時間旅行はいかが?時間旅行はいかが?『三丁目の夕日』といふ漫画があつて、作者は西岸良平氏。 長期連載中で、はて何十年になるのやら。 昭和30年代を舞台としてゐて、そこには昔の日本の姿が描かれてゐる。 停電はしよつちゆうあつた。 マイカーなんぞ高嶺の花だつた。 傘は一家に1本しかなかつた。 「遊びに行きたし、傘はなし」は普通のことだつた。 電話のある家なんて特別の金持ちだけだつた。 テレビのアンテナのある家は近所に自慢ができた。 便所は汲み取りだつた。 便所紙は黒い落とし紙だつた。 便所の電球は豆球だつた。 薄暗いおかげで汚いものも見ずに済んだ。 服はお下がりが当り前だつた。 蠅取り紙が部屋ごとに下がつてゐた。 蠅取り紙には蠅が黒々とくつついてゐた。 窓ガラスは割れたのをビニールテープで貼りつけてゐた。 割れガラスは恥ではなかつた。 当り前だつた。 洗濯板で洗濯をしてゐた。 流し場にはナメクヂがうようよゐた。 道路は砂利道だつた。 屋根はトタンだつた。 雨が降ると雨漏りがした。 雨漏りの水を洗面器で受けた。 音がしないやうに手拭ひを敷いた。 内風呂はなかつた。 銭湯に行つた。 乞食がゐた。 あげるお金は5円だつた。 エアコンなんてもちろんなかつた。 扇風機もなかつた。 冬は練炭こたつだつた。 布団には湯たんぽを入れた。 学校では石炭ストーブが赤々と燃えてゐた。 豊かではなかつた。 いまから比べれば不便ではあつた。 しかし、それで、いまよりも不幸な生活だつたのか? お察しの通り、私は北朝鮮の生活について語つてゐるのである。 北朝鮮は豊かではない。 昭和30年代の日本が豊かではなかつたやうに。 しかし、それだけが幸福の尺度ではなからうといふことだ。 そんな昔の話は、といふ向きのために携帯電話を例に取る。 携帯電話のなかつた頃のことならばまだ覚えてをられるだらう。 いま、携帯電話のない生活は考へられない。 携帯電話のある便利さを捨てることなぞもう出来はしない。 しかし、ついこの間まで携帯電話なんてなかつたのだ。 それでみんな普通に暮してゐたのだ。 インターネットもさうだ。 いまの私にはインターネットのない生活なぞは目と耳を塞がれたやうにしか思へない。 とても生きてはいけないと思ふ。 でも、ついこの間までインターネットなんてなかつたのだ。 それでみんな普通に暮してゐたのだ。 北朝鮮旅行は時間旅行(タイムトラベル)の旅でもある。 昭和30年代の、あるいは戦前の日本の姿がそこにある。 物質的な意味だけではない。 社会構造も政治体制も「過去」がまさにそこにある。 「時間旅行はいかが?」 北朝鮮旅行のキャッチコピーを作るとしたらこんなコンセプトが宜しからうと云爾(しかいふ)。 (17.8.29記す) |