夢幻指数

2005/07/10(日)10:28

ツ ヅ キ v

聖戦:神聖な目的のための戦争。 神聖:尊くて侵しがたいこと。清浄でけがれのないこと。 「29、30人っ!まだ、いけるかなぁー?」 向かってくる切っ先を、体勢を瞬時に低くして全部かわす。 頭上をナイフが通過していくのが、視覚じゃなくて空気の流れで分かった。 ボクは今、足元のアスファルトと目にかかる前髪しか見えていないんだから見えるはずなんてないんだけど。 次の一撃を感覚的に察して、ボクは小瓶のコルクをポンと歯で抜く。 かじったコルクから、つぅっと舌に毒が伝った。一滴。焦げるような感覚に苛まれる。 多分、この瓶であってたかなぁ?てきとうなボクはいつも、瓶の中身を舌で確かめている。 ボクの胸めがけて、またナイフが飛びこんできた。 瓶を逆さにして、気化させた毒を撒き散らして。 裏都市の空気を、危険地帯の空気をボクは汚染させていく。 面白いようにバタバタと人が倒れていく様は、アブラムシの駆除みたいだった。 …致死量には至らないようにしてあるから、向かってくる敵は人間も人形も関係なく手加減なしなんだなぁー。 ボクは軽く息を整えながら、また他の瓶に手をかける。 たったいま倒したばっかだっていうのに、もうボクは10人くらいに囲まれている。 まぁ人数を集めて毒を気化させる、これの繰り返しなんだけど。 たとえナイフを持っている奴がいても、よけさえすれば素手となんら変わらないんだし。 少し屈んでから、また歯で違う瓶のコルクを抜く。囲んでた奴らは倒れる、と。 ボクは毒を吸ったって飲んだって何ともない。 …これが能力なんだから。 人形としての SADAME に逆らおうとして戦うのに、戦うときに1番それを思い知らされるなんて。 あー、最悪だよ。ボクたちって。 汚染された空気に、ふーっと溜息。 俯いて感傷に浸りたい気分だけど、あいにくそうもいかない。 アスファルトから視線を上げると、またまた向こうから敵が走ってきた。 人数が多い。さすが、最後の戦いなだけあるなぁ。 無意識の意識で、ボクは笑っていた。 …やっぱ、下ばっかり向いてらんないね。 ボクは笑ったままで、腰にひっかけた皮製のポーチから針を取り出す。 昔で言う棒手裏剣ってやつ。見た目は10cmほどの長さの針。 これには毒が塗ってあるってわけ。ボクお手製の凶器。 ざっと見渡して5人ってとこかな。 人差し指と中指の間に針を挟んで、ダーツのように真っ直ぐ投げる。 別に深く刺したいわけじゃないから、力はいらない。 ちなみに敵さん、少しささったりかすったりしたけど何ともなかったみたいに走ってくる。 「死ねェェェ――――――ッ!!!!」 敵があと5歩に迫る。 4歩、三歩… でもボクに振りかぶった男は、そのまま地面に崩れ落ちた。 毒を回したいだけだから、かすればそれでいいのだ。 麻痺させてしまえば動けないし。ボク、非力だし。 もっとも、手の甲を敵に向けて上から下に速く投げれば… 骨くらいまではザクッといけるけどネ。 あーぁ。なんでだろう。 戦いながらボクの意識は浮上していく。 戦争はいけない。戦わなくていいのならば、戦いたくはない。 死と隣り合わせで生きてきたんだから、身を持って知っていること。 そう思ってるけど、戦うときはそんな風に思ってらんない。 思ったって、ナイフがボクを狙わなくなる訳じゃないし。 だから戦いを正当化しようなんて、そんな馬鹿なことボクはしない。 ホントは平和に絵描いたり暮らしたり、そういう風に生きていられればよかったんだけど。 無理っぽいから、そのために戦ってきたんだ。戦いはダメだと分かっていながらに。 でもさっき、コンクリートの記念碑に風巳は書いたんだ。 『聖戦』と。 最初は少し、驚いた。 記念碑に目を奪われてしまった。 驚いたんだ、その言葉が出てきた事に。 聖なるという言葉に。 でもそれでいいと思う。聖戦でありたいと思う。 Dollの求めてる自由っていうのは、尊くて侵しがたいものなんじゃないかな。 だいたい… ほとんどのDollは何かを奪われたり、殺されたりしていて。 もちろん 聖戦Dolls のみんなも例外じゃない。 それを取り返したり、復讐したり。 戦うのは嫌だと思っても、止められない。 まずDollが求めるのは、『命の自由』と『大切なものの自由』。 それを守れなかったりしたときに胸にくすぶるのは、発火するような怒りと復讐心。 絡まってくる熱に煽られるボク達の聖戦。 サンクトゥス。 なんかに書いてあった、『聖なるかな』という言葉。 カミサマなんてボクは信じない。 でも足元の残骸や、自分とDollの運命に胸の前で十字を切った。 今日という日に十字を切って、アーメン。 ありふれた優しさでいい。 終わる当てもなく戦いつづけてるボク達を、憐れんで。 ずっと灰色の空気の中で生きていて、ずっと何かを恨んで生きてきたんだ。 それは相庭だったり、自分だったり、能力だったり、処刑場そのものだったり。 表には出さなかった。 でもボクはいつも、何かに対して復讐者だったんだ。 憎 し み に 生 か さ れ て 、 此 処 ま で 来 ま し た 。 助 け て く だ さ い 。 と て も 、 苦 し い 。 ゆっくりと肺に空気を送り込んでいく。ボクは深く深呼吸をした。 汚染された空気はボクにとって無害で。 そしてボクはまた、汚染地域を拡大させていく。 夜空は曇り始めていた。 「もう嫌だっ!!来ないでッ、助けてッ!!!」 裏都市の一角。死体の中で泣き叫ぶ声、自分の声が響いた。 怖い、怖い怖い。私の方が強くて、殺しているのは私なのに。 ただ、戦っている今が… 怖い。 ガラガラと自分が壊れていく。 …絶対にどうかしてる。 でも、こんなふうになるのは初めてだから分からない。 精神がどっかに飛んでってしまいそうで。 …いや、飛んでったのかもしれない。 客観的に自分を見ながら、ウチは銃を乱射する。 自分でだって何をしているのか、よく分からない程の動作で。 殺気と恐怖で震える手がデリンジャーを支え、死にたくないという本能が引き金を引いていった。 助けて… いったい何にたいして叫んでいるんだろう。 恐怖のままにウチは、またヒトリ人を撃ち殺した。殺した、だからまだ私は生きている。 助けて… 何から救って欲しいんだろう。 分からないままに、振り返りざまピンポイントに照準を合わせた。後ろに立っている生命体は、敵。 助けて… 弱いわけじゃないのに、誰に救って欲しいんだろう。 銃弾に頭を撃たれ、血を流している死体が支えをなくしてグラリと倒れてきた。私に向かって。 血がべったりと、私を濡らす。 腕、頬、胸、足。 カチリ。 自分の中で、リミッタ―が外れる音がした。 コ ナ イ デ ! フ レ ナ イ デ ! タ ス ケ テ ッ ! 吐き気を催すような嫌悪感に襲われた。人間が倒れてきた。倒れてきた。触れられたくない。嫌だッ!! 一瞬にして、鳥肌が立つ。 キモチワルイ。そう思ったら、頬に何かが流れていった。 私はすっと右足を伸ばす。 軽く屈んでから勢いをつけて、倒れてきた人間の胸辺りにバンと右足をいれる。 その死体を、思考と一緒に思いっきり向こう側へ蹴飛ばしてやった。 コンクリートにぶつかった死体をみて、いい様だと思う私は狂ってきたのかな…。 自分の目はきっと殺気でギラギラしてるんだろう。今は生きる事しか頭にないから。 無言で戦えるほど、精神状態に余裕がない。 銃は構えたまま少し後ろに跳んで、間合をとる。 「人間なんか、人間なんかッ!! お前達がいなきゃ、もっとずっと生きていられたのにーーッ!!!」 もっと幸せになれたのに。 私は叫びながら、泣いていた。 頬を濡らす水の感覚で、泣いていることにやっと気づく。 最初はさっきの返り血だと思った。 もうここにくるときに運命を受け止めたはずなのに、諦めたはずなのに。 叫びながら、泣きながら、抗うようにウチは銃を乱射してる… 悲しくなってくるよ。 まるで、シェークスピア悲劇のヒロインになったみたい。 どうにもできないことを、どうにかしようとがんばっているような。そんな感じ。 どうせ結果は分かってるのに。 冷めた悲劇のヒロイン。それが1番しっくりくるかもしれない。 悲劇の終焉のためだけに私は生かされているんだ。 きっと後で知った人が泣いてくれるような悲劇の、ヒロイン。 でも、そんな涙なんていらない。 死んでしまったものに救いの手を伸ばしても、握り返してはくれないんだから…。 その時の涙は、意味を持たない。 だったら生きているあいだに手は届かなくてもいいから、泣いてほしい。 何にもならなくたっていい。その涙は、意味を持つ。 ナイフとナイフがぶつかり合う金属音や、銃声。ガトリングの断続的な音。 一つ響くたびに、一つ聞こえる断末魔。 ナイフが皮膚を裂くときの音や、差すときの音。弾丸が胸にめり込んでいく音。血の音、血の音、血の音。 何も聞きたくない。 足元には人間が倒れているだけだし、目線を上げても人形が倒れているだけ。 首から上がなかったり、深く切られていたりするDollもいる。 不自然な死体。あらわになった首の肉が、鮮烈な印象を与える。肉の赤、骨の白、血の赤。装飾はリンパ液で。 …後頭部にあるチップを持っていくためであろう、行為。 そのために時として人間は、易々と首を狩って行く。 何も見たくない。 声が聞こえないんだ。裏都市の喧騒が邪魔をして。 伸ばされた手が分からないんだ。全てが敵に見えてしまって。 その中で涙は、心だけでも救ってくれる気がした。 血で汚れたウチを、洗ってくれるから。 雨が降り出した。カミサマ、私のために泣いてくれますか?

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