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テーマ:木枯し紋次郎(185)
カテゴリ:本を読む
帰って来た木枯し紋次郎を読む
やがて紋次郎も、眠ることにした。花菱屋の隠居所では、かなり贅沢な暮らしをさせてもらっていた。夜具ひとつにしても、商家の旦那並みであった。だが、今夜からは違う。ボロ布団の一枚を二つに折って、そのあいだに挟まって寝るのである。それも畳のうえではなく、板の間に身を横たえるのだ。それが紋次郎には、かえって心地よかった。長年の習慣に戻ったようで、安心できるのだった。旅人でいたころの三十年間が、若かった時代を通じて懐かしくなる。 紋次郎の耳の奥に、三人の男女の声が甦った。金輪際、他言はしないと約束してくれますか。信じていいんだな、紋次郎さん。名の通った渡世人がいったん約定したからには、命を賭けても守っておくんなさるものさ―。こうした松五郎、鈴吉、およしの言葉が空から降ってくるようだった。それには、恩返しの真似事をさせていただきやすという越堀の浜臓の声も織り込まれている。比較しても仕方ないことだが堅気の人間と、本物の渡世人との違いというものを、紋次郎はまざまざと見せつけられたような気がした。堅気の人々の中での暮らしは所詮、別世界だということを今度こそ思い知った。とたんに板鼻という宿場が、はるか遠国にあるように紋次郎には感じられた。 ※板鼻(群馬県安中市)室田村(群馬県高崎市) ブログランキング★TV お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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