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じゃくの音楽日記帳

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マーラー演奏会(2010年)

2011.01.02
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新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

さていきなり昨年の話で間抜けですが(^^;)、昨年のコンサートのまとめを書いてなかったので、書こうと思います。 まずはマーラーのコンサート。

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2010 年は3番を沢山聴けた年でした。ヤンソンス&コンセルトへボウのサントリー公演を筆頭として、インバルの3月31日公演や、札響の演奏会など、印象に残る 数々の3番を聴けました。しかもメータ&イスラエルによるベジャールのバレーの伴奏としての3番や、ブリテン編曲の第2楽章という、滅多に聴けない稀少な ものまで聴けて、うれしい限りでした。

稀少といえば、10番全曲を飯森&東響で聴きました。演奏は、良くも悪くも優しいマーラーで、物足りなさはありましたが、やってくれるだけでもありがたいことです。(そういえば昨年秋にバルシャイ氏がなくなられましたね、御冥福をお祈りいたします。)

3 番以外ですばらしかったマーラーは、エッティンガー&東フィルの2番、ビシュコフ&N響の5番、セーゲルスタム&読響の7番、カンプルラン&読響の大地の 歌などです。エッティンガー以外は記事に書きそびれてしまいましたが、特にカンプルランの大地の歌は、読響の精妙な音と、エカテリーナ・グバノヴァさんと いうロシアのアルト歌手がすばらしい歌で、非常に聴き応えがあり大満足しました。

それからこれも書きそびれてしまいましたが、2009年に 続いて紀尾井ホールでリサイタルを行った藤村実穂子さん。2009年はシューベルト、マーラー、ワーグナーで、2010年はシューマン、マーラー、ブラー ムスでした。2年ともマーラーが入っているのがうれしいところです。しかも今回のピアノは前回と違ってウォルフラム・リーガーさんでした。2003年に トーマス・ハンプソンによるオール・マーラー・リサイタルをサントリーで聴いたときに、このリーガーさんがピアノを弾いていて、本当にすばらしいピアノで 感激したことが強く印象に残っています。今回もこのリーガーさん、深い詩情をたたえたピアノで、藤村さんとともに、絶品の歌を聴かせてくれました。 2009年も素敵なリサイタルでしたが、今回はそれを上回る、すばらしいリーダーアーベントでした。

2010年は大植、コバケンの両巨頭が マーラーをやらない、と思っていたら、コバケンは4月に自らの誕生日コンサートで復活を演奏したのでした。しかし僕がこの演奏会の存在を知ったのは比較的 遅くて、もはや都合をつけられず、聴けなかったのが残念でした。それ以外には僕の知る限りコバケンがマーラーを振ったのは、唯一おおみそかのジルベスター コンサートでカウントダウン演奏で復活の終楽章をやったくらいです。来年はもう少しマーラーをやってくれるとうれしいのですが。。。

さて 2011年は、どんなマーラーが聴けるのでしょうか。大地の歌の演奏ラッシュが目立つなかで、なんといっても大植さんの大地の歌がはずせません。あと名古 屋のアマオケによるマーラー音楽祭というのが始まりますね。このすごいイベント、少しでも聴きに行きたいと思っています。







Last updated  2011.01.02 23:11:55
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2010.12.01
ヤンソンス&コンセルトヘボウのマーラー3番レポート、最終回の今回は、ヤンソンスを中心に書いてまとめてみようと思います。

ヤンソンスのマーラーを聴くのは、僕は今回が初めてでした。結論からいうと、マーラーに特別な濃い思い入れは感じられませんでしたが、最初から最後まで、実に丁寧な音楽作りで、高い次元でバランスのとれた、名演奏のマーラーを聴けました。

ヤンソンスの第一楽章は、テンポの取り方に特徴がありました。基本テンポは普通でしたが、じっくり表現したいフレーズにさしかかると、その中でだんだんとテンポを落としていく傾向が目立ちました。その結果、シャープでスマートなスタイルではなく、どちらかというと後ろに後ろにと腰が残っていく重いスタイルでした。僕としては基本的にはこういうスタイルは好きですが、ところによっては、もっと流れるような流麗さが欲しいと、ややもどかしく感ずることもありました。

もっとも3番の場合、第一楽章の表現はかなり難いと思います。第一楽章は、すこぶる多種の「美味しい」内容が、ごっそりと含まれている音楽ですから、1回の演奏ですべてを表現し味わい尽くすのは不可能だろうと思っています。その中からどういう内容が強調されて出てくるかという、主に指揮者の解釈面での方向性が重要です。それと別に、オケの音響的な乗りの良さ(出だしなので、エンジンの回転がうまく上がって良い音が出ているかどうか)という問題も大切です。この両方とも高次元で充実している演奏には、そうなかなか遭遇できないです。

大雑把に言ってしまうと第一楽章には、重く厳しい面と、明るく喜ばしい面とがあると思います。凡庸な演奏では、どちらの面も出てきません。重く厳しい面は、優れた演奏によりしっかりと表現されることを、ときどき体験してきました。その筆頭が2001年のベルティーニ&都響です。ベルティーニの第一楽章は、終楽章までの一貫した設計が完全にできている中でぴしっと位置づけられていて、非常に厳しい、峻厳そのものの息詰まる音楽、背筋がぴんと伸びるような音楽でした。(これはこれで本当にすごかったですが、楽しくのびやかな表現がもう少し前面に出るときがあってもいいなと思いました。)

一方、明るく喜ばしい面を充分に表現している演奏は、そう滅多に出会えません。だいぶ以前で細部の記憶はありませんが、1994年のコバケン&東響はその貴重な例のひとつです。近年では、何といっても2005年の大植&大フィルが抜群に素晴らしかったです。夏の行進が、これほどいきいきと楽しく喜ばしく演奏されるのを聴いたことがなく、うきうきと心がはずんでくる第一楽章でした。反面、重く厳しい面に関しては、重さは出ていましたが、やや鈍重な感じで、厳しさの表現までには至っていませんでした。また、当時の大フィルのホルンとトランペットの非力さは、結構悲しいものがありました(今ではかなり進化をとげています)。でも、これまでに僕の体験した第一楽章のマイベストは、この演奏です。

それから、忘れがたい名演のひとつ、2002年のシャイー&コンセルトヘボウに関して言うと、特に東京公演の第一楽章は、オケのエンジンがかからず、しかもホルンとトロンボーンの鳴りが不調で、これがコンセルトヘボウの音かと疑うような貧弱なものでした。シャイーの棒も、何を表現したいのかまとまらず、不完全燃焼の第一楽章でした。

このように本当に違いが大きく出る第一楽章です。今回のヤンソンスは、ベルティーニのように徹底して厳しい音楽ではなく、大植さんのように喜び・楽しさに溢れた音楽でもありませんでしたが、その両者の面がどちらも程良く表現された、バランスの良い好演でした。サントリーでは第一楽章からオケが本来の実力を発揮していましたので、オケサウンドでの充実という面でも、横綱級の貴重な第一楽章でした。

第二楽章、これもある意味むずかしい楽章です。安易に演奏されてつまらない音楽になってしまうことが少なくないです。この楽章をきちんと演奏してくれるかどうかに、3番全体に対する指揮者の姿勢が如実に現れると思います。ヤンソンスは、しっかり丁寧に演奏してくれて、良かったです。

第三楽章は、ポストホルン篇に書いたように、ポストホルンの左右への振り分けがユニークな試みだったのと、ポストホルンの音色のゴージャスさが圧巻で、稀有な魅力の第三楽章となっていました。

第四楽章で、オーボエ・ソロで「自然音のように、引き上げて」という指示のある、スラーのついた三度音程の上昇音型が出てきますね。この音型が3回繰り返して出てくるところが、楽章の初め頃、中頃、終わり頃の3箇所あります。ヤンソンスはその3箇所すべてで、2回目の音量を1・3回目よりも一段下げてppで演奏していました。これはなかなか印象的で、このあたりの音楽の陰影を深めていました。とても良かったのであとでスコアを見たら、そういう指定は特に書いてなかったので、ヤンソンス独自の考えと思われます。(このオーボエの音量変化は川崎、サントリーとも同じに実行していました。)

結局第三、第四楽章は、ロイビンさん(ポストホルン)、ラーソンさん(アルト)という豪華助っ人(^^)が存在感たっぷりの演奏をくりひろげ、かつヤンソンスの細心な工夫もみられて、新鮮な魅力ある、とても聴き応えある音楽になっていました。

またサントリーではPブロックの不手際事件というアクシデントがありましたが、終わってみれば声楽陣の配置、入場、起立・着席などに、ヤンソンスは特別な奇策はとらず、川崎、サントリーともにほぼ通常の方法を手堅く実行して、引き締まった良い結果をもたらしていました。

終楽章。これもバランス良く、オーソドックスに丁寧に歌い込まれた演奏で、オケの力とあいまって、すばらしい名演でした。(今回のヤンソンスの終楽章は、僕にとっては、比類なき高みに達していたベルティーニやシャイーの終楽章と肩を並べるまでには至りませんでしたが、ここまで充実した終楽章なら、大々満足です。)


レポートの最後に、3番の終結の音、終楽章の最後に長~く伸ばす主和音(第328小節。この最後の和音はとても長いですが、スコアではたった1小節で、全音符にフェルマータがついて書かれています。)について、書いておきます。この長い和音、普通は開始時の音量のまま、最後までクレッシェンドせずに演奏されますね。スコアで見ても、この少し前からの最後の3小節は、木管と弦がff、金管とティンパニがfというシンプルな音量指定のままで、最後まで音量変化の指示はまったくありません。

さてこの最後の主和音ですが、ヤンソンスは川崎では、音の後半をクレッシェンドというか、約3段階で音量をあげていってフィニッシュしました。ここをこのように音量増大して締め括る演奏は珍しく、CDで僕が認識しているのは二つだけです。ひとつはパーヴォ・ヤルヴイ&フランス国立管のCD-R(2002年演奏)。もう一つはスヴェトラーノフ&ロシア国立響のCD(1994年録音)です。特にスベトラーノフは非常に個性的で、最後の3小節を、1小節ずつ段階的にクレッシェンドしていくという感じの豪快な方法で締め括ります。

しかしこういうクレッシェンドは、僕としては違和感があります。3番の音楽は、そのように音量をあげて力をこめて終わるのはそぐわない音楽のように感じています。力は抜けていて、自然体で、いわば大自然と繋がっている喜びを感じているような音楽に思えます。(バーンスタイン&ウイーンフィルやアバド&ルツェルンのDVDに見るここの指揮ぶりは、まさにそういう感じがします。バーンスタインの指揮ぶりには茶目っ気さえ感じるし、アバドの表情は、内からのよろこびがにじみ出ている何ともすばらしい表情ですね。)

なので、川崎でヤンソンスのこのクレッシェンド方式を目の当たりにしたとき、ちょっと違和感を感じていました。ところが、ところがです。ヤンソンスはサントリーでは、やり方を変え、あまりクレッシェンドしなかったのです。(僅かにしたようにも思いましたが、川崎のような目立つやり方ではなく、ほんの僅かでした。)それで僕としてはとても自然に、違和感なく聴けました。

衛星放送された2月のアムステルダムでの彼らの3番演奏を後日見て確認したところ、やはりクレッシェンドしない、通常方式でした。

ですのでヤンソンスは、川崎でクレッシェンド方式を試してみた結果、やはりクレッシェンドしない方が良いと判断して、元のやり方に戻したのだろうか、と想像しています。この想像を押し進めると、ヤンソンスは、おそらく他のもっと微妙な目立たない箇所でも数々の新しい方法を試みて、より良い演奏をたえず目指しているのではないか、と思ったりします。そのような意欲と努力の結果が、今回のような充実したマーラー演奏に結実しているのだろうなぁ、と想像して感心している次第です。

いろいろ波乱がありましたが、終わってみれば全編にわたって素晴らしい名演。またひとつ、かけがえのない3番体験ができました。ヤンソンス、ロイビンさん、ラーソンさん、コンセルトヘボウの皆さん、ありがとうございました。






Last updated  2010.12.02 01:58:31
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2010.11.26
ヤンソンス&コンセルトヘボウのマーラー3番、続いてはポストホルン篇です。

ポストホルンパートの吹かせ方に、今回ヤンソンスは斬新なアイデアを盛り込んでいました。ポストホルンの登場場面は大きく前半、後半のふたつにわけられますね。川崎、サントリーの両公演ともに、前半は向かって右方から、後半は向かって左方からと、違った場所(方向)からポストホルンを響かせていたんです。なかなか興味深い試みです。もしかしたら、郵便馬車がポストホルンを吹きながら遠くを右から左にゆっくりと通過していく、というふうなノスタルジックなイメージからの発想なのかもしれません。これに相当するような、日本人が郷愁を呼び起こされるサウンドスケープを挙げるとしたら、チャルメラのラッパの音が遠くの方でゆっくりと移動していくという情景でしょうか。もっともこれだと冬の寒い夜になってしまいますが(爆)。

さて、まず川崎公演でヤンソンスが実際にどうやったかと言うと、前半は舞台上手の、舞台裏に通じるドアを開けて、そのすぐ裏で吹かせ、後半は舞台下手のドアを開けて、そのすぐ裏で吹かせていました。しかしこれは、どうにも距離が近すぎました。舞台のすぐ裏から吹いているのがもろに聞こえてきてしまい、マーラーの指定の「遠くから」という距離感が、まるでありません。これではあたかも、右隣の家で吹いていたポストホルンが、次に左隣の家に移ってそこで吹いているのを聴いている、という感じです。(僕は比較的舞台に近い席で聴いたので、「近さ」を強く感じやすかったということはありますが、それにしても近かった。)

この点(近すぎたということ)を除けば、他は素晴らしかったです。音色はこれぞポストホルンという美しいものだったし、音程も、歌い回しも、申し分ありません。

ただただ、惜しむらくは、この距離感の欠如でした。近すぎると、どんなに名人が吹いても、音のアタック時に微妙な雑音成分が、ときにかすかに聞こえて来ることが避けられません。そのために、何と言ったらいいでしょうか、自分の居場所と、奏者の居場所が、同じ空気で直接つながっている空間だということがあらわになり、すなわち「現実世界からの音」になってしまいます。ある程度の距離感は、そういう現実のつながりをなくすために必要なのだと、僕は思います。マーラーにおける「遠くからの音」は、ポストホルンに限らず、6,7番のカウベルにせよ、復活でのバンダにせよ、そのための最低限の距離感が必要だと思うんです。ただドアの裏でやればいいというものでは決してない。

そういう意味で、川崎公演のポストホルンは、技術、音色は実に素晴らしかったですが、至近距離すぎるために、現実世界の音として響いてしまい、郷愁のような感興が喚起されてこず、僕としては非常に残念でした。。。(念のため書いておきますと、距離感については、聴く座席の位置によって相当印象が異なってくることはもちろん承知しています。比較的舞台に近い席で聴いた一聴衆の感想ということで、ご理解ください。)

翌日のサントリー公演。僕の座席は川崎よりも舞台にさらに少し近い席でしたが、川崎よりも明らかに、遠くからの音として聞こえてきました。そしてホールの空間にたっぷりと響いていました。そのため、前半は右から、後半は左から、という違いが川崎ほど明確には区別しがたく、前半はちょっと右寄りかな、後半はちょっと左寄りかな、という聞こえ方でした。これはなかなかいい感じです。

サントリー公演のポストホルンは、これまで僕が聴いたなかでは、近距離の部類にはいるものでした。けれど、川崎公演よりは遠くから聞こえてきて、「現実世界とのつながりのない音」として響いていました。僕にとってはこれはすごく大事な点です。ポストホルンはこうでないと。これでこそ、今回の奏者の技術の高さ、音色の美しさが、充分に生きてきます。ポストホルン独特の魅力にあふれた美しい音が、遠くからやってきて、ホールに豊かに柔らかく響き渡り、素晴らしかったです。(今年3月のインバル&都響のときに惑わされてしまった僕(注1)が言う資格はありませんが、ポストホルンにしか出せない音色の美しさに、久しぶりにどっぷりと浸らせていただきました。)

距離感という点でいえば、今年9月の尾高&札響での福田さんの演奏(「尾高/札響のマーラー3番(2日目)を聴く」の記事をごらんください)が、充分に遠距離からの響きで、最高(最遠)でした。それに対して今回のポストホルンは、音色の豊麗さが圧倒的でした。響きのゴージャスな美しさという点では、最高のポストホルンでした。これほどゴージャスでなくても良いから、こういう感じの音色で、もうちょっと遠くからの響きだったら、それが僕の理想のポストホルンかもしれないです。

ところで一つわからなかったことがあります。僕の席からは、サントリー公演でどこのドアを開けて吹いたのか、確認できませんでした。2階客席部分のドアは、わかる範囲では開いていませんでした。舞台上の、舞台裏へのドアのうち手前(客席に近い方)側のドアも、開いていませんでした。サントリーには、舞台裏に通じるドアが舞台の奥の方の左右にもあるので、もしかしたらそこのドアを開けたのかもしれません。どなたかご存じの方がいらしたら、教えていただけると大変ありがたいです。


そして、奏者のことを書かなくては。

この美しいポストホルンを吹いた奏者は、僕は当然、先日のNHKの衛星放送で放送されたアムステルダムにおけるヤンソンス&コンセルトヘボウの3番演奏時に映っていた、めがねをかけた奏者だと思っていました。ところが川崎で演奏終了後、カーテンコールで呼び出されたポストホルン氏を見て驚きました。それと違う、あの人でした!

今回、演奏終了後にバルブ付きのポストホルンを持って登場したのは、DVDで良く見覚えがある人でした。2007年のアバド&ルツェルン祝祭管との3番のDVDで、ポストホルンを持って登場している方です!この方は、1998年のアバド&ベルリンフィルの来日公演の3番でもポストホルンを吹いていました。(この公演はその後テレビ放送され、それを録画して見ていたので、良~く見覚えがありました。)

この方、バイエルン放送交響楽団の首席トランペット奏者ハーネス・ロイビン氏だそうです。アバドの信頼あつく、そして今回もヤンソンスが、3番のためにわざわざ満を持して連れてきたのですね。まさに最強のポストホルン請負人!

アバド&ルツェルン祝祭管の3番のDVDには、最後に画面に各パートの首席奏者の名前がずら~っと出てくるのに、驚くべき事に、ポストホルンのハーネス・ロイビン氏のお名前は出てきません。DVDのブックレットにもお名前が載ってません。また今回のコンセルトヘボウのツアープログラムにも、ロイビン氏のお名前がまったく載っていません。これほど大活躍するポストホルン氏なら、お名前を出してしかるべきなのに、なんで出さないのでしょうか、謎です。。。ロイビンさんが遠慮深くて、名前を載せるのを固辞しているのでしょうか?

そこで、この素晴らしきポストホルン奏者に敬意を表して、バイエルン放送交響楽団のサイトのメンバー紹介のページにリンクを張っておきました。ここにロイビンさんが写真入りで紹介されています

これでポストホルン篇を終わります。次はヤンソンスですね。ちょっと疲れてきましたが(^^;)、頑張って書きます。

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注1:インバル&都響のときに、ポストホルンパートの使用楽器についてまんまと惑わされてしまった僕のくやしくも悲しい体験については、「ところでポストホルン?(インバル/都響のマーラー3番追記)」の記事をごらんください。






Last updated  2010.11.27 00:12:41
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2010.11.24
ヤンソンス&コンセルトヘボウのマーラー3番、まだまだ書きます。これからは川崎・サントリーの両公演を一緒に、声楽のこと、ポストホルンのこと、ヤンソンスのことなど書いてみたいと思います。

まずアルト独唱のアンナ・ラーソンさん。声の質が深く、言葉の発音がデリカシーに満ちていて、引き込まれずにはいられない名唱でした。アルト用に書かれているこの曲は、メゾソプラノでももちろんいい歌唱はありますが、やはり本来のアルトで歌われてこそ真に深い味わいがでるということを、まざまざと実感させてくれる、すばらしい歌でした。

このラーソンさん、1998年のアバド/ベルリンフィルの来日公演の3番でも歌っていらっしゃいました。また、2007年のアバド&ルツェルン祝祭管の3番のDVDでも歌っている人ですね。アバドの信頼があついのも、充分納得できました。3番の第四楽章の歌で僕がこれまででもっとも感銘を受けたのは、2005年に大植&大阪フィルと歌ったアルトの坂本朱さんの歌唱でした。そのときのことが思い出される、ラーソンさんの深い歌でした。

独唱者の配置も、良かったです。オケの中で、ヴァイオリンと木管(ピッコロおよびファゴット)の間あたりに位置していました。このようにオケの中に独唱を配置する方法は、たまに見かけます。マーラーの指定は、合唱、ベル、独唱をともに「高いところ」ですので、それとは異なるわけですが、独唱者がオケに囲まれてオケと自然に一体化したような感じがして、これはこれでとても好きな方法です。

独唱者の登場の仕方も、この配置の特徴を生かした、自然でさりげない登場でした。第一楽章と第二楽章の間合いで、なんとなくまだ雰囲気がざわざわしているときに、すっと出てきて、オケの中の席にすっと座りました。もちろんヤンソンスもこういう登場をさせようと思っていたわけでしょう、ことさらに独唱者を迎え入れるという態度をとることなく、ヤンソンスがふつうに楽章間の小休止をとっているときに、独唱者がさりげなく入ってくると言う、両者の息があった、「心得た」入場でした。川崎ではここで僅かに拍手が起こってしまいましたが、サントリーではここで拍手が起こりませんでした。ここで拍手が起こらないと、緊張感が保たれていいものです。

あと細かなことですが、いつものように起立と着席のタイミングについても書いておきます。独唱者の起立は、第三楽章と第四楽章の合間に、ヤンソンスの合図で立つという、ごくオーソドックスな方法でした。一方、着席のタイミングは普通より早めで、第五楽章の自分の出番が終わって少ししたときに、第五楽章の途中で座りました。

この曲の第五楽章は、独唱者の出番が終わるのが意外に早く、楽章の真ん中をちょっと過ぎたところなんです。以前3番の別の演奏会で、独唱者が自分の出番を歌い終わってすぐにさっと座ったことがあり、音楽の流れをまったく顧みない感じで、ちょっと違和感がありましたが、今回は歌い終わったあと少し間合いをとって、音楽の流れを配慮したところで座りましたので、まったく違和感がありませんでした。座り方ひとつでも、差が出るものですね。本当にラーソンさん、すべてにおいて素晴らしかったです。

あとこれは冗談ですが、ラーソンさんはかなり背が高いので、オケの中で立って歌っても、「高いところで」というマーラーの指示に、多少は近かったかもしれません(^^)。

次に合唱についても、細かなことですが、いつものように書いておこうと思います。(ここから先はかなり細かい話なので、ご興味ない方は読み飛ばして下さい。)

合唱団の入場と、起立・着席のタイミングは、川崎、サントリーとも全く同じです。演奏開始前に入場し着席して待機。そして第五楽章の開始時に、まず少年合唱団がばっと勢いよく起立すると同時に「ビムバム」と歌い始め、2小節ほど遅れて女声合唱が起立して、その後歌い始めました。

第五楽章開始時に合唱が起立すること自体はわりあい一般的な方法ですが、その場合普通は、児童合唱と女声合唱は同時に立ち、そして立ち上がってさらに歌う体勢を整えるまでの時間として1~1.5秒位の時間をとり、その後に第五楽章が開始されます。しかしヤンソンスは、この時間をとることを嫌って、立ち上がってすぐに歌うというリスキーな要求を児童合唱にしたわけです。そのため、出番が少し遅れて始まる女声合唱は、無理にそのときに同時に立たせず、ちょっと時間差をおいて立たせたのでしょう。ばっと起立して間髪をいれず歌い始めるというのは子ども達は大変だったろうと思いますが、良く頑張ってきっちりとこの開始をこなしていました。ヤンソンスのこだわりには敬意を表しますが、この方式よりは、僕としてはやはり、第四楽章の開始時にあらかじめ立たせておく方法(2002年のシャイー&コンセルトヘボウがやっていた方法)が、安全で、かつ第四・第五楽章間の移行の静謐と緊張感が最大限に保たれて、ずっと良いと思います。

合唱団の着席のタイミングは、ごく普通で、終楽章が始まって少しして、音量がやや盛り上がったところで普通に座りました。

あと合唱団の配置です。川崎では、舞台上に全員が乗って、女声合唱が舞台の奥の正面で、児童合唱が舞台の下手奥に並びました。チューブラーベルは児童合唱のそばでした。川崎では、雛壇があまり高くなかったので、児童合唱も女声合唱も、比較的低い位置で歌っていました。そのせいもあってか、児童合唱は音量的にちょっと小さめで、聞こえにくかったです。サントリーでは客席(Pブロック)を使いましたので、高い位置からとなり、児童合唱も比較的良く聞こえてきました。(ただしチューブラーベルは川崎と同じに、普通に舞台上で、下手奥でした。)

女声合唱(新国立劇場合唱団)は、いつもどおり、力ある安定したいい合唱を聴かせてくれました。今回、児童合唱が30人ちょっと、女声合唱が40数人でした。音量バランス的には、さらに児童合唱を増やすか、それが難しければ女声合唱を少し減らした方が良かったかもしれない、と思いました。

ところで、マーラーの指定は「少年合唱」ですが、日本の演奏では、多くは少年少女合唱団で歌われますね。今回のTOKYO FM少年合唱団は、日本では貴重な少年合唱団のひとつで、マーラー3番にもメータ/バイエルン、ゲルギエフ/キーロフ、アルミンク/新日フィルその他、数々の出演歴がある合唱団です。おそらく日本の少年合唱団で一番多く3番演奏に参加していると思います。これからも頑張ってください。

声楽陣はこれで終わります。次はいよいよポストホルン!次の記事に書きます。






Last updated  2010.11.25 11:20:24
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2010.11.23
11月22日、サントリーホールでヤンソンス&コンセルトヘボウ、マーラー3番を聴きました。彼らの本領発揮、実に見事な3番で、大々感動でした!

指揮:マリス・ヤンソンス
アルト独唱:アンナ・ラーソン
女声合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:TOKYO FM少年合唱団
管弦楽:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
サントリーホール

ところで昨日のミューザ川崎では、広い舞台を利用して、声楽陣を含む全演奏者が、ステージ上に乗って演奏しました。P席(パイプオルガンと舞台の間の席)は、普通に客席として使用されていました。合唱団は、オケの入場と一緒に、あらかじめ舞台上に上がって、着席して待機していました。

本日、舞台がそれほど広くないサントリーで、どう配置するのだろうか、そう思いながらホールにはいってみると(今回は開演より大分時間のゆとりをもってホールに入場しました)、昨日同様にPブロックにお客さんがぱらぱらと座っています。それでは合唱はやはり舞台上か?しかし舞台を見ると、舞台一杯に打楽器やら椅子が並んでいて、とても合唱団がはいるスペースはありません。あれ、それでは客席の他のブロックだろうか、そう思ってホール内の客席をぐるっと見渡しましたが、どこにもお客さんが普通にはいっていて、合唱のスペースを特別に確保している様子はありません。うーんそれでは合唱団は途中から入場して立って歌うのだろうか、しかしそれでは昨日とあまりにやり方が違うなぁ??等と疑問に思っていると、どうもPブロックの様子が変です。Pブロックの前から3列までの席にお客さんが着席すると、係員が近づいて来て声をかけ、しばらく話しあって、お客さんをどこか他の席に誘導していきます。これ、チケットをうっかり売ってしまったものの、あとからPブロックの前方3列を合唱に使うことに気が付き(あるいはその席を合唱に使うことに方針変更され)、そのために当日に、急遽お客さんに席の移動をお願いしているようです。異例の不手際です。昨夜のオケの乱調といい、この座席不手際事件といい、今夜も波乱含みの演奏会になるのか、と心配しました。

そういえば、記憶があいまいなのですが、2002年のシャイーとコンセルトヘボウによるサントリーホールでのマーラー3番のとき、確か合唱団を含む全演奏陣が舞台上にぎっしりと乗って演奏していて、珍しい方法だな、と思った記憶があります。シャイーがそれを望んだとは考えにくいので、主催者がPブロックのチケットを売ってしまったのでシャイーはやむなく全演奏者を舞台上に乗せて演奏したのかもしれないです。今回は、ヤンソンスが譲らなかったのかもしれないです。(まったく想像で、真相はわかりません。)

いずれにせよ誘導する係員の緊張はさぞやだったと思います。なんとか開演時刻のころには無事にPブロック前方3列のお客さんの移動が全員おわって、空きスペースが確保できました。Pブロックの4列目から後方は、普通にお客さんが座っています。

オケの入場とともに、合唱団がPブロックに入場してきました。そして前方3列の、向かって左側に少年合唱、向かって右側に女声合唱が着席しました。入りきれなくて通路に座った合唱団員もいました。ともかくなんとかそこのスペースにおさまり、4列目から後ろは普通にお客さんが座っているという、異例の光景になりました。

そのようにして始まった今夜の演奏会でしたが、演奏はすこぶる充実していました。音の鳴りっぷりが、昨日と全く違います。これが彼らの本気の演奏ですね。大感動です!

ただし彼ら自身としては、おそらくこれでもまだ決して満足な出来ではなかったと思います。冒頭のホルンのユニゾンに約1名(?)、僅かな音のはずしがありましたし、第一楽章のピッコロには危うさを感じる時が少なからずありました(曲の後半ではなんとか復調しました)。アンサンブルも、僅かな乱れがないことはない(木管の音の出がわずかに遅れたり、ハープのタイミングが今一つ決まらなかったり)。

・・・こんなことばかり指摘していると、あら探ししながら聴いているイヤな聴衆だ、と思われたらとても心外なので、一応弁明しておくと、何しろ昨日のことがありますから、ついついいつもより、ミスが出ないか気になってしまうという聴き方にはなっていたと思います。しかし今日のは、ほとんど気にならないミスなんです。ミスそのものの程度が、昨日より格段に小さいですし、何よりも、昨日とは気合いが違うんです。本気でひいている彼らに、もはや何の不満があるはずがありません。

最後近くの静かな金管コラールのトランペットのハイトーン(練習番号26、第257小節)の超難所、ここは、皮肉にも昨日の川崎ではきっちり決まっていたのに、今夜ははずしてしまいました。でも、こういうミスはいいんです。これは仕方ない事故。

昨日、今日と連続で聴いた人間としては、昨日との気合いの差があまりにも大きすぎて、何故に昨日もっと真剣にやってくれなかったのか、ということがちょっとだけ腹立たしかったですが、それはそれ、きょうの素晴らしい音楽をじっくりと堪能させていただきました。大感動のひとときでした。今年の3番の演奏会ラッシュの最後を締め括るにふさわしい、大横綱級の名演でした!

まだまだ書きたいこといっぱいあります。アルトのこと、ポストホルンのこと、ヤンソンスのこと。きょうはこのくらいにして、また次の記事で書きます。






Last updated  2010.11.23 23:42:47
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2010.11.22
昨日(11月21日)、ミューザ川崎で、ヤンソンス&コンセルトヘボウのマーラー3番を聴きました。きょう(11月22日)夜に、サントリーで同演目の演奏があります。その前日の演奏会でした。

指揮:マリス・ヤンソンス
アルト独唱:アンナ・ラーソン
女声合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:TOKYO FM少年合唱団
管弦楽:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
ミューザ川崎シンフォニーホール

何よりも、オケが、信じられないほどの乱調でした。。。

ワタクシ、オケのミスには寛大なほうの聴衆だと思っています。ちょっとやそっとのミスがあっても、それでがっかりしたり、感動が損なわれたり、ということはほとんどありません。

もちろん技術的に完璧な演奏というのはすばらしいことだし、その価値はとても高いし、できれば高い技術の演奏を聴きたいです。でも音楽の感動の本質は、そことは異なるところにあると思います。だからこそアマオケの演奏からもこの上ない感動を受けることがあるのだし、そういう、技術以外のところを大切に受け止めたいと思っている聴衆の一人です。

特にこの曲は、ポストホルンを筆頭として難しいところが多々あるし、そういうところで音がひっくり返ったり、あるいは音が出なかったりすることは、ある程度致し方ないことだし、その手のミスは演奏の価値とはほとんど関係がない、と常日頃思っています。

しかし、今回はミスが多すぎました。しかも、難所での、ある意味仕方のないミスではなく、ごく普通のところの凡ミスの連続です。第一楽章序盤のトランペットの音欠落、ピッコロの音欠落、第三楽章のトランペットのミス、などなどが続きました。

それでもまだ、こういう種類の管楽器の発音のミスは、1歩譲って、しかたない部類のミスにいれても良いかもしれません。しかしそれだけではないのです。アンサンブルの乱れ(縦の線の乱れ)が発生して音楽がほころびかけることが、少なからず繰り返されます。そしてさらに、第二楽章の途中、ヴァイオリンの一部が入りのタイミングを間違えて早く入りかけるし、第四楽章のホルンの一部も、やはり間違えて早く入りかけるという始末。

これ、世界のトップオケとして、天下のコンセルトヘボウとして、ちょっとひどすぎると思います。こういうミスが繰り返されるというのは、単なる好不調の波というのを超えて、オケの気合いが抜けているのでは、と疑ってしまいます。

ようやく第五楽章以降は目立つミスはなくなり、曲が良いだけに美しい瞬間が訪れてくるようになりましたが、なんとなくぴしっとしきれないうちに曲が終わってしまいました。

サントリーの前日の公演。まさかまさか、手抜きということは、、、、、

今夜、サントリーでまた3番を聴いてきます。今年1年の3番コンサートラッシュの最後を締め括るにふさわしい演奏を、コンセルトヘボウの名に恥じない演奏を、期待して行ってまいります。とりあえずオケの乱調のことだけ書いておきたくて、急いで書きました。ヤンソンスのこと、ポストホルンのこと、声楽のこと、その他のことは、後日あらためて書こうと思います。






Last updated  2010.11.22 15:35:11
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2010.11.15
11月4日、モーリス・ベジャール・バレー団他によるバレーを観ました。
演目は、ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」と「春の祭典」、そしてマーラーの「愛が私に語るもの」でした。マーラーのは、交響曲第3番の第4、5、6楽章をバレーに振り付けしたものです。このマーラーのバレーのDVDは持っていて、いつか生舞台を見てみたいと思っていたのが、ついにその機会が到来しました。しかも今回、音楽演奏陣が豪華メンバー!なので、楽しみにしていました。僕が観たのは、二日連続公演の二日目でした。

11月4日 東京文化会館大ホール
モーリス・ベジャール・バレー団、東京バレー団
振付:モーリス・ベジャール

指揮:メータ
管弦楽:イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
(以下マーラーで)
メゾ・ソプラノ独唱:藤村実穂子
児童合唱:東京少年少女合唱隊
女声合唱:栗友会合唱団

プログラムは、ペトルーシュカ(40分)、休憩(20分)、マーラー(50分)、休憩(20分)、春の祭典(35分)というヘヴィーなものでした。

最初は東京バレー団によるストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」。ペトルーシュカの分身(3つの影)が出てきたり、鏡が効果的に使われた舞台装置で、普通にストーリーを追うのではなくて、ペトルーシュカの内面にスポットをあてたという踊りでした。東京文化会館大ホールは、かなり響きがデッドでなところで、しかもオケがピットに入っているので、音響的にはあまり期待していなかったのですが、オケは思ったよりも良く音が鳴っていて、十分に楽しめました。これなら次のマーラーも相当期待できそうです。

そしていよいよ、モーリス・ベジャール・バレー団による、マーラー「愛が私に語るもの」。今回はバレーの舞台なので演奏陣の配置は気にしなくてもいいのですが、一応書いておくと、舞台上の左右両端の、幕よりも前の部分(オケピットの左右両端のあたりで、ピットよりもすぐ後ろ、左右に開いた幕のすぐ前の部分)に並びました。上手に児童合唱団、下手に女声合唱団が並びました。鐘はさすがにピットの中でした(^^)。そして独唱の藤村さんは、女声合唱のすぐ前に、目立たない感じで立ちました。

「愛が私に語るもの」は、バレーの意味は良くわからないけれど、バレーと音楽とに引き込まれ、不思議な感動に包まれたひとときでした。メータの3番の通常のコンサート形式の演奏は、2005年にバイエルン国立管弦楽団とのものをサントリーホールで聴きましたが、そのときは終楽章のテンポの動かし方が不自然に大きくて、ちょっと違和感を感じました。今回は、そのときよりもずっと感動してしまいました。今回もテンポそのものはメータは比較的動かすのですが、バレーの威力でしょうか、違和感なく、素晴らしい音楽が伝わってきました。弦、特にチェロは美音でしたし、金管も、半分だけの演奏なのでスタミナ充分で、最後のコラールもばっちり美しく吹いてくれました。

なお第四楽章での藤村さんの歌唱は、かなりドラマティックな歌い方でした。コンサートで聴いたらどう感じたかはわかりませんが、今回のバレーの舞台にはあっていて、良かったと思います。

それにしてもベジャールはすごいものを作ってくれちゃいました。今日はもうこれで、おなかいっぱい、3番のあとに音楽は聴かない方が良いんだけど・・・などと思いましたが、帰ってしまうのは勿体なさすぎる(^^;)ので、休憩後の「春の祭典」ももちろん見ました。これはモーリス・ベジャール・バレー団と東京バレー団の合同出演でした。パワーと迫力あるバレーと音楽で、これも堪能しました。

終演後、盛んなカーテンコールが続き、何度も緞帳があがったりさがったりします。そしてこれで最後かなと思ったとき、幕がもう一度あがると、ステージ上にはイスラエルフィルの人たちも上がっていて、全員集合です!上からは沢山の紙ふぶきが舞い降りてきて、金色にきらきら光って、みなを祝福するようで、とても素敵な光景となり、ホールは一段と高い拍手となって、幕を閉じました。もう本当に大満足の、バレーと音楽体験でした。


・・・ところで、「愛が私に語るもの」のDVDを観た人はご存じでしょうけど、このバレーは、舞台装置の類はまったくなにもなくて、唯一最後の方に舞台の背景に赤い大きな丸い太陽が出ます。DVDだと、画面が変わったときに突然もう出ているので、どのように出てくるのか(下から出てくるのか上から降りてくるのか)わからないのですが、今回舞台をみて、わかりました。太陽は、上方からゆっくりと降りてきて、そして最初は黄色で、そのあと赤になりました。そして赤いまま一点に静止して、それで幕を閉じました。なるほど、これは日の出ではなくて、日の入りです。

マーラーが3番を書いたのは、30歳代半ば、野心と若いエネルギーに満ちていた時代、後年のさまざまな苦悩が生ずる前の時代です。3番の音楽は、青年の音楽で、マーラーの音楽としてはもっとも生命肯定的な、前向きの音楽と思います。(8番がちょっと無理して生命肯定、愛肯定を主張しているのに対して、3番はもっと自然に生命肯定している音楽、と思います。)この3番の終結部について、村井翔氏は、ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」の末尾の夜明けのシーンとの関連を示唆しています。とても興味深いので、そこの部分を引用しておくと、

”ティンパニが四度音程の連打を続けるコーダは、曲頭に有名なティンパニの四度連打があるシュトラウスの『ツァラトゥストラがこう語った』との不思議な照応を感じさせるが、シュトラウスが描くのが『ツァラトゥストラ』冒頭の夜明けの場面だとすると、この交響曲のコーダが描くのは『ツァラトゥストラ』末尾の夜明けのシーンだろうか。

「これは私の朝。私の昼が始まるのだ。昇ってこい、さあ昇ってこい、おまえ、大いなる真昼よ!」 ー ツァラトゥストラはこう語って、彼の洞窟を後にした。暗い山から昇る朝日のように、燃えさかり、力強かった。”
(村井翔著、作曲家◎人と作品シリーズ「マーラー」 音楽之友社、209ページ。)

僕はニーチェ哲学のことはさっぱりわからないし、『ツァラトゥストラ』も読んだことないですけど、確かに3番の終結部のイメージを、もし日の出か日の入りかと二者択一を迫られるとしたら、僕は迷わず「日の出」をとりますし、おそらく多くの人もそうだろうと思います。

しかしベジャールは、あえて日の入りとした。

DVDの解説に「愛が私に語るもの」についてのベジャールの言葉が載っていて、そのあたりのベジャールのイメージがわかります。そこを引用すると

” ひとりの男が、今やその一生を終えようとする時、生涯の過程をふり返る ー 出会い、闘い、愛。暗闇から現れた男は、あたかも影のような女に従われて、太陽と光のなかへはいっていきます。
この交響曲の最終楽章は、当初、「子供が私に語るもの」と題されるはずでした。ここに、マーラーの意図をはっきり読みとることができます。葛藤、悲しみ、そして成功に彩られた苦悩の半生を経て、彼は、長く苦しい人生のカオスを超越するこの楽観的な発想を、童心の中に見たのです。”
(DVDビデオ、「モーリス・ベジャールと二十世紀バレエ団の芸術」の解説、7ページ。)

ベジャール(1927-2007)がこのバレーを作ったのは1974年ということですから、47歳。マーラーが3番を作曲した30代半ばよりは年長ですが、まだそれほど歳をとったというほどではないです。けれど、ベジャールは、青年の音楽というよりも、人生の最後というイメージでこのバレーを作ったわけで、それが最後の「日の入り」に象徴されているんですね。

DVDビデオ、「モーリス・ベジャールと二十世紀バレエ団の芸術」には、ボレロと、アダージェット(マーラー5番のアダージェット)、そして「愛が私に語るもの」が収録されています。






Last updated  2010.11.16 00:48:16
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2010.09.28
昨夜から一夜あけ、きょうは札響マーラー3番二日目。この日は15時開演でした。開演までの時間、近くを少し観光しようと、北大のポプラ並木を見に散策に出掛けました。

北大キャンパス内にはいったところです。
2010札幌北大

広い敷地で緑が多く、空気が爽やかで、とても気持ち良いです。のんびり歩くこと10分くらいで、ポプラ並木に着きました。
2010札幌北大ポプラ並木

由緒あるこのポプラ並木、老朽化がすすみ、台風被害で倒れてしまったものも多いということですが、まだまだ沢山のポプラが立ち並んでいます。長い年月の風雪に耐えた背の高いポプラの梢が風に揺らぎ、葉がざわめくさまを近くで見上げていると、あたかも年老いた賢人がちょっと不機嫌にぶつぶつ言っているような、独特の重い存在感があります。青い空で良い天気ですが、天気雨がたまにほんのわずかぽつぽつと、水しずくが垂れるように、落ちてきます。

これは北大博物館、中では恐竜の展覧会をやっているようでしたが、今回は素通りです。
2010札幌北大博物館

キャンパス内は芝生も多く、小さな子供を連れて芝生で軽食を食べている家族などもちらほら見かけ、市民の憩いの場になっているようでした。
2010札幌北大キャンパス

気持ち良い散策を終え、ホテルに戻ってちょっと仮眠をとって休んだあと、いよいよホールに出掛けました。キタラは、中島公園という広い公園のなかにあります。
2010札幌中島公園

池のほとりの小路を歩いていくと、キタラに到着です。
2010キタラ外観

正面エントリー。
2010キタラ正面入り口

ホワイエ。
2010キタラホワイエ
きょうの僕の座席は、昨日と反対サイド、2階左のLAブロックのかなり後方寄り、サントリーで言えばLBブロックとLCブロックの境目くらいです。

席に座ってみると、きのう見えなかったパイプオルガン右横のドアは、ここからもやはり見えませんでした。

演奏は、尾高さんもオケも、初日よりも慣れた感じで、テンポは、はっきりとはわかりませんが、第一、第三、第六楽章は、初日よりもわずかに速めかなと思いました。昨日と同じ、丁寧な音楽づくりでしたし、オケの音は昨日よりこなれたという感じで、特に管楽器は総じて初日よりもスムーズな音が出ていたように思います。ただ僕としては、初日の慎重さからくる緊張感、テンポの遅さ(特に終楽章)などから、初日の方が大きい感動を受けました。

福田さんのポストホルンパートは今日も美しく、完璧です。特に距離感に関しては、僕の席の位置関係から、初日よりもさらに遠くから、とてもとても遠くからのように響いてきました。僕がこれまで生で聴いた中でおそらく最長不倒距離(^^)です。というのは今回ポストホルンは、通常通り、ステージ下手側のドアを少しあけてその外で吹いていましたので、僕の昨日の右サイドの席からは、開いたドアが見えて、そこからの直接音成分が聞こえてきました。それに対して今日の席は左サイドで、ステージ下手のドアは見えず、間接音成分だけで聞こえてきたからです。

曲が終わったとき、きょうも残念なことに、最後の主和音の残響がまだまだ大きく響いているうちに、盛大なブラボーと拍手が始まってしまいました。

そしてカーテンコールもきのうと同じ、卒業されるクラリネット奏者への、尾高さんからのスピーチと花束贈呈と、それに対するクラリネット奏者のスピーチがありました。きょうはいよいよ二日目で本当に最後のステージということもあって、奏者のスピーチも感興が一段とこもった熱いもので、聴衆もあつい拍手を送りました。そしてそのあとには、きのうと同じく、尾高さんによる欧州演奏旅行の案内のスピーチがありました。尾高さんは、キタラは本当に素晴らしいホールであり、札響はここを拠点とするからこそこのような発展を遂げてきている、しかし札幌の皆さんはキタラの良さを良くわかっていないかもしれない、今度の欧州旅行ではヨーロッパの各ホールで演奏するので、是非演奏旅行に一緒にきていただきたい、そうしてヨーロッパのいろいろなホールの音をきいたら、ヨーロッパのホールもいいけれど、キタラはもっといいな、と感じてもらえるかもしれない、ということをお話されていました。

これを聞いて僕は、もし曲が終わって残響が完全に消え去るまで拍手が起こらなかったら、キタラの良さがさらに鮮やかに生きてくるだろうな、そのようになってほしいなと、ちょっと思いました。

それと、きのうも感じたことですが、尾高さんは照れ屋なのでしょうか、カーテンコールが短すぎるのが残念でした。僕たち聴衆が折角すばらしい音楽に感動して拍手を送っているのに、尾高さんはそれを相当早めに切り上げてしまい、卒業される奏者への感謝のスピーチと花束贈呈にはいってしまうんです。こちらとしてはもっと拍手して、今しがた終わった演奏そのものを称えたい、これを演奏した皆さんを称えたいと思うのに、それが充分にできずに終わってしまう、という感じがしました。

もちろん定期演奏会ですから、長年演奏された奏者の方が卒業されるというのは相当な重みがあることですし、それについて花束贈呈し、多くの定期会員を含んだその場の聴衆全員が惜しみない拍手と感謝の念をおくるのは素晴らしいことだと思いますし、たっぷりとやってほしいことです。でも、今回の演奏そのものに対する拍手喝采を受け止めてもらう時間があまりにも短すぎます。もっと充分にその時間をとってから、そのあとで花束贈呈の段階にはいって欲しいと思いました。

さて演奏会が終わり、一緒に聴きにきていた長年の友人とともに、福田さんのサインをもらうために、きのう確かめておいた楽屋出口にむかいました。古くからのマーラー・ブルックナーファンで、今回も一蓮托生で札幌遠征に来た友人です。(話がそれますが、彼が二日目の終演後に素早くオルガン後方の通路の様子を見に行ったところ、すでに鐘は撤収されていて、指揮者を見るためのモニターだけがまだ置いてあったそうです。)

福田さんが都響在籍時代に、福田さんの素晴らしさを僕に教えてくれたのもこの友人です。それでふたりとも今回の札幌遠征の目的の一つが福田さんを聴くことでしたし、さらにできればサインをもらおうと考えていたわけです。

出口で待つことしばらくして、福田さんが現れ、我々に快く、淡々とサインしてくれました。また折角の大好機ですので、使用楽器についてお尋ねしてみました。今回のポストホルンパート使用楽器は、C管のコルネットということでした。さらにベルティーニとの3番演奏時のポストホルンパートについてもお尋ねしたところ、ベルティーニとは2回やっていて、最初はヤマハのポストホルンを使ったが音程があまり良くなかったので、次のときはフリューゲルホルンを使った、と教えていただきました。最初のが1998年、次のが2001年で、僕は両方とも聴いてますが、この後者のとき(2001年横浜)、実演でこれほど完璧なポストホルンが聴けるんだ!と完全にノックアウトされたことを今でも鮮烈に覚えています。

福田さんが演奏のたびにいろいろな楽器を試されているということがわかり、超貴重な収穫でした。福田さんの今後のますますのご活躍を応援しています。そしてそして、まことに勝手で贅沢なお願いですが、願わくば、いつかマーラー3番を、ポストホルンで再び演奏していただける日が来ますよう、願っています。

ところで札響は来年に創設50年を迎えるということです。定期演奏会のパンフレットには、「2011 札響50年」へ、という楽団の歩みをたどる連載が載っていました。今回は7回目で、丁度、元トランペット首席奏者の杉木さんという方を迎えて、前首席で現副首席の松田さんと、現首席の福田さんとが3人で語るという、僕にとって実にタイムリーな記事でした。70年代~80年代の札響の金管を率いた杉木さんは、名手モーリス・アンドレの弟子だったそうです。そして福田さんはアンドレの弟子が札響にはいるというニュースに感動して、函館から札幌に通って杉木さんのレッスンを受けたということなど、いろいろと興味深いことが語られていました。

この9月から芸術監督になられた尾高さんとともに、札響がさらなる発展・充実を遂げることを願いつつ、実り多かった札幌遠征のレポートを終えることにします。








Last updated  2010.09.28 23:40:36
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2010.09.23
(これはすぐ前の記事の続きです。)

拍手は残念ながら、残響が終わらないうちに、始まってしまいました。

拍手喝采の途中で尾高さんがマイクを持って登場し、この定期演奏会で卒業(定年退団)となるクラリネット奏者に花束を贈呈するというひとこまもありました。その後尾高さんは、ふたたびマイクとともに登場し、今度札響が欧州への演奏旅行に行くことなどをお話され、それでお開きとなりました。

聴衆がホールを出始めたとき、僕は少しホール内で場所を移動して、ステージをのぞきこんだりして、鐘を探しましたが、鐘はどこにもありません。ステージ上にも、Pブロックにも、その周辺にも、どこにも見あたりません。はて一体鐘はどこにあったのだろう、と疑問に思いながら、ゆっくりとホールを出て、もうお客さんもほとんど帰って人もまばらになっているホワイエを歩いていると、たまたますぐそばで、合唱指揮者の方がどなたかと会話されていました。これは絶好の機会と思い、会話が終わるのを待ち、思い切って合唱指揮者の方に、鐘の位置をお尋ねしました。すると、パイプオルガンの向かって右手の、ホール後部のドアを開けて、その外の通路で鳴らしたということでした!まさかホールの外に鐘を置いたとは思いませんでした。教えていただけてラッキーでした。

(さきほどのキタラの座席表をみていただくとわかるのですが、このホールの後部のドアは、一方がオルガン、もう一方が客席(Pブロックの後方部分)に挟まれた狭い通路の奥の方にあり、ホールの大半の座席からは見えない作りになっています。僕の席からも見えず、それで第五楽章のときにドアが開けられたことがわかりませんでした。)

それにしても尾高さん。さまざまな点の周到なこだわりと、きわめて丁寧な音楽づくり、終楽章のゆったりしたテンポなど、とても素敵でした。はるばる札幌まで聴きに来た甲斐がありました。

そしてキタラの響き。キタラの響きはあくまでクリアで明晰です。サントリーホールの響きが、熟成された香りとコクのある豊穣な音、極上のウィスキーのような音だとすれば、それとまったくちがい、「水のような」極上の日本酒にたとえられるかもしれません。どちらも、ゆったりと酔える音です。僕は海外の名ホールはまったく聴いたことないのでわかりませんが、国内でオーケストラの響きが好きなホールをあげよ、と言われたら、迷わずサントリーとキタラをあげます。

また明日、ここでもう一度この3番が聴けるといううれしさをいだきつつ、キタラをあとにしました。







Last updated  2010.09.24 01:25:12
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またまたマーラー3番を聴きに遠征してしまいました。今回は札幌です!

9月17&18日
第531回札幌交響楽団定期演奏会
指揮:尾高忠明
メゾソプラノ:手嶋眞佐子
女声合唱:札響合唱団
児童合唱:HBC少年少女合唱団
合唱指揮:長内勲
管弦楽:札幌交響楽団

札幌コンサートホール キタラ

キタラを訪れるのは、今回が2回目です。数年前、ルイジがPMFを振ったマーラー6番を聴いたのが、はじめてでした。そのときこのホールの響きの良さが強く印象づけられたので、そのキタラで3番が聴けるのが楽しみでした。

もうひとつの大きな楽しみは、札響の首席トランペット奏者の福田善亮氏でした。北海道ご出身の福田さんは、以前都響在籍時代に、ベルティーニとのマーラー3番でポストホルンの名奏を聴かせてくれた方です。今回ふたたび福田さんの演奏でこの曲を聴けるということがとても楽しみでした。

まずは初日、17日のレポートです。

この日は19時から開演でした。余裕を持って昼過ぎには札幌入りしました。良い天気で陽射しは強いですが、空気がかわいていて、さらっとした風が肌にとても心地よいです。タイミング良くこの日から、市中央の大通り公園で秋の味覚フェスタが始まっていたので、そこで北海道の名物料理を、(演奏会前ですので)ちょびっとおなかに入れ、(演奏会前ですので)ノンアルコールビールで喉を潤し、ホテルで一休みして、良い体調で会場に足を運ぶことができました。

この日の僕の座席は2階右のRAブロックの中程、やや後方寄りです。サントリーで言えばRAブロックのRB寄りあたり、ほぼ指揮者の真横くらいでした。いつもは座る前にステージ上の打楽器などを視認するのですが、この日は慣れないホールで緊張していたためか、特にステージを眺めずに座ってしまいました。座ってから気が付いたのは、このホールはサイドの席だと比較的死角が大きいということです。僕の席からだと、ステージの上手側(向かって右側)の1/3位は見えませんでした。

3番の場合、鐘の位置が気になりますが、僕の席から見えるステージの範囲には、鐘が置いてありません。また合唱団がはいると思われるPブロック(ステージとオルガンの間の客席)やその周辺にも、見える範囲には鐘が置いてありません。ですので、鐘はおそらく大きな死角になっているステージの上手側に置いてあるのだろうと推測しました。

尾高さんの簡単なプレトークがあり、そのあと少ししてから、オケの入場に先立って、Pブロックに女声合唱と児童合唱が入場してきました。曲の最初から児童合唱も含めた全合唱団を入場させるという気合の入った方法は、比較的少なく、2002年のシャイー/コンセルトヘボウの来日公演、2005年のチョンミョンフン/東フィル(オーチャードホール)、同じく2005年の大植/大フィル、そして今年のインバル/都響の3月30日公演があげられます。(シャイー以前は、そこまで細かくチェックしていなかったので、わかりません。)

しかも今回嬉しいことに、児童合唱の配置にひと工夫があったんです。この曲では、女声合唱と児童合唱の位置関係は、児童合唱が前方になり、その後ろに女性合唱となることが普通です。しかし今回は、前方に女声合唱、その後方に児童合唱という配置でした。

ここから先は、ご興味ある方はキタラ大ホールの座席表
http://www.kitara-sapporo.or.jp/seat/index.html
を見ながら読んでいただけると、よりわかりやすいと思います。

まず女声合唱が、Pブロックの前寄りの2列(第3列と第4列)に着席しました。続いて児童合唱が入場しはじめ、女声合唱の後方に並んでいきました。このとき、最初児童合唱は、女声合唱のすぐ後ろの2列(第5列と第6列)に並びはじめました。確かに、このように間をあけずに並ぶのが普通の並び方です。

しかしこれはこどもたちが並び方を間違えたようで、すぐに誘導の係の方が出てきて、児童合唱をその一列後方(第6列と第7列)に並び替えさせました。

このホールのPブロックのセンター部分の最後列は、第7列です。(座席表をみていただくとわかりますが、Pブロックの左右よりの部分には、さらに後方の第8~第11列がありますが、そこは今回客席として使用され、お客さんがはいっていました。)すなわち尾高さんは、Pブロックのセンター部分のなかで、できるだけ児童合唱を高いところに配置しようとする意図があったわけです!(そうでなければ第5列と第6列に並ばせたはずです。)

これまでの3番の記事で繰り返し書いているように、この曲のスコアには児童合唱と鐘を高い位置に置くように指定されています。しかしそれを実行しようとする指揮者は数少ないのが現状です。今回、スコアの指定に従って児童合唱を少しでも高い配置にしたという尾高さんのこだわりが嬉しくて、演奏への期待が増しました。

もっとも、鐘はステージ上かと推測していたので、「鐘も高いところに置いてくれたらさらに良いのになぁ。」と思っていました。しかし実は、鐘はステージ上ではなく、驚くべきところに設置されていたということが、あとになってわかりました!!このことは後述します。

続いてオケが入場し、そして尾高さんがはいってきて、演奏がはじまりました。
冒頭のホルンの斉奏が、すごく力強く立派なひびきでした。そしてその後の第一楽章は、終始やや遅めのテンポで、とても丁寧に、慎重にと言っても良い感じで、進められていきます。

キタラの響きはやはりすばらしいです。とてもクリアです。木管の小さな音でも、その音色やニュアンスが、他の音に埋もれずにはっきりと伝わってくるので、聴いていて新鮮な響きが多々感じられます。また弦楽の弱音も本当に美しく、きちんと響いてきます。クリアでいろいろな楽器の音がそれぞれ良くきこえてきて、しかも全体としての響きがまとまっている、そういう響きです。

第一楽章が終わったところでオケはチューニング。そしてチューニングが終わって会場が静まったあと、独唱者がしずしずと登場し、指揮者のすぐ左横に着席しました。会場からは拍手が起こってしまいました。(尾高さんはここで拍手が起こることにはこだわらなかったようです。)それにしてもこのタイミングの独唱者入場というのは割合に早いタイミングです。合唱団の早い入場とあわせて、後半の楽章のアタッカの扱いに関して相当考えての判断であろう、と期待が高まります。

第二、第三楽章も、同じように丁寧に丁寧に進められていきます。第三楽章の途中、ポストホルンのパートが近づいてきたあたりで、それまでステージ上で1番トランペットを吹いていた福田さんが、ポストホルンパートを吹くために、ステージ下手側に退場していきました。

そしてポストホルンの部分が始まりました。さすがは福田さん、音程や歌い回しは本当に完璧です。ただその音色からは、ポストホルンではなく、トランペット系の楽器を使っていると思われます。また今回のポストホルンパートで特筆すべきは、その距離感です。充分に遠くからきこえてくるかのようで、広い空間を感じられ、とても魅力的でした。またこのとき、ステージ上のオケの出す音も素晴らしく、とくに弦楽器の弱音が、非常に繊細で美しい音で、素晴らしかったです。

ポストホルンの部分が終わると、福田さんはステージ上の元の席に戻ってきて、また1番トランペットを吹き始めました。

さて第三楽章が終わったあと、第四楽章が始まる前に、独唱者が立つのに合わせて合唱団が起立しました!これはすごい方法です。第四楽章が終わったあとすぐ静寂のまま第五楽章がそのまま始められるように、あらかじめ第四楽章の始まる前に立たせておくというこの周到な方法を、僕がはじめて見た(意識した)のはシャイー/コンセルトヘボウのときでした。そして大植/大フィルもそうでした。しかしそれ以外には見たことがありません。この周到な方法を、尾高さんは採用したのです。

そしてその効果は充分にあり、第四楽章が静寂のなかに終わった直後、あざやかに第五楽章が始まりました。このとき驚いたことに、鐘の音が、ステージのある下の方向からではなく、かなり高いところからきこえてきたのです!鐘は一体、どこで叩いているんだろう?しかしやはり、僕の席から鐘は見えません。それでこのときは、おそらく僕の席からは死角になっているPブロックかその近くに配置したのだろう、と思いました。

それにしても、児童合唱と鐘が高いところから響いてくると、本当に素敵です。そのように指定したマーラーはすごいなと思う一方で、その指定をきちんとこだわって実行する指揮者が本当に少ないのは、残念な限りです。尾高さん良くぞやってくださいました。(何度も書きますが、三河/小田原フィルはこの点で最高にすばらしかったです。)なお女声合唱45名と児童合唱48名の歌唱自体も、かなり高い水準で、素晴らしかったです。児童合唱はやはりこれくらいの人数がいると、余裕を持ってきこえてきます。

今回の演奏、第一楽章から第四楽章まで、とても丁寧で、魅力的な演奏ではありましたが、この第五楽章で、一段ぐっと魅力を増したように感じました。

そして合唱団の座るタイミングも、僕が理想的と考える「シャイー方式」でした。つまり第五楽章の一番終わりにビムバムを歌うその直前、練習番号10の頭の2小節ちょっとの休みの間に合唱団は素早く着席し、その後の部分は座って歌う、という方式でした。三河/小田原フィルでも採用していた方式です。このシャイー方式でうまく演奏されると、第五楽章と第六楽章がこのうえない静寂と緊張のうちにアタッカで続くので、効果が絶大です。

ただし今回は、独唱者はここでは座らず、第六楽章が始まってすぐに静かにゆっくりと座りました。充分に気を使っていた座り方で、音楽の妨げにはなりませんでしたが、どうせなら、合唱団と同時に座れば、さらに良かったかと思います。

そして終楽章の音楽は、素晴らしかったです。非常におそいテンポで、じくりと歌いあげられました。特にチェロは美音でした。また最後近くの金管コラールでは、福田さんが、申し分ない美音と安定感で、すばらしい歌を聴かせてくれました。大感動の終楽章でした。(プレトークで尾高さんが、演奏に1時間45分くらいかかるかもしれない、とおっしゃっていましたが、確かにこのテンポなら、そのくらいかかっていたかもしれません。)

(長々とした駄文になってしまい、ひとつの記事に載せられないので、続きは次の記事にわけて書きました。そちらもごらんください。)






Last updated  2010.09.24 01:37:05
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