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じゃくの音楽日記帳

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1

マーラー演奏会(2019年)

2019.12.30
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今回のギルバートの6番演奏を聴いたのを機会に、ハンマー3回についていろいろと調べてみました。この記事はその3(最終回)として、今回のギルバートの3回ハンマーについて書きます。


1  ギルバートの3回ハンマーの背景:二つの系譜?

さて、ギルバートが3回叩かせたのはどのような背景から出てきているのか、これを想像するとちょっと面白いです。やはり3回ハンマーを実行している佐渡さんと違って、ギルバートはバーンスタインの直接の弟子ではありませんが、ニューヨクフィルの音楽監督だったし、ご両親ともニューヨークフィルのヴァイオリニストですから、バーンスタインの影響が間接的にでもあることは想像できます。

ギルバートが生まれたのが1967年2月。バーンスタインがニューヨークフィルで6番を演奏・録音したのが同じ年の4~5月です。この演奏・録音に、ギルバートのお父さんは参加したのでしょうか。お母さんは産休中だったのでしょうか(^^)。

そしてその前にミトロプーロスがいたわけですね。

ミトロプーロス(1896-1960)は、1949年にニューヨークフィルの常任指揮者となり、1951年 から1957年まで音楽監督となりました。バーンスタイン(1918-1990)は、ミトロプーロスを引き継ぐ形で、1957年からニューヨークフィル首席指揮者に、1958年から1969年まで音楽監督を務めます。ウィキペディアによればバーンスタインは、ミトロプーロスの影響でマーラーの交響曲に興味を寄せ、マーラー作品を指揮するにあたってミトロプーロスに力づけられた、ということです。

バーンスタインが、ミトロプーロスの6番演奏、特に1955年の演奏(3回ハンマー)を聴いた可能性は高いと思うし、ミトロプーロスがバーンスタインに少なからず影響を及ぼしていると考えるのは自然だと思います。すなわち

ミトロプーロス→バーンスタイン→ギルバート

というニューヨーク・フィル音楽監督の系譜の可能性がひとつあります。

それから、もう一つの系譜の可能性があります。アラン・ギルバート(1967-)の英語版Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Alan_Gilbert_(conductor)
によると、ギルバートは1994年にゲオルグ・ショルティ賞というものを獲得し、ショルティの1週間のプライベートチュータリングを受けたということです。ですのでショルティとのつながりもあるということで、もしかしたらショルティの影響を受けて、ショルティ→ギルバートという系譜も考えられます。あくまで単なる想像(妄想)です(^^)。

ところでギルバートはニューヨークフィルでマーラー6番を2回振っています。1回目は「Focus on Mahler」と題された2010年9月29日30日、10月1日の演奏会です。2回目は2012年5月2日です。どちらも第2楽章アンダンテ。それらのプログラム冊子もニューヨークフィルのデジタルアーカイブで見ることができます。2010年のプログラム冊子に、ギルバートが「Alan Gilbert on This Program」という文章を寄せていました。文章の最後に、楽章順とハンマーの回数によって物語が違ってくる、これらの選択はともにこの曲の究極的メッセージを決めるうえで非常に強い効果を持ちうる、と書いてありました。でもギルバートが第二楽章アンダンテとハンマー3回を選択した具体的な理由については、何も書いてありませんでした。その部分の原文を引用しておきます。

I have heard very convincing performances of this piece with the inner movements in
both orders, and with two or three hammer blows. But the decisions made on both
points lead to different narratives: these are interpretive choices that can
have an extremely powerful effect in determining the ultimate message of this
masterpiece.

(ニューヨークフィル2010年9月29日、30日、10月1日のプログラム冊子より、「Alan Gilbert on this program」の最後の部分。ニューヨークフィルデジタルアーカイブ)


2  今回のギルバート&都響の使用楽譜:改訂版に3回目のハンマーを追加

さて今回の都響との演奏でのハンマー3回は、バーンスタインやショルティと同じように、改訂版(全集版)にハンマーを追加したのでしょうか、それとも初期版(第1版、第2版)を使ったのでしょうか。

僕は初日の演奏会では3回目のハンマーに目がいってしまっただけで、他の楽器をみていませんでした。そもそもこの箇所の他の楽器のオーケストレーションの違いを理解していませんでした。そこで二日目の演奏会を迎える前に、金子氏の本を読み直し、スコアも眺めたりして、その1その2の記事に書いたようなことを整理しました。そのようにして準備を整え(^^)、二日目の演奏会に臨みました。

二日目にしっかり視認したところ、3回目のハンマーのところで、先行するチェレスタが入っていて、テューバとトロンボーンは参加せず、ティンパニは一人でした。ギルバートは改訂版に単にハンマーを追加した(=バーンスタインやショルティと同じ)ということが確認できました。


3 ギルバートの3回ハンマーについての個人的感想

6番の楽章順については、個人的には第三楽章アンダンテを好みます。でも、それはそれとして、第二楽章アンダンテであっても、第三楽章アンダンテであっても、良い演奏は良いし、そうでない演奏はそうでない。当たり前ですけど、これまで聴いたいろいろな演奏から、そう思います。ハンマーについても同じと思います。当たり前ですが、ハンマーが2回でも3回でも、良い演奏は良いし、そうでない演奏はそうでない。このことに尽きると思います。

そもそもCDで聴くと、ハンマーが2回か3回かは僕には良くわかりません。しかしそれと対照的に、演奏会で聴くと視覚的効果が非常に大きいです。金子氏がそのあたりのことを的確に指摘しています。以下に引用すると、

”むしろ、音だけでこの作品を語る場合、ハンマーの数を云々すること自体が無意味に思えるほどだ。
 逆に実演だと、視覚的にハンマーが目立ち過ぎ、興味本位な方向に走りかねないのが問題となる。”
金子健志著「こだわり派のための名曲徹底分析 マーラーの交響曲」(1994年 音楽之友社、176ページ)

視覚的効果を逆手にとったと言う意味では、​​2012年の佐渡&日フィルの演奏が、打楽器奏者のパフォーマンスを含めて、印象に残るハンマーでした​。当時の自分には好印象でしたが、嫌う方もいただろうと思います。

個人的な好みで言えば、マーラーが3回目のハンマーを削除するとともに、他のオーケストレーションもいろいろと変更しているのですから、そこにハンマーだけ追加するのは、ちょっと変な感じがします。しかしそうは言っても、他ならぬバーンスタインがやっていることですし、3回ハンマーの「重み」もわかります。バーンスタインの演奏を、視覚的情報を抜きにして音としてCDで聴いても、この部分の演奏に説得力があるのは、単にハンマーの回数ということを越えて、バーンスタインの情念の強さから来る説得力だと思います。

そういう点からすると、今回のギルバートの演奏は、前の記事にも書いたように、個人的には第一・第二楽章のやさしさ温かさに大きな魅力を感じた一方で、第四楽章は、どちらかといえば形の整ったすぐれた演奏と感じたものの、闘争を凄絶に描き切った第四楽章という感じは受けませんでした。このような演奏で3回目のハンマーを追加することは、全体の方向性とはあまりマッチしないように感じました。

もっとも、ギルバートが真に目指す6番演奏というか、3回ハンマーを必要とする内的拠点は、今回僕がわからなかったもっと深いところにあるのだろうと思います。さきほど二つの系譜の可能性を書きましたが、ニューヨークフィル音楽監督の系譜の可能性とはいっても、バーンスタイン以後7人いる音楽監督のうち他に3回ハンマーの指揮者はいなさそうだし、ショルティの系譜の可能性と言っても、他にもショルティから影響を受けた指揮者は大勢いることでしょう。ギルバートが第二楽章アンダンテの楽章順とともに3回ハンマーを選んだ内的必然性は、彼自身が言葉で語らずとも、わかる人にはわかるだろうし、わからない人にはわからないのだろうと思います。今後彼のマーラー演奏を聴いていくと、僕にもわかってくるのかもしれません。







Last updated  2020.01.08 15:17:41
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今回のギルバートの6番演奏を聴いたのを機会に、ハンマー3回についていろいろと調べてみました。この記事はその2として、これまでハンマー3回を実践した指揮者たちについて書きます。

その1の記事に書いたように、ハンマーを3回叩かせる場合、楽譜は「改訂版」を使用して3回目のハンマーだけ追加する場合と、「初期版」を使用する場合の二つがあり得ることになります。3回ハンマーは、これまでに誰が、どんな風にやっているのでしょうか。


1 バーンスタイン:改訂版の楽譜に3回目のハンマーを追加

まずは何といってもバーンスタインですね。バーンスタインのDVD(1976年ウィーンフィル)では、ハンマーを3回叩いている映像がはっきり写っています。 ではCD(1967年ニューヨークフィル、1988年ウィーンフィル)ではどうなのでしょうか。やはり3回なのでしょうか。音で聴くだけでは良くわかりません。

そこでニューヨークフィルの公式サイトを見てみました。デジタルアーカイブ
https://archives.nyphil.org/
で演奏会記録を見ることができます。それによると、バーンスタインがマーラー6番を振ったのは1回だけで、1967年4月27日、28日、29日です。CBSによる録音はこの演奏会の直後、5月2日と6日に行われています。

このアーカイブでは、バーンスタインの手書きの書き込みがあるスコアも見ることができます!確認したところ、楽譜は改訂版(1963年のマーラー協会の全集版)で、当該箇所(第783小節)を見ると、印刷されていない3回目のハンマーを、赤鉛筆でHAMMER (3!) fff と追加で書き込みしています。したがってニューヨークフィルとの録音でも3回打ったことはまず間違いないと思います。下が当該箇所のバーンスタインの書き込みです。
                       

(ニューヨークフィル デジタルアーカイブより)

なお、ここの前後の他のパート(チューバ、トロンボーン、ティンパニ、チェレスタ)には特に何の書き込みもされてなくて、ハンマーだけを追加していることがわかります。ついでに、この音量指定のfffというのもちょっと注目です。音量指定は、初期版でも改訂版でも同じで、1回目のハンマーがfff、2回目がffです。初期版の3回目がffです。バーンスタインが3回目を敢えてfffとして書きこんだところに、バーンスタインの思い入れの強さが現れていると思います(^^)。他のパートに手を加えていないことと合わせて、初期版への回帰ではなく、独自の思い入れでのハンマー追加ということがわかります。

晩年(1988年)のウィーンフィルとの録音でもおそらく3回であろうと想像しますが、レコードの英文解説には何も記載がなく、僕の知る範囲では確実なことはわかりません。


2 ミトロプーロス:第3版(ハンマー2回)から第2版(ハンマー3回)へ変更、さらに第3版に回帰、ハンマーは?

3回ハンマーをネットで検索したところ、ミトロプーロスが3回打っているらしいということがわかりました。そこでニューヨークフィルの演奏会アーカイブを見てみたところ、ミトロプーロスがニューヨークフィルで6番を振ったのは2回ありました。

最初は、1947年12月11日(木)、12日(金)、13日(土)。これがアメリカ初演だそうです。楽章順は第二楽章アンダンテです。コンサートのプログラムも見ることができ、ハンマーは2回と明記されていました。使用楽譜は明記されていませんが、この当時はまだマーラー協会の全集版は出ていないので、3回目のハンマーがなくて、第二楽章アンダンテであれば、第3版のはずです。

なお、このときのプログラムは11日と12日は、最初にマーラー6番、休憩を挟んでガーシュウィンのピアノ協奏曲(ピアノはオスカー・レバント)でした。13日は学生のためのポピュラーコンサートと銘打たれていて、最初にベートーヴェンのコリオラン序曲、ついでヘンデル作曲カサドシュ編曲のヴィオラ協奏曲、休憩のあとマーラー6番でした。

2回目は1955年4月7日(木)、8日(金)、10日(日)です。これがアメリカにおける2回目の演奏だそうです。ミトロプーロスの初演以後、アメリカでは他の指揮者は誰もとりあげていなくて、ひとりミトロプーロスだけが振っていたわけですね。楽章順は前回と同じく第二楽章アンダンテ。しかしプログラムを見ると、今度はハンマーが3回と明記されています。

ニューヨークフィルのデジタルアーカイブで、ミトロプーロスが書き込みしたスコアも見ることができます。見てみると、第2楽章がアンダンテです。そして終楽章の当該箇所(第783小節)には最初から3回目のハンマーが印刷されています。そのハンマーの音符にミトロプーロスが青鉛筆で丸く印をつけてありました。第二楽章がアンダンテで、3回目のハンマーが打たれていて、その前後のオーケストレーションはチューバ、トロンボーンがあり、ティンパニは二人、ハンマーに先行するチェレスタはありません。この当時もまだマーラー協会の全集版は出ていないので、使用楽譜は第2版で決まりです。(アーカイブにもそう明記されていました。)下が当該箇所のミトロプーロスの書き込みです。


(ニューヨークフィル デジタルアーカイブより)
 
なおこの1955年のときの演奏会のプログラムは、7日と8日は最初にモートン・グールドの「管弦楽のためのショーピース」という作品で、休憩をとらずに続けてマーラー6番の第一楽章と第二楽章を演奏し、そこで休憩をとり、その後に第三楽章と第四楽章を演奏しています。変わっていますね。これに対し10日日曜日はお昼14時30分からのコンサートでプログラムが異なっていて、最初にウエーバーの魔弾の射手序曲で、休憩なしにマーラー6番を演奏しています。実はこの10日の演奏会は、ラジオで放送されるための演奏会でした。

ニューヨークフィルの自主制作CDで、放送録音によるマーラーの交響曲全集「The Mahler Broadcasts」が出ています。1番から9番までと、10番の第一・第三楽章の、いろいろな指揮者による1948年から1982年までの演奏が収められた12枚組の全集です。このうち6番が、この1955年4月10日のミトロプーロスの演奏会です。実際にこのCDを聴いてみると、3回目のハンマー(第783小節)があるのかないのかは良く聴きとれませんが、そのあとのティンパニ(第783~785小節)が、二人で打っていて、その打音のタイミングが微妙にばらけていることが聴きとれます。それで、ここを二人のティンパニ奏者で打っていることがわかります。したがって第3版にハンマーを足したのではなく、第2版を演奏したのだということが耳からも確かめられます。

ところで、このCDの6番解説に書かれているエピソードがすごく面白いです。そもそも1947年のアメリカ初演のときも、12月14日日曜日に90分のラジオ番組で放送するための演奏会があり、それでガーシュウィンのピアノ協奏曲が放送される予定だったそうです。ミトロプーロスは、是非マーラー6番をラジオ放送したいと思いますが、2曲だと90分に収まらないので、ガーシュインの協奏曲を撤回してもらいたいと考えます。そこで彼は、オーケストラのマネージャーに、ガーシュインを弾く予定のピアニストに10日の演奏を辞退するように説得してくれないか、と懇願する手紙を出します。その手紙のコピーと、それが断られてがっかりしたという手紙のコピー付きで、そのことが紹介されています。

そして1955年のラジオ放送については、今回はミトロプーロスが満を持して、マーラー6番がラジオ放送の枠内に収まるように、1曲目のウエーバーと休憩なしで6番を演奏したということです。ミトロプーロスが如何に強くアメリカの人々にこの曲を広めたいと熱望していたかが現れているエピソードです。

それほどまでに6番に強い思い入れのあったミトロプーロスが、前回1947年では第3版を使用してハンマー2回だったのが、その8年後には第2版を使用してハンマー3回にした。ミトロプーロスが何故このように方針を変えたのかはわかりません。何かそのあたりの発言でも残っていたら知りたいものです。

なおミトロプーロスのマーラー6番の録音が何種類あるのかは知りませんが、この1955年4月10日のラジオ放送録音の他に、ケルン西ドイツ放響とのライブ(1959年8月31日)があります。僕もこのCDを持っていますが、3回目のハンマーがあるのかどうかは聴いても良く判別できません。ただし使用楽譜については手がかりがあります。3回目のハンマーの少し前の頂点、第773小節の3拍目です。ここは改訂版では、他の多くの楽器が沈黙を守る中、チェレスタだけがffで和音を打ちます。(低音楽器はこの小節の1拍目から全音符を持続させていますが、3拍目に新たに発音するのはチェレスタだけです。)金子健志氏が、上記した千葉フィルの解説ページで、このチェレスタの和音がピカッと光るように出ることにより、ハンマーとは異次元の凄い効果を発揮していて、聖書のソドムとゴモラの閃光のようだ、と熱く語っておられます。このチェレスタは、初期版では入っていません。それで、ここのチェレスタの和音が聴こえれば改訂版ということがわかるわけです。

ミトロプーロスのケルン西ドイツ放響とのライブでは、このチェレスタがはっきり聴こえてきました!したがって楽譜は第3版と考えられます。

ここまでミトロプーロスをまとめると、以下の変遷をたどっていると思われます。
1947年 第3版、ハンマー2回
1955年 第2版、ハンマー3回
1959年 第3版、ハンマー不明


3 ショルティ:改訂版の楽譜に3回目のハンマーを追加

あとショルティも、金子氏の著書「こだわり派のための名曲徹底分析 マーラーの交響曲」によると、改訂版(全集版)の楽譜を用いて3回叩いているということです。しかしこれとは別に、ショルティは第1版(1906年カートン社)の楽譜で演奏しているという意見もあるようです。どっちなのでしょうか。手持ちのショルティ&シカゴ響のCDは廉価版の全集で、解説書にはそれについては何も書いてありませんでした。

それでともかくCD(1970年録音、Decca)を聴いてみました。チューバやトロンボーンの有無、ティンパニが二人か一人かというのは、なかなかわかりにくいです。(二人のティンパニの打音のタイミングが上記のミトロプーロス1955年盤のようにばらけていれば二人だとわかりますが、ピシッとそろっているので一人なのか二人なのかわからないです。

そこで一番わかるのは、やはりチェレスタの有無です。この3回目のハンマーの直前、第782小節4拍目からのチェレスタのグリッサンド風7連符と、それから先ほどミトロプーロスの1957年の演奏のところで書いた、その少し前の頂点、第773小節の3拍目のチェレスタの和音です。これらが入っていれば改訂版です。聴いてみると、第782小節には、チェレスタと思われる音がかなり明瞭に入っています。それから第773小節の方は、かすかな音ですが、3拍目に何かが(^^)はいっています。もしも初期版であれば、この小節の第3拍目には何も音がしないはずです。ですのでショルティは、このチェレスタで判断する限り、金子氏の仰るように改訂版(全集版)にハンマーだけ追加して打っている、と思われます。


4 ザンダー:初期版、改訂版の両方を録音

列伝というにはちょっと趣向が異なりますが、ザンダーのことも書いておきます。ザンダー指揮フィルハーモニア管のCD(2001年録音、テラーク)は変わり種というか親切というか、終楽章を、「初版」と「改訂版」による2種類の演奏で収録しています。リスナーは両者を聴いて比較できるので資料的価値が高いし、聴くときに好きな方を選べるというメリット?もあるわけです(^^)。録音もテラークなので鮮明です。楽譜を見ながら「初版」「改訂版」それぞれの音を聴いて確かめるにはもってこいのCDで、確かに、いろいろな発見があります。

しかし・・・・・これには楽譜と一部矛盾があることを、今回聴いて発見してしまいました。先ほどから書いているチェレスタです。初期版と改訂版のチェレスタをもう一度まとめておくと、

初期版:第773小節の3拍目のチェレスタの和音 なし
    第782小節の4拍目(3回目のハンマーの直前)からのチェレスタの7連符 なし
改訂版:前者 あり
    後者 あり

となります。しかしこのザンダーのCDでは、

「初 版」:第773小節の3拍目のチェレスタの和音 なし
      第782小節の4拍目(3回目のハンマーの直前)からのチェレスタの7連符 あり
「改訂版」:前者 あり
      後者 あり

となっているのです。第782小節の4拍目(3回目のハンマーの直前)からのチェレスタの7連符が、「初版(original version)」と「改訂版(revised version)」のどちらでも、非常に明瞭に聴きとれるのです!通常の初期版には入っていないはずです。

これは変です。ここのチェレスタが入っている初期版も存在するのだろうか、との疑念がよぎります。残念なことにこのCDの解説書は楽譜についてはまったく記載がなく、単に「初版(original version)」と書いてあるだけで、実際にどの楽譜を使っているのかは言及がありません。 何だか良くわからなくなってしまいました。。。


5 その他の指揮者

○佐渡裕:兵庫芸術文化センター管弦楽団との演奏会でハンマー3回だったということです。僕は日本フィルとの2012年の演奏会で、ハンマーを3回打ったのを直接目撃しました。この当時は僕はそれほどハンマーにこだわっていなかったので、漫然と見ていて、使用楽譜は不明です。佐渡さんは師匠バーンスタインの強い影響でしょうから、おそらく改訂版にハンマーだけ追加したのではないかと想像します。

○パーヴォ・ヤルヴィ:フランクフルト放響との演奏(2013年6月録音、C-Major、DVD):が発売されています。このDVDは保有していませんので、映像で確認していません。このDVDの宣伝のインタビュー記事で、ハンマーについてヤルヴィが、「私は2回、最近になって3回使うようになりました」とコメントしています。その後、2017年にN響と演奏した時は、僕も聴きに行きました。ハンマーは特に覚えていませんが、普通に2回だったと思います。そうなると、2回→3回→2回と変遷しているのでしょうか?

○井上道義:1990年の新日フィルとの演奏で3回叩いていたとどなたかがブログで書いていらっしゃいました。僕もこの演奏会は聴きに行きました。アンダンテ楽章第154小節からのカウベルが素晴らしかったです。音の響きとして素晴らしいというのではなく、あたかも井上道義自身がカウベルの中心の棒になって、ホール全体がカウベルになって鳴り響いているようなものとして体験するという、稀有な感動をしたことを今もまざまざと覚えています。しかしハンマーについては全然覚えていません^_^。この演奏はCDにもなっていますが、解説書にはハンマーのことは何も記載されていません。

他の指揮者にもいるかもしれませんが、今回ちょっとネットで検索した範囲では、3回ハンマーの指揮者はこのくらいでした。他にご存じの方いらしたら教えていただけるとありがたいです。

以上3回ハンマーの指揮者を見てきました。次の記事に、今回のギルバートの3回ハンマーがどうだったのか、その背景はどうなのかについて、書きたいと思います。






Last updated  2020.01.08 22:18:17
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今回のギルバートの6番演奏を聴いたのを機会に、ハンマー3回についていろいろと調べてみました。この記事はその1として、楽譜による違いをまとめてみました。

ハンマーの回数変遷(なし→5回→3回→2回)の経緯や、ハンマーの持つ意味などに関しては、金子健志氏の論考 「こだわり派のための名曲徹底分析 マーラーの交響曲」(音楽之友社 1994年)が非常に詳しく、最重要文献です。 今回久しぶりに読み返してみて、以前は良くわからなかったところもいろいろと腑に落ちました。

この本は残念ながら現在絶版ということですが、ご興味ある方は是非一読をお勧めします。なお、金子健志氏が音楽監督を務めるアマオケ、千葉フィルハーモニー管弦楽団のホームページにも金子氏の6番楽曲解説が載っていました。こちらもハンマーのことがわかりやすく詳しく書かれていて、大変参考になります。
https://www.chibaphil.jp/archive/program-document/mahler-symphony-6-commentary/page-6

ハンマーの意味をどう捉えるかとか、非常に興味深いのですが、今回はそういうことには触れず、素朴に回数のことだけに限定して書きます。 金子氏による歴史的経緯の解説(上掲書、1994年)と、その後の新たな更訂を経時的に並べると、ハンマーの回数は以下のようになります。

○マーラーの生前
第1版(1906年3~4月頃 カーント社):3回
マーラーの指揮による初演(1906年5月27日):2回?
第2版(1906年6月頃カーント社):3回
第3版(1906年カーント社):2回
マーラー自身の指揮によるもう2回の演奏(1906年11月、1907年1月):2回?

○その後の校訂
第3版をもとにラッツが校訂した国際マーラー協会の全集版(1963年カーント社):2回
第1版をもとにレトリヒが校訂した版(1968年オイレンブルク社):3回 
フュッセル&クビークが新たに校訂した国際マーラー協会の全集版(1998年ペータース社):2回

まとめると、ハンマーが3回なのは、第1版と、そのレトリヒ校訂版(オイレンブルク社)と、第2版です。金子氏によれば、マーラーは第1版完成後に、初演に向けていろいろ練習を重ねていく過程で楽譜にさまざまな修正を加え、中間楽章の順番を変えて(アンダンテ楽章を第三楽章から第二楽章にして)、ハンマーもおそらく3回から2回に削除して初演したのであろう、ということです。しかしマーラーの初演直後に出た第2版は、まださまざまな修正を反映する時間的余裕がなくて、中間楽章の順順を入れ替えた(第二楽章アンダンテにした)だけで出版され、それ以外の内容は第1版とまったく同じだそうです。続く第3版は、マーラーのさまざまな修正を反映していて、ハンマーが2回になりました。後世の第3版の校訂(国際マーラー協会の全集版)でも、ハンマーは2回です。 

これ以後便宜的に、ハンマー3回である第1版、そのレトリヒ校訂版(オイレンブルグ社)、および第2版をまとめて「初期版」と呼ぶことにします。ハンマーが2回である第3版、および第3版を校訂した国際マーラー協会の全集版を「改訂版」と呼ぶことにします。 ハンマーの位置は、初期版では①第336小節、②第479小節、③第783小節です。この3回目の打撃は、楽章のもう本当に最後近くで打たれます。以前の記事(​上岡&新日フィルのマーラー6番を聴く その2​)で書いたように、終楽章に3回出てくる「拡大モットー」の3回目、この曲の最後のモットーとして登場する箇所です。改訂版はこの3回目のハンマーが削除されているわけですね。

なお金子氏の本には、この3回目のハンマーの前後数小節について、初期版(オイレンブルグ社)と改訂版(ラッツ校訂による国際マーラー協会の全集版)の両者が掲載されていて、詳しく説明されています。改訂版は、ハンマーが削除されているだけでなく、チューバとトロンボーンが削除され、ティンパニが二人から一人へと減らされるなど、音量が減る方向に改変されています。改訂版ではさらに、削除されたハンマーの1小節前(第782小節)の4拍目、ハープのグリッサンドの途中から、チェレスタのグリッサンド風の7連符が追加されています。

僕が持っているのは音楽之友社から出ているポケットスコア(OGT 95)で、これはラッツ校訂の1963年国際マーラー協会全集版です。あと、うれしいことにネットで、第2版(カーント社)と1963年全集版の両方を、パブリックドメインのスコアとして見ることができます。3回目のハンマーの前後数小節を見たところ、第2版とオイレンブルク社のスコア(金子氏が本で図示しているもの)とは同じであることが確認できました。

さて、ここからが面白いところです。ハンマーを3回叩かせる場合、楽譜は「改訂版」を使用して3回目のハンマーだけ追加する場合と、「初期版」を使用する場合の二つがあり得ることになります。3回ハンマーは、これまでに誰が、どんなふうにやっているのか、ちょっと調べてみました。以下、次の記事に書きます。



金子健志氏著「こだわり派のための名曲徹底分析 マーラーの交響曲」(音楽之友社 1994年)






Last updated  2020.01.08 14:12:46
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2019.12.19
ギルバート&都響のマーラー6番を聴きました。

指揮:アラン・ギルバート
管弦楽:東京都交響楽団

12月14日、16日  サントリーホール

会場に着き、いつもは演奏前にプログラムを読まないのですが、今日は楽章順だけ知っておこうとパラパラと見ていたところ、本日は第二楽章アンダンテということです。そして、ハンマーを3回叩くと書いてありました。これまで僕がハンマー3回の演奏に接したのは、​2012年の佐渡&日フィル​だけです。さて今回はどんな風になるのでしょうか。

弦は下手から第1Vn,第2Vn,Vc,Va,Cbの通常配置。ホルンは下手側。ステージ後方の上手側から下手方向に順にハープ2台、チェレスタ1台、ティンパニ2セット、大太鼓、メインのシンバル・ドラ・小太鼓、木琴・鉄琴・サブのシンバルが置かれ、一番下手側に木の箱とハンマーがありました。カウベルは吊り下げ方式ではなく、通常の手振り方式で、シンバルや小太鼓・木琴・鉄琴あたりに3人用に計5個置いてありました。

さて第一楽章が始まりました。第一主題部が終わって、いわゆるモットー(ダン、ダン、ダダンダンダンのリズムの上に長調→短調の和音が鳴らされる)が登場したあと、それに引き続く練習番号7の前半(第61小節~)、木管の和音が移ろっていくところで、ギルバートはスコアのpppの指定をオケに徹底し、かなりの弱音に抑えて、後半(第67小節あたりから)では自然に膨らませて歌わせました。そして続く第二主題(アルマの主題)を、テンポをやや落として優しく温かく演奏しました。このあたりの丁寧な音楽作り、美しく、良かったです。

やがて展開部の中ほど、舞台裏のカウベル(練習番号21と24)は、普通に舞台下手側のドアをあけてその外で鳴らされましたが、その鳴らせ方がとても繊細で、いい音でした。初日の自分の席からは舞台裏でどう鳴らしているかは見えなかったのですが、もしかしたら吊り下げ方式でマレットでそっと叩いているのかなと思うくらいに、小さいが良く通る、澄んだ響きでした。(2日目は舞台裏のカウベルがたまたま良く見える席で、手振りで鳴らしていることをしっかり視認できました。)さらに良かったのが、カウベルが2回出てくるその間に挟まれた牧歌的な楽節(練習番号22〜23)を、テンポを大きく落として丁寧にじっくり歌わせていたのが、素晴らしかったです。そして曲は進み、第二主題の再現が、テンポを落としてじっくり優しく歌い込まれ、良かったです。

第一楽章が終り、ギルバートは汗を拭くなどしばしの間合いをとったあと、第二楽章アンダンテが開始されました。中庸のテンポですが、程よいアゴーギクがあり、やさしく歌われていきます。やがて練習番号53から舞台上の最初のカウベルです。先ほど書いたように普通の手振り方式で、舞台下手の打楽器奏者、ここでは2人が鳴らし始めました。この音が、第一楽章同様かなり繊細な、粒立ちがいい素敵な音で、聴いていてとても心地よいです。手振り方式でここまで繊細な響きを出させるとは、ギルバートの相当なこだわりがあるのだろうと推測します。

そしてそのあと、カウベルが止んでからのテンポが次第に遅くなって行き、練習番号55から、スコアの a tempo の指示に反して、非常に遅くなりました!ギルバート畏るべし。ここをスローテンポでじっくりと歩むことで、続くミステリオーソを迎える心的準備ができると言うか、期待感が非常に高まってきます。そのように雰囲気だてが十分に整ったなかで、いよいよ練習番号56、ミステリオーソです。全曲中でもっとも深く澄み切った心境というか、マーラーの魂が憧憬してやまない安寧というか、そういうものがここに在るように僕は感じます。終楽章と対極に位置するという意味で、この曲の中核部分と言ってもいいのでは、と思っています。ここをギルバートは、とてもやさしく、とても大事に、壊れないようにそっと守るように奏でてくれました。聴きごたえがありました。

そのあと、オーボエからクラリネットに引き継がれる悲しみを帯びた歌が、一転フォルテとなり昂揚していき、カウベルが大きく鳴らされ、ヴァイオリンを中心に高々と歌いあげられる、この楽章最大の盛り上がりの箇所です。(練習番号59から62の最初の数小節までのところです。)このあたりのテンポ取りは、指揮者によって大きく異なるところですね。ここでのテンポ関連のマーラーの指示を見ると、まず練習番号59の最初付近にEtwas zurückhaltend(少し引き留めて)と、その先にリタルダンドがありますが、それに引き続きカウベルが盛大に鳴り始める第154小節で a tempo となった以後は、その後のわずか30数小節の間に、Etwas drängend (少し急き込んで)が2回、Nicht Schleppen (引きずらないで)が3回も出てきます。マーラーはここの盛り上がりを、足取りを緩めず、張り詰めたテンションのまま一気呵成に演奏するという意向を相当強く持っていたのだと思います。その指定通りに、ここはテンポを若干速める演奏が多く、逆にテンポを落とすのは少数派です。ギルバートはここでテンポを落とし、腰をじっくりと据えて、かつ少しずつ遅くなっていくような感じで、大事に歌っていきました。自分としては非常に好きなやり方です。(2009年のレック&東響が、同じ方向性の演奏で素晴らしかったことを思いだします。)なお、第154小節からのカウベルは、3人5個と言う比較的コンパクトな規模でしたが、存在感のある、いい響きでした。

そしてアンダンテ楽章は静まっていき、最後にチェレスタ、ハープ、低弦のピチカートが、終わってしまう楽章、終わってしまう平安な世界を慈しむように順次響き、静寂の中に消えていきました。素晴らしいアンダンテ楽章でした。

第二楽章が終わり、汗を拭いたりして十分な間合いをとったあと、ギルバートは第三楽章を始めました。

その後第三楽章が終わると、ギルバートは、タクトは一度降ろしたものの、あまり間合いをとらず、緊張感をゆるめず、すぐに第四楽章を開始しました。第三楽章、第四楽章ともに中庸のテンポでした。第一楽章、第二楽章のような、良い意味での驚きのテンポ設定箇所はありませんでしたが、変にあざといところが全くなく、誠実な、安心して音楽に浸れる演奏でした。初日、二日目とも、最後の音が消えた後、ギルバートがタクトをゆっくりと下げていって降ろしきるまでは完全な静寂が保たれました。

なお第四楽章の鐘とカウベルは、第一楽章と同じように舞台下手のドアをあけ、その裏で叩いていました。鐘は板の鐘で、これもカウベルと同じように繊細な、良い音で響きました。それからハンマーの音は、初日の1回目と2回目のハンマーは、いずれもオケの他の楽器よりも一瞬早く打撃されたので、その音が良く聴こえましたが、音色としては普通の音というか、それほど重くない音でした。3回目のハンマーは結構目立っていました。ハンマー3回については、別記事に少し書こうと思います。

さすがに都響は充実したパフォーマンスを繰り広げてくれました。特に、コントラバス、チューバ、第一ティンパニなどの気合の入った演奏が素晴らしかったです。1番トランペットは初日はノリが今一つでしたが、二日目は冒頭から切れのある音で、きっちり気持ちよく聴かせてくれました。

・・・自分としては今回のマーラー6番は、特に前半の二つの楽章が、基本テンポは中庸ながらも、重要部分でテンポが落とされ、やさしく温かく大事に歌われたことに、大きな感銘を受けました。またカウベルなどの響きが繊細で美しく、素晴らしいと思いました。6番でやさしく温かくて良かったなどと言うと、何それ?と思われるかもしれませんが、僕にとってはそのようなところに強く共感を覚えた演奏でした。あと第三・第四楽章も含めて言えば、大見得を切るようなことはなく、あざとくない、しかしやるべきことは適度にやっているという、誠実なマーラーで、好印象を持ちました。ギルバートのマーラー、また聴いてみたいです。

ギルバートのマーラーは、2009年のニューヨクフィルとの来日のとき、最初は3番が予定されていましたが、1番に変更になりがっかりしたことを覚えています。その後日本では、都響との5番(2016年)、1番(2018年)、NDRエルプフィルとの10番アダージョ(2018年)が演奏されています。これらはいずれも聴かないでスルーしてきましたが、今後は聴いてみたいと思います。いずれ3番もやっていただくことを心待ちにいたします。






Last updated  2019.12.19 18:18:31
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2019.12.11
井上道義と読響のマーラー3番を聴きました。以下、長い駄文になってしまいましたが、もしも読んでいただけたらありがたいです。

指揮:井上道義
管弦楽:読売日本交響楽団
女声合唱:首都圏音楽大学合同コーラス(合唱指導:池田香織)
児童合唱:TOKYO FM少年合唱団
アルト:池田香織

12月3日 東京芸術劇場

井上道義さんのマーラー3番を最初に聴いたのは、丁度20年前、1999年12月のすみだトリフォニーでの新日フィルとの演奏でした。次に聴いたのが、丁度10年前、2009年11月の金沢と富山での、OEK(オーケストラアンサンブル金沢)と新日フィルの合同オケでの演奏でした。井上道義さんは10年毎に3番をやることにしているのでしょうか。今度の3番はどのような演奏になるのでしょうか。

A 演奏前のこと

ホールに入ってまず気になるチューブラーベルの位置を探すと、舞台上の打楽器用の雛壇の上に、他の打楽器と一緒にごく普通に乗っていて、全然高くありません。それからステージの奥には雛壇上に4列の椅子が置いてあり、合唱団用のスペースと思われます。

このホールはステージの後方高いところにパイプオルガンがあります。もしもマーラーの指定通りに児童合唱とベルを高く配置しようとするなら、このオルガンスペースを利用するのがもっとも簡単な方法です。しかしそのオルガンスペースは、今日はオルガン全体を覆う巨大な白い蓋で完全に閉鎖されていました。ここは使わないで、ベルは舞台上にある。とすれば、全合唱団が舞台上なのでしょうか?もっとも、過去にはホール空間を立体的・個性的に活用した合唱団配置の3番演奏を実践している井上さん(記事最後のおまけをご参照ください)ですので、今日も何かユニークな配置が準備されているのかもしれません。

打楽器は、ティンパニー2セットは舞台の上手寄りと中央あたりに隣接し、そこから下手側にいろいろな打楽器が並びました。(その中にチューブラーベルがあったわけです。)

あと、ハープは舞台の一番下手の客席側の、低い雛壇の上に2台位置していましたが、その雛壇がやや変わっていて、他の雛壇とつながっていませんでした。ハープ2台だけが孤立した台座の上に乗っているような感じで、ちょっと目だっていました(^^)。弦楽は下手から第一Vn,Va,Vc,第二Vn,Cbの対抗配置でした。読響と言えば通常配置での上手客席側のヴィオラが大きな存在感があり、対抗配置は比較的珍しいかと思います。

B 第一・第二楽章のこと

オケが入場し、演奏が始まりました。アシストを入れて9人のホルン隊が、冒頭主題の斉奏でいきなりのパワー全開、力強くいい音です。しかも途中から早くもベルアップです。これに驚いて気を取られているうちに、シンバルの人数を確認しそこないましたが、ここは一人だったということです。

トロンボーンのソロは、傷がなかったわけではありませんが、いい音色で、いいパフォーマンスでした。

夏の行進の弦が半分で弾くところ(練習番号21~25と、62~65)は、後方プルトの半分に弾かせていました。この方式は、以前はかなり珍しかったですが、このごろは時々見かけるようになりました。僕が最初に遭遇したのは​2011年大野和士&京響​でした。後方プルト方式のその後の演奏会を列挙すると、​2015年ノット&東響​、​2016年田中宗利&関西グスタフマーラー響​、​2017年角田鋼亮&デア・フェルネ・クラング​​、​2018年大野和士&都響​、そして今回となります。2015年頃からは年1回ほど見られるようになっています。最初はびっくりしましたが、その後慣れてきて、このごろは違和感なく聴けるようになりました。

冒頭ホルン主題の再現前の舞台裏の小太鼓は、下手側のドアを少しあけて、その裏で叩きました。この小太鼓は、適度な音量、適度な距離感で、音色があまり耳にきつくなく、なかなか心地よかったです。
引き続きホルン主題の再現が始まると、打楽器奏者二名がシンバルを携えて再入場し、メインのシンバリストと合計3人でしっかりと盛大に叩かれました。

第一楽章は総じて力がはいって引き締まっていたし、一方楽しさも感じられ、かなり良い第一楽章だったと思います。

第二楽章は、一貫して遅めのテンポで丁寧に歌われ、素晴らしかったです。

C 第三・第四楽章のこと

女声合唱団の入場は、もうすでに忘れかけていますが、おそらく第二楽章が終わった後だったと思います。(もしかしたら第一楽章が終わったあとだったかもしれません。)女声合唱は、舞台奥の4列の雛壇の中央部分に、総勢57名が着席しました。雛壇の左右が空いているので、ここにのちほど児童合唱団が入るということがわかりました。井上道義さんにしては工夫のない普通の配置です。

第三楽章もやや遅めのテンポで、始まりはいい感じでした。しかし第二楽章では素晴らしかったオケですが、何故かこの楽章では、読響にしてはやや精彩を欠きました。さてポストホルンです。さきほど、パイプオルガンスペースを塞いだ巨大な白い蓋のことを書きました。この蓋の左右の両端は、ホールの壁にぴったりとは繋がっていなくて、人間ふたり分位の幅の隙間が空いています。ポストホルンの音は、その向かって左(下手側)の隙間から聴こえてきました。ですからその隙間の近くで、白い蓋の裏側(ホール内)か、あるいはオルガンスペースの左側のドアをあけてその外(ホール外)で吹いたか、のどちらかだと思います。僕はおそらくホール内で吹いたのではないか、と推測しています。何故かと言うと、ポストホルンの音の聴こえ方が、自分がいるホール内と同じ空気の振動、という感じがしたからです。簡単に言えば、自分がいるのと同じ場所(空間)で吹いているという感じです。

これまでも繰り返し書いてきたように、ここのポストホルンは、何処かわからないけれど何処か遠くから聞こえてくる、という感じで響くのが、個人的な理想です。若い人は聞いたことないかもしれませんが、昔、寒い冬の夜に遠くから聞こえてきたチャルメラのラッパと同じです。たとえ小さめの音であったとしても、たとえ今自分がいる空間がとても大きな部屋(ホール)であったとしても、自分の今いる空間と、ポストホルンの音の発生する空間が、同じ空気を共有していると感じてしまうと、僕にはだめです。もっと何処か遠いところ、今自分が現実にいるここから遥か遠く離れたところから響いてくるような、そういうイメージをマーラーは持っていたのであろうと、思っています。(これが発展したものが6番のカウベルで、現実世界と異なる世界のイメージというか象徴になるのだと思います。)今回のポストホルンは、吹奏自体は水準をクリアするものでしたが、自分が今いる場所と同じ場所で吹いていると感じてしまった点が非常に残念でした。なおポストホルンの前半部分が終わるとき、舞台上の1番ホルンのソロの難所、弱音で吹くゆっくりした分散和音(第344小節)がちょっとこけてしまい、それに影響されてか引き続く2番トランペットの信号ラッパ(第345小節)もちょっともたついてしまいました。

それから第三楽章最後近く、動物たちのまどろみをさますような、練習番号30~31の楽節、アドルノが「神の顕現」と呼んだホルンとトロンボーンの斉奏部分は、テンポを一気に速めて演奏したのが独特でした。問題はその直後でした。。練習番号32が始まるやいなや、舞台左右のドアが開き、児童合唱団の入場が始まってしまいました。(おそらく左右同時に入場する予定だったのだと思いますが上手側からの入場はちょっと出遅れました。)そして第三楽章の最後が演奏されているさなかに、子どもたちが続々と入場し続けます。やがて下手側の児童たちの入場に混ざって、独唱者も急ぎ足で入場してきました。第三楽章の終わりに間に合わせようとしての急ぎ足で、独唱者は途中ちょっと躓きかけたりしながらも、幸い転ばずに進み、舞台奥の中央、女声合唱の前の定位置に無事に到着し、それとほぼ同時に第三楽章が終了しました。入場が出遅れた上手側の子供たちも、楽章終了に僅かに遅れて並び終わりました。そしてひと呼吸置いて、指揮者の合図で合唱団は一斉に着席し、オケの一部はほんのちょっとチューニングもして、少しの間合いを経て、第四楽章が開始されました。

このような第三楽章最後近くでの演奏中の児童合唱の入場は、ごく稀にみられます。僕がこれまで遭遇したのは、2003年の高関健&群響(すみだトリフォニー)、2009年の井上道義&OEK・新日フィル(金沢公演のみ)、​2010年の金聖響&神奈川フィル(みなとみらい)​です。この入場方式は正直、やめてほしいです。演奏途中での入場、とくに慌ただしい入場というのは、視覚的心理的に、音楽を聴くことにかなりの悪影響を及ぼしてしまいます。少なくとも自分にとってはそうです。音楽を大事にしていたら、ここで合唱を入れる発想はありえないと思うのですが。

もしも、スコアには指定がないけれど第三楽章とアタッカで第四楽章を演奏したい、ということであれば、このような方式を取るという発想が出てくるのかもしれません。実際そのようなアタッカの演奏もありました(2009年の井上道義の金沢公演)。しかし金聖響さんや今回の演奏では、第三楽章が終わった後に間合いをとりました。そこで間合いをとるのであれば、音楽が鳴っている間にわざわざ児童合唱を入場させる、それもかなり慌ただしく入場させる必要は、何もないと思います。第三楽章が終わってから入場させれば良いことです。

あるいは、短い間合いは取るけれど長い間合いは取りたくない、という方針?もしもそうであれば、第三楽章が始まる前にあらかじめ児童合唱を入場させておけばすむことです。仮にすごく小さい児童が大勢歌うという場合であれば、児童合唱が舞台上にいる時間をできるだけ短くするために、あまり早いタイミングでの入場は避けたいという事情が絡んでくるのかもしれません。しかし今回の児童合唱団は見たところそれほど小さな子はいなくて、そういったことが理由にはなりそうにありません。

なお、独唱者を第三楽章演奏途中で入場させるという方式もかなり稀です。僕が遭遇したのは、1994年のインバル&都響(東京芸術劇場)、2005年のチョンミョンフン&東フィル(文京シビックホール)、2009年の井上道義&OEK・新日フィル(金沢と富山の両方)、​2011年のチョンミョンフン&N響(NHKホール)​くらいです。これも困った方式と思います。独唱者を演奏途中で入場させる方式に、もしもメリットがあるとすれば、独唱者の入場に伴って拍手が起こることを防げる、ということでしょうか。しかし拍手を防ぐためには、工夫すればもっと他にスマートで有効な方法がいろいろあります。演奏途中の入場はあまりにも乱暴な方式と思います。

ついでながら、声楽陣の演奏途中入場に関しての私的ワーストワンは2009年の井上道義さんの金沢公演です。このときは、女声合唱、児童合唱、独唱者の全声楽陣が、第三楽章の終わり近くで一斉に入場したのです。しかも入場のタイミングも最悪でした。大勢が入場するためには、練習番号32からの入場では楽章終了に間に合わない、そこで練習番号30から入場が始まったのです。アドルノが神の顕現と呼んだ、ハープのグリッサンドに導かれてホルンとトロンボーンの斉奏が厳かに演奏されるあの楽節の最中に、ぞろぞろと入場してきたという、悪夢のような光景でした。。。

さて今回の演奏会に話を戻します。ともかくもそのようにして、児童合唱と独唱者が入場し終わり、合唱団が着席し、第四楽章が始まりました。ここではオーケストラと合唱団の照明がかなり落とされ、ひとり独唱者だけがスポットライトのように光を浴びて歌うという演出がありました。

D 第五・第六楽章のこと

第四楽章が静寂の中に消えたあと、指揮者の合図により全合唱団が勢いよく起立し、落とされていたオケと合唱団の照明も明るく戻り、それから呼吸を整えるようなわずかな間合いをおいて、第五楽章が始まりました。アタッカの扱いとしてはBスタイル(アタッカのスタイルについては記事最後のおまけを参照ください、以下同じ)で、照明の演出効果もそれほどありませんでした。(いつかどなただったかAスタイルのアタッカで、それまで落とされていた合唱団の照明が、第五楽章の始まりにぴったり一致するタイミングでパッと明るくなり、鮮やかな効果を上げている演奏がありました。今回はそういう効果にはいたりませんでした。)

第五楽章で歌ったTOKYO FM少年合唱団は、日本では貴重な少年合唱団のひとつで、これまでにもヤンソンス&コンセルトヘボウほか、いろいろなマーラー3番で時々出演しています。聖歌隊風の白い服に赤い衿が鮮やかな服をまとい、元気に歌ってくれました。しかし、その歌い方にひとつ困ったことがありました。井上道義さんが2009年11月に金沢と富山で行った演奏会と同じ歌い方で、そのときと同じ大きな違和感を覚えました。​​金沢公演(11月28日 石川県立音楽堂)​の記事に以前書きましたので、その部分を引用しておきます。
―――――
(ここから引用)
それからもうひとつ、児童合唱で残念だったことがあります。普通は「Bimm--、Bamm--」と「mm」の部分を長く伸ばして歌われます。しかし今回は、「Bi--mm、Ba--mm」と、母音の部分を長く伸ばして歌っていて、間延びした感じで、聴いていてかなり違和感がありました。これでは鐘の音らしく響きません。。。

なんと、あとでスコアを見たら、このこともちゃんと、第五楽章の最初のページに、書かれてありました!今回はじめて発見したのですが、児童合唱の段のはじめのところに、「M」を長く響かせよ、と書いてあるんです。(僕のドイツ語はかなり怪しいので、はっきりしたニュアンスまではわからないですけど、そんなようなことが書いてあると思われます。ドイツ語の堪能なかた、正確な意味を教えていただければ嬉しいです。)これを見て、そうかそうか、だから今回の児童合唱には違和感を覚えたんだと、とても納得しました。
(引用終わり)
―――――
今回も10年前と同じ、母音を伸ばす歌い方だったのです。これまでそれなりに沢山の3番を聴いてきた中で、このような歌い方に気が付いたのは、井上道義さんの2009年と、今回の演奏だけしかありません。(今回の児童合唱団が他の指揮者で歌うときにも、このような歌い方では一度も聴いたことがありません。)ですから、この歌わせ方の責任はひとえに井上道義さんにあると思います。何故に井上さんがここを鐘らしくない響きで歌わせているのか、まったくもってわかりません。

あと合唱団に関しては、今回人数比率が、女声合唱:児童合唱=57:35と大人優位だったので、もっと児童優位なバランスだったら良かったと思います。また女声合唱(三音楽大学の合同編成)も、音程がイマイチで残念でした。

第五楽章が終わると、指揮者の合図で全声楽陣が着席し、それに引き続いて第六楽章が始まりました。ここもBスタイルです。やはりAスタイルに比べると緊張感はかなり低下し、会場からは少し咳払いが発生しました。

最終楽章は読響の実力が発揮され、しっかりした良い演奏でした。
終わった後もフライングブラボーなく、指揮者がタクトをおろして客席の方を半分振り返ると、拍手と歓声が始まりました。

拍手が続くなか、やがて、さきほどポストホルンの音が聞こえてきたところ、すなわちオルガンスペースの左端、白い蓋と壁の間の隙間に、バルブ付きのポストホルンを持った奏者が登場しました。都響首席の高橋敦さんです。通常は舞台上に出てくることが多いですが、このように吹いた場所でご登場いただくと、ここで吹いたんですよ、ということが我々聴衆に解りやすく伝わるので、良い方法だと思いました。

E 終わりに

・・・終わってみると今回の演奏、第一・第二楽章が素晴らしく、あとは普通の3番でした。アタッカもBBスタイルでした。オケのパフォーマンスに関しては、読響だからこそこちらも期待が大きくなってしまう上での話ですが、ホルンなどがやや大味というか、精彩を欠く出来栄えでした。井上道義さんに関しては、今回の3番を10年前の金沢・富山の3番公演と比べると、僕にとって残念なところの基本方針が変わらず(ベルの高くない配置、声楽陣の演奏途中入場、児童合唱の鐘らしくない歌わせかた等)、一方で良かったところ(富山での合唱団の立体的で個性的な配置)が無くなったという、いささか残念な体験になりました。

しかし、なんだかんだと言っても、3番を生で聴けるのはいつも貴重な体験で、ありがたいことです。井上道義さんが10年後に3番をまた演奏するとしたら、それも是非体験したいと思います。

○おまけ:関連する自分の過去記事のリンクをまとめておきます。

10年前の井上道義さんのマーラー3番(2009年11月、OEK・新日フィル合同オケ)はこちらを
  金沢公演(11月28日 石川県立音楽堂)  ←全声楽陣の演奏途中入場、児童合唱のBi--mm
  富山公演(11月29日 オーバードホール) ←合唱団のすごい立体的配置

アタッカのA,B,Cスタイルについてはこちらを
  ​関西グスタフ・マーラー響の3番を聴く(その3)






Last updated  2019.12.11 02:37:44
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2019.05.07
ノット&スイス・ロマンド管弦楽団による、マーラーの交響曲第6番を聴きました。
4月13日 東京芸術劇場

ノットさんのマーラーは、東響との演奏で、9番(2014年)、8番(2014年)、3番(2015年)、2番(2017年)と聴いてきました。9番と2番はとてもいい演奏でしたし、​2015年の3番は非常な名演​​でした。これらに続く今回の6番体験を楽しみにしていましたが、この当日は思いがけずいろいろなことが重なって気持ちが落ち着かず、音楽にあんまり浸りにくかった状況で聴きました。そこで今回は音楽自体の感想は差し控え、強烈な印象だったカウベルのことだけ書いておこうと思います。

舞台裏のカウベルは、普通に舞台下手のドアを開けての舞台裏からでした。

まず第1楽章、カウベルが登場する楽節に来て、舞台下手側のドアが開きました。さ、どんなカウベルの音なのか、と耳を傾けました。しかし驚いたことに、カウベルの音が聞こえてきません!これはどうしたことでしょうか。僕は最初、カウベルを舞台裏に用意しておくのを忘れたか、奏者がそこにスタンバイするのを忘れたか、どちらかかと思いました。どちらにせよほとんどあり得ない大事故です。ノットさんは普通に振っていますが。。。改めて一生懸命聴き耳を立てると、何やら本当に微かな、蚊の鳴くよりも小さいほどの、ツーーーンというような耳慣れない奇妙な音が、聴こえてくるような気がします。自分の体の外から聴こえて来る音なのか、空耳なのか、耳鳴りなのか、定かでないです。カウベルは鳴っているのかいないのか、どっちなんだろうと訝っているうちに、当該の楽節は終わり、ドアは閉められ、演奏は何事もなかったように進んでいきました。 第一楽章が終わりました。

今回の演奏の楽章順は第2楽章がスケルツォ、第3楽章がアンダンテでした。さて第3楽章の舞台上のカウベル。僕の席からは奏者が見えず、また事前に舞台を見ておくこともしなかったので、何人で、どのようにして鳴らしたのかは不明です。いよいよカウベル登場の楽節です。すると今度は、第1楽章と打って変わった大音量が響き渡りました。そしてその音色は、金属的で刺激的で、耳に刺さるような音でした。知らないで聴いていたらとてもカウベルの音とは思えない、工事現場の騒音のようでした。このホールは、やや響きすぎるきらいがありますので、それが余計に悪い方に作用してしまったのかもしれません。ともかくこのカウベルの喧しい音は、ちと勘弁してもらいたかったです。

続いて第4楽章の舞台裏のカウベルは、第1楽章と同じに舞台下手のドアが開き、鳴らされました。今度は第一楽章とは違って、弱い音ではありましたが、はっきりと聴こえてきました。でもその音は、ガランゴロンという普通のカウベルらしい音ではなく、凡そそれとかけ離れた、ビーーーンというような、聴いたことのない奇妙な音でした。そういえば、第1楽章で聴こえたような気がしたのは、もっと微かではありましたが、これと同じ音でした。してみると、第1楽章でもこの音を鳴らしていたのだ、カウベルが欠落していたのではなかったのだな、ということがわかりました。

でも一体こんなカウベルってあるんでしょうか。 スイスと言えばアルプス、まさにカウベルの本場のはずです。まさかまさか、スイスのオケマンにとっては、我々が普段マーラーの曲で聴いているカウベルの音は、真のカウベルとはかけ離れたもので、本当のカウベルはこういう音、ということなのでしょうか?あるいはノットさんのこだわりによるユニークな響きを目指したものだったのでしょうか?このあたり、いずれノットさんが東響で6番を振るとき、おそるおそる聴いて確認してみたいと思います。

蛇足ながらマーラー6番でこれまでに聴いたカウベルで、もっともユニークで、かつもっとも美しかったのは、これまでにも何度か書いているように、2009年2月サントリーでのハイティンクとシカゴ響の演奏でした。アンダンテ楽章の舞台上のカウベルを、吊り下げてセットして、マレットで静かにそっと叩いて鳴らしていました。普通のカウベルのガランゴロンという音とは全く異なっていましたが、はっとするほど美しく、いい意味でのユニークなカウベルでした。おそらくマーラーの意図を越えた響きだったのだろう、と思います。(このあたりのことについては​2009年のレック&東響のマーラー6番​の記事にいろいろ書きましたので、よろしければご覧ください。)

◯おまけ:カウベル音への疑問だけではあまりに身も蓋もない記事になってしまうので、終楽章のハンマーのこともちょっと書いておきます。今回ハンマーの一打目が、オケの他の楽器よりもほんの一瞬早く叩かれたため、しっかりと聞き取れました。金属的でなく、適度に重く、適度に鈍い、かなりいい音色で響き渡りました。これには満足しました。二打目は他の楽器と打音がぴっしり揃ったため良く聴こえなかったので、この一打目は貴重でした。なお、2階の見通しの良い席から見ていた友人の話によると、この一打目の際に、隣に置いてあった譜面台が倒れたそうです。奏者の体か何かがちょっと接触したか、あるいはハンマーを振り下ろした際の風圧のため(爆)でしょうか、いずれにしても譜面台をなぎ倒す視覚的効果が加わったようです(^^;)。そう言えば、これを書いていて思いだした1シーンがあります。​​​2012年5月に佐渡さんと日フィルが6番を演奏したとき​、ハンマー奏者が、叩いた後にしばらくその場に倒れこんで伏せっていたことを思い出しました。これはなかなかユニークなパフォーマンスで、演奏終了後に聴衆から大きな拍手を浴びていましたっけ(^^)。






Last updated  2019.05.13 19:14:37
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