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https://www.asahi.com/articles/ASM3Q5J3YM3QPOMB013.html
記事によると・・「キトラ古墳(7世紀末~8世紀初め)の石室に描かれた極彩色壁画のうち、泥に覆われた壁面の漆喰に、獣頭人身の十二支像の「辰」が残っている可能性のあることが、X線画像等でわかった・・」という。 この古墳については、だんだん色んなことが分かってきたようだ。 こういう極彩色の古墳は、中国の唐代の高宗・則天武后の墳墓を模したものと考えられる。 まあ、規模的には、かなり大きな差があるが・・ 唐代の皇帝 高宗の墳墓の墓群は、梁山という山そのものを墓に見立て、東西1450m、南北1580mもあり、そこまで行く参道には各国使節、馬・朱雀などの石像が、その左右に立ち並べられている。 その一族の太子墓では、東西南北55mの方墳で造られ、地下15mの深いところまで掘り、墓道から墓室までの距離が100mを超える。 その墓室に至るまでには、墓道、過道、天井・俑道・小ガン(上に合、下に龍と書く)、そして前室があり、墓道・過道・天井・甫道・前室・後室には、壁画が飾られている。 壁画は、全部で40幅(面)あり、その小ガン(小部屋みたいな大小の穴:墓道の両脇に4つずつ造られた)には、加彩や三彩の俑などの副葬品が収められていて、その数は総計905点にものぼるという。 遣唐使が持ち帰った?二彩や三彩などの明器(瓶・鉢・皿・碗)は、正倉院にも収められている。 この頃の灰陶俑(加彩俑)や三彩俑を幾つか持っているが、どうなんだろうね~^^。 レプリカかな~・・ この時代の歴史は、ホント興味深い。 ・ ・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2019.03.23 13:58:13
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