オレが情熱マンの理由(わけ)最終話

このまま延々と続きそうな痛みに苦しむ間にも、
他の救急の患者さんが次々とやってくる。
隣のベッドに入ってきた50代くらいの女性、頭が痛いと
言っていたが、付き添いできた人(娘?)と大きな声で
ずっとくだらない話をしゃべりつづけていた。
その声さえ、腹に響いてくる。

(このオバハン!ホンマに救急でくるほどの患者なんか!)
周りのことを考えない、あまりにひどいおしゃべりに
猛烈に腹が立ってきた。
しかし、怒りの感情さえも痛みにかき消されてしまう。

・・・少しウトウトしただろうか。足元で眠っていた娘が
目覚めて泣き出した。妻は外来の診察の予約に行っていたので、
しかたなく、起き上がって娘を抱き上げる。

「あっ!!」

思いのほか、楽に動ける自分に気がつく。
痛みが消えている。やっと点滴が効いてきたのだ。
安堵の気持ちが一気に押し寄せてくる。
痛みに耐えようと必死に力んでいた体の力が一気に抜け落ちた。

(ああ、やっと楽になった)

気持ちが緩み、眠気がきた。目が覚めると妻が帰ってきた。
詳しく見てもらうために外来の診察室へ。

普通に歩ける。

歩く、という日常意識していない事が普通にできるだけで
感謝の気持ち、感動が湧き上がってくる。

診察の結果は尿路結石であるとの事だった。
つまっている石の場所が悪かったために、
通常の結石よりも強い痛みに襲われたのだろうとの事だ。
それにしても、これほどのものか、結石の痛みとは!!

あの痛みはありのままの自分で生きていなかったために
起こった体の細胞の一つ一つの反乱だったのだろうか。

地獄のような痛みと苦しみ、
あれで自分は一度死んだものと考えよう。
そして、今度は本当にいつ死んでもいいように、
一日一日、一瞬一瞬を大切に、後悔のない人生を送ろう。

5年後、いや、1年後さえ自分がどうなっているかわからないが、
だからこそ「今」を全力で生きることに意味がある。

この事があったからこそ、オレは今、
ありのままの自分で生きる事ができているのだ。

ひょっとしたら、この痛みは、
それを気づかせてくれるためのものだったのかもしれない。

(完)




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