18:20嘔吐、吐瀉物なし。脱糞。尻周りが汚れシャンプー
        タオルで拭き取り。その後、ジャ-キーを食べる。

このころから、ジュンの食欲と排便に気をもむようななった。
尻周りが汚れウェットタオルで拭き取ることは、苦痛でも何でも
なく、ただ安心感を私に与えた。

暖かくなる時節までもってほしかった。
このころは私も「覚悟」を決めはじめていたのだろう。
それでもまだまだあきらめなかった。

以下、ジュンの闘病記 8へ

***********************************

小泉八雲の「怪談」の中の話だったと思うが。ある男が妻を
看取るときに後添えはとらない約束をする。
しかし、約束を違え後妻をめとる。その後の顛末は・・・
   


淋しさを紛らわすために「里親募集」のサイトを開き、手放さざるを
得なくなった方々の事情や、ボランティアの里親希望者への厳しい
条件を読む。

高齢・単身、後見人選定では私はもうあきらめざるを得ない。

せめて、里親への搬送・一時預かりだけでもと、さるボラ団体に
申し込みを入れておいた。
メールで簡単な返信があったが、所在地やメンバーなど詳細は不明。

へたに所在地を明かすと、犬が捨てられることが多いので理由は
理解する。

先週水曜日に突然携帯が鳴る。登録されていない電話から。
名前を明かさず受信したら、搬送依頼だった。
三多摩地区から藤沢まで。

環七、第三京浜が予想以上に渋滞し、午後に到着。
里親さん宅はすでにフローリングの床に、カーペットタイルを敷き
犬が滑らないよう準備していた。
黒ラブと柴のミックス。ボラさんはしつけ方やら注意事項・・・
時間をかけて丁寧に説明する。
ペットショップではここまではできないだろう。

まったく敬服した1日だった。
里親さんもトライアルではあるが、そのまま犬のいる充実した
日々を過ごすことになるだろう。






Last updated  2015.03.23 20:09:53
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2015.03.17
カテゴリ:ジュンの回想
20130104へり基地4
2013.1.4 福浦のヘリ基地丘へ


別れと終活

ジュンを看病している頃、トキオの「山口達也と愛犬じゅのんの16年間」を
観た。(2月14日放送の天才!志村どうぶつ園。)

番組の中で、彼は「もっとジュノンにしてあげることがあったのでは」と
自然に涙を流しながら語っていた。

山口達也


私も2代目コロを亡くしたとき同じ思い、「もっともっと
何かを・・・」。11歳の6年生の時である。

その頃は人とか犬とかを忘れ、「死」を考えた。
「死別」を考えた。

最も死に向かいやすい職業。軍人。
戦争映画では同僚を亡くした兵士が泣く。
上官はその事態を冷静に受け入れる。

上官はあまりにも多くの悲しみを乗り越えてきたのだろう、と思った。



こんな番組も観た。
『中居正広の「終活」って何なの?ー僕はこうして死にたいー』
   2月21日(土) フジテレビ2時間特番
   
「乳がん」を宣告されても、治療には応じず自然にいきたいと
かたくなに意思を貫く女性。
インタビュー中にも急な激痛におそわれひっくり返る。

手術、放射線治療、化学療法・・・彼女はすべてを拒絶し、
自然の宿命を待つ。頻繁に襲う苦痛にもかかわらず。

番組終盤で医師が「緩和治療」について、苦痛を和らげるのも
治療の一部と解説しする。



ジュンにしてあげられたことは何だろう。

ジュンに苦痛が襲っているだろうことは類推できる。
しかし、ジュンはのたうち回ることもない。


⒉月の中旬。私はジュンの治癒が不可能なことを悟り始めていた。

ジュンとの13年間。コロと死に別れてから54年目。

あのときの反省からジュンとは思いっきりしたいことをし、
ジュンの望むことを推し量り、楽しく過ごしてきた。

ジュンの写真をめくり、彼女の残してくれた笑顔で癒やされる。

「ジュンにもっとしてあげられたことはなんだったのだろう」







Last updated  2015.03.18 04:01:50
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2015.03.16
カテゴリ:ジュンの回想
20110925JUN
2011.9.25 一番のお気に入りの写真


ジュンの闘病記 6   腹水の抜水

せめてもの慰みは毎朝晩、食事を摂ってくれること。
ジュンの腹水は次第に大きくなり、歩行が困難になってきた。
長時間散歩は無理だが、毎晩車で好きな福浦のヘリ基地丘へ。
岸壁で夜釣りをしている人たちの様子を見ながら足を延ばしたことも。

ある晩、「2日前に亡くして泣き明かした。」という、初老の釣り人に
声をかけられた。

以下、闘病記6へ

********************************

ジュンは仔犬の頃、フィラリア病のペレットを与えたら飲んだ。
と、思ったら私に分からないよう、こっそりはき出していた。

で、すり鉢で粉末にして水に溶いてスポイトで無理矢理飲ませていた。

今回は5種の薬剤を粉末にして、蜂蜜水に溶かして飲ませていた。

2015JUNの薬
肝臓薬、抗生物質、利尿剤、胃腸薬、消炎剤

正月明けには「ニカショウハーブ」が届いたので、これと併せて
飲ませるようにした。

2015ニカショウ


10日からは手帳にメモを残すようにした。

1月10日(土)午前中、福浦ヘリ基地へ散歩。夜、侍従川沿いを散歩
1月11日(日)福浦に車を停め、海の公園のフリーマーケットへ散歩
1月12日(月)図書館まで散歩。夕方、六浦駅周辺を散歩。
1月13日(火)ジュン元気が無い。福浦へ車で散歩。手羽元は食べる。
1月14日(水)薬を10日分医院へ。ヘリ基地へ車で。散歩
1月15日 (木)雨 散歩中止。ジュン、ストーブの前に陣取るようになる。
1月16日 (金)福浦ヘリ基地を散歩。ジュン食欲旺盛。
1月17日 (土)福浦ヘリ基地へ。SDカリカリを購入。
1月18日 (日)釣り例会。帰宅後、ヘリ基地・岸壁を散歩。
1月19日 (月)小水多便。ヘリ基地では100m位でストップ。
        食は旺盛。砂肝2.5羽分。
1月20日 (火)ヘリ基地へ。抱いて散歩。食欲旺盛。多便。砂肝2.5羽分
1月21日 (水)雨、散歩中止。食旺盛。多便。
1月22日 (木) 朝、SDカリカリ+肉缶。夜、砂肝3羽、手羽元2本。
        腹水でお腹が異様に膨らんでいるので24日に処置する
        ことで医院と話。
1月23日(金) 雨で散歩は中止。食欲は旺盛。
1月24日(土) 9:15 入院-腹水抜水。16時頃迎えに。
        腹水中に出血が見られたので、エコーで調べたら
        腫瘍らしき影と、空洞が認められるとのこと

        万事休す。しかしジュンは元気!帰宅後、SDカリカリ
        1時間後砂肝も食べた。
1月25日(日) ヘリ基地へ。フリースケットで抱いて1週。
        腹水が流れ出るので、医院へ相談。明日止まっていなければ
        処置することに。 砂肝3羽分ぺろり。


今思えば、私はアホな飼い主だった。病の愛犬を散歩に連れ出すなんぞ。
ジュンの歓心を得んがために・・・

腹水が溜まるのは投薬の副作用だったのでは?
「闘病記」の最後に反省を記したい。

以下、闘病記7へ







Last updated  2015.03.16 19:59:09
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2015.03.15
カテゴリ:ジュンの回想
20130105JUN3
2013.1.5  金沢七福神巡りで。シーサイドラインのホームにて



ジュンへのお守り、ジュンからのお守り

数年前、ネットで「ペットお守り」が売られていることを知った。

「お守り」は買うとか言ってはいけないそうで、
私も縁起物ゆえ違和感を感じていた。

「授かる」と言わなければならないそうで。

お守りは「気休め」と言っては身もふたもないが、
「神は自ら助ける者を助く」というのは真実だろう。

いつだったかは忘れたが、ジュンを連れて遠征散歩を兼ねて
自宅から鎌倉の鶴岡八幡宮まで授かりに出かけた。

行きは釜利谷の山を登り鎌倉天園まで、授かってから帰りは電車。

いつも散歩バッグとハーネスに付けていた。
JUNのお守り

ジュンのおかげで色々なところに出かけた。


今はジュンから私へのお守りを首に提げている。
JUNのペンダント







Last updated  2015.03.16 03:01:12
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