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東奔並走。

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銭金的生活

2006.07.14
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テーマ:銭金的生活。(6)
カテゴリ:銭金的生活
キャスターマイルドと焼酎「島の泉」をこよなく愛す父ちゃんは

無口で、人付き合いが苦手だ。

だから自分のペースでできる農業が性に合っている。

毎晩、晩酌をし、うれしいことがあれば飲んだくれ、

ムカつくことがあれば飲んだくれ、そしてグダをまき

かあちゃんを困らせた。

時に暴力をふるった。

そんな父ちゃんでも、仕事の合間をみて父親参観に来てくれた。

小学生の頃、父親参観といえば、竹とんぼや竹馬作り。

子供部屋まで作ってしまう父ちゃんは、竹とんぼなんてお茶の子さいさい。

父ちゃんの竹とんぼはよく飛んだ。

普段、目立たない私もこのときは自慢げだ。

いつも焼酎を飲んで、グダをまいている父ちゃんがキライだったが

この時は、ちょっと見直した。


小学校の卒業式の最後に、校門を出るまで下級生がアーチを組んでいる中を

親子で歩くという習慣があった。

この時、かあちゃんが来れず、父ちゃんがやって来た。

私は、ひとりでアーチをくぐった。

真っ黒に日焼けし、ボサボサ頭で、普段着慣れないシャツに、よれよれのスラックス。

「かっこわるー」と思った・・・・だからだ。

父ちゃんは、ウロウロ私を探しまわった。

そしてあきらめてチャリンコで帰って行った。



この時のことを思うと、今でも胸がキュンとなる。

父ちゃん、ごめんよ。



大人になり私もビールを飲むようになり、毎晩晩酌はかかせない。

血はあらそえない・・・。

還暦を過ぎた今でも飲んだくれて、かあちゃんを困らせているけど

あんまり、飲みすぎんなよ!






Last updated  2006.07.14 21:43:24
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2006.05.27
テーマ:銭金的生活。(6)
カテゴリ:銭金的生活

ばあちゃんの好物はタバコ。その当時はエコーを吸っていた。

明治生まれにしては、なかなかハイカラなばーさんだ。

本人曰く「腹がいとーてや、タバコを吸うたぎぃ、治ったとや。

そいから止められんごとなったとや」

(おなかが痛い時にタバコを吸ったら、治った。それから止められない)

と、口癖のように言っていた。

自分には薬なので止めたくても止められないような口ぶりだった。

ある時、ばあちゃんの家に行くと「こい、うまっから、くーちぇんたー」

(これうまいから食べてみたら)と差し出されたのは、グリコのヨーグルト健康。

私はそれまでヨーグルトを食べたことがなかった。

口にするとそれは甘くて、酸っぱくて

腐ってる・・・?! 

(ばーちゃん、腐りかけだからくれたのか?)

シャイなワタシはうまいともマズイとも言えず

トボトボと、ばあちゃんの家を後にしたのでありました。

その後、小学生になり、給食で出た2度目のヨーグルトを食べて

こういう味だったのだと納得するワタシであった。

ばあちゃん、疑ったりしてゴメンよ~~~。







Last updated  2006.07.14 17:21:39
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2006.05.25
カテゴリ:銭金的生活
じいちゃんはシャイでほとんどしゃべらない。

たまに畑で会うと手にしたクワを止め、「ニカッ」と笑うだけ。シカトも多々あり。

祖父の愛車は馬車。(昭和50年頃)

畑へ行く、じいちゃんの馬車の荷台に乗ると

風をきってさっそうと手綱を引く、じいちゃんは、かっこよかった。

ある時、お馬ちゃんの好物のタンポポを手に馬小屋へ。

そこには、馬の姿はなく、ベット用のワラだけが風にゆられていた。

その後、じいちゃんの愛車は、耕運機へ、

馬小屋は牛小屋へと変貌を遂げたのであった。



無愛想な祖父ではあったが、ワタシの名は祖父がつけたもの。

それを聞いたとき、なんだかうれしかった。

一般的な名前ではあるけど、気に入っている。

じいちゃん、ありがとう!






Last updated  2006.05.25 16:36:06
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2006.05.23
テーマ:銭金的生活。(6)
カテゴリ:銭金的生活

小学生の頃、誕生日はカレーライス。

豚肉入りのバーモントカレー。カレーがごちそうだった。

サラダなどなくカレーのみ。おかわりは2杯まで。

次の日の朝、残りのカレー鍋にご飯と醤油を混ぜて食べる。

具はほとんどないので、カレー風味の醤油ご飯って感じ?

 

土曜日のお昼は、野菜炒めor鯖の塩焼きorたまにインスタントラーメン。

1個を2人ではんぶんこ。

かあちゃんに「ネギ、10本とってこい」と言われ、畑へダッシュ。

1本、2本・・・と数えながらネギをとる。

ラーメンをおかずにご飯を食べ、残った汁にご飯を入れる。うまかったな~これが。

(さすがに中学生になったら、1人1個になりました。めったに食べませんでしたけど。)

 

我が家でも、クリスマスにはケーキを食べた。

ケーキが、クリスマスプレゼントだった。

お菓子屋さんが、24日に配達してくれたが、食べるのは25日だった。

我が家では、イブはクリスマスじゃない、25日がホントのクリスマスだ!と

信じていたからだ。

指をくわえ、横目で見ながら早く明日にならないかな~と思ったものでした。







Last updated  2006.05.23 10:34:45
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2006.05.21
テーマ:銭金的生活。(6)
カテゴリ:銭金的生活
小学生の頃、夏休みは、好きじゃなかった。

8月に入ると、稲刈りが始まるからだ。(自給分)

チャリで田んぼに行き、そこで着替える。

長袖にジャージに帽子。夏の暑い時期はけっこうツライ。

鎌で刈り、わらでくくり、束にして、竹で作った物干しにかける。

これがけっこう腰にくる。

虫はいっぱいいるし、カエルにタニシ、ヤゴ(トンボの幼虫)、カメもいる。

疲れてくると、川で遊ぶ。

ザルを持参して、どじょう捕り。近くの海でどじょうをエサに魚釣り。

フグがよくつれた。(食えないやつ)

ダクマ(テナガエビ )もよく捕った。塩茹でにするとウマイんだな~。今ならビールのアテに最高!

調子にのって遊びすぎると、「コラーッ!!!はよーせんか!」と大目玉をくらう。

お昼は、お弁当。と言っても、だいたいメニューは決まってる。

煮つけが定番。

たけのこ・人参・里芋・切干大根・こんにゃく・結び昆布などをさばの缶詰で炊いた煮物だ。

それにご飯と、漬物。それでも、仕事の後?の弁当はおいしかった。


夕方、17時のサイレンで私たちは終了。川でてこう(手足を洗うこと)をして泥を落とし、

着替えて、遊びに行った帰りです、みたいな顔をして帰る。(人目を気にするお年頃)

1週間ほど稲刈りは続き、5日ほど干すと、回収し脱穀する。

そうしてお盆に、ぴっかぴかの新米を食べるのでした。




今では稲刈りはコンバインに変わり、

田んぼにタニシやヤゴ・カメ・どじょうは見かけなくなりましたね~。






Last updated  2006.05.21 09:55:10
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2006.05.19
テーマ:銭金的生活。(6)
カテゴリ:銭金的生活

私は4人兄妹。

小学生の頃、たえずおなかがすいていた。

おこづかいはなく、おやつがあるわけではなかった。

小屋から、からいも(薩摩芋)をとって来て、フライドポテトのように油で揚げて食べる。

兄妹で分け合うことはない。作った人が食べる。それが当たり前になっていた。

夏は畑でトマトやキューリをちぎり、生あたたかいまま塩をつけて食べる。

朝の残りの冷ご飯、味噌汁、自家製のすっぱい漬物、

庭にあるトケイソウ(パッションフルーツ)、バンジロウ 、びわ、人んちのみかん。(ドロボ~)

暗くなり、遠くで耕運機の音がすると、とうちゃんかあちゃんが帰ってきた合図だ。

一目散にかけよってかごをあさる。3時のおやつの残りをゲットするためだ。

それは、げたんは、まるぼうろ(タバコではない)、ホワイトロリータ、落雁、からいも飴などなど、

ないときは黒砂糖だけとか。(お茶うけに黒砂糖のかたまりをボリボリ食べます。)

 

そんなわが家でも食後のデザートと称してジュースや果物を買うことがあった。

近くのお店でファンタのグレープやオレンジ(1L瓶)を買ってもらい、食後に待ってましたとばかりに

コップを人数分並べ、均等に入っているか、みんなが凝視。

あじわいながらチョビチョビ飲むのだ。

ある時、かあちゃんがりんごをむいていると、むいているはなから、兄妹で皮をむしゃむしゃ・・・。

皮をむく意味ないじゃん。

銭金的生活はまだまだつづく・・・







Last updated  2008.02.03 15:14:15
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2006.05.17
テーマ:銭金的生活。(6)
カテゴリ:銭金的生活
私の故郷は種子島。

島を脱出して17年。

当時、島の出身ですと言うと、孤島のような感覚で文明が遅れてるイメージが

あったようだが(ホントはみんなフツーに暮らしてます)

今では種子島宇宙センターはあるし、(以前からありました。)  

キムタクが来島したことでサーファーのメッカとなっている。

「サーファー米」たるものも有名らしい。

今では常時300~400人がいるという。

ここにワタシは18年間住んでいた。

4歳までお釜のご飯で育ち、12歳まで掘りごたつがあり、18才まで五右衛門風呂でした。

風呂は父ちゃんのお手製。牛小屋と兼用で、牛さんに見つめられながら、風呂に入ってました。

仕切りやカーテンもない・・・。∴人に見られます。見られたことはなかったけど。

今ではノスタルジックでいい感じと思うかもしれないけど、当時としても珍しく、友達には

内緒にしてました。

風呂焚きは兄妹の仕事で、夏場は20分、冬は40分で焚けます。

風呂焚きのキライなワタシはよくさぼって、かあちゃんに怒られた。

これがなかなかやっかいで、火を点けるまで悪戦苦闘。

ここで、とうちゃんに伝授されたワザをお教えしよう。(んなオーゲサな)

まず、奥に※薪を横に置き、両脇に※の上に置くように縦に置く。

小枝を中央に置き、その上に細めの薪を置く。新聞で小枝に点火!

でOKです。(文章にするとわかりづらいなー)

何かの時に役立ててください(何の時??)

さらばじゃ~。銭金的生活Vo2へつづく・・・。



種子島:総人口 29500人ぐらい。

南北:57.5km 東西:5~12km 平均気温19度






Last updated  2006.05.19 11:05:14
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