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歴史あれこれ

2017/03/17
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カテゴリ:歴史あれこれ
国重要文化財・鈴木家住宅(秋田県羽後町)
東北鈴木姓発祥の地といわれる鈴木家(秋田県羽後町)

・名字から誕生した「鈴木」地名
 日本の名字の9割は地名に由来するというが、その逆で名字から地名が生まれた「鈴木」がある。
 名字では、鈴木は佐藤に次いで全国第2位の数を誇るという。しかし、地名となると非常に少ない。
 まぴおん-「鈴木」で検索したら、12件が見つかった。
 秋田県潟上市昭和豊川船橋鈴木(すずき)
 宮城県栗原市一迫狐崎鈴木(すずき)
 宮城県亘理郡亘理町逢隈田沢鈴木堀(すずきぼり)
 宮城県栗原市一迫狐崎鈴木前(すずきまえ)
 福島県二本松市上長折鈴木内(すずきうち)
 福島県会津若松市町北町大字上荒久田鈴木(すずき)
 愛知県豊田市白倉町鈴木(すずき)
 愛知県知多郡南知多町山海鈴木(すずき)
 愛知県豊田市坂上町鈴木ケ根(すずきがね)
 茨城県稲敷郡阿見町鈴木(すずき)
 東京都小平市鈴木町(すずきちょう)
 神奈川県川崎市川崎区鈴木町(すずきちょう)

・「鈴木町」の由来
 神奈川県川崎市の「鈴木町(すずきちょう)」は、味の素の創業者である鈴木三郎助に由来する地名である。
 明治40年に発見されたグルタミン酸をもとに、鈴木三郎助が事業化した。そして大正3年に川崎工場を設立、以後発展を遂げて現在の味の素グループとなった。
 鈴木町一帯は味の素の川崎工場を主体とし、その関連施設が多い。
 京急大師線の鈴木駅は、昭和19年まで味の素前駅という名称だった。
 (参考・鈴木町という町 | 日本実業出版社

 神奈川県川崎市にもう一つ「鈴木新田(すずきしんでん)」があった。
 天明年間に羽田猟師町の名主だった鈴木弥五右衛門が開発した新田だったため、そう呼ばれた。現在の川崎区殿町三丁目にあたる地である。
 (参考・wikipedia-鈴木新田 (川崎市)

 東京都小平市にある「鈴木町」も昭和37年までは「鈴木新田」と呼ばれていた。この「鈴木町」は、江戸時代初期にこの付近を開拓した名主の鈴木利左衛門に由来している。
 また、茨城県阿見町の「鈴木」は、明治12年に山形県の士族・鈴木安武が開拓したことに由来する。
 (参考・日本人なら知っておきたい名字のいわれ・成り立ち[大野敏明著])

・「鈴木」と「穂積(ほづみ)」の密接な関わり
 名字としての「鈴木」は何に由来するだろうか。
 これについて[特集] 発祥の地、和歌山サイトには次のようにある。
 『「鈴木」は熊野地方において神官を受け継ぐ家系であり、神武東征の折、天皇より賜った「穂積(ほづみ)」家の後裔だと伝わる。
 穂積とは稲の穂を積む「稲むら」のことを示し、その中心に立てる一本の棒を熊野では「聖木(すすき)」と呼び、転じて「鈴木」となったといわれている。』
 これによれば、「鈴木」は、もともと「穂積」だったということになる。
 そこで、「鈴木」同様、地名としての「穂積」をまぴおん-「穂積」で検索したら、多くの地名が見つかった。次はその一部である。
 山形県山形市穂積(ほづみ)
 山形県酒田市穂積(ほづみ)
 大阪府豊中市穂積(ほづみ)
 兵庫県加東市穂積(ほづみ)
 岐阜県瑞穂市穂積(ほづみ)
 愛知県豊田市穂積町(ほづみちょう)
 山口県山口市穂積町(ほづみちょう)
 福島県いわき市平北白土穂積(ほづみ)
 青森県つがる市稲垣町穂積(ほづみ)
 栃木県さくら市穂積(ほづみ)

・「穂積(ほづみ)」地名の由来
 岐阜県瑞穂市穂積(ほづみ)は、古代、穂積の姓を名乗る人々がこの地に移り住んだことから地名になった。
 穂積氏は大和国山辺郡の穂積を本拠地とした氏族で、大和朝廷の身分の高い役人であった。
 古代から中世にかけては本巣郡穂積郷、江戸時代には穂積村、昭和23年には穂積町となり、 昭和29年の合併でさらに大きな穂積町となった。
 平成15年(2003年)に巣南町と合併して瑞穂市になり、現在に至っている。
 (参考・市町村・地名の由来【岐阜市周辺】 - 岐阜県雑学
 大阪府豊中市穂積(ほづみ)については、豊中市史に『穂積の地名が穂積臣とその部民たる穂積部の居住に発端していることを明らかにしている。』とある。(参考・旧穂積村を歩く - 十三のいま昔を歩こう

・「鈴木」は古事記にも登場する名字
 名字としての「鈴木」は古事記や日本書紀などにも登場するほどで、来歴は非常に古い。
 熊野三千六百峰の大山塊から発した熊野大権現の社家・鈴木氏はのちに紀州の藤白の地に移り、日本諸国に散在する「鈴木」の総本家となった。
 熊野信仰は平安時代から広まり「蟻の熊野詣」と称されるほどの賑わいを見せた。
 熊野鈴木氏は、源平時代以降、三河において著しく発展する。そのきっかけは、源義経が奥州に落ち延びるとき、鈴木党の惣領であった三郎重家が、義経の身を案じて、はるばる熊野から平泉まで駆けつけて殉じたことによる。
 その供をした重家の叔父・七郎重善は途中の三河で足を患い、賀茂郡高橋庄にとどまった。これが三河鈴木党の始まりで、後の徳川氏との縁から、鈴木諸家は幕府の旗本や御家人として大挙、江戸に移住した。
 江戸の地に広まった鈴木氏は、上総・下総・陸前から出羽へも広がっていった。
 一方、熊野に残った鈴木宗家は次郎重治が継ぎ、代々熊野に居住した。
 戦国時代に雑賀鉄砲衆をひきいて紀州に勢力をもった、雑賀孫市も鈴木氏の一族である。
 (参考・姓氏と家紋_鈴木氏

・東北鈴木姓発祥の地
 ところで、秋田県雄勝郡羽後町飯沢に古くから居を構える鈴木家がある。
 鈴木家住宅は、江戸時代中期に建てられたの農家住宅で、歴史的建造物として国の重要文化財に指定されている。
 同家に由来書によれば、鈴木家は源義経の重臣・鈴木三郎重家が文治5年(1189年)に奥州平泉から落ちのびて土着し、帰農したことにはじまるという。
 前記には、鈴木三郎重家は平泉で殉じたとあり、由来書とは食い違いがあるが、真相はどうだろうか。
 東北地方に「鈴木」が広まったのは、先祖「鈴木三郎重家」が来たためといわれ、同家は「東北鈴木姓発祥の地」とされている。
 (参考・国指定重要文化財 鈴木家住宅
 これが縁で、平成10年(1998年)5月、「第1回 全国鈴木サミット」が秋田県羽後町の鈴木家で開催された。

 2016年7月14日放送「世界!ニッポン行きたい人応援団」(テレビ東京)の「“古民家”愛してやまない17歳女子ご招待」が鈴木家で収録された。
 YouTubeの世界!ニッポン行きたい人応援団 7月14日で視聴できる。

・名字の「穂積(ほづみ)」
 一方、名字としての「穂積(ほづみ)」は、「鈴木」ほど多くはない。
 福島県、それも白河市周辺に特に多くみられる名字である。
 穂積から派生した名字には、「熊野」「土居」「木原」「梅本」「羽鳥」「八月朔日(ほづみ)」などがある。
 (参考・「穂積」の名字の由来
 以前、仕事の関係で名刺交換をしたとき、「八月朔日」という名字の名刺を差し出されてびっくりしたことがある。
 その時、「ほづみ」と読むと教えられた。
 旧暦8月1日に稲の穂を摘み贈る風習が名字の由来とされる。(参考・wikipedia-八月一日

・鈴木の異形「寿松木(すずき)」
 「寿松木」と書いて「すずき」と読む人たちが秋田県横手市にいる。
 仁左衛門は田村の鈴木与治右衛門の二男として生まれ、後に独立した。
 実家の鈴木と、妻の実家松下から1字ずつ取り、それに寿を付けて「寿松木(すずき)」とした。
 慶応3年(1867年)、秋田藩に金150両を献納して永苗字を許されている。(参考・大雄村史)






Last updated  2017/03/17 07:05:02 PM
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2017/03/16
カテゴリ:歴史あれこれ
源頼朝ゆかりの鶴岡八幡宮
鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)

・「鶴巻(つるまき)」、「鶴田(つるた)」地名
 「鶴巻田(つるまきだ)」や「鶴巻(つるまき)」、「鶴田(つるた)」など、「鶴」の付く地名を全国津々浦々に見ることができる。
 秋田県横手市大雄鶴巻田(つるまきだ)
 秋田県横手市黒川鶴巻田(つるまきた)
 山形県尾花沢市鶴巻田(つるまきた)
 宮城県白石市越河五賀鶴巻田(つるまきだ)
 福島県伊達郡国見町内谷鶴巻田(つるまきだ)
 青森県三戸郡五戸町浅水鶴巻田(つるまきた)

 秋田県横手市睦成鶴巻(つるまき)
 秋田県秋田市河辺神内鶴巻(つるまき)
 福島県伊達市鶴巻(つるまき)
 山形県鶴岡市藤島鶴巻(つるまき)
 東京都新宿区早稲田鶴巻町(つるまきちょう)
 長野県小諸市鶴巻(つるまき)

 秋田県横手市静町鶴田(つるた)
 青森県北津軽郡鶴田町(つるたまち)
 宮城県大崎市松山千石鶴田(つるた)
 福島県伊達市鶴田(つるた)
 栃木県宇都宮市鶴田町(つるたまち)
 兵庫県伊丹市岩屋鶴田(つるた)
 熊本県人吉市鶴田町(つるだまち)
 鹿児島県薩摩郡さつま町鶴田(つるだ)

 山形県天童市田鶴町(たづるちょう)
 岡山県岡山市北区建部町鶴田(たづた)
 岐阜県海津市南濃町田鶴(たづる)

・「鶴」と「水流」に見る類似性
 とちぎん付近の地名の由来サイトで栃木県宇都宮市の「鶴田(つるた)」を見ると、この開拓地には鶴がよく飛来し、鶴が舞う年は豊作だったということから、「鶴」と開拓の「田」をとって「鶴田」と呼ぶようになった、という。
 また、地形から来た説もあり、鶴の首や植物の弦(つる)のように、細長く曲がった地形だったことが由来になっている、ともある。
 東京都の早稲田鶴巻町は、元禄年間、小石川村の田で鶴の放し飼いをしていて、それが早稲田村にも飛来したため、その地に鶴番人を置いたことが由来と伝わっている。
 しかし、「鶴」は本来「水流」であるとし、かつて当地を流れていた蟹川と結び付ける説もある、という。(参考・wikipedia-早稲田鶴巻町
 "すむいえ情報館"の早稲田鶴巻町の由来サイトでは、次のようの「水流」節を強調している。
 『鶴巻は早稲田村の小名で、いわれは小日向村に放し飼いにされていた鶴が飛来するので鶴番を置いたことによる(新編武蔵風土記)というが、それでは「鶴舞」か「舞鶴」になったろう。蟹川の流域なので湧水(水流巻き)が由来だろう。
 「水流」は「つる」と読み、湧水が渦巻いている状態をいう。「早稲田茗荷」が採れるほどの清流があった。早稲田鶴巻も各地の「鶴巻・弦巻」の由来と同じで、こんこんと沸き出ずる湧水があったことによると思われる。』
 さらに、江戸川小の歴史散歩サイトでは、早稲田鶴巻町の由来説を次のように展開している。
 『鶴巻町は高田八幡下を北流する蟹川(金川)と牛込柳町を北流するカニ沢(加二川)の間にあり、この川の間に東西の柵を作ると牛を囲う牧場ができる。「巻」は「牧」である。
 鶴巻は古くは弦巻といい、世田谷などの弦巻と同じで、源義家が奥州遠征の時、川で弓の弦を清めたという伝説があるが、史実よりも後生に作られた伝説と思われる。
 「ツル」は朝鮮語の荒れ地や原野、あるいは水路のある低地という意味があり、「ツルマキ」とは、水路のある原野の牧場ということになる。』
 「巻」は水流が渦巻く説と、牧場の「牧」という説があるようだ。

 さて、「水流」と書いて「みずながれ」の他、「つる」と読む地名があることに注目しなければならない。
 宮崎県宮崎市大塚町水流(つる)
 宮崎県えびの市水流(つる)
 宮崎県都城市上水流町(みづるちょう)
 宮崎県西都市水流崎町(つるさきちょう)
 鹿児島県出水市高尾野町上水流(みずる)

 青森県上北郡東北町水流(みずながれ)
 山形県飽海郡遊佐町野沢清水流(みずながれ)
 岩手県一関市千厩町磐清水流川(みずながれかわ)

 鹿児島県薩摩郡さつま町にある「鶴田(つるだ)」について、鶴地名市町村集サイトで「鶴」と「水流」の関係から、地名のおこりを知ることができる。
 『大昔の鶴田は湿地が多く、多くの川がくねくねと巡っていた。水の流れに従って川ができるため、湿地帯が多かった。そのような地形を「水流(つる)」と呼んだことから、「水流田(つるだ)」から「鶴田(つるだ)」になった。』ということである。
 早稲田鶴巻と同じように湧き水が「出流(いずる)」から「水流(つる)」に、そして「鶴(つる)」に変化したといえよう。
 「出流(いずる)」も地名に見られる。
 栃木県佐野市出流原町(いずるはらちょう)
 岩手県二戸郡一戸町出ル町(いずるまち)

・各種の「つるまき」地名
 「つるまき」には次のような変化地名もある。
 福島県大沼郡会津美里町八木沢鶴ケ巻(つるがまき)
 福島県田村郡三春町鶴蒔田(つるまきた)
 東京都多摩市鶴牧(つるまき)
 東京都世田谷区弦巻(つるまき)
 佐賀県唐津市肥前町鶴牧(つるまき)

・「津留」、「都留」も「ツル地名」
 九州地方に多い「津留(つる)」も、これまで示した「鶴」地名と同じ由来とする見方がある。
 熊本県玉名市津留(つる)
 大分県大分市今津留(いまづる)
 佐賀県伊万里市波多津町津留(つる)
 福岡県みやま市瀬高町東津留(ひがしつる)
 三重県多気郡多気町津留(つる)
 地名考サイトによれば、津留(つる)は、『山あいの平地で川や水流のある場所の地名に多く使われる。九重連山の内懐にある湿地「坊がつる」も、やはり中央を鳴子川が流れている。山梨県の「都留(つる)」も「津留」の一種かも知れない。「水流」と書いて「つる」と読ませることもある。「山の名前で読み解く日本史」(谷有二著 青春出版社)によると、韓国・朝鮮語では平野を「トゥル」と呼ぶ。なお、同書は、山梨県の都留に昔、百済人が大勢住んだとの伝承に触れている。』などとある。
 一方、山梨県都留市(つるし)について、wikipedia-都留市には、『「都留」は都留市の位置する桂川(相模川)流域の地域が富士山の裾野を蔓のように延びており、その様子から「連葛」、「豆留」(いずれも「つる」)とよばれていたことに由来するとされている。』とある。
 「ツル」の朝鮮語由来については、先に記したものとは若干ニュアンスに相違がある。

・「鶴岡」、「鶴見」の歴史をたどる
 神奈川県の海岸部一帯には「鶴」の付く地名が多い。代表的なのは鶴見(横浜市鶴見区)で、他に鶴が丘(横須賀市)、鶴が台(茅ヶ崎市)、鶴巻(藤沢市・秦野市)などがある。
 建物で著名なものは、鎌倉の鶴岡八幡宮であろうか。(冒頭の写真)
 鎌倉八幡宮とも呼ばれ、親しまれている。
 神奈川県民も知らない地名の謎(日本地名の会)に「鶴岡」の起源が紹介されている。
 『若宮大路を抜けると、鎌倉観光のメインともいえる鶴岡八幡宮にたどり着く。
 鶴岡八幡宮のはじまりは、鎌倉幕府を開いた源頼朝が治承4年(1180年)に現在の地に八幡宮を据えたことに起源を持つが、実はその前から鎌倉には「八幡宮」はあった。
 神奈川県の海沿いには「鶴」の字を付けられたものは少なくない。(中略)
 鳥の鶴との相関関係は定かでないが、地名学で考えると、「ツル」は「水流(つる)」につながるとも考えられる。
 つまり、水の流れる場所が「ツル」といわれることが多く、時代を経るにつれて「鶴」の字が当てられることによって、現在見られるような地名になった。』

 神奈川県横浜市鶴見区の「鶴見(つるみ)」の由来については二つの説があるという。
 鎌倉時代に源頼朝がここで鶴を放ったのが由来という説と、「ツル」は、水路や河川の周辺地をいい、「ミ」は、周りや巡りという意味を持つので、「鶴見」という名前がついたという説である。
 (参考・神奈川県横浜市鶴見区「鶴見区」の由来

 山形県鶴岡市の「鶴岡(つるおか)」は、鶴ヶ岡城をその地名の由来としている。
 慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いの後、上杉氏に代わって山形城を本城とする最上義光が庄内地方を支配することとなった。これにより義光は24万石から57万石を領有する大大名となった。
 義光は庄内地方の拠点として大宝寺城などの拡張整備に努め、酒田浜に大亀が上がったことを祝して東禅寺城を亀ヶ崎城と改称した。
 この時に「鶴亀」の縁起を担いで、亀ヶ崎城に対し大宝寺城も鶴ヶ岡城と改称した。
 最上氏がお家騒動で改易された後、庄内地方には信濃国松代城より酒井忠勝が入った。忠勝は鶴ヶ岡城を本城と定めて近世城郭へと大改修し、亀ヶ崎城を支城とした。
 以来、鶴岡は庄内地方統治の中心となった。

・数々ある「鶴」の温泉地
 「鶴」の字の付く温泉地も数多く存在するが、真実性はともかく、多くは鶴が傷を癒すため温泉を利用したことが由来となっている。
 鶴名温泉集サイトから幾つかを由来とともに紹介する。
 鶴居温泉(北海道阿寒郡鶴居村)・タンチョウが生息する酪農地帯として知られる鶴居村にある。
 鶴の湯温泉(北海道勇払郡安平町)・病んだ鶴が沢地に舞い降りて行き、冷泉に湯浴みして病気を治し飛び去っていくのを見たことにヒントを得て、ケガをした人や家畜をこの泉に浴させたら効能があったので、ツルの温泉と名付けられ、それが「鶴の湯温泉」となった。
 鶴の湯温泉(秋田県仙北市)・地元の猟師勘助が、傷ついた鶴が湯で傷を癒すのを見つけたことが、そのまま鶴の湯の名に残った。乳頭温泉郷の中で最も古い歴史を持ち、秋田藩主の湯治場だった由緒ある温泉。
 呼鶴温泉(山口県周南市大字安田)・八代の鶴にちなんで、縁起もので呼鶴という名前をつけたようである。
 蘇鶴温泉(高知県吾川郡いの町)・昔、平城天皇の第三皇子高岡親王が大内に滞在の時、一羽の矢傷を負った白鶴が飛んできて温泉に浸ったが、数日で傷が治って飛び去っていったので、親王が薬泉であることを知り、名付けた。
 鶴木山温泉(熊本県葦北郡芦北町鶴木山)・地域の地名から名付けられたと思われる。
 湯の鶴温泉(熊本県水俣市)・平家の落人が、傷ついた鶴が湯あみするのを見て湯の存在を知り、「湯の鶴温泉」と名付けられた。
 鶴の湯温泉雪冬景色
 秘湯で知られる鶴の湯温泉(秋田県仙北市)は、若い女性にも人気が高い

・鶴の民話の里
 鶴は民話にも数々登場する。(参考・鶴の民話
 山形県南陽市の織機(おりはた)川のそばに、古くから民話「鶴の恩返し」を開山縁起として伝承している鶴布山珍蔵寺がある。
 地域に伝わる多くの民話を伝承するために、「夕鶴の里」資料館が建てられている。

 鶴に関する地名はまだまだ数え切れないほど存在するが、他は割愛させていただく。






Last updated  2017/03/16 05:00:04 PM
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2017/03/15
カテゴリ:歴史あれこれ
八幡平の峡谷に曽利滝
八幡平の峡谷に落ちる曽利滝

・雪国ならではの「轌(そり)」と「雪舟(そり)」
 かつて、「橇(そり)」は雪国にはなくてはならない冬場の運搬用具だった。
 その橇が地名に登場している。
 秋田県男鹿市北浦西水口橇坂(そりざか)
 宮城県岩沼市南長谷橇(そり)
 岩手県奥州市水沢区佐倉河橇町(そりまち)

 「そり」は雪の上を滑らせて人や物を運ぶ乗り物だから、「轌(そり)」という国字が誕生した。
 「雪車」を「そり」と読ませる地もある。
 代表例として秋田県由利本荘市雪車町(そりまち)があるが、昔、街道を「馬ぞり」が行き来して、このあたりで一服していたことが地名の由来といわれる。(参考・地名の由来
 秋田県仙北郡美郷町飯詰轌町(そりまち)
 秋田県由利本荘市葛法轌田(そりた)
 秋田県能代市機織轌ノ目(そりのめ)
 秋田県由利本荘市雪車町(そりまち)
 福島県伊達市雪車町(そりまち)

 「そり」を実際に道具として使ったと思われる地名があった。
 岩手県胆沢郡金ケ崎町西根橇曳沢(そりひきざわ)
 秋田県北秋田市七日市字轌引沢(そりひきざわ)

 雪舟といえば、室町時代に活躍した著名な墨画家を連想してしまうが、雪の舟に見立てた「雪舟(そり)」地名もある。
 福島県福島市飯坂町雪舟町(そりまち)
 福島県福島市立子山雪舟田(そりだ)
 福島県須賀川市今泉雪舟田(そりだ)
 福島県須賀川市梅田雪舟田(そりだ)
 山形県西置賜郡白鷹町高玉雪舟町(そりまつ)

・「ソリ」には別の意味があった
 「ソリ地名」の「橇」「轌」「雪舟」は果たして運搬用具なのだろうか。
 轌田、雪舟田、橇町、雪車町に見られるように、ソリの語尾に田や町の字が付く地名が多い。
 田や町が、直ちに運搬用具と結びつくとは思えない。
 本来田は、穀物を栽培するために区画された農地をいうが、それが次第に稲田に限定して使用されるようになった経緯がある。(参考・「田」
 漢字・漢和辞典によると、「田」という漢字は「区画された狩猟地・耕地」の象形文字であるという。
 このことから、「田」には区画の意味が込められている。
 では「町」はどうか。
 和語としての「まち」は、宮中や邸宅などの区画を意味する古語で、漢字としての「町」は、本来は、農地などの境界を意味していた。市街の意味の「まち」は国訓とされる。(参考・「町 - Wikipedia」
 「町」もやはり、区画の意味合いを有する。
 これらのことから、「ソリ田」、「ソリ町」は「ソリ区画」と置き換えると理解しやすい。

 次は肝心の「ソリ」について考察を深めてみたい。
 運搬用具には結びつかず、「ソリ」の当て字と思われる「曽利(そり)」地名がある。
 秋田県湯沢市小野曽利田(そりた)
 兵庫県宝塚市下佐曽利谷(さそりたに)
 福島県いわき市遠野町滝曾利田(そりだ)
 宮城県宮城郡利府町春日曽利町(そりまち)
 日本地名ルーツ辞典(池田光則著)によると『ソリはゾリ、ソレ、ゾレで、当て字は曽利・雪車・橇・轌・鼠入(そいり)・草里(そり)・反(そり)などがある。これから焼畑や切替畑をウソリ、山地や急傾斜地をいうソレ、ゾレがある。』とある。
 また、「焼き畑」の地名には、『「そり」とは「焼き畑」を意味した。柳田邦男の「地名の研究」によると、「そり」「そうり」は焼き畑を林に戻した所の意味。』とある。
 「ソリ」は焼畑に深い関わりがある訳である。

・「ソリ」のルーツは焼き畑休耕地にあり
 地名の社会学(今尾恵介)に「ソリ」地名の由来が詳しいので、概略を次に記す。
 『ソレ、ソリの付く地名は焼き畑にちなむ地名とされている。
 熊本地名研究会の高浜幸敏氏は、日本「歴史地名」総覧(新人物往来社)で開拓地名のひとつとしてソリ・アラシの地名を挙げ、「ソリ・アラシは焼畑をいうとともに焼畑後地ならびに山の急斜面または崩壊地をも意味する。」と解説している。
 ソレ・ソリには、他にも次のようなさまざまな漢字を当てられた例がある。
 【ソレ】林添(はやしぞれ・愛知県豊田市)、大ケ蔵連(おおがぞれ・愛知県豊田市)、無双連山(むそれやま・静岡県大井川上流部の山名)、柿其(かきぞれ・長野県南木曽町)
 【ソリ】木野反(きのそり・福島県塙町)、下反田(しもそりだ・山形市)、曲畑(そりはた・栃木県那須烏山市)、雪車町(そりまち・秋田県由利本荘市)、反町(そりまち)
 「角川日本地名大辞典」にある反町という地名のうち、「たんまち」と読むのは横浜だけで、他の栃木県二宮町・群馬県太田市・長野県松本市、そして明治まで存在した旧地名の山形県庄内町の反町もすべて「そりまち」と読む。
 そもそも、反という漢字は「元へ戻す」といった意味があるから、何十年という焼き畑のローテーションの中で休耕して森に戻すべき所を指すにはぴったりの字といえるのではないだろうか。
 ここで注意すべきは、「ソリ」だけでなく「ソリマチ」が焼き畑を意味するということである。』
 このことから、「ソリ」は焼き畑や焼畑後地を指すと共に、傾斜地でもあることが分かった。
 八幡平の曽利滝は、国道341号線から急斜面をロープを使いながら降りる深い谷にあり、傾斜地名そのものである。(写真)

 古沢典夫氏が、社団法人・東北地域環境計画研究会の第44回研究懇話会で述べた「壮大!働き盛り三代で一巡する焼畑輪」は、焼き畑と「ソリ」をよく理解できて興味深い。
 以下はその懇話会の記録要旨である。
 『かつて北上山系で行われていた資源循環に基づく焼畑は次のようなものだった。
 この焼畑は「ソリ」と呼ばれ、県内各地に残る、草里、曽利田、橇、鼠入などの地名は、焼畑放棄地「草荒(そうり)」と考えられる。
 軽米町周辺では80年という長いサイクルの中で焼畑が行われていた。
 初めに雑木林を炭焼きのために利用し、伐り取った跡地を焼畑に起こして利用した。
 1年目は大豆、2年目はアワを作り、これを3回輪作した後、ソバを3年ほど連作。この後は「ソリ」と呼ばれる耕作放棄地となり、植生は自然状態を回復していく。
 初期はススキからアカマツ林の時代(45年)、アカマツの伐採後は、雑木林の時代(25年)へ戻っていく。
 焼き畑とその跡地からは飼料、草肥、資材などが供給され、それらの有機物は馬などの家畜と共に有機的に循環していった。
 有機物は焼き畑をしない常畑に投入され、多くの作物を育てる役目を担った。
 こうした超長期の輪作体型は非常に効率的な土地資源の活用ばかりでなく、病害虫や連作障害にも強く、地力維持に効率的な仕組みであることが、現代の科学から明らかになっている。』

・傾斜地に多い「反(そり)」地名
 弓なりに反るの「反」を含む「ソリ地名」も多い。「反(そり)」は傾斜地をよく反映している。
 運搬用具としての「橇」は、スキー板のように先端部が反り返っているので、「反り」が語源となったのであろうか。
 「反町(そりまち)」が訛ったのか、「反松(そりまつ)」地名もある。いや、耕作放棄中に自然が復活して松が育った可能性もある。
 秋田県横手市平鹿町浅舞反見(そりみ)
 山形県山形市反町(そりまち)
 群馬県太田市新田反町町(そりまちちょう)
 栃木県真岡市反町(そりまち)
 宮城県気仙沼市反松(そりまつ)
 兵庫県宝塚市上佐曽利松田(そりまつだ)
 宮城県大崎市古川沢田反田(そりた)
 福島県二本松市反田(そりた)

・数々の「ソリ地名」
 「ソリ地名」漢字はまだまだある。
 宮城県大崎市岩出山南沢曲田(そりた)
 宮城県白石市斎川楚利田(そりだ)
 宮城県栗原市高清水新剃田(そりだ)
 愛知県豊田市阿蔵町曽理(そり)
 石川県輪島市尊利地町(そりぢまち)
 石川県白山市河内町下折(そそり)

 次も「ソリ地名」と考えられる。
 岩手県下閉伊郡岩泉町鼠入(そいり)
 福島県伊達市保原町富沢鼠入(ねずみいり)
 山梨県南巨摩郡身延町椿草里(ぞうり)
 宮城県宮城郡松島町幡谷惣利田(そうりだ)
 群馬県みどり市東町沢入(そうり)
 福岡県春日市惣利(そうり)
 静岡県賀茂郡西伊豆町大沢里(おおそうり)

 地名の由来ネットに珍しいと思われる「鼠入(そいり)」の由来が載っていた。
 『鼠入(そいり) 岩手県下閉伊郡岩泉町鼠入。「南部方言集」によれば、荒地のことを「ソランバタケ」という。「ソラス」は休田の意味で「ソリ」は休んでいる土地のことをいう。安家(あつか)地方では、焼畑の休耕地を「ソウリ」といい、翌春これを焼くことを「ソウリヤク」という。
 地名の由来は、このことから、谷深い渓流の鼠入川中流域の当地で焼畑を荒れ地にしていたことから、「ソウリ」が変化して「ソイリ」になったと考えられている。【角川日本地名大辞典】』(参考・地名の由来ネット-「鼠」の地名
 鼠入を「ねずみいり」と本来の読みの地名もあるが、その由来が「鼠入(そいり)」と同じかは不明である。

八幡平の峡谷に曽利滝
横手のかまくらの右下に置かれた箱ぞりは子どもの乗り物だった






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2017/03/12
カテゴリ:歴史あれこれ
雪の斜面を登る梵天
雪の旭岡山神社参道を上る横手のぼんでん

・梵天(ぼんてん)地名は秋田県に特に多い
 仏教に関わりのある梵天(ぼんてん)が地名に取り入れられていて興味深い。
 梵天は古代インドの神ブラフマーが仏教に取り入れられたもので、、仏教の守護神の十二天の一つ。帝釈天と一対として祀られることが多い。(参考・梵天 - Wikipedia
 秋田県大仙市円行寺梵天畑(ぼんてんはた)
 秋田県秋田市雄和繋梵天野(ぼんてんの)
 秋田県由利本荘市中梵天(なかぼんてん)
 秋田県由利本荘市鳥海町百宅梵天平(ぼんてんだいら)
 山形県東田川郡庄内町余目梵天塚(ぼんでんづか)
 福島県福島市仁井田梵天(ぼんてん)
 愛知県小牧市藤島町梵天(ぼんてん)

 「梵天」地名は東北地方を中心に各所にあり、特に秋田県に多い。
 しかしなぜか、マピオン-梵天で調べても、横手市内にその地名は見当たらない。
 ただ、菅江真澄・雪の出羽路には、大森村の項にこの地名が随所に出ている。
 『・大森村 文田山(もんでんやま)、また梵天山ともっぱらいう処あり。
 ・大森の郷田地字所 梵天下河原
 ・上溝村 梵天野
 ・保呂羽能山路物語 梵天塚
 』
 かつて横手市大森にあったこれらの地名は、現在に伝わっているか気になるところである。

様々ある「梵天」の意味
 goo国語辞書で探ると、ぼんてん【梵天】の意味には様々ある。
 『出典:デジタル大辞泉
 1 仏語。色界の初禅天。大梵天・梵輔天・梵衆天の三天からなり、特に大梵天をさす。淫欲を離れた清浄な天。
 2 修験者が祈祷に用いる幣束(へいそく)。
 3 大形の御幣の一つ。長い竹や棒の先に、厚い和紙や白布を取り付けたもの。神の依代(よりしろ)を示す。
 4 棒の先に幣束を何本もさしたもの。魔除けとして軒などにさした。
 5 延縄(はえなわ)・刺し網などの所在を示す目印とする浮標のこと。
 6 「梵天瓜」の略。
 7 耳かきの端についている、球状にした羽毛。細かな耳あかを払うためのもの。』

形を変えて各地に伝わる梵天祭り
 この中で、3の大形の御幣の一つが祭りとして発展したのが、秋田県内各地に伝わる「梵天(ぼんでん)祭り」である。
 秋田市・太平山三吉神社の三吉梵天祭(みよしぼんでんさい)は毎年1月17日に行われる。
 同神社のHPに三吉梵天祭の由来が詳しい。
 『・梵天の形
 元来は、御幣や小さな稲穂の形をしていたものが太平山頂上奥宮に奉納されていたが、現在では、竹カゴを色どり豊かな布や錦で飾り付けたものが一般的である。
 ほうづきと呼ぶ頭の部分と、鉢巻、本体、中心の棒からなり、御幣・三角守り・飾りが付いている。
 慶応3年、里宮(広面赤沼)が藩主より神社に寄進されてからは、三吉信仰の高まりにより拝観者も増え、年を追う毎に祭りは目立つ華やかなものとなった。
 ・奉納の意義
 太平山が五穀豊穣の神が鎮まる霊山として崇敬を受けてきたことから、梵天奉納は年の始めに「五穀の豊穣」や「商売繁盛」、「家内安全」を祈ることが元々のおこりと考えられる。
 』(概要記載)

 秋田県横手市の旭岡山神社へ奉納される横手のぼんでんも豪華で勇壮な祭りとして知られる。
 『毎年2月17日に旭岡山神社へ奉納される横手のぼんでん(梵天)は、豪華な頭飾りが特徴的な小正月行事で、約300年の歴史を誇る。
 また前日には、頭飾りの出来栄えを競う「ぼんでんコンクール」が開催される。
 横手のぼんでんの特徴は、大型であることと、豪華絢爛な頭飾りにあり、若者たちが奉納に際して先陣を争って押し合う様子は壮観である。
 ぼんでんは、かつて旧暦1月17日に奉納されてたが、昭和27年から新暦2月17日に改められ、「かまくら」と一体的な観光行事になっている。
 』(参考・(冬)横手のぼんでん | 横手市

 秋田県大仙市大曲の川を渡るぼんでんもユニークな梵天祭りとして知られる。
 毎年、建国記念日の2月11日にその祭りは行われる。
 『花館地区の各町内から出発したぼんでんは、ほら貝を鳴らし、ぼんでん唄を歌いながら、町内を練り回る。
 そして、一の鳥居前でもみ合いをした後、川舟で雄物川を渡り、伊豆山山頂の伊豆山神社に奉納する。
 』(参考・川を渡るぼんでん | 秋田県大仙市

川を渡る梵天
冬の民族行事、大仙市大曲の川を渡る梵天

 横手市や大仙市は、祭りが観光化して一層華やかになったのはいいのだが、「ぼんでん」とひらがな書きして広報宣伝しているのは、「梵天」本来の意味合いが薄れているように感じられて、少し気になる。

 栃木県宇都宮市の羽黒山梵天祭りも賑わいのある豪壮な祭りだが、梵天の飾りが秋田県とはかなり違う。
 こちらの梵天の方が、本来の御幣に近い姿を維持している。

・山や川、遺跡にも梵天の名
 出羽国と陸奥国の戦国大名で仙台藩初代藩主の伊達政宗は、独眼竜と呼ばれ、幼少期の名を梵天丸といった。

 福島県には、梵天川(ぼんてんがわ・田村市)や、梵天大滝ぼんてんおおたき・南相馬市)がある。

 山形県庄内町に近年になって発見された梵天塚古墳がある。
 昔から正直山、上人塚などと呼ばれた場所で、昭和49年に発掘調査を行ったところ古墳であることが判明し、梵天塚古墳と命名された。
 遺跡は11世紀頃のものと推定されている。

 茨城県常陸太田市島町に梵天山古墳群がある。大部分が茨城県の指定史跡である。

 大阪府と和歌山県の境にある梵天山展望台は、りんくうタウンや関西国際空港から、遠くは明石海峡大橋までの夜景が一望できる夜の絶景展望スポットである。

 神奈川県横須賀市の立石梵天の鼻は奇岩「立石」がそびえ立つ磯で、釣りの名所である。
 釣りの情報サイトによると、メインターゲットはクロダイで、メバルやウミタナゴがよく釣れるポイントがあるという。






Last updated  2017/03/12 05:20:13 PM
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2017/03/11
カテゴリ:歴史あれこれ
大松川ダムを彩る芝桜
大松川ダムを彩る芝桜

・「屶(なた)」地名
 刃物の「なた」が地名に使われているが、当てた字が色々で興味を引かれた。
 秋田県横手市金沢屶磋沢(なたとぎざわ)
 「屶」は、訓読みが「なた」で、薪や枝切りに用いる刃物のこと。人名や地名に用いられる字。
 日本で作られた国字でJIS第2水準に収められている。(参考・漢字辞典オンライン-屶
 「磋」は「みがく」だが、ここでは「とぐ」と読んでいる。

 「屶」は秋田県外でも使われている地名があった。
 福島県福島市飯坂町茂庭屶振(なたぶり)

・「山刀(なた)」地名
 国字の「屶」を使わず、2字に分解して「山刀(なた)」にしている地もある。
 秋田県にかほ市平沢山刀研沢(なたとぎざわ)
 このような例は「轌(そり)」を「雪車(そり)」とした地名にも表れている。
 秋田県由利本荘市雪車町(そりまち)

・本字の「鉈(なた)」地名
 「なた」の一般的な漢字は「鉈」である。
 しかし、この字を使った地名は、マピオンで調べると、次の一か所だけである。
 岩手県盛岡市鉈屋町(なたやちょう)
 「なた」などの刃物を扱う店が並んでいたのかと想像したが、盛岡市のHP「鉈屋町(なたやちょう)」によると、京都の富豪鉈屋長清が盛岡に来て釶屋山菩提院という寺を建立したことに由来するとあった。

・希少漢字「𨦻(なた)」地名
 見慣れない「𨦻」を使った地名がある。
 秋田県横手市山内大松川十𨦻平(となたひら)
 ただし、稀少地名漢字リストから拾った地名で、マピオンの地名検索では現れない。
 この字地名が現存しているかは、今のところ確認していない。
 大原望氏のサイト『和製漢字の辞典2014』によると、
 『「𨦻」は国字で「なた」とよむ。JIS第4水準に収録。
 「永禄二年本節用集」、「堯空本節用集」、「両足院本節用集」、「天正十七年本節用集」、「和字正俗通」に「ナタ」とある。』などとある。

 国立国会図書館近代デジタルコレクションで探したら、寛文5年(1665年)発行の「増補大節用集」にこの文字が見つかり、「𨦻」は「なた」とある。
 それより古い明応5年(1496年)の節用集や、慶長年間の節用集では見つけることができなかったので、江戸時代になって収録された字かも知れない。
 いずれにしても、「𨦻」は漢字としても、地名としても、唯一横手市山内にしかない非常に珍しい字であることは間違いなさそうだ。
 このような希少漢字は、印刷物で表わしにくいという宿命を負っている。
 ユニコードが拡張され、普及するようになってからはコンピュータで表示できるようにはなったが、対応するフォントが限られているからである。
増補大節用集「𨦻」
増補大節用集「金男」(国立国会図書館)






Last updated  2017/03/11 05:32:51 AM
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2017/03/10
カテゴリ:歴史あれこれ
個人邸宅の袴形城
袴形と城郭風の民家(横手市大森町)

・珍しい横手市の「袴形」地名
 秋田県横手市大森町袴形(はかまがた)
 出羽丘陵の西端部にある地名である。
 マピオン-袴形で調べても、住所地としてはここしかないので、珍しい地名といえる。
 丘陵の沢から袴の形に開けた扇状地とみることができるが、菅江真澄・雪の出羽路には「袴形村」の由来を古老の伝えとして次のように記している。
 『この村の千手堂や鉢位山が盛りの頃、年々まとまって白い麻袴を着して詣でるのを見て、時の人たちが袴衆(はかまがた)といい、それが村名になった。初めは袴方と書いたが、近くになって袴形と書くようになった。』

・「ばち川原」の「ばち」は「𩣆」
 秋田県横手市平鹿町醍醐ばちケ沢(ばちがさわ)という地がある。
 秋田県横手市大森町袴形とそれに隣接した秋田県横手市大森町板井田には「ばち川原」という地があった。
 マピオンで検索しても大森町の「ばち川原」はどちらも出ないので、現存する地名かは今のところ確認できていない。
 ところで、「ばちケ沢」も「ばち川原」も「ばち」は、もともと馬偏に羊の「𩣆」という字である。
 「𩣆」はJIS第4水準の漢字で、一般的にはほとんど使われておらず、秋田県横手市特有の字といっても差支えない。
 秋田県雄勝郡羽後町鹿内尾無ケ沢(ばちがさわ)という地もあり、「尾無」を「ばち」に当てているが、本来は「𩣆」であった可能性が高いかも知れない。
 古い国語辞典である「節用集」で探したが、「𩣆」の字は見つからなかった。

・「𩣆(ばち)」は「跳ね馬」の意も
 『和製漢字の辞典2014』という大原望氏のサイトに「𩣆」について研究した項目があるので、その概要を次に記す。
 『「𩣆」は「ばち」、「はねうま」と読み、「二巻本世俗字類抄」に「ハ子ムマ」とある、としている。
 また、「色葉字類抄」では、「ハ子ムマ」に当てた字は「駻」である。
 さらに「大辭典」によると、「ばち」は静岡県の一部で「崖」の意として使われるので、秋田県でも地名に同じ方言が残っていたとも考えられる。
 「日本国語大辞典(第二版)」には、「𩣆川原の地名の残る秋田県平鹿郡における"はんてん"の意の方言」とある。
 しかし、「はんてん」の意ではなく、崖のある川原と解釈した方が、地名としては、しっくりする。同じ崖地名である「はけ・ほき」などとの類似性も高い。
 』
 ただし、大森町の両「𩣆川原」も醍醐の「𩣆ケ沢」も、崖地名とはいい難い地形である。
 大森町の出羽丘陵部地帯には、沢地名は多いものの、不思議に崖に繋がる地名はほとんど見当たらない。

色葉字類抄「駻」
色葉字類抄「駻」(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)

 菅江真澄の雪の出羽路・「板井田村」の項には、人や馬がたびたび落ちて、恐れおののいた「影捕沼(かげとりぬま)伝説」がある。
 馬が沼に落ちればさぞかし暴れまわったに違いないだろうから、「𩣆(はねうま)」に多少は繋がりを感じられなくもない。


・両者の共通性を探る
 さて、「袴(はかま)」と「𩣆(ばち)」に、何か関連性がないかを調べると、それが見つかった。
 コトバンクで「袴(はかま)とは」を開くと、次のような「デジタル大辞泉」の解説があった。
 『こ【袴】 はかま。また、ももひきやズボンなど下半身にはくもの。
 1和服で、着物を着た上からつけて、腰から下を覆う緩やかな衣服。
 2つくしの節を包む苞葉(ほうよう)。また、笹や草の茎を包む葉鞘(ようしょう)や、どんぐりの殻斗(かくと)のこと。
 3 酒徳利を据えておくための、筒型またはます型の器。
 パジ【袴】《朝鮮語》朝鮮の民族服で、ズボン形式の下衣。チョゴリなどの下にはく。バチ。
 バチ【袴】《朝鮮語》⇒パジ
 』

 「袴」のことを、朝鮮では「ばち」ともいうのである。
 新華字典では「袴」も「𩣆」も、中日韓統一表意文字としている。

 これによって、少なくとも音韻では「袴」も「𩣆」も「ばち」で、共通性を見つけることができた。
 大森町袴形にあっては、「袴」と「𩣆」は同じ字義といえなくもない。
秋田県平鹿郡に「𩣆」が「はんてん」と伝わる方言は、「はかま」の間違いといっていいだろう。
 wikipediaのバチには、「パジ (바지) - 韓服(韓国の民族衣装)の一種」とある。
 当サイト地名こぼれ話10・秋田県南発祥の地名「掵(はば)」で、朝鮮から「椧」が伝わり、秋田県南部で「掵」に転化したのでないかという説を示した。
 もしかしたら「𩣆」も同様に、朝鮮から伝わったものかも知れない。
 少々強引ではあるが、「𩣆形(ばちがた)」→「袴形(ばちがた)」→「袴形(はかまがた)」へと転化したとする説である。






Last updated  2017/03/12 04:07:24 PM
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2017/03/09
カテゴリ:歴史あれこれ
秘境・せんだん轟(とどろ)の滝
九州の秘境・五家荘(ごかしょう)の「せんだん轟(とどろ)の滝」

・轟(とどろき)と二十六木(とどろき)も同義
 音が鳴り響くことを轟くというが、その「とどろき」を意味する地名が処々にある。
 読みも、字も実に千差万別で、面白い。
 まずは、純粋に「轟(とどろき)」地名である。
 秋田県能代市轟(とどろき)
 秋田県雄勝郡羽後町西馬音内轟(とどろき)
 徳島県美馬市美馬町轟(とどろき)

 数字の二十六を当てた「とどろき」地名。
 秋田県由利本荘市二十六木(とどろき)
 山形県東田川郡庄内町廿六木(とどろき)
 二十六木(廿六木)がなぜ「とどろき」なのかというと、水がとうとうと流れる様を十(とう)プラス十(とう)=二十として「とうとう」と読み、それに「六木(ろき)」を組み合わせたからである。
 埼玉県に以前あった「十々六木」地名の由来として、「おどろき」から「とどろき」になったとの説ある。
 いずれにしても、なかなかひねった地名である。
 また、山形県庄内町の廿六木(とどろき)は、応永年間、讃岐国(香川県)の阿部氏ら26人が当地の開発にあたったことから廿六騎(とどろき)と称したという伝説があるという。
 (参考・レファレンス協同データベース

・「とどろき」に様々な漢字
 次は、読みは同じでも当てる字に違いがある「とどろき」。
 秋田県由利本荘市矢島町元町轟木(とどろき)
 青森県西津軽郡深浦町驫木(とどろき)
 東京都世田谷区等々力(とどろき)
 和歌山県海草郡紀美野町動木(とどろき)
 徳島県鳴門市北灘町櫛木トドロキ
 トドロキにどんな字を当てていたのか、あるいはそもそも字がなかったのか、興味あるところである。
 また「轟」、「驫」は車や馬が多くて「とどろく」意味を表したという説がある。(参考・大淀川流域地名いわれ事典

 「等々力」を「とどりき」と読む地もある。
 長野県安曇野市穂高等々力(とどりき)

 「動木(とどろき)」の類似地名だが、果たして「轟」地名の範疇なのかは不明である。
 山形県西村山郡河北町溝延不動木(ふどうぎ)
 青森県八戸市新井田石動木(いしるぎ)

・「とどろき」とは読まない「轟」地名
 「轟(とどろき)」の別読み地名。
 栃木県日光市轟(とどろく)
 群馬県甘楽郡甘楽町轟(とどろく)
 宮城県石巻市北上町女川轟(とどろ)
 愛知県西尾市西幡豆町轟(とどろ)
 知県豊田市上高町轟ラ(とどら)

 山口県長門市三隅上兎渡谷(とどろく)は、当てた字がユニークだ。

・「百々」などを当てた「どうどう」地名の類い
 「百」を「どう」や「ど」とする地名も多い。
 愛知県岡崎市鹿勝川町百々(どうどう)
 福島県二本松市木幡百々(どうどう)
 愛知県みよし市打越町百々(どうど)
 愛知県岡崎市桜形町百々(どうど)
 京都府乙訓郡大山崎町円明寺百々(どど)
 石川県加賀市百々町(どどまち)
 徳島県三好郡東みよし町足代百々路(どどろ)
 京都府城陽市中百度(どど)

トウド沢の盟主・桃洞の滝
トウド沢の盟主・桃洞の滝

 秋田県北秋田市森吉の桃洞(とうどう)の滝は女性的で優美な滝である。
 その形状から秘められた名称が冠されたが、そもそもはトウド沢の主瀑なので、本来は「トウド滝」だったはずである。
 「とど」や「どうどう」から「とうど」に転化したとする説も十分成り立つのではないか。
 従って、「トウド」も響く音を表現する「轟(とどろき)」に由来するのではないかと私は考えている。

 「轟」地名とはいえないが、京都府京田辺市薪百々坂(ももさか)や福岡県嘉麻市上山田百々谷(ももたに)もある。

 その他の「どど」地名。
 愛知県豊川市土筒町(どどうちょう)
 愛知県知多郡南知多町山海土々坊(どどぼう)
 京都府相楽郡精華町山田度々(どど)
 京都府船井郡京丹波町院内道土(どど)
 兵庫県宝塚市境野土道ノ橋(どどうのはし)

・「どめき」、「どどめき」も「轟」地名
 「どめき」地名も各種存在する。
 秋田県横手市大森町板井田西百目木(どめき)
 秋田県横手市十文字町仁井田百米木(どめき)
 秋田県大仙市豊川土目木(どめき)
 秋田県大仙市北楢岡道目木(どめき)
 山形県山形市百目鬼(どめき)
 福井県吉田郡永平寺町轟(どめき)
 「百目鬼(どめき)」や「轟(どめき)」はユニークだ。

 長音を加えて「どうめき」と読む。
 秋田県湯沢市上関道目木(どうめき)
 宮城県角田市坂津田筒目木(どうめき)
 愛知県西尾市下道目記町(どうめきちょう)
 宮城県宮城郡利府町加瀬洞メキ(どうめき)
 高知県四万十市中村百笑町(どうめきちょう)
 岩手県一関市花泉町金沢動目記(どうめき)
 福島県耶麻郡猪苗代町磐里百目貫(どうめき)
 愛知県知多郡南知多町内海道目気(どうめき)
 石川県輪島市門前町百成(どうめき)
 福島県いわき市内郷高野町銅目木(どうめき)
 「どうめき」に、読めそうにない「百笑(高知県四万十市)」、「百成(石川県輪島市)」を当てる由来は何だろうか。

 次は「とどめき」、「どどめき」地名である。
 秋田県大館市大茂内登々目木(とどめき)
 秋田県大仙市太田町国見戸堂目木(とどめき)
 福島県南会津郡南会津町糸沢百々目貫(とどめき)
 秋田県男鹿市角間崎百目木(どどめき)
 山形県鶴岡市羽黒町手向百々目木(どどめき)
 宮城県柴田郡村田町小泉百々目木(どどめき)
 福島県福島市松川町金沢土戸目喜(どどめき)
 愛知県豊田市万町町度々目木(どどめぎ)
 愛知県岡崎市板田町土々メキ(とどめき)

 にごらない「ととろ」地名もあるが、これも「轟」同様、水音に関する地名と見られる。住所の字地には見当たらないが、宮崎市に「働馬寄(どうめき)」という地があり、古い集落であるという。(参考・大淀川流域地名いわれ事典
 宮崎県延岡市土々呂町(ととろまち)
 愛知県豊田市大内町ト々ロ(ととろ)


せんだん轟(とどろ)の滝の案内板
せんだん轟(とどろ)の滝の案内板

 九州最後の秘境といわれる「五家荘(ごかしょう)」。
 その地にある「せんだん轟の滝」は落差70mを誇り、日本の滝百選のに数えられる名瀑である。
 五家荘一帯は、ロマンを秘めた平家落人伝説があり、九州中央山地国立公園の指定を受ける自然美豊かな地である。
 ここを訪れたのは2010年だった。

 「轟」の名が付いた滝は四国や九州地方に数々ある。
轟九十九滝(徳島県海部郡海陽町)
轟の滝(徳島県海部郡海陽町)
大轟の滝(徳島県那賀郡那賀町)
轟の滝(高知県香美市)
轟の滝(鹿児島県肝属郡肝付町)
轟峡(長崎県諫早市)
轟の滝(大分県佐伯市)
轟の滝(佐賀県嬉野市)
轟滝(熊本県上益城郡山都町)
轟の滝(鹿児島市)
三連轟の滝(鹿児島県曽於市)
朝陽轟滝(鹿児島県薩摩川内市)
轟の滝(沖縄県名護市)






Last updated  2017/03/09 05:00:12 AM
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2017/03/07
カテゴリ:歴史あれこれ
十日町市の美人林
新潟県十日町市の美人林は美しいブナの森

八郎潟町の「一日市(ひといち)」は盆踊りの町
 「四日市」、「七日町」、「十日町」など、かつて定期的に市が開かれていたことから興った地名は非常に多い。
 旧暦のひと月のうち、市日に刻まれた地名は果たしていくらあるか探してみた。
 1日から11日まではまんべんなくあるが、それを越すと見つからない日も出てくる。
 とりあえず、見つけた範囲で紹介する。
 青森県八戸市櫛引一日市(ひといち)
 秋田県南秋田郡八郎潟町一日市(ひといち)
 山形県天童市一日町(ひといちまち)
 富山県南砺市一日市(していち)
 青森県八戸市朔日町(ついたちまち)
 愛媛県西条市朔日市(ついたち)
 秋田県横手市十文字町植田一ト市(ひといち)
 「一日市」は「ひといち」が一般的だが、「市」を省略して「一日(ひといち)」や、「日」を省略して「一ト市(ひといち)」もある。
 富山県南砺市の「一日市」は、なまって「していち」だ。
 「朔日市(ついたち)」は、「市」の読みを省いている。
 秋田県八郎潟町の「一日市(ひといち)」は、500年以上も続く一日市の盆踊で知られる。

 岩手県陸前高田市気仙町二日市(ふつかいち)
 岩手県紫波郡紫波町二日町(ふつかまち)

 京都府舞鶴市三日市(みっかいち)
 青森県八戸市三日町(みっかまち)
 山梨県甲州市塩山三日市場(みっかいちば)

 三重県四日市市
 秋田県横手市四日町(よっかまち)
 秋田県湯沢市相川四日市(よっかいち)
 新潟県三条市四日町(よっかまち)
 三重県の「四日市」は、高度経済成長期に四日市ぜんそくの公害問題が発生した。

 山形県新庄市五日町(いつかまち)
 秋田県大館市比内町中野上五日市(いつかいち)

 秋田県雄勝郡羽後町六日市(むいかいち)
 秋田県横手市平鹿町浅舞六日町後(むいかまちうしろ)
 新潟県長岡市六日市町(むいかいちまち)

増田の「七日町」は蔵の街並み
 秋田県横手市増田町増田七日町(なのかまち)
 秋田県横手市睦成七日市(なのかいち)
 山形県山形市七日町
 京都府舞鶴市七日市(なぬかいち)
 岡山県井原市七日市町(なぬかいちちょう)
 「七日」は、辞書によると「なぬか」が本来なのだが、現在では言いやすい「なのか」の方が市民権を得ている。
 秋田県横手市増田町の「七日町(なのかまち)」は、商人が築いた町並みや内蔵が今も残されていて、「蔵の町」として知られるようになった。(参考・増田町観光協会
 毎月2・5・9のつく日に、朝市通りで朝市が開かれる。
 増田の朝市は300年以上の歴史があるが、七日町なので、かつては7の付く日に市があったのかも知れない。

 秋田県横手市十文字町植田八日市(ようかいち)
 千葉県香取市八日市場(ようかいちば)

 秋田県大仙市長野九日町(ここのかまち)
 愛知県一宮市丹陽町九日市場(ここのかいちば)
 熊本県人吉市九日町(ここのかまち)

増田町の朝市
歴史ある増田の朝市

豪雪の町・新潟県十日町市
 新潟県十日町市
 秋田県横手市大森町十日町(とおかまち)
 新潟県十日町市十日町(とおかまちしとおかまち)
 広島県三次市十日市町(とおかいちまち)
 山形県山形市十日町(とうかまち)
 日本有数の豪雪地帯の新潟県十日町市は、棚田やブナ林で知られる。(写真1枚目)

 青森県八戸市十一日町(じゅういちにちまち)

 大分県日田市十二町(おおいたけんひたしじゅうにちょう)
 富山県氷見市十二町(とやまけんひみしじゅうにちょう)
 ここに掲げた「十二町」の由来が、市日と関係しているかどうかは、確認できていない。

 青森県八戸市十三日町(じゅうさんにちまち)
 広島県尾道市十四日町(とよひちょう)
 青森県八戸市十六日町(じゅうろくにちまち)
 青森県八戸市十八日町(じゅうはちにちまち)
 「十四日(とよひ)」は、読みやすさからの転化か。
 「十五日」、「十七日」、「十九日」が見当たらない。

 広島県廿日市市
 青森県八戸市廿三日町(にじゅうさんにちまち)
 青森県八戸市廿六日町(にじゅうろくにちまち)
 岩手県久慈市二十八日町(にじゅうはちにちまち)

「廿九日(ひづめ)」と「日詰(ひづめ)」
 石川県鹿島郡中能登町廿九日(ひづめ)
 角川日本地名大辞典によると、『廿九日(ひづめ) 晦日とも書く。地名の由来は樋詰の転化と見る説と、古代の越蘇郷院内住人の馬場の蹄跡多きによる説とがあるが不詳。』などとある。
 旧暦では大の月で30日、小の月で29日が月末となり、それぞれ日が詰まった日である。
 「日詰」の他、「比詰」、「樋詰」、「樋爪」、「飛詰」など様々あり、いずれも「ひづめ」と読む。
 秋田県男鹿市船川港比詰(ひづめ)
 秋田県大館市比内町独鈷日詰(ひづめ)
 岩手県紫波郡紫波町日詰(ひづめ)
 富山県氷見市日詰(ひづめ)
 富山県高岡市樋詰(ひづめ)
 京都府向日市上植野町樋爪(ひづめ)
 兵庫県川辺郡猪名川町広根飛詰(ひづめ)

 石川県金沢市に「蚊爪町(かがつめまち)」があり、石川県の地名集にその由来がある。
 『蚊爪(かがつめ) 「かがつめ」とは「日々詰」で、「日詰」と同じく、月末に市がたつことを意味する。』
 また「樋詰(ひづめ)」は、月末の29日を「ひづめ」と呼び、定期市などを開くのが語源との説がある。(参考・名字由来net

「四十日(しとか)」と「四十物(あいもの)」
 新潟県南魚沼市に「四十日(しとか)」があり、その由来は、昔、毎月4と10の日に市が開かれたことにちなむ、という。(参考・角川日本地名大辞典)
 新潟県佐渡市相川に「四十物町(あいものまち)」がある。慶長年間に四十物(あいもの)商人が集まって住んだことに由来する。(参考・角川日本地名大辞典)
 四十物(あいもの)とは魚の塩漬けのことで、鮮魚と干物とのあいだのものなので、「あいもの」と呼称するようになった。それが四十種に及ぶことから「四十物」という表記になったと言われる。(参考・ニコニコ大百科-四十物






Last updated  2017/03/07 05:00:04 PM
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2017/03/06
カテゴリ:歴史あれこれ
桂瀬の四十八滝
桂瀬の四十八滝(秋田県北秋田市)

大仙市の「四十八(しじゅうはち)」は清水の里
 「四十八」地名を集めてみた。
 秋田県大仙市上野田四十八(しじゅうはち)
 愛知県豊橋市山田町四十八(よつや)
 広島県廿日市市大野四十八坂(じゅうはっさか)
 愛知県知多市日長四十八田(しじゅうはちだ)

 菅江真澄は月の出羽路・上野田邑(こうずけたむら)の項で、
『四十八村 この村に四十八個所の寒泉あり。そもそも、四十八清水邑といっていたが、長くて呼びにくいので清水を省き、しじゅうはちむらというようになった。(筆者。現代語訳)』と記している。
 岩手県下閉伊郡山田町に四十八坂があるが、曲がりくねった坂がいくつも続いた難所で、この名前が付けられた。
 愛知県豊橋市の四十八は「よつや」と、珍しい読み方をする。

 浄土宗の教えに「四十八願 (しじゅうはちがん)」があり、法蔵菩薩 が仏になるために立てた48の願のことを指す。
 また名字にも「四十八願(よいなら)」があり、佐野市や足利市など栃木県に見られる。浄土宗の「四十八願」に由来するという。(参考・名字由来net|四十八願

 全国各地に「四十八滝」がある。
 四十八滝 秋田県北秋田市桂瀬
 鳳鳴四十八滝 宮城県仙台市青葉区作並
 赤目四十八滝 三重県名張市赤目町長坂
 宇津江四十八滝 岐阜県高山市国府町
 住田四十八滝 岩手県気仙郡住田町
 寺沢川四十八滝 遠野市宮守町宮守
 この中で最も知られているのは「赤目四十八滝」だろうか。
 「日本の滝100選」にも選ばれ、ハイキングの名所となっている。
 北秋田市桂瀬にある今木神社の四十八滝は、国道105号線から阿仁川を渡って程ない所にある。(写真上)
 周辺にたくさんの滝があるわけではなく、いわれや歴史などを知る人は少ないという。

 日光いろは坂は、「い」「ろ」「は」...と続く「48」ものヘアピンカーブが続く坂として知られる観光名所である。
 四十八手は相撲の決まり手数の俗称。
 花札の一組は48枚。
 無くて七癖あって四十八癖ということわざがある。
 なぜか、「48」のつくものは多岐にわたり、多々あることの代名詞にも使われているようだ。

「四十九院」は「しじゅうくいん」とも「つるしいん」とも
 「四十九」の付く地名も見られる。
 三重県伊賀市四十九町(しじゅくちょう)
 滋賀県犬上郡豊郷町四十九院(しじゅうくいん)
 石川県加賀市山中温泉四十九院町(しじゅうくいんまち)
 角川日本地名大辞典によれば、石川県加賀市と滋賀県豊郷町の「四十九院」は、行基菩薩が49か寺を建立したという伝説に由来するという。
 また、「四十九院」を「つるしいん」とする名字もある。(参考・四十九院」の名字の由来
 字地には見当たらないが、福島県伊達市保原町に「四十九院」という地があり、飴買い幽霊話が伝わる。

いろいろある「五十」地名
 「五十」の付く地名はバラエティに富み、読みも様々だ。
 まず、「五十」を素直に「ごじゅう」と読む地名を列挙する。
 秋田県横手市平鹿町上吉田五十田東(ごじゅうでんひがし)
 福島県南会津郡南会津町宮沢五十苅(ごじゅうがり)
 岩手県一関市五十人町(ごじゅうにんまち)
 愛知県稲沢市矢合町五十歩(ごじゅうぶ)
 千葉県南房総市和田町五十蔵(ごじゅうくら)
 福島県須賀川市小倉五十目(ごじゅうめ)
 「五十」の語尾を詰めて読む。
 秋田県秋田市上新城五十丁(ごじっちょう)
 福島県耶麻郡猪苗代町三ツ和五十軒(ごじゅっけん)
 宮崎県都城市五十町(ごじっちょう)
 福岡県福岡市南区五十川(ごじっかわ)

 「五十」を「ごと」と読む。
 愛知県豊田市西丹波町三五十(さんごと)
 福島県耶麻郡猪苗代町長田西五十滝(ごとおたき)

 「五十」を「いか・いが」と読む。
 秋田県由利本荘市五十土五十土(いかづち)
 山形県長井市五十川(いかがわ)
 新潟県佐渡市北五十里(いかり)
 新潟県上越市頸城区五十嵐(いがらし)
 新潟県東蒲原郡阿賀町五十島(いがしま)
 埼玉県本庄市五十子(いかっこ)
 富山県高岡市五十辺(いからべ)
 富山県高岡市五十里(いかり)
 静岡県藤枝市五十海(いかるみ)
 愛媛県今治市五十嵐(いかなし)
 「五十嵐(いがらし)」はよく知られた名字でもある。
 民俗学の広場に「五十嵐」の名字の由来が詳しい。
 『・新潟県中部に五十嵐川(いがらしがわ)や五十嵐浜(いがらしはま)がある。
 ・五十嵐川は古くから氾濫の多い川といわれていたが、「イカラシ」=「イカリ」で、溢れるという意味を持つ。
 ・新潟市の五十嵐浜がルーツという説もある。「五十」は「いそ」と読み、「磯」のこと。「いそあらし」が訛って「いそらし」「いからし」となった。
 ・語源は、アイヌ語の「物見台地」「吹き荒れる荒地」など諸説ある。第十一代垂仁天皇の皇子の五十足彦命(いかたらしひこ)がこの地を開拓したことによる。
 ・五十嵐は、古くは伊加良志と書き、アイヌ語で「見晴らしのきくところ」という意味。』

 「五十鈴」は「いすず」。
 山形県山形市五十鈴(いすず)
 三重県松阪市五十鈴町(いすずちょう)
 よく知られた三重県の「五十鈴川(いすずがわ)」は、伊勢神宮の聖地を流れる。
 五十鈴神社『宮司の社務日誌』によると、『清らかな美しい響き、という「濯(すす)ぎ」を語源とした説』が有力であるという。
伊勢神宮・御手洗場の桜
伊勢神宮を流れる五十鈴川の御手洗場

 その他種々の読みもいろいろ。
 山形県鶴岡市五十川(いらがわ)
 「五十川」の地名の由来は、五十は数の多いことを指し、「沢山の流れを集めて流れる川」の意味でもある、としている。
 山形県村山市五十沢(いさざわ)
 福島県福島市立子山五十保内(いさぼうち)
 新潟県新発田市五十公野(いじみの)
 石川県輪島市門前町五十洲(いぎす)
 栃木県足利市五十部町(よべちょう)
 「五十部」の名字の由来を見ると、
『伊与部・五百部とも書き、「いよべ」とも読んだ。地名の由来は、古代の余部郷にちなむという。』などとある。






Last updated  2017/03/06 05:18:55 AM
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2017/03/04
カテゴリ:歴史あれこれ
五斗蒔田桜
五斗蒔田桜(福島県郡山市)

「刈」地名と「百万刈」
 「五百刈」や「千刈田」、「五千苅」など「刈(苅)」の付く地名は数多い。
 歴史民俗用語 Weblio辞書によると「百刈」は『出羽最上地方で用いられた上地面積の単位で、田1反歩。』とある。
 最上地方に限らず、東北各地にこの表記が見られる。「刈」の数値も実に千差万別で、秋田県内だけでも次の例がある。
 秋田県秋田市金足鳰崎三十刈
 秋田県鹿角市八幡平五十刈
 秋田県男鹿市脇本樽沢七十刈
 秋田県南秋田郡井川町北川尻下田面八十刈
 秋田県男鹿市五里合琴川百刈田
 秋田県秋田市外旭川四百刈
 秋田県横手市外目五百刈
 秋田県横手市下境八百刈
 秋田県横手市平鹿町浅舞千刈田
 秋田県秋田市寺内三千刈
 秋田県能代市二ツ井町五千苅
 秋田県横手市百万刈

 山形県鶴岡市に「千束刈」という地名がある。このことから、束を省いて「千刈」などと呼称するのが一般的になったといえる。
 「百刈」を1反歩とすると、五十刈なら150坪、千刈田なら1町歩、五千苅なら5町歩となる。
 これが「百万刈」なら1,000町歩という、桁違いに多い面積となる。
 菅江真澄は自身の著・雪の出羽路に「百万刈」についてこう記している。
 『百万刈 この村は鵜渡川(うとがわ・大戸川の古名)の西にある。田を刈といい、「魚斗(魚へんに斗・石)」という。処々にその間違いがある。およそこれ(百万刈)をいうならば2万3千3百33石3斗となってしまう。(注;2万は3万の誤記か。)
 「百万刈は、百曲がりの俗言を、百万刈に書き記したことが由来であるといえる。」
 ある記録に、「古い制度に知行わりを百貫、千貫という。今、奥州などにこの呼称が残る。(中略)千坪を一貫という。たいてい十貫は百石、百貫は千石に当たる。上中下田により一定ではない。」と見える。』
 百万刈は、大戸川がくねくねと蛇行していたことから付いた地名という説である。それなら納得できる。
 しかし、大戸川はそんなに蛇行してはいない。
 この辺り一帯は、佐竹氏の出羽国入部に際して改易となった小野寺氏の旧臣(角間川給人)75人が久保田藩の許可を得て開拓した地であり、一気に耕地が増えたことから「百万刈」の地名が興ったとする説があってもいいような気がする。
大戸川と百万刈
大戸川の左岸に百万刈

貫高制の地名
 江戸時代は武家の知行高を「石」で表わしていたが、より古い時代は貫高制だった。
 田の収穫量を通貨に換算した「貫」を単位にしたわけである。
 その名残から、東北地方に田の収穫量に関連した「貫」地名も存在する。
 宮城県多賀城市八幡六貫田
 岩手県一関市花泉町永井八貫
 青森県十和田市洞内五十貫田
 宮城県登米市米山町中津山千貫

 秋田県大仙市九升田は、収穫量がそのまま地名になった。

種蒔き地名
 種籾を蒔く量から田の面積を表わした地名も存在する。
 福島県田村郡三春町実沢大一斗蒔田
 愛知県豊田市篭林町三斗蒔
 福島県福島市瀬上町四斗蒔
 福島県郡山市富田町五斗蒔田
 福島県南相馬市原町区江井九斗蒔

面積そのままの「反田」と「町田」
 田の面積そのままの地名も数多い。
 岩手県二戸市浄法寺町一反田
 岩手県一関市山目三反田
 青森県弘前市高杉五反田
 福島県いわき市四倉町長友七反田
 秋田県湯沢市上関八反田
 青森県弘前市一町田
 愛知県西尾市一色町池田三町田
 茨城県行方市五町田
 京都府亀岡市宮前町宮川七町田
 町田市ホームページ町田市の歴史(れきし)によると、一説に『「町」は田んぼの区画のことで、「町田」は区画された田んぼという意味。』とある。

「石」は近世に定着
 室町時代までは、米高(年貢高)や貫高(かんだか)、蒔高(まきだか)、刈高(かりだか)などが用いられていたが、それを統一したのは豊臣秀吉である。
 秀吉は、いわゆる太閤検地によって確定した石高を基準とするようにした。(参考・コトバンク-石高制
 徳川家の直轄領は800万石、加賀藩の前田家は100万石、薩摩藩の島津家は73万石、秋田藩の佐竹家は20万石だった。
 石高がそのまま地名になった地もある。
 京都府京都市山科区小山一石畑
 北海道日高郡新ひだか町三石稲見
 石川県羽咋市鶴多町五石高
 福島県いわき市富津町八石
 福島県相馬市山上十石
 新潟県燕市五千石
 燕市の五千石は、かつて五千石村で、いかにも穀倉地帯らしい地名である。
 長野県に五千石街道がある。






Last updated  2017/03/04 09:12:13 AM
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