高齢化社会以後
年をとった。夢も希望もなくなった。いや、そうでもないぞ。夢はかろうじて残っている。寝て見るやつにかぎるけどな。年寄りにはちょうどよい。寝たきり老人になっても退屈の心配はないからな。だが、一つ困ったことがある。夢はこちらからは選択できない。悪夢ってやつがあるからな。そうだ、バクを飼おう。あいつを一匹、夢の中に飼っていれば安心だ。悪い夢はすべて喰ってくれるはずだ。と、思ったがどこのペットショップにも売っていない。仕方なく知り合いが経営している動物園で、バクではないが、要らなくなったアリクイを一匹譲ってもらった。こいつも相当の年寄りでいつも涎を垂らしてやがる。こいつの寿命もおれとどっこいどっこいだな。先ずはこいつに睡眠薬を飲ませて眠らせる。それから、おれが飲むのだ。アリクイのやつ寝こけやがった。いいぞ、おれも眠くなってきた。今だ!!アリクイのケツをこのベルトで思いっきり打ってやった。そうら、思い通りだ。慌てておれの夢の中へ入り込んできやがった。斯くして、夢の中に似非バク(アリクイ)を飼うことには成功したのだが、この年寄りは少々認知症の気があるようだ。良い夢も悪い夢もみんな喰っちまう。だから、おれは寝ていても起きていても何時も退屈で退屈で仕方がない。と、そんな時、何処からか、朗報が飛び込んできた。不老不死の薬が開発され実用化が決まったのだ。市役所で手続きをすませると、俺はすぐ保健所で注射をしてもらった。人間の命なんてものは訳の解らんものには違いないが、案外簡単なものだなと思ってしまう。なんだ、なんだ、マスコミはまだそんなことばかり報道しているのか。なになに、この注射は一生に一度しか受けられない?そうか、何度注射しても害があるわけではないが、最初に受けた注射の効果しかないのか。なるほど。赤ん坊に注射したら赤ん坊のままで一生暮らさなければならない。そういうことになるな。だから、20歳に達した者のみに自らの注射の時期を決定することができる。ふむふむ、それも一理あるな。だが、18歳の時が一番可愛い女性もいるはずだ。20歳になってしまってからでは手遅れの場合はないだろうか?まあ、そんなことは小さなことだ。んんん・・そうだったのか。早い者勝ちだと聞いたので、急いで注射してもらったのだが・・。つまり、科学技術には限界があって、不老不死の製剤はできても若返りの薬は永遠に不能だということが解明された、だと。と言うことは、おれは一生、今の状態、このヨボヨボのままで暮らさなければならないってことかよ。”一生”と言う言葉さえも死語になっちまったのかよ。不老不死、つまり”死”の選択権も永遠に失ったまま、この不治の退屈、永遠の退屈が、あの注射一本で約束されたということになるわけだ。マスコミの雑音が、今もこの俺の老いた内耳に反響して眠れやしない---みなさん、科学技術の発展は、そして科学の平和利用の成果には素晴らしいものがあります。何十年も連続で続いていた我が国の3万人もの自殺者を、一瞬にしてゼロにしてしまったのですから。我々は死というものから解放されました。人間の命は水のようなものに化したのです。斬っても斬っても瞬時に命を繋ぎとめる永遠の有機体となったのです。首つり自殺などありません。瞬時に蘇生しますから。バラバラ殺人なんてあり得ません。すぐに再生しちゃいますからね。今や科学は人類から犯罪を遠ざけました。真の幸福をもたらすことができたのです。