2006/06/29(木)12:46
幸村生存伝説と家康死亡伝説
昨日の英雄生存伝説の続きになりますが真田幸村の生存伝説もありますよね。
これは大阪城が落城した時燃え盛る火の中から幸村が秀頼を連れ出し脱出に成功、薩摩で余生を全うしたって話です。
他にも幸村生存伝説はいろいろあるのですがたぶんこの説がハシリではないかな?
潜伏先でできた子供には真田の間に一文字入れて真江田姓を名乗らせ苗字で自分の生きた証をたてたって話ですね。
たぶんこれは滅亡した豊臣氏に対する人々の同情の念が生存説に発展したのではないかな?と思うのですが。
度重なる家康の誘いにも乗らず大阪で散った幸村(そう言えば幸村って一般的に呼ばれるようになったのは生存伝説が出た時期と一致するそうですね。彼の名前は父昌幸が自分が愛した主君武田信繁と同じですから)に対する哀悼の念から彼の人気はますます上がる、それと反比例するように権力を手にした家康の人気は下がっています。
そして驚くことに、家康の死亡伝説がありお墓まであります。
私が大好きなマンガ「影武者徳川家康」は関が原で死んだことから始まっていますがここで書く話は夏の陣です。
出陣した家康が敗走の途中で槍傷を負わされた、堺市の南宗寺に逃げてきた時はもう息を引き取っていたと言う言い伝えです。
そして南宗寺には家康の墓まであるんですよね。
これだけだと「ふーん」って小説的要素で終わるのですがこの寺に秀忠と家光が参拝したり、水戸家の関係者が碑を建立していることから「アヤシイ~」ってことになってるみたいです。
まぁ、何度も書いていますがこういう謎が出てくること自体が歴史好きの人間としてはたまらないところです♪
幸村生存、家康死亡についてこんなのもあるよ!なんてありましたらぜひ教えて下さいね!
☆ここでティータイム☆
ワールドカップが始まってから脳が刺激されているのか書きたいことがドンドン沸いてきてまとまりなく長い記事になってしまい皆様にはご迷惑をおかけしています。
もしかしたらワールドカップが終わったら気が抜けちゃって普通の記事も思い浮かばなかったりして…。
待ち時間に記事を書いて、試合を見て、昼休みに「ここでティータイム」を書くリズムで続いています♪
そして通勤時間は「ダ・ヴィンチ・コード」を読んでいます。
これは面白いですね~!!!!!!
創造の世界でフワフワしている私にとってはやはり映画で映像を見るより本でマイペースでゴチャゴチャ考えながら読むほうが性に合ってる気がします。
ただ今中巻に入ったばかり!ここからあとの展開がとーっても楽しみです♪
(できるなら山手線1周してずっと読んでいたい♪)
ところで♪話は全然変わりますが昨日、会社で頂き物のプリンを冷凍にしたら「何じゃ、それ??????」と言われてしまいました。
冷凍にするとシャーベットになってすごくおいしいんだよ!って言ってるのに却下(T。T)
プリンやゼリーって冷凍にするとおいしいですよね???
皆様は如何ですか?