テーマ:ささやかな幸せ(6742)
カテゴリ:「コラム」
おもてなしのこころ
![]() 昨日、うちに『お客さん』が来る予定であった。 結局彼女は来なかったのだが、 朝から天気が優れないこともあり、 子どもたちを周りで遊ばせながら、掃除を始めた。 最初、少しずつやっていたのが、 どんどん大胆になり、 しまいには半そでで掃除と『格闘』していた。 お客さんが来るから、掃除する。 とは、どんなものなんだろう? 汚くしているのが恥ずかしいから? 少しでもいい格好がしたいから? 相手にもよるだろう。 だってお姑さんなら完全に「文句封じ」だもんね。 それが友人の場合、完全に「おもてなし」の一部なんだなぁ。と思う。 気持ちよく来て貰って、気持ちよく楽しんで貰う。 おいしいお茶菓子や、コーヒー あっそうそう、このスリッパ出そうかな・・・と・・・ そんなことをやっているときに、ふと、『楽しみ』を感じる。 話が変わるが、私は『プレゼント』を選ぶのが好きだ。 最近はあまり送る友人も少なくはなってきたが、 (県外にお嫁に来たため) それでも、少しの暇?隙を見ては、何かを贈る。 サプライズの『笑顔』が大好きだからだ。 大概、私が贈るものは『日用品』 日々使っていけるもの。 先日も友人に『こがたのミトン』を贈ったのだが、 彼女のうちに遊びに行ったとき、そのミトンが ちょこん、と 彼女のうちの片隅に飾ってあって、嬉しかった。 ああ、このうちの子になれたのね。と嬉しかった。 学生時代、好きな人に『ベルト』を贈った。 高価なものは買えないころだったが、それでもと思い。 卒業まで、彼はそれをしてくれた。 思い出すと、 すっぱくてくすぐったい思い出である。 今、現在私には3人の子どもたちが居る。 ちっさいナイトたちだ。 この3人がまた、たのしい。 体いっぱいで、私を頼りにしてくれる。 頭はまだ4歳、3歳、1歳半・・・のちびっ子だから、いか仕方ないが。 いつも両手をいっぱいに広げ、文字どうり、体当たりしてくる。 『ママ~~~~!!!!』と。 彼らは、その飛込みをよけられたり、拒否されるなんて事は微塵も考えずに飛んでくる。 その勢いはかなり、痛い。 彼らのために食事を作り、食べてもらい、口を拭く。 片つけて・・・・また作る。 ふかふかの布団の寝床を作り、くすくす笑いながら包まる。 絵本を読んで、一緒に寝る。 ほかの哺乳動物とおなじ。 まさに、母と子が寄り添って『生息』している。 そんな彼らに、ファインダーを向ける。 そうすると、最高の笑顔でこちらに笑いかけてくれる。 そのたびに思うのだ。 『ああ、この子達に 愛されている と。』 いいお顔を私に見せてくれる。無条件に、無防備に。 私も同じ。 この子達を見ると自然に、笑顔になる。 『おもてなし』って 『相手を思いやる』 『愛情』なんじゃないかなって思うのです。 純粋に相手を思う、無償の愛。 そういうことの繰り返し。 愛情のラリー。 そういうことをやめない限り、 いい気分で毎日過ごせる。 いやだと思うことも、少しがんばってみる。 努力するのは、自分への愛情。 その先には知らない世界が待っていて新しい自分になれるかもしれない。 昨日とは違う自分。 なんて激変は実は無いから、毎日、少しずつ・・・こつこつと。笑 と、今日も息子たちに『ハグ』 しながら、 実は大きな愛情ではぐくんで貰っているのは 息子たちに『ハグ』して 貰っている のは 『自分=ワタシジシン』 ではないかな?と思っている、私の日々です。 息子たちよ。いつももてなしてくれて、ありがとう。 たとえそれが 泥だらけの洋服を洗うことでも、 洗える幸せが確かにそこにあるのです・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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