バリでの出来事50「すまない・・遅くなった」ジェミンが帰ると、ダイニングテーブルの上がきれいに片づいていた。 スジョンの手料理を楽しみにしていただけに、ジェミンも残念そうに聞いた。 「夕食は?」 「食べたわ・・」 「あぁ~~、あのジジイ、何でこんな日に限って・・」 ネクタイをいらだたしく取りながら、ジェミンが叫んだ。 何故か顔を会わさないように、横を向いて座っているスジョンに、ジェミンが聞いた。 「おまえ、ヨンジュにばらしたのか」 「何を」 「この部屋のことだ」 スジョンはフッと力無く笑った。 「何か言われたのね」 「ばらしたのか?」 「ばれても、何も変わらないって言ったでしょ」 「だからって、わざわざばらすことはないだろう」 ジェミンの声も荒くなってきた。 「ばれて困っているのね・・・邪魔なら出ていきましょうか」 「ふざけるな」 「いいわよ、困っているんだったら出て行くわ」 スジョンは立ち上がってクローゼットを開け、持ってきた衣類をバッグに詰め始めた。 「やい、スジョン。何をしている、ここに来て座れ・・・聞こえないのか。」 それでも荷造りをやめないスジョンに、ジェミンが怒鳴った。 「俺に恥をかかせる気か。ここに来て座れ」 スジョンはさっさと荷造りを終えると、ジェミンから預かっていたゴールドカードをテーブルに置いた。 「さようなら」 荷物を持って出ていこうとするスジョンの腕を、ジェミンが力一杯引っ張っると、 その拍子に持っていたバッグがその場に落ちた。 そして、ベッドの上にスジョンを押し倒した。それでも起きあがろうとするスジョンを、ジェミンは押さえつけた。 ジェミンに腕を押さえつけられたまま、スジョンが言った。 「貢いだお金が惜しくなったの?」 ジェミンは黙っていた。 「元が取れなくて悔しいの?・・・それなら好きにして」 スジョンは顔を背けた。 ジェミンは押さえつけていた腕を離して 「全く・・なんて言う女だ。ああ、好きにしろ。出て行くなら出て行け、止めないからな」 と言った。 すると、スジョンはすぐに起きあがり、すぐさま荷物を持って出ていこうとしていた。 ジェミンはその姿を見て、たまらずもう一度スジョンの腕をつかんだ。 その瞬間スジョンの顔を正面から見て、ジェミンは驚いた。頬が赤く腫れ、唇が切れて血がにじんだあとがある。 「おまえ・・その顔はどうした」 ジェミンの顔が驚きと不安でいっぱいになっている。 「あんたの婚約者に聞けば?」 そう言ってスジョンは、荷物を持って部屋を出た。 ジェミンは愕然として、スジョンを黙って見送ることしかできなかった。 スジョンは外に出て改めて豪華なマンションを見上げ、やっと見つけた幸せだと思ったが、 それは儚いつかの間の夢だった事を痛いほど感じていた。 (いつも幸せに手が届かない・・・) スジョンはひとりマンションを後にした。 残されたジェミンは、何がスジョンの身に起きたのか、おおかたの察しがついていた。 ひどいめに遭って、俺を待っていたにもかかわらず、問いつめてしまった・・・ ジェミンはスジョンを呼び戻そうと慌てて携帯に電話をしたが、スジョンの携帯は部屋の中で鳴った。 スジョンは携帯も持たずに出ていってしまったのだった。 ジェミンは思わずスジョンの携帯を見た。1番の短縮には一番大切な人の電話番号が入っているはずだった。 ジェミンがおそるおそる1番を押してみると、カン・イヌク・・・携帯にその名が現れた。 ジェミンは胸が張り裂けそうだった。 やっぱりあいつの事が好きだったんだ・・・(俺の想いが届かない・・)ジェミンはスジョンの 携帯を唇に押しつけて、泣いた。そして、思わずスジョンの携帯を投げつけた。 スジョンはマンションを出てきたものの、今更イヌクが隣に住むミヒの家には帰れないと思い、 場末のビリヤード場でアルバイトをしている兄を訪ねた。 しかし、兄は借金の取り立てにあったときに敷金まで持って行かれ、今ではビルヤード場で 寝泊まりをしている有様だった。 他に行く当てのないスジョンは仕方なく、ミヒの家に向かった。 足音をたてないようにそっとイヌクの部屋の前を通り、鍵を開けようとして鍵を忘れてきた事に気がついた。 スジョンは、イヌクに気付かれないように、小さな声でミヒの名を呼んだ。 「ミヒ・・ミヒ」 イヌクは眠れずにベッドに横になっていたが、スジョンの声が聞こえたような気がした。 「ミヒ・・・ミヒ」 イヌクは空耳だと思い固く目を閉じたが、今度はドアを開けようとする物音が聞こえたので、飛び起きて外に出た。 するとそこにはスジョンが立っていた。 「何をしているんだ」 スジョンはバツが悪そうに聞いた。 「もしかして、ミヒの部屋の鍵を持っていませんか」 イヌクがスジョンの足下を見ると、出ていくときに持っていたバッグが置いてあった。 ミヒが留守で部屋に入れないスジョンを、イヌクは自分の部屋に入れた。 温かなコーヒーをつくり、スジョンにわたした。 「もう帰ってきたのか・・・いくらも経たないのに。その顔はどうした?」 スジョンは黙ってうつむいた。 「人生やってみないとわからないというが、こうなることは最初からわかっていた」 それでもスジョンはだまったまま、何も答えられずにいた。 「今日はもう遅い。今夜はここで寝ろ」 そう言って、イヌクは立ち上がり上着を手にした。 「散歩してくる」 ドアノブに手をかけながら、イヌクがつぶやいた。 「俺もおまえに・・・会いたかった」 そして、ドアを開けて外に出た。 スジョンはこらえていた涙が、とめどもなく溢れ一人泣いた。 ジャンル別一覧
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