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じゃくの音楽日記帳

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演奏会(2011年)

2012.01.01
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カテゴリ:演奏会(2011年)
2011年の、自分にとってのベストコンサートをあげます。昨年同様にもちろん順位にはそれほど大きな意味はありません。自分が受けた感動の大きさという視点に、演目の稀少度(自分にとっての貴重度)なども加味した、あくまでパーソナルな (自分勝手な)ランキングです。

1. くにたちiBACHコレギウム/モンテヴェルディ「ポッペアの戴冠」5/26 (国分寺市立いずみホール)
2. マーラー3番 インキネン/日フィル 9/2 (サントリー)
3. マーラー3番 佐渡裕/兵庫芸術文化センター管&マーラー室内管/ヤング 6/19 (兵庫県立芸術文化センター)
4. ブルックナー4番 スクロヴァ/ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィル 10/19 (東京オペラシティ)
5. ブルックナー9番 スクロヴァ/ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィル 10/20 (東京オペラシティ)
6. マーラー大地の歌 大植英次/大フィル/小川明子(Mes) 11/9 (シンフォニーホール)
7. マーラー大地の歌 シナイスキー/N響/クラウディア・マーンケ(A) 11/12 (NHKホール)
8. アンサンブル・カペラ/ビクトリア ミサ「めでたし海の星」7/18 (聖アンセルモ・カトリック目黒教会)
9. イザベル・ファウスト/バッハ 無伴奏ヴァイオリンソナタ、パルティータ全曲 7/30 (王子ホール)
10. マーラー4番 ハーディング/マーラー室内管/モイツァ・エルトマン(S) 6/7 (オーチャード)
11. フェリシティ・ロット/リサイタル 4/15 (王子ホール)
12. ウォン・ウィンツァン/ピアノコンサート 11/12 (浜離宮朝日ホール)

2011年は、マーラーの名演が数多く聴けたことが非常な収穫でした。スクロヴァのますますの健在ぶりもうれしい限りでした。バロック・オペラを聴ける機会は少なかったですが、ポッペアの戴冠はその中にあって、ひたむきな歌にただただ涙し心が癒された、特別な体験でした。

2011年、日本に来てくれた音楽家の皆様、日本で頑張っている音楽家の皆様、ありがとうございました!






Last updated  2012.01.01 22:46:41
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カテゴリ:演奏会(2011年)
続いては2011年印象に残ったコンサート、声楽編です。

4月15日 フェリシティ・ロット/リサイタル (王子ホール)
5月26日 くにたちiBACHコレギウム/モンテヴェルディ「ポッペアの戴冠」(国分寺市立いずみホール)
6月 2日 モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」(新国立劇場)
6月13日 タリス・スコラーズ/ビクトリア レクイエム (東京オペラシティ)
7月18日 アンサンブル・カペラ/ビクトリア ミサ「めでたし海の星」(聖アンセルモ・カトリック目黒教会)
10月 1日 合唱舞踊団O.F.C.,オルフ祝祭合唱団 ほか/バッハ ヨハネ受難曲(合唱舞踊劇)(すみだトリフォニー)
10月15日 青木洋也,パーセルプロジェクト/パーセル オードなど (みなとみらい小ホール)
12月 9日 オランダ・バッハ協会/バッハ ロ短調ミサ (東京オペラシティ)
12月13日 スウィングル・シンガーズ/アカペラ・クリスマス(すみだトリフォニー)
12月14日 古楽アンサンブル「コントラポント」/クリスマスコンサート(渋谷区文化総合センター大和田さくらホール)

震災後、外人音楽家のコンサートが相次いで中止となるなかで、4月半ばに予定されていたロットさんのリサイタルも、当然中止になるだろうな、とあきらめていました。ところがロットさんは来日を敢行し、予定通りリサイタルをひらいてくれました!なんともありがたいことです。このリサイタル、ピアノがグレアム・ジョンソンさんというのも超楽しみでした。CDで聴くジョンソンさんの伴奏がとても素敵でしたから。当日は、期待にたがわず、ロットさんの美声と、ジョンソンさんの絶妙なピアノ、二人の至芸を聴かせてくれました。アンコールのとき、ジョンソンさんが、日本の人々のために「Tomorrow will be better.」とお話して、そういう思いを込めてR.シュトラウスの「あすの朝(Morgen)」をロットさんと演奏してくれました。来ていただき本当にありがとうございました。このリサイタルはNHKのクラシック倶楽部でも放送していました。

震災後のざらついた心には、音楽がなかなかすっと入ってこない状態が続いていましたが、ロットさん、それから器楽編で書いたカシュカシアンさんなどのリサイタルを通じて、次第に癒され感を感じ始めていました。そんななかで、5月末のモンテヴェルディのオペラには、本当に心が洗われるような感動を受けました。この公演は、礒山雅さんを音楽監督として、国立音大ドクターコースに在籍する若手歌手(プロの卵なのでしょうか)たちが、渡邊順生さんの指揮とチェンバロ・オルガン、他6名の精鋭奏者による器楽伴奏で歌うというプロジェクトです。舞台装置はソファ一つといった、とても簡素なものでしたが、すごくうまく活用されていました。衣装は本格的で美しかったです。主役のポッペアを歌った阿部雅子さんが、悪女としての迫真の演技と歌唱で、本当に見事でした。(2009年5月にバッハ・コレギウム・ジャパンほかによる上演でポッペア役を歌った森麻季さんよりも、ポッペア役としてのはまり度合いは完全に上回っていました。)あっぱれです。他の歌手たちもみな熱演、熱唱で、モンテヴェルディの音楽の純粋な美しさにただただ感動し、涙があふれてあふれて止まらない状態で聴いていました。このプロジェクト、最初は長野で行われ、好評につき再演となったということで、このあと11月にも国立市で再々演されたということです。チャンスがあればもう一度見たいです。

6月の新国立劇場の「コジ・ファン・トゥッテ」は、現代のキャンプ場を舞台にするという演出で、最初は「演出が奇抜すぎたらいやだなぁ」と不安でしたが、意外に演出は悪くなく、歌手陣たちの歌が尻上がりに好調になり、すばらしかったです。最後、両夫婦が和解してめでたしめでたしとなると思いきや、歌はもちろんそのままですが、演技は二人の妻が怒ったまま退場するというもので、びっくりしましたが、なるほどこれは面白い、と納得できる幕切れでした。

2011年はビクトリア没後400周年ということで、ビクトリアの貴重なコンサートをふたつ体験できました。ひとつは6月のタリス・スコラーズによるレクイエムです。東京オペラシティタケミツメモリアルの上質の響きで、名曲の名演奏を充分に味わえました。過去にタリス・スコラーズは、響きの比較的デッドな第一生命ホールで何回か聴きましたが、やはりオペラシティのような良い響きがあるホールだと、断然その真価が発揮できることを改めて実感しました。もうひとつは、日本の古楽アカペラグループ、アンサンブル・カペラの7月の定期演奏会で、ミサ「めでたし海の星」でした。会場の聖アンセルモ目黒教会は、豊かな残響があり、ここで聴くカペラは本当にすばらしいの一言です。大きな譜面を前に、グループの全員がひとつに集まって、その大きな譜面を見ながら歌うという独特のスタイルで、理想的な古楽合唱と思います。ふたつとも、言うことなしのビクトリアでした。

きのうの大晦日の午前中に、何気なくスイッチを入れたNHK-FMで、ビクトリア特集(?)をやっていました。途中からカペラの主催者花井哲郎氏が登場し、ビクトリアのことなどをいろいろお話されてました。この番組のために特別に録音したという、ビクトリアの「めでたし海の星」も放送されました。番組の最後には、僕の聴いた6月の東京オペラシティでのタリス・スコラーズのビクトリアのレクイエムの録音が放送され、うっとりと聴きました。
(しかし年末のNHKFMは、朝比奈三昧、マーラー特集、ビクトリア特集と、3日連続でなんとすばらしい番組を放送してくれたのでしょうか。感謝感謝の年末放送でした。)

続く10月には、カウンターテナーの青木洋也さんが関わったふたつのすぐれたプロジェクトがありました。ひとつはバレーと合体したバッハのヨハネ受難曲。これは合唱舞踊団O.F.C.というグループを中心としたパフォーマンス(演出・振付は佐多達枝さんという方)で、独唱者や古楽器演奏はすぐれたプロ奏者たちが集まり、オケはピットで、舞台上では合唱とバレーが踊られるという、ユニークな催しでした。青木さんは指揮をして、ときにアルトの独唱も歌いました。合唱団は、普段は舞台上のメンバーが歌い、コラールはパイプオルガンの伴奏でオルガンの前の高いところに位置したメンバーが歌うという、空間効果を充分に考えた演出でした。コラールが本当に美しく響きました。バレーは非常に見ごたえありましたし、エヴァンゲリストの畑儀文さんを筆頭に独唱者はレベルが高く、また器楽陣も三宮さんのオーボエ、前田さんのフルートなど豪華メンバーによる立派な演奏でした。とても感動しました。

もうひとつは、青木さんが主宰している「パーセルプロジェクト」の2年目の演奏会。(2010年の第1回ではなんとアーサー王を上演したそうです!全然知らなくて、行きそびれてしまいました。残念無念。)2011年の第2回では、オード3曲(聖セシリアの祝日のためのオード、メアリー女王の誕生日のためのオードなど)が演奏されました。パーセルのオードを生で聞けるというだけでも貴重な体験でしたし、青木さんの神秘的な歌唱もじっくり聞かせていただきました。このパーセルプロジェクト、今年も聴くのが大変楽しみです。

12月、オランダバッハ協会のロ短調ミサは、地味ながら誠実で質実剛健なバッハ演奏で、すばらしかったです。2010年のドレスデンの人たちのマタイ受難曲もそうでしたが、海外のこういうバッハ演奏を聴くと、派手さはないけれど内容をじっくり消化しきっている感じがして、こちらも安心して音楽に浸れて、気分が落ち着きます。今回、合唱団の配列も良かったです。後ろに一列に並んだ合唱団が、良くあるように左から右に順にソプラノ、アルト、テノール、バスという配列でなくて、女声が一番右側と左側に位置し、その間に男声が位置していました。詳しい並び方は良くわかりませんでしたが、もしかしたらソプラノ、アルトがそれぞれ左右に分散して歌っていたのかな、と思いました。この配置、響きとしてとても良かったです。(このような配置によるすぐれた演奏に接すると、オケにしても、合唱にしても、単に左から右に音の高い順に並べるという方法は、響きのメリットはほとんどないように思います。)

スウィングル・シンガーズのアカペラ、これも一度は聴いてみたいグループでした。最初に登場した彼らがマイクを持っているのに愕然として、「PA使用なのか、しまった!」と思いましたが、そんな感じもつかの間、始まってまもなく、彼らの技術とハーモニーの完璧さに、「このように巧みにPAを使うのが彼らのスタイルなんだ」と納得して、あとは完全に彼らの世界を楽しめました。ともかく想像以上にうまい!なんでこんなにきれいなアカペラができるの、と驚くばかりです。昔はボイス・パーカッションと言われていたパート、今はヒューマン・リズム・ボックスというんですね、このリズムボックス担当の人が、めちゃうまで、人間を超えています(^^)。リード役のソプラノも、本当にきれいな声で、うまい。バッハからビートルズまで、実に楽しく美しいアカペラに浸ったひと時でした。プログラム後半にはチャイコフスキーの1812年をやりました。アカペラでこういう曲をやるというのは「超絶技巧を示すため」みたいな感じがして、あまり進んで聴きたいとは思わないで聴いていましたが、面白かったのは、大砲のところです。オケでやるときは、大砲の打ち鳴らしたときの「ドーン」という発射音になりますよね。それが、この人たちは、発射音ではなくて、発射された大砲の玉が、近くに迫ってきて着弾する「ヒューーーーードーン!」という擬音を出すんです、これが繰り返されるので、聞いていて思わず笑ってしまいました。アンコールはジングルベルなどの陽気なクリスマスソングに引き続いて、最後は日本語による「蛍の光」でしっとりと閉めてくれました。

声楽編の最後にあげたのは、カペラの花井哲郎氏がやはり主宰する古楽アンサンブルグループ「コントラポント」の定期公演、「コントラポントと祝う楽しいクリスマス」です。合唱7名、器楽10人で、クリスマスにちなんだ曲がいろいろ演奏されました。手作りの、アットホームな暖かいクリスマスの集い、という感じで始まった素敵な演奏会でした。それがプログラム後半にはどんどん深みをまして行き、とりわけ最後のシャルパンティエの「真夜中のミサ、主イエス・キリスト御誕生の歌」は聴きものでした!演奏者みな良かったですし、特にコンミスの方のヴァイオリンはすばらしい音色で、名曲の名演奏に心打たれました。素敵なコンセプト、素敵な演奏の、いい演奏会でした。お客さんは少なくて勿体なかったけれど、こういった質の高い演奏会を続けていれば、だんだんと世の中の認知度が上がっていくことと思います。






Last updated  2012.01.02 00:55:07
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カテゴリ:演奏会(2011年)
新年を迎えました。皆様に、良い年になりますように。
今年も、書いたり、休んだり、相変わらずのゆるゆるペースで、細々とながらもブログを続けていきたいと思います。

今年はじめは、マーラー、ブルックナー以外で印象に残った2011年のコンサート、器楽編を書きます。

2月 9日 大植,大フィル/ブラームス 交響曲第4番ほか (シンフォニーホール)
5月21日 カシュカシアン/無伴奏ヴィオラリサイタル (武蔵野市民文化会館小ホール)
7 月 6日 大植,東フィル/ブラームス 交響曲第1番ほか (東京オペラシティ)
7月30日 イザベル・ファウスト/バッハ 無伴奏ヴァイオリンソナタ、パルティータ全曲 (王子ホール)
8月26日 大植,大フィル/チャイコフスキー 交響曲第5番ほか (シンフォニーホール)
10月31日 チッコリーニ/リサイタル (すみだトリフォニー)
11月 1日 ブリテン バレー「パゴダの王子」(新国立劇場)
11月 2日 大植,大フィル/チャイコフスキー 交響曲第6番ほか (シンフォニーホール)
11月12日 ウォン・ウィンツァン/ピアノコンサート (浜離宮朝日ホール)
12月17日 吉野直子,今井信子,ジャック・ズーン/武満,ドビュッシー,ラヴェルほか (フィリアホール)

2011年は、大植さんをできるだけ聴きました。マーラー以外に、大フィルとのブラ4、チャイコ5、チャイコ6、東フィルとのブラ1。それぞれに、感動しました。特にチャイコは良かったです。大植さんに向いていると思います。チャイコ5番は、大事故もありましたが、ぼくとはして充分感動しました。チャイコの6番は、1階最前列、中央ブロックの席(ここしか空いていませんでした)。もっと端っこかと思っていたら、行って見たら、センターの指揮台に結構近い(汗)。大植さんの燕尾服の袖のカフスボタンが、指揮台の後ろの支え棒にたまにちょっとあたってカシッと音がするのもリアルに伝わってくる、かぶりつきでした。プログラム前半のロココ風の主題による変奏曲のチェリストは、本当に美音でした。6番は、中央に陣取ったヴィオラが、冒頭の部分をはじめとして、強烈に印象的な音をだしていました。第一楽章はテンポの動かし方がぎくしゃくとして不自然でしたが、第三、第四楽章は、没入できました。事前の解説では、終楽章を速く演奏する、ということで、恐れていましたが、思ったほど速くなくて、良かったです。もっとゆっくり、じっくりやってくれればさらに良かったのでしょうが、大植さんの歌を味わえたという点では満足でした。終わったあと、大植さんが最初に舞台裏に引っ込むときに、ヴィオラの人と握手していました。東フィルとのブラ1も、堂々たる演奏でした。このときのプログラムの前半には、小曽根さんとの共演でモーツァルトの協奏曲をやってくれて、これがまた最高でした。カデンツァの部分は、春の共演のときよりさらにパワーアップして、ジャジーなピアノに途中からソロヴィオラがからみ、さらにソロチェロがからみ、ジャムセッションが長く繰り広げられ、実にスリリングなモーツァルトでした。終わってからブーイングも出ましたから、保守的なモーツァルトファンにとっては許しがたいモーツァルトへの冒涜、と思えたのでしょう、それほど刺激的で、すばらしかったです(^^)。ブーイングをはるかにしのぐ盛大なブラボーが飛び交いました。
年末のベートーヴェン第9も、聴きたかったです。

5月には、なんとヴィオラのキム・カシュカシアンが来日して無伴奏リサイタルを開いてくれました!その昔、New ECMからリリースされたヒンデミットのソナタ集や、ヴィオラ作品集「エレジー」に収められたブリテンのラクリメ、ヴォーン・ウィリアムスのロマンスなどのみずみずしくしなやかな名演に心酔していました。1995年、カザルスホールでのヒンデミット・ヴィオラ・フェスティバルにカシュカシアンが来るというので勇んで出かけて聴きました。公開レッスンもやっていて、さかんに「有機的に、有機的に!(organic!)」とお話していたことが印象に残っています。サイン会でサインしていただいたばかりでなく、すごく幸運なことに、その後の打ち上げパーティにも出させてもらえて、写真をとらせていただいたりしたものです。ドイツに暮らしているというお話でした。あれからもう16年!久しぶりに聴くカシュカシアンのヴィオラの音色は深く優しく、バッハやクルターグが、心に響きました。プログラムの解説によると、長く暮らしたヨーロッパから、今はアメリカに戻り、ボストンで教鞭をとられているということでした。僕よりちょと年上のカシュカシアンさん、これからもお元気で、ヴィオラを弾き続けてください。

7月のイザベル・ファウストの無伴奏ヴァイオリン・リサイタルはすごかったです。1日で、無伴奏のソナタとパルティータ全6曲を弾いてしまったんです。しかもその演奏の集中力、ハイテンションさは半端でなく、バッハの世界に深く踏み込んだすばらしい音楽で、圧倒されました。

2011年もまた、チッコリーニが来てくれました。今回は協奏曲、リサイタルの両方とも聴けました。協奏曲は、モーツァルトプログラムで、チッコリーニのピアノは素敵でしたが、指揮者の反応が鈍くて、チッコリーニが前に進もうとしているのに、その足を引っ張ってしまう感じがあり、いささか残念でした。2010年の神がかり的なベートーヴェンの協奏曲は、指揮者の力も大きかったのだなぁとしみじみ思いました。リサイタルの方は、もう本当にすばらしかったです。アンコールには、愛の挨拶!きわめてゆっくりとした、瞑想するような愛の挨拶を奏でてくれました。プログラムにも特に何も書かれてはいませんでしたが、チッコリーニが2年連続でわざわざ遠い日本に、今来てくれた、そのお気持ちは聴衆の皆にしっかり届いていました。チッコリーニ、本当にありがとうございます。ますますお元気でお過ごしくださいますように。

新国立劇場バレー団による、ブリテンのバレー音楽「パゴダの王子」という珍しい演目(全曲は日本初演)も、期待を裏切らない良い上演でした。昔買ってあまり聴いていなかったCDで予習をしっかりした効果もあり、音楽がかなり楽しめましたし、日本とイギリスをうまく組み合わせたビントレーさんという芸術監督の手腕も大きいと思います。素敵な舞台でした。

ピアノといえば僕が欠かせないのは、ウォン・ウィンツァンさん。毎年恒例のコンサートを、今回も聴くことができました。いつもすばらしいですが、今回はとくに良かったです。今までのコンサートだと、即興はすばらしいのですが、即興でない曲がやや型にはまって多少窮屈な感じがしなくもありませんでした。でも今回は、即興でないと思われる曲にも、ちょっと即興のスパイスがかかったような、なんともいえない素敵な味わいがありました。またコンサート後半の長大な即興演奏も、いつもすばらしいですが、今回はいつも以上に深く、美しく、心に訴えかける感動的な演奏でした。ウォン・ウィンツァンさんは脱原発の意見を強く訴えていますし、被災地の支援活動も熱心に行っておられます。

器楽編の最後は、吉野直子、今井信子、ジャック・ズーンによるフルート、ヴィオラ、ハープの三重奏の室内楽コンサートも、なかなか良かったです。フルートのジャック・ズーンさんは、元ボストン響の首席で、ルツェルン祝祭管でも活躍されています。日本でアバド、ルツェルン祝祭管がマーラー6番をやってくれたときも、ズーンさんが吹いていて、信じがたいような、もう最高のフルートでした。今回のプログラムは、ヘンデルなどの古典ドイツもの、続いてグバイドゥーリナや武満の現代もの、そして最後にドビュッシーでしたが、こうやって続けて聴くと、ドビュッシーなどのフランス近代の作曲家が、如何にハープの魅力を十全に生かす曲を書いていたことか、これに比べると現代ものの曲は、ハープの魅力を生かすという点ではいかにも歯がゆいなぁ、という感じを持ちました。アンコールはラヴェルの亡き王女のためのパヴァーヌで、これも素敵でした。ズーンさんはもしかして体調が万全でなかったかもしれませんが、アンコールでは本領発揮というか、すばらしい歌を奏でてくれました。フィリアホールは、なかなか行く機会がなくて今回初めて訪れましたが、とても良い小ホールです。会場の構造や、壁のデザインは、明らかにカザルスホールに似せていて、カザルスホールをなつかしく思い出しました。音の響きもとても良く、また聴衆の質もかなり高く、上質の音楽を安心して楽しめました。ホール脇のチケットセンターには、書籍販売のほか、音楽雑誌のバックナンバーが自由に閲覧できるコーナーもあって、素敵なスペースでした。






Last updated  2012.01.02 00:42:58
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2011.12.31
カテゴリ:演奏会(2011年)
続いて2011年ブルックナー演奏会。今年足を運んだ演奏会は少なめでした。

4番 7月19日 下野/読響 (サントリー)
   10月17日 エッシェンバッハ/ウィーンフィル (サントリー)
   10月19日 スクロヴァチェフスキ/ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィル

8番 3月 4日 シャイー/ゲヴァントハウス管 (サントリー)
   9月 5日 内藤彰/東京ニューシティ管 (東京文化会館)

9番 2月20日 大植/大フィル (サントリー)
   9月30日 ケント・ナガノ/バイエルン国立管 (東京文化会館)
   10月20日 スクロヴァチェフスキ/ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィル

4番:記事にしたスクロヴァチェフスキとドイツのオケの力演が、別格です。それと、7月に下野さんが初めて読響でブルックナーを振った4番も、すばらしかったです。第一、第二楽章はやや音を抑えぎみにしてうるさくならず、ゆったりとした演奏でした。第三楽章から力強くなり、最終楽章は力強さとゆったり感を併せ持ち、堂々たるものでした。(第三楽章が終わった直後に思わず拍手が鳴ったとき、下野さんはオケのほうを向いたままでしたが軽く会釈して拍手に答えていました。こういうところにもお人柄の良さを感じます。)この演奏、先日自局のテレビ放送で、地上波、ついで衛星波の両方で、異例の全曲放送をやっていたのも、この演奏の価値を称える扱いで、うれしく思いました。下野さんはこの世代で傑出したブルックナー振りと思います。さすがに晩年の朝比奈のもとで研鑽をつんだだけのことはあります。(おととい、没後10周年を迎えた朝比奈隆をしのぶ、NHK-FMの「朝比奈隆三昧」の長時間放送番組で、下野さんも少し登場して、謙虚で素敵なコメントをお話されてました。下野さんが最後に朝比奈さんに会ったのが、2001年7月のサントリー公演のときで、そのときに8番のスコアにサインしてもらったそうです。そのときの演奏会は、僕にとっても朝比奈の生体験の最後となったものでした。驚異的に若々しいエネルギーにあふれたブルックナーでした。)下野さん、今年は大阪で2番を、兵庫で8番を振ったようですね。下野さんのブルックナー、今後が非常に楽しみです。

対照的に最悪だったのが、エッシェンバッハの4番でした。すべてを白日のもとにさらしてしまい、陰影のイの字もない演奏。エッシェンバッハはマーラーには向いていても、ブルックナー向きではないことを強く実感しました。しかし終演後の拍手喝采は信じがたいほどものすごく大きく、それを後にして早々に帰路についたものです。このわずか二日後に、スクロヴァのすばらしい4番を体験したので、その違いの大きさはひときわでした。

8番:3月のシャイーは、部分的にはいいところもありましたが、全体として荒々しすぎで、やはり失望感は否めませんでした。9月の内藤&東京ニューシティは、3月下旬の予定が震災のため順延となったものです。内藤氏のブルックナー、一度は聴いてみたいと思っていました。創立20周年記念で、再演の要望のもっとも多かったブルックナーの8番(アダージョ2という異稿)を再演するというので、初めて訪れました。「アダージョ2」というのは、時系列的には第1稿と第2稿の間に位置するが、単なる中間的な稿ではなくて、独自の主張がある稿ということでした、聴いてみると、確かになかなか良いところがありました。

9番:4番と同じく、10月のスクロヴァチェフスキとドイツのオケが、別格の演奏を聞かせてくれました。ただただ脱帽でした。それから2月の大植&大フィルも、両者の心技体が充実しきっているからこそ出せる、美しく深い響きの、稀有な9番演奏でした。9月のケント・ナガノは、第一楽章の冒頭や、コーダなど、凄く遅いテンポをとり、部分的には良いのですが、途中のテンポ変化が大きく、大きな感銘は得られませんでした。なおこの演奏会では、テ・デウムも続けて演奏したのですが、なんと9番の始まる前から合唱団が入場していて、9番の演奏の後本当にただちにテ・デウムが開始されるという、実に気合のはいった構成でした。合唱は、当初はアウディ・ユーゲント・コーラスアカデミーという予定だったそうですが、当日はバイエルン国立歌劇場合唱団に変更されていました。(原発の影響で若い人たちが来日をとりやめたのでしょう、妥当な判断と思います。)さすがはバイエルン国立歌劇場合唱団で、合唱が非常に力強く美しく、とても立派な、聴き応えのあるテ・デウムでした。この演奏は、9番とテ・デウムとを合わせて完全に一つの曲として扱っていたと思います。テ・デウムを続けて演奏するのであれば、こうなってしかるべし、と思います。だけれど9番のアダージョのあとには、やはりどんな音楽もないほうがいい、と強く思った演奏会でした。

さっきも少し書いた、NHK-FMでおととい放送した「朝比奈隆三昧」は、感動的な番組でした。僕は途中(昼頃)から、ひとり職場で仕事(残務整理)をしながらネットラジオで、ながらでずっと夜9時まで聴きました。朝比奈とブラームスのピアノ協奏曲第一番を繰り返し演奏した伊藤恵さんのお話:ヨーロッパ演奏旅行のときは朝比奈から「ご婦人は結婚・子作りも大事な仕事だから・・」と話されて音楽家としてだめだしされたのかとショックだったが、のちには大フィルとの練習を始めるときに朝比奈御大がオケに「みなさん、この人は女性ではありません、すごい音を出しますから皆さんも負けずにやってください」と話した、というエピソードが楽しかったです。こういう大フィルと伊藤さんとの歴史を、大植さんが引き継いで朝比奈隆生誕100周年記念演奏会で共演されたりしたんですね。
それから元大フィルティンパニー奏者中谷さん(新日フィルのティンパニー奏者とともに晩年の朝比奈の信頼あつく、西の中谷、と呼ばれた人ですね)のお話:チャイコの6番(?)で若いときに自分が大失敗をして、終わってからあぁもうこれでくびか、と思いながら朝比奈に誤りにいったら、まぁ座れ、と言われて、いろいろな失敗談を1時間ほどしてくれたこと、「指揮を見るな!」と言われて見ないでたたくと「遅い!」と言われたこと、など、また最後の名古屋での演奏会の思い出など、貴重なお話を沢山きけました。上にも書いた、2001年7月のサントリーでのブルックナー8番が放送されて、中谷さんのティンパニーがものすごいエネルギーでたたかれていました。このとき僕は2階LAブロック最前列、ハープの真上くらいの席で聴いていたことを、昨日のことのように思い出しました。

この番組、19時からは大植さん&大フィルのベートーヴェン9番の演奏会を生中継していましたね。なんとも粋な企画です。単に朝比奈隆の回顧だけに終わらず、大フィルのこれからを応援する番組となっていました。市長も聴いてくれてたらいいんだけど。来年以後も、大フィルの充実を、心から願っています。






Last updated  2012.01.01 23:47:53
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2011.10.21
カテゴリ:演奏会(2011年)

スクロヴァチェフスキのブルックナーを堪能しました。若々しく、力強い、充実のブルックナー!! 

10月19日 東京オペラシティ タケミツメモリアル
指揮 スクロヴァチェフスキ
管弦楽 ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団

モーツァルト 交響曲第41番
ブルックナー 交響曲第4番

この長い名前のオケのことを、僕はなんとなくザールブリュッケン放響が改名したのだろうと思っていました。前回スクロヴァ率いるザールブリュッケン放響が来日してここオペラシティでブルックナーを演奏したのは2003年。3日連続で5番、7番、8番でした。素晴らしい演奏でしたけれど、オケの技量的には思ったほどでもなかったという記憶があります。今回会場に来てプログラムを見ると、ふたつのオケ(ザールブリュッケン放響とカイザースラウテルンSWR放送管弦楽団)が2007年に合併したオケということです。音がどう変化しているのでしょうか。

会場に入って舞台を見ると、マイクが数本立っています。その立て方が変わっていて、指揮台の周囲に5本の黒いスタンドが立ち、てっぺんにマイクがあり、それぞれオケの方(斜め下方)を向いています。このマイクスタンドがすごく高く(あとで指揮台に立った長身のスクロヴァ氏の、さらに頭ふたつほど高い)、それが5本でずらりと指揮台を取り囲んでいるさまは、なかなかに物々しくて、電磁バリアでも張り巡らせそうな雰囲気(^^)で、オケの入場前から緊張感が漂っています。

オケの入場に続いてスクロヴァが入場し、早くも会場からは熱烈な拍手が沸き起こります。

始まったモーツァルト。スクロヴァの指揮ぶりは非常に厳しく、引き締まっています。それにこたえるオケの気合いも素晴らしい。びしっと引き締まった、無駄をそぎ落とした音楽です。変なたとえですが、良く呼吸のあった殺陣を目の当たりにしているような、緊張感の高い演奏です。モーツァルトが終わると盛大なブラボーが飛び交いました。

休憩後、いよいよブルックナー。やはり引き締まった音楽で、いささかも隙がありません。やや早めのテンポを基調に、ときどきかける激しいアッチェレランド、何気ない経過句での陰影に富んだ深い呼吸、すべてに一切の迷いがなく、確信に満ちたブルックナーです。その音楽の若々しくエネルギーにあふれていること、驚くばかりです。88歳のスクロヴァ、さらなる境地に踏み込んでいます。

オケもすばらしい。いかにもドイツのオケらしい素朴で質実剛健な響き。そしてスクロヴァの激しい要求に全力でひたむきに応えるその気合いは、すばらしいの一語。数年前に聴いたザールブリュッケン放響とはまったく次元の違う音です。合併で技術はもちろん上がったでしょうが、何よりも気合いの入り方が半端でありません。コンマスは白髪の老紳士で、トップサイドは黒髪の女性奏者で、このふたりともコンマスのような熱奏ぶりで、二人のコンマスがいるようでした。(翌日の演奏会と併せて考えると、老紳士がおそらくザールブリュッケン放響時代のコンマス、女性がカイザースラウテルンSWR放送管時代のコンミスであろうと想像します。)この二人の切り込み隊長を筆頭として、オケ全体がすこぶる気合の入った充実した音を出してくれます。

近年、読響やザールブリュッケン放響とのスクロヴァのブルックナーの演奏を聴いて、その素晴らしさに感動しながらも、僕がときどき不満に感じていたことがあります。ひとつは、スコアにないダイナミクスの変化です。クレッシェンドしていき頂点のffに達する少し前に、一度音量を落として、それから頂点のffに突入するというやり方が時々見られ、それがすごく恣意的に聞こえ、大きな流れの勢いを削いでしまうように感じていました。もうひとつは、各パートの明晰性や音量バランスに神経を使うあまりに、音楽が縮こまってしまい、スケール感が損なわれるような瞬間を、ときどき感じていました。これらのために、ブルックナーの音楽にとても大事な、大きな流れと言うか、巨大なスケール感と言うか、そういったものが損なわれるような印象を持つことが時々ありました。(なぜか7番や9番ではそういう場面は少なく、4、5、8番などで感じることが多かったです。)

しかし今日は、どちらも皆無。変に音量を落とすところがまったくなく、音楽がうねって巨大に成長していくその流れ、強さががっちりと感じられます。また、各パートに細かな気配りが充分に行き届いていながら(特に木管の声部を強調して新鮮な響きが随所にありました)、それに神経を使いすぎて音楽が小さくなるという傾向がまったく感じられません。繊細にして剛気、パワフル。

終楽章のシンバル追加を代表とする、スコアの改変「スクロヴァ稿」(^^)も相変わらずの健在ぶりです。まぁ良くやってくれます。

たとえばこのシンバル追加の一点をもって、スクロヴァの4番を受け入れられないブルックナーファンも少なくないかもしれません。僕もこのシンバル、あるのと無いのとどちらが好きかと問われれば、無いほうが好きです。

演奏のスタイル的にも、僕としてはこういった筋骨質系のブルックナーよりも、悠揚としてせまらず系のブルックナーの方が好きです。

しかし今回のスクロヴァのブルックナーは、そういう好みを超えていて、そういう個々の点は末節のことだ、と思えるような、がっしりと1本芯の通った、説得力のすごさがあります。スコアの改変を含めて、きわめて個性的なブルックナーですが、ここまで来るともはや普遍性を持つ、そういう境地に達しています。

オケの頑張りと一体となって、本当にすごいブルックナーの音楽が、眼の前で鳴っています。終楽章は、終わらないで欲しい、と思いながらただただ聴いていました。

それでも不注意な聴衆はいるもので、時報のチチッという音が少ししたり、終楽章のコーダで寝息が(!)したり、等のできごとはありましたが、それも小さいことです。そして曲終了後の余韻は、大丈夫でした。スクロヴァが指揮棒をあげている間は拍手が起こらず、ほどなく指揮棒を降ろしきるその少し前まで、静寂が保たれました。

そのあとの拍手・歓声は、CDが出るとしたらカットしないで入れてほしいものです。スクロヴァが最初に一人で立たせた奏者は、もちろん1番ホルン。アジア系の方で、この奏者はおそらく数年前のザールブリュッケン放響のブルックナーのときにも吹いた奏者だと思います。いいホルンでした。

そのあとは、金管隊、テインパニ、木管隊、そして弦ではまずヴィオラ、続いてチェロ、そしてコンマスをひとしきり称えたあと、第一ヴァイオリン、あとは全員。聴衆の中には途中からスタンディングオベーションする人もちらほら出てきました。やがてオケがひっこんでも、拍手が鳴りやまず、聴衆は総立ちとなりスクロヴァ呼び戻し拍手が続き、スクロヴァがなんと1番ホルン奏者を連れて再登場し、ひと際大きな歓声と拍手が起こりました。そのあと、まだ鳴りやまぬ拍手に、一度引っ込んだスクロヴァは今度は白髪のコンマスを連れて再々登場し、ふたりでがっちりと、熱い拍手を浴びていました。ありがとうスクロヴァチェフスキ。ありがとうオケの皆さま。

若々しいブルックナー。かつて最晩年の朝比奈も、実に若々しいブルックナーを聴かせてくれました。この両者、スコアをいじるスクロヴァ、スコアに書いてないことはしない朝比奈、芸風もかなり違うものの、どちらも素晴らしい、かけがえのないブルックナーです。

・・・スクロヴァのブルックナー、翌日(20日)にも、ここオペラシティタケミツメモリアルで9番を聴かせてくれました。これも本当にすばらしいブルックナーでした。そして今この記事を書いているきょう21日は、19時から大阪シンフォニーホールで4番でした。今宵もさぞや充実したブルックナーが響いたことでしょう。

 







Last updated  2011.10.22 01:59:55
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2011.02.21
カテゴリ:演奏会(2011年)

ところで東京定期に先立って行われた大阪での定期演奏会で、この大植&大フィルのブルックナー9番の演奏中に、無人のパイプオルガンに照明があてられていたそうです。ぐすたふさんのブログでそのことを知って驚き、東京定期のサントリーホールではどうなるのだろうかと、注目していました。

そこで開演前に見てみると、すでにオルガンの鍵盤が開かれ、オルガンを弾くための椅子が用意されていました。普段は左右に行き来できるオルガン席の前にはロープが張られて、行き来できないようになっていました。しかしその段階では特別な照明はあてられていませんでした。ショスタコーヴィチが終わって休憩が終わっ て、ブルックナーが始まるときにホールの照明が落とされると、オルガンへの照明が浮かびあがってきました。そして最後までオルガンがライトアップされていました。 もっとも、オルガンの電源は入っていませんでした。

終演後、久しぶりに大植さんのサインをもらおうとサイン会の行列の後ろの方にならびました。いつものように大植さん、サインしながらいろいろお話してくださっていて、大植さんの高い声がときどき聴こえてくるのに楽しく耳をそばだてながら、並んでいました。そのなかで、あまり詳しくは聞き取れなかったのですが、どうもオルガンの照明についての話が少し出たようで、聖フローリアンがどうとかいう大植さんの声が聞こえてきました。当初は、サインだけいただいて帰ろう、オルガンのライトアップのことをお尋ねするのは無粋かな、と思っていたのですが、そのような会話を耳にしてしまったので、これはもう、僕も直接お尋ねしてみるしかないと思い、自分の番のときにお尋ねしました。

大植さんのお話によると、聖フローリアンで良くブルックナーが演奏されるが、そのときには、いつもオルガンに照明があてられるのだそうです。そこで今回、それにならったということのようです。念のために、2008年の朝比奈隆生誕100周年記念演奏会の9番のときは、照明はしなかったですね?とお尋ねしたと ころ、あのときは朝比奈隆記念演奏会なのでしなかった、とお話されていました。ということで、ブルックナーに敬意を表してのライトアップということのようでした。

今回の演奏会、用意されていたオルガンの前の椅子には、ブルックナーが座っていたのでしょうか。そしてそこから少し離れたところに、朝比奈隆氏もいらしたのかもしれません。







Last updated  2011.02.21 22:15:00
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2011.02.20
カテゴリ:演奏会(2011年)

大植&大フィルの東京定期を聴いてきました。昨年のR.シュトラウスの名演は記憶に新しいところです。今年はショスタコーヴィチとブルックナーという、ちょっと変わった組み合わせのプログラムでした。良かったです!

2月20日 サントリーホール
大阪フィルハーモニー交響楽団 第48回東京定期演奏会
指揮:大植英次
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団

ショスタコーヴィチ:交響曲第9番
ブルックナー:交響曲第9番

ショスタコーヴィチの9番は、僕はバルシャイ の全集のCD以外にはあまり聴いたことがなく、詳しいことはわかりませんが、第二・第四の緩徐楽章が、大植さんらしいじっくりとした足取りで、フルートや ファゴットのソロもすばらしかったです。また第一・第三・第五の早い楽章は、かなり難しい曲だと思いますが、オケはまったく乱れることなく、かつ良く鳴っていて、緊張感がすこぶる高く、引き締まった演奏でした。最後も熱狂的に浮かれるというふうにはならず、地面にがっしり足がついた、厳しいショスタコ9番でした。ブラボーです。

そして休憩後ブルックナーの9番。2008年7月、大植&大フィルによる朝比奈隆生誕100周年の記念演奏会をシンフォニーホールで聴いたことが、思い出されます。ロビーに朝比奈隆が最初にブルックナー9番を振ったときに使った手書き!のスコアが展示されていたりして、特別な雰囲気の中でのすばらしい演奏会でした。今回はどういう演奏になるのでしょうか。

弦は両翼配置で、16-14-12-10-8。コントラバスは舞台奥に横一列に並びます。金管軍団は上手側の奥にまとまって、その手前にティンパニです。いよいよ演奏が始まりました。第一楽章から、高い緊張感で、思わず背筋が伸びます。総休止をゆったりとって、音楽は悠然とすすんでいきます。途中、テンポを急に上げるところが何箇所かあり(第一主題が初登場する前に盛り上がっていくところとか、コーダの最後の部分など)、それらは僕の好むテンポ設定とは異なりましたが、音楽に隙がないので、それほど大きな違和感を感じません。これが大植流のブルックナー。

そして第二楽章は、さらにすごかった。弦も、管も、打も、ただならない気迫です。スケルツォの節目節目で、ジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャン!と終わって総休止になりますね、ともかく音に力と緊張があってかつ美しいので、その余韻がホールに残って消えていく、そういうところがものすごく美しくて、鳥肌が立ちます。この第二楽章は、一分の隙もない凄いものでした。

朝比奈最晩年のブルックナーも、実に若々しくて力が漲っていたことが昨日のことのように思い出されます。この力の漲り、まさに大植さんのエネルギーと大フィルの伝統がひとつになって生まれているのでしょう。

第三楽章も、そのまま緊張が緩むことなく、深い音楽が続きます。大植さんの音楽を聴く聴衆の雰囲気を、大阪と東京とで比べると、大阪の暖かい一体感と比べて、東京のほうは残念ながら冷めている雰囲気を感ずることが時々ありますが、きょうは音楽のあまりの充実ぶりに、聴衆の気持ちも張り詰めていてしんと静まりかえっていて、オケの楽譜をめくる小さな音がはっきりと聞こえてく るような、すごいことになっていました。

第三楽章後半の、弦楽合奏による祈りのようなコラール風の下降音型が出てくるところ、ここは2008年の演奏でもぐっとテンポを落として大植ブル9の最大の聴きどころのひとつともいえる感動がありましたが、きょうもじっくりと歌われ、すばらしかったです。

ワーグナーチューバがところどころわずかに不安定なところはありましたが、最後の和音は完全に決まって、この稀有な9番演奏は終結し、静寂にかえっていきました。大植さんは最後両腕を体に抱きしめるような姿勢で終わり、その後しばらくして大植さんの両手が完全にさがりきって初めて、拍手が徐々にわきおこりはじめました。

すばらしいブルックナーでした。今まさに、大植さん、大フィルとも、心技体が充実しきっているということ。それをまざまざと実感する、気迫に満ち、すこぶる充実したブルックナーでした。これまで僕が聴いた大植&大フィルのブルックナーは、2006年東京定期の7番、2008年の朝比奈隆生誕 100周年記念演奏会の9番、そして今回です。回を追うごとに力が増し、完成度が高くなっているように思います。

大植さんという音楽家からあふれ出る大きなエネルギー、それをがっしりと受け止め充実の響きを奏でる大フィル。大植&大フィル、またひとつの到達点を極めました。朝比奈御大も、天国からさぞや祝福していることでありましょう。

すばらしいブルックナーを、ありがとうございました。







Last updated  2011.02.21 03:16:49
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2011.02.10
カテゴリ:演奏会(2011年)

大植&大フィルのブラームスチクルスの最終回を、聴きました。

指揮:大植英次
ヴァイオリン:竹澤恭子
チェロ:ダーヴィド・ゲリンガス
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団

ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための協奏曲
ブラームス:交響曲第4番

2月9日 ザ・シンフォニーホール

交響曲を1番から順番に、協奏曲とセットで昨年夏から4回にわたって演奏してきたこのブラームスチクルス、僕は1番を聴いたのに次いで、2回目です。

協奏曲はゲリンガス、竹澤さんの両ソリストの貫録ある演奏が聴きものでした。盛大で温かい拍手にこたえて、なんとなんとアンコールに、もう一度第三楽章をやってくれました。これ、急に決まったらしく、オケは楽譜をめくるのもあわただしく、いきなりの第三楽章が始まりました。アンコールの第三楽章は一段と自在な音楽になり、いい演奏でした。再び盛大な拍手。会場全体がひとつになったようなこの親密感、毎度ながら、ここならではの魅力です。

さていよいよ4番です。昨年の1番は、第二、第三楽章のゆったりとした温かな歌が、じんわり心にしみる素晴らしい演奏でした。一方両端楽章は緩急変化が大きく、重厚路線でない、僕はちょっと肩すかしをくらったような印象でした。(詳しくはこちらの記事をご覧ください。)

そこで今回の4番は、僕としては第二楽章の歌にもっとも期待をしていました。(本当はこういう期待はしないでニュートラルな姿勢で臨むほうが良いのでしょうけれど。)その第二楽章は、さすがに大植さんらしい、じっくりとした歌が聴けました。これだけでも十分にすばらしいと思いましたが、ここまではいわば想定内のすばらしさ。しかし第三楽章からが、想定を裏切るさらにすばらしい演奏になりました。力強く、エネルギッシュ。とくに終楽章は、非常に力の入った、すごい演奏でした。大植さんの指揮は、以前のマーラー6番のときを思い出すような、気迫みなぎるキューの連発で、オケもがっちりと十分に鳴っています。剛の魅力全開。かと思うと、合間のフルートソロなどのひそやかな美しさも十分です。巨大でいて弛緩することない、高密度の時間でした。満足です。

なおオケの配置は両翼配置で、協奏曲は下手側だったコントラバスは交響曲では後ろに一列に並び、ティンパニは協奏曲では後ろの正面から交響曲では上手側に移動。このティンパニが、交響曲で、楽章ごとの音の音色の変化がはっきりしていて、かなり良かったです。とりわけ第三楽章の硬めでややこもった感じの音から、終楽章で切れの良い鮮やかな音色への変化が、見事だったです。

このあと大植さんのスピーチがあり、驚愕の、4番の開始異稿「まぼろしの4小節付き」のさわり部分の演奏が行われました!その後さらに大植さんが、ピアノ演奏を交えた秘密(^^)の特別レクチャーをしてくださるという、超豪華特別二大付録付き!のコンサートでした。レクチャーの内容は、大植さんの「ブログには書かないでね」というご希望があったので伏せておきますが、非常に興味深いお話でした。(この演奏会、最初から舞台の下手奥にピアノが置いてありました。あれ、なんでピアノが?と不思議に思っていたのですが、大植さんのこういう至れり尽くせりのサービス精神による思惑だったのですね。)

しかし今夜の演奏会、特別2大デザートもすごかったですが、なんといってもメインの4番が聴きごたえ十分でした。このすばらしいコンサートに参集できて良かったです。大植さんと大フィルのみなさん(と竹澤さんとゲリンガスさん)、ありがとうございました。







Last updated  2011.02.10 23:35:17
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2011.01.19
カテゴリ:演奏会(2011年)

サイレント映画「オペラ座の怪人」、オルガン即興演奏付きの上映会に行きました。

1月15日、武蔵野市民文化会館小ホール
「オペラ座の怪人」(1925年アメリカ) サイレント、モノクロ/パートカラー
オルガン演奏:フランツ・ダンクザークミューラー

僕が以前みた「オペラ座の怪人」は、2004年制作のアンドルー・ロイド・ウェッバーの音楽によるミュージカル映画です。これをテレビで見て、すごく面白かったので、今回来てみました。昔の映画ではどうなっているのか、それとオルガン即興演奏に興味津々でした。

このホールには中型のいいパイプオルガンが、舞台奥正面に据えられています。今回は、上手側(オルガンの右側)に大きなスクリーンが設置されていました。プログラムには、上映時間75分、休憩なし、と記載されています。

やがてオルガニストが登場し、オルガンの前に着席しました。即興ですので譜面台に楽譜はなく、代わりに譜面台の右に小さな映像モニターが置かれていました。それを見ながら音楽が演奏されていきます。ただし即興とはいっても全くのインプロヴィゼーションではなく、全体の流れはかなり周到に構想され準備されていると思われました。始まりの静かな音楽から、オペラ座でのバレーの舞台での軽快なワルツ、不気味な場面ではそれらしく不気味な音楽と、ふさわしい音楽が途切れることなく流れていきます。全体に聴きやすい音楽で、抑えるところは抑えて映像の邪魔にならず、衝撃の場面では大音響の不協和音を轟かせ、場面が切り替わるときにはぴったりのタイミングで音楽も変わり、本当に良くできていて75分があっという間に終わる充実の体験でした。面白かった!

特に後半で、怪人に連れ去られたヒロインを救出すべく、恋人がオペラ座の地下深くに潜入していく場面からは、グレゴリア聖歌の「怒りの日」のモチーフが用いられ、それが繰り返されながらじわじわと盛り上がっていき、非常に聴きものでした。

この1925年版の映画では、怪人が元オルガニストという設定で、オペラ座の地下の秘密の部屋で怪しくも魅力的なオルガンを弾くシーンがありました。オルガンによる演奏が画面と非常に良くマッチしていたので、演奏するオルガニストと怪人とがだぶって感じられ、まさにその場で怪人が演奏するオルガンを聴いているような、臨場感ある劇的で濃厚な時間を味わいました。

ところでウィキペディアによると、この原作小説が書かれたのは1909年(1910年?)で、最初の映画は早くも1916年にドイツで作られたそうですが、これは日本では未公開ということです。次に作られたのが今回の1925年アメリカ版です。さらにその後数回にわたってリメイクされ、うち1943年版はアカデミー賞を受賞していて、これもいずれ観たいです。そして現時点で最新のものは、2004年製作の、アンドルー・ロイド・ウェッバーのミュージカルを映画化したものということです。

怪人の素性は、リメイク作品のそれぞれで違うらしく、たとえば1943年版では元ヴァイオリニスト兼作曲家だそうです。ですので今回の1925年版で元オルガニストという設定は、オルガンの即興にとりわけふさわしいと思われます。だからこそこういう形の上映会が行われるのか、と納得しました。ネットでちょっと検索してみたら、昨年夏にも横浜みなとみらいホールで、同じ趣向のオルガン即興演奏付きの上映会があったようですし、一昨年にはフランスでも同様なイベントが教会で行われたようです。

 







Last updated  2011.01.20 00:23:03
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2011.01.11
カテゴリ:演奏会(2011年)

2011年1月5日、上野の東京文化会館小ホールで、藤井一興ピアノリサイタルを聴いてきました。今年の僕のコンサート聴き初めでした。

藤井さんは毎年ではないですがこのホールでニューイヤーリサイタルを行っています。僕が聴くのは2006年のフォーレ&メシアン、2010年の展覧会の絵、に続く3回目です。プログラムの表紙が、毎回同じで日の出を思わせる赤い大きな丸印と、その下にピアノの鍵盤部分が横に長く一の字のように置かれているユニークなデザインです。この形をみると、イタリアの孤高の作曲家ジャチント・シェルシのマークをいつも思い出してしまいます。そこでリサイタルとは全然関係ないし、意味はないのですが(爆)、この二つを並べて写真にとってみました。

藤井さんとシェルシ中

写真の左側が藤井さんのリサイタルのプログラムの表紙です。右側は、とある1枚のシェルシのCDジャケットの裏表紙に載っている、シェルシのシェルシ、じゃなくてシェルシの印です。他人のそら似にしては、かなり良く似ているように思うのは、僕だけ?

ところで今年のプログラムには、写真にもあるように、「錯覚の美学~響きのうらに見える蜃気楼」というテーマタイトルがついていました。そして曲目は

  ・ドビュッシー:前奏曲集第1集

      ーー 休憩 ーー

  ・ブーレーズ:ノタシオン

  ・メシアン:「鳥のカタログ第1巻」よりコウライウグイス

  ・早川和子:溌

  ・ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ

  ・ドビュッシー:「映像第1集」より水に映る影

  ・ドビュッシー:喜びの島

このテーマタイトルや曲目の解説に関しては、藤井さんのオフィシャルサイトにインタビュー記事があり、とても興味深いのでリンクを張っておきます。この記事にもあるように、倍音やハーフペダルなどに細心の注意をはらった、藤井さんらしい音色の美しさに酔えることが充分に期待できるプログラムで、特にブーレーズやメシアンに非常に期待して出掛けてきました。

ところが藤井さんが登場してわき起こった拍手が鎮まり、いよいよ演奏が開始されようというときに、「シャーッ」という高周波音が耳につきはじめました。あ~っ、これは補聴器のノイズです。。。

ここから先は、藤井さんの音楽とは直接関係ない話になってしまい恐縮ですが、この日すこぶる悩まされた補聴器のノイズのことを書いておこうと思います。補聴器のノイズ、ことの起こりは2004年のサントリーホール、ゲルギエフ/ロッテルダムフィルのマーラー9番のときでした。このとき僕は会場にいました。演奏開始時から会場内に「シャーッ」という音が、かすかながらも耳につく持続音ノイズとして響いていました。何のノイズなのか、初めてのことなのでさっぱりわかりませんが、ノイズがとても気になって音楽を落ち着いて聴けません。それでも演奏は普通に行われていき、第一、第二楽章と進みました。今夜はこのままノイズが最後まで続くのだろうかと諦めかけました。しかし第二楽章が終わったときでした。ゲルギエフは第三楽章に入ろうとしたのですが、舞台上にホールの方とおぼしき背広姿の男性が出てきて、演奏開始をストップさせ、客席に向かって、ノイズがするので、今一度ご自分あるいは周囲の方の機器などを確認してください、という呼びかけがありました。そのあと1~2分でしょうか、ようやくその音がぴたりとおさまり、演奏は第三楽章から再び始まりました。それまでのノイズがなくなったことで初めてオケの響きが味わえるようになりました。聴いているほうからして著しい違いですから、ゲルギエフやオケの方々にとっては、もっともっと大きな違いだったと思います。

この一件のあと、サントリーホールの場内アナウンスに、携帯電話の注意を喚起するあとに、補聴器は正しく装着されているかご確認ください、というアナウンスが加わるようになりました。今ではどこのホールでも当たり前のアナウンスになってますね。

僕はその後今までに、2~3回ほど同じような補聴器ノイズに遭遇したことがあります。ここ東京文化会館小ホールでも、ある室内楽コンサートのときにこの補聴器ノイズがして困ったことがありました。それで僕は、プログラムの前半が終了したところで、会場の係の方にその旨を話しました。そうしたら、休憩時間中にホールの係の方が複数で会場内をゆっくり歩きながら、お客さんにきめ細かく声をかけていただき、その甲斐あって、後半にはそのノイズがぴたっとおさまっていて、このホール本来の美しい響きで音楽を味わうことができました。演奏会終了後に係の人に、ノイズが消えたお礼を言ったら、「私たちは会場の中にいないので、そういう情報を伝えていただいて良かったです」と仰っていました。

それ以来久々の補聴器ノイズです。しかも今回は単に「シャーッ」という音だけでなく、少しハウリングを起こしかけているような、「キーン」という音までしてきて、かなり耳障りで、困りました。前半のドビュッシーは、そのノイズを辛く思っているうちに終わってしまいました。そこで今回も、休憩時間に係の人に事情を話して、対応をお願いしました。その後僕は休憩のあいだホワイエにいたので、休憩時間中にホール内でどういう対応が行われたのかはわかりません。ただ、後半が始まるときの場内アナウンスに、前半のときにはなかった補聴器に関する注意喚起が、普通に一言だけ追加されていました。これで効果が出ていれば良いのですが。。。(補聴器のノイズは、会場がざわざわしているときにはわからないのが怖いところです。いざ演奏が始まるときに会場が静まり返って、初めてわかります。そして演奏が開始されてしまうと、あとずっと延々と持続する、というおそろしさがあります。)後半の最初、藤井さんはマイクを持って登場し、ブーレーズ、メシアン、早川の現代音楽3作品についての興味深いお話を少しされました。そしていよいよ演奏がはじまりましたが、あぁ残念なことに、補聴器のノイズは続いていました。しかも前半よりも「キーン」という音量が増して、あたかも大きな耳鳴りの音がしているような感じで、音楽を聴いているのが苦痛なほどでした。折角のブーレーズが、メシアンが、倍音もハーフペダルも、その微妙なニュアンスが聴き取れないどころか、音楽そのものにもまったく浸れない状態となってしまいました。「いや、藤井さんだってこのノイズの中を弾いているんだ、自分もノイズに気を取られないで音楽に集中しよう」と何度も思い直そうとしましたが、だめでした。。。。

なぜか、メシアンの次の曲からノイズがようやくぴたりとやみ、ここからやっと藤井さんのピアノの響きを味わうことができました。あぁあと1曲早ければメシアンが聴けたのに、、、残念無念でした。ただしそこからは藤井さんがまさに本領発揮。特にラヴェルとドビュッシーは、柔らかく繊細で多彩な音色の素晴らしさに酔うことができました。ノイズがなければ、全編にわたって、さぞすばらしい音楽がきけただろうと思います。

補聴器のノイズのときに不思議なのは、演奏者が注文をつけないことです。人並み以上に鋭敏で繊細な耳を持っているゲルギエフやら藤井さんやらプロの音楽家たちが、こういうノイズが気にならない筈はないと思うんです。しかしこれまで3~4回遭遇したいずれの場面でも、演奏者は何も言わず、ひたすら演奏を続けていました。弾き初めてしまった曲を中断したくないという気持ちは理解できるとしても、それならば次の曲に入る前に、ちょっと席を外してホールの人に相談し、場内アナウンスを流してもらう等して、ノイズを止めようということを考えないものでしょうか。。。もしかして、どんな過酷な条件のところでも弾く、お客さんに注文などつけてはいけない、というプロ魂のなせる技なのでしょうか。。。

補聴器のノイズ、これはまったく悪意なしのノイズですし、言うまでもなくそのノイズの発生者を責めるつもりは微塵もありません。でもこのノイズは、演奏が始まるいざそのときまでわからないし、始まってしまうとず~っと持続的に音楽を妨げてしまうという、かなりの破壊力のある厄介者です。

こういった補聴器のノイズによる不幸な事態をできるだけ減らすには、まずはハード面。補聴器を改良して、補聴器をつけた方もより安心して来場できるようになってほしいこと。それから、会場の人あるいは主催関係者がホール内にいて、万が一ノイズが発生したら、曲間などに早めに演奏者と対応を相談することを躊躇しないでほしいこと。そして演奏者自身も、もしノイズが気になるときには遠慮せず曲間に関係者と相談して対応してほしいこと、などを思います。(もしも演奏者が気にならないノイズならば聴き手も我慢しますけれど、それはありえないかなぁ、と思います。)その点で考えると、2004年サントリーでのゲルギエフのときのホール側の対応は、第二楽章が終わった時点で演奏を中断したのは大英断だったと思います。

もしこの文を読んでいて不快に思われる方がいらしたら、お詫び申し上げます。繰り返しますが、決して誰かを糾弾するということではありません。その日のためにエネルギーを注いできた演奏者と、その音楽を聴きにきたすべての人のために、という思いだけです。

・・・今回、ノイズが鳴っている間、しんどいといえば結構しんどい時間でした。しかし考えようによっては、前半のそのような時間があったため、そのあとに藤井さんの音楽の美しさが、ひときわ心にしみたのかもしれません。そんな意味も含めて、ともかく藤井さんの音楽を聴けたことに感謝したいと思います。藤井さんのフランス音楽は、やはり素晴らしいです。今後とも、藤井さんのピアノを聴いていきたいと思います。







Last updated  2013.01.16 23:01:18
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