白い森

[銀英伝二次創作] カテゴリの記事

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• 夜の鎖　21

  9月のある日、ラインハルトはヒルダと昼食を取っていた。「では陛下、その件につきましては後程ご報告させて頂きます」「うむ」席を立ち、礼をしようとするヒルダは異変を感じた。「　　　　　？」「フロイライン・マリーンドルフ！？」テーブルの脇で膝をつくヒルダにラインハルトが駆け寄った。「･･･あ、申し訳ございません陛下。急に立ちくらみが致しまして････」「大丈夫かフロイライン？」ヒルダはラインハルトの手を借り立ち上がると、心配そうな若き皇帝に少々ぎこちなく笑んだ。「はい陛下、今は大丈夫な様です。ありがとうございました」尚もラインハルトは心配そうだ。「もしや疲労だろうか」ヒルダは責任ある職に就いている。遺憾無くその才能は発揮されているものの、もしや彼女に仕事をまわしすぎたのではないだろうか。さらに彼女は仕事後のプライベートな時間も自分と共に過ごす為に割いている。ラインハルトは急に心配になった。ヒルダは皇帝の心中をほぼ正確に読んだ。（陛下を不安にさせてしまった････。倒れるなら一人で倒れればよかったわ）心の中で舌打ちしたい気分だ。しかしいくらヒルダでも具合が悪くなるタイミングなど選べるはずがない。気を取り直し、ラインハルトと視線を合わせもう一度笑みを浮かべた。「もう大丈夫です。おかげさまで落ち着きました」「そうか････」幾分顔色の戻ったヒルダの笑顔にラインハルトは安堵のためいきをついた。「それでは失礼致します」今度こそラインハルトに一礼すると、ヒルダは自らの執務室へ向かった。（最近目眩が続くわ･････。風邪かしら）新帝国歴二年九月、この様な不吉な流言がフェザーンの帝国首脳陣の耳にも入る様になった。『新領土総督オスカー・フォン・ロイエンタール元帥が皇帝に叛意を抱いている』以前にも流れた噂だ。そしてそれはラインハルトによって既に否定されている－はずだったのだが。そんな中でロイエンタールからハイネセンへの招請状が届いた。「予はハイネセンへ行く」ラインハルトの決定は、彼の性格を考えれば当然と言える。オーベルシュタインをはじめとして幕僚達は反対したが、ミュラーとルッツを随員とし、出立を決めた。「フロイライン・マリーンドルフは今回同行しないのですか？」ミュラーのその問いかけに、ラインハルトは眉を動かしたが、「彼女は昨今体調がいまひとつよくない。ワープが彼女の身に負担をかけるであろうから」と、理由を述べた。そう告げたラインハルトの物憂げな表情を目にした者達は、（心配なのですね、フロイラインが）と、例外なく思った。ヒルダはその日、ラインハルトの執務室に呼ばれた。「フロイライン、予は今月下旬から新領土へ行く」「うかがっております」「今回、あなたにはフェザーンに残ってもらう」「････はい」碧緑の瞳に落胆の色がさした様に見えたのは、ラインハルトの気のせいだろうか。「それで、予がフェザーンに戻って来るまでに、先日の件についてもう一度再考しておいてほしい」ヒルダはハッとした。「先日の件とは予が貴女に求婚した件だ」彼女が息を飲んだ音が聞こえた気がした。ラインハルトは両頬が熱くなるのを感じた。「は･･･い」動揺して、短い返事を返すだけで精一杯。ヒルダはそんな自分を少々情けなく感じる。それでもラインハルトは満足したのか頷いた。気を取り直しヒルダは口を開いた。「どうぞお気をつけて行ってらっしゃいまし」情感がこもった声に、ラインハルトも微笑寸前の表情を浮かべる。そして思い出したかのように不意に言った。「それから････暫く会えなくなるので、今夜貴女の時間を少し頂けないだろうか」新帝国歴二年九月二二日、ラインハルトは新領土へと出発した。

  2008年11月05日

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• 夜の鎖　20

  それからというもの、ラインハルトはヒルダの温もりを度々求めるようになった。元々皇帝近くに配置される近侍達は、口が堅い者が選ばれているので、彼らから噂が洩れるような事はない。皇帝が幕僚総監に花束を贈ったらしいという噂も、その後続報がなかったせいか将官らから忘れられている。二人は穏やかな時間の中、秘密の逢瀬を重ねることが出来た。「皇帝陛下、フロイライン･マリーンドルフがおみえです」「通せ」先日、補給担当の下士官が物資を不正に横流ししている事が発覚した。ヒルダはその報告書を提出する為に皇帝に目通りを願ったのである。重厚な机の前でヒルダは挨拶をする。「お忙しいところ申し訳ございません、陛下」よどみなく事情説明をするヒルダを見て、ラインハルトは彼女の知性にも惹かれていると実感する。彼は昔、貴族の令嬢達は頭がバターで出来ていると思っていた。しかしヒルダは違った。ある日突然ラインハルトの前に現れ、貴族の娘に対する思い込みをひっくり返した。あの頃を懐かしく思う。この様な下らない不正について語るより、政戦両略について語る時のヒルダの瞳の輝きを見たいな、と思った。「では、この報告書の写しを当該部署にまわします」「うむ」開けていた窓から風が通る。「気持ちいい風だな･･･」「ええ。そろそろ秋が近いのでしょうね････」その時一陣の風が吹き、ラインハルトのデスクの上の書類が部屋に舞った。ヒルダがそれを拾い手渡した時、二人の手が触れる。「･･･････！！！」「！！！！」二人とも赤くなって手を引っ込める。「フロイライン、顔が赤いぞ」ラインハルトがからかう。「陛下こそ」ヒルダも赤い顔で果敢に反論した。「夜の貴女はもっと素直だったが」「陛下･････！」常に冷静な幕僚総監の慌てぶりに、ラインハルトは声を上げて笑ったのだった。

  2008年10月28日

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• 夜の鎖　19

  「フロイラインはいい匂いがする･･･」行為が終わった後、同じシーツにくるまりながら、ヒルダのくすんだ金髪に顔をうずめた。こうしていると想いが通じ合った恋人たちのようだが、ラインハルトは自分の気持ちを掴みかねているので、恋人とは呼べないだろう。ならば自分達は何？とヒルダは考える。（覇王の愛人？）しかも片思いの。ヒルダは心で自嘲した。それでも離れがたかった。時を一時間程度遡る　　　　　。「フロイライン・マリーンドルフ！予と結婚してほしい！」息遣いが正常に戻ると、銀河帝国皇帝は帝国軍幕僚総監にいきなり結婚を申し込んだ。どうやら呼吸を整える間に色々考えたらしい。色々考えた結果がまたこれ（求婚）というのは少々短絡的なのではないか、とヒルダはちょっと照れながら思う。好きな男性から求婚されればどんな女性でも嬉しいだろうが、ヒルダの場合、義理でプロポーズされているので複雑な心境だ。余談だが、太陽は一日の仕事を終えて沈みかけている。二人共初心者の為、存外手間取ったらしい。「陛下、陛下が責任をお感じになる事はございません。それより･･･あの、長居すると周囲に気付かれますので、そろそろおいとまします」ヒルダは部屋の外に待機しているであろうキスリングやエミール、自分の従卒が不審に思うのではないかと心配しているようだ。ラインハルトはそれを聞いて目を丸くした。もうキスリングもエミールさえもとっくに気付いているだろうに。（フロイライン・マリーンドルフに言うべきなんだろうか）オロオロしてるヒルダは何だかほほえましい。こうやって甘く穏やかな時をもう少し味わいたいと思う。あの夜はただただ嵐の様に貪ってしまったから････。だからラインハルトはそれを教えずに、別の提案をした。「もう少ししたら、服を身につけコーヒーのおかわりを持って来させるとしよう。それなら議論が白熱したと思うのではないか」ヒルダは『本当にそうかしら』と思いながらも了承した。彼女もラインハルトとこうする時間が貴重に思えたので　　　　。そして現在に至る。「陛下っ」髪をいじられたり匂いを嗅がれたりされくすぐったいヒルダは、シーツの中でラインハルトの方へ向かい合った。顔を赤らめ困り顔のマリーンドルフ伯爵令嬢を見て、皇帝は破顔した。二人共どうみても公的な顔ではない。ヒルダはため息をひとつつくと、口を開いた。「陛下はそのままお休み下さいまし。わたくしはそろそろ戻りませんと･････」オレンジ色と闇色混じり合っている空を窓越しに見上げる。明かりを点けてないこの部屋も、結構暗い。ヒルダはシーツを巻き付けて上体を起こした。「ではそろそろ偽装工作をするとしようか」ヒルダがまた顔を赤らめた。（今日の陛下は意地悪だわ）賢明にも口には出さなかった。身支度を整えた頃、エミールがコーヒーを持って来た。罪悪感を伴いつつ、ヒルダもラインハルトも平静を装った。ちなみに彼が尊敬する二人共、あまり演技が上手とはいえなかったらしい。コーヒーを給仕したエミールは、退室後笑いを堪える事に苦労した。なんとほほえましい恋人達だろうと。

  2008年10月22日

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• 夜の鎖　18

  皇帝の指先が閃く度に、ヒルダは声を上げる羽目になった。（前回となんか違う････！？）一夜の経験で身体が学習していたのか、ヒルダの身体はあの夜に比べて快感を拾い易くなっているらしい。「　　　　　！！」指が偶然敏感な芽に触れると大きな反応を返した。ラインハルトはそれに気付くと集中的にその部分を虐めだす。「嫌･･･！あっ！あん！駄目です！待って････！」ヒルダは混乱した。前回はこんな風じゃなかった。一度頭を整理させてほしいと思う。「やっ！もうお許し下さいっ･････！」あの夜は月明かりの中でヒルダを抱いた。今日は夕闇とはいえ、視界が向上している。ラインハルトは常に冷静なヒルダの乱れる様子に引き付けられていると自覚した。美しい少年の様な幕僚総監がシーツや枕にしがみつき必死に快感に堪えている姿は、ラインハルトに確かな興奮を齎す。「陛下あ･････！」ヒルダがラインハルトを呼びながら身体を弓なりに反らす。そろそろラインハルトも限界を感じた。指をずらし、自分を受け入れてくれるであろう場所に辿り着く。「濡れているな･･････」ラインハルトが感心したように呟くと、ヒルダの顔がさらに赤くなった。 それを見て破顔すると、指を少しずつ侵入させた。途端ヒルダの表情が強張る。「怖いか？フロイライン」ヒルダは目をぎゅっとつむり首を横に振る。息を吐きなんとか身体から力を抜こうとした。そんなヒルダを見て、ラインハルトの胸に暖かい感情が泉のように溢れる。前回の自分はヒルダを気遣う余裕もなく、ただただ彼女の献身に慰められた。そして今はあの時より数倍の引力でヒルダの身体に夢中になっているらしい。早く彼女と一つになりたいと思う、焦りを内包した願望と、彼女を大事にしたいという願望がラインハルトの中で相克している。指を二本に増やすと、ヒルダは短く呻いて身体を反らした。もう限界だと思う。彼女の中が多少慣れてきたと感じると、ラインハルトは自身を宛てがった。ヒルダが息を飲んだ。「貴女をまた苦しめてしまうかもしれない。許してほしい」ラインハルトは興奮と罪悪感が混在した表情で告げる。ヒルダは潤んだ瞳で頷いた。「････････！！！」ラインハルトの砲身が少しずつ内部を侵してくる。慣らしたとはいえ、やはりその衝撃は激しい。声も出すことが出来ずにヒルダの身体は強張った。それに気付いたラインハルトは慌てて身体を退こうとする。ヒルダを傷つけたいわけではないのだ。すると今までシーツを握りしめていたヒルダの手が、ラインハルトの腕に触れた。「大丈夫です･･･っから、続けて下さいっ････！」痛みに堪える表情をしながらも、退こうとしたラインハルトを引き止める。「フロイライン・マリーンドルフ････」痛みと違和感に喘ぐヒルダの手の平を掬いとるとくちづけを落とす。意を決してさらに内部に侵入し、二人は最後まで繋がった。ヒルダが目を開けると、ラインハルトが心配そうな顔をしている。そんな顔しないで下さい。痛いけど大丈夫。堪えられる。そう伝えたいのに口を開くと悲鳴を上げてしまいそう。こんな時に無礼かしら、と思いながらヒルダはラインハルトの頬を震える指でなぞった。ラインハルトは己の顔を辿るヒルダの指を握ると動き始めた。最初は気を使いながらゆっくり往復していたが、段々我慢出来なくなり速度が増していく。ヒルダももう声を堪える事が不可能になり、ラインハルトが動く度に痛みとも快感ともつかない声を上げ始めた。「貴女の中は素晴らしいな･････」とろけたような声で囁かれただけで、ヒルダは感じた。ラインハルトは限界を感じ取るとヒルダの肩を掴みさらに激しく突き上げた。「フロイライン･････！」そしてヒルダの温かい身体に崩れ落ちた。

  2008年10月19日

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• 夜の鎖　17

  夕闇の中、白い上質なシーツに散ったくすんだ金髪。スカーフが襟元から引き抜かれた。寒色系のスカーフが目の前を舞ったと思ったら首すじに風を感じて首を竦める。皇帝は幕僚総監の頬を白磁の様な指で辿った。「フロイラインの頬は温かいな」こんな時なんと返事すればいいのだろう。ヒルダは鼓動と疑問を持て余した。ラインハルトを見つめていると、視線に気付いたラインハルトは微笑した。「緊張しているのか？フロイライン」ヒルダはからかわれて頬を膨らませた。「二度目ですもの。大丈夫ですわ」「そのわりには少し震えているが」ラインハルトはヒルダの手を取ると手の甲に恭しいくくちづける。「実は予も少し緊張している。貴女をまた傷つけたらどうしようと」その瞬間ヒルダは胸が熱くなった。今わきあがったこの感情をどう伝えたらいいのだろう。言葉が思い付かず、彼女は常日頃絶対しない事をしてみた。自分からラインハルトに抱きついたのだ。ヒルダの不器用な抱擁は稚拙ではあったが、皇帝にはその気持ちは通じたようだ。ラインハルトの指がヒルダの髪を優しく梳いた。少し身体を離し、優しくくちづける。ラインハルトの指がヒルダのブラウスのボタンをひとつひとつ外していく。新雪の様に真白な胸元がのぞくとラインハルトは鼓動がさらに速まっていくのを感じた。白い繊細なレースに包まれた二つの膨らみを開放しようと背中に手をまわす。触れてみるとヒルダの背中は滑らかで、背中も見てみたいと思ったラインハルトはゆっくりとヒルダをうつぶせにした。下着の留め金を外すとその背にひとつくちづけを落とした。「あっ！」ヒルダが鳴いたのは一瞬の事。その声の正体を知りたいと思ったラインハルトは何度も口唇を落とし、舌で舐め上げた。その度にヒルダは身体を引き攣らせ声を上げた。「んっ！あっ、もっもうおやめ下さい陛下･････！」「もう少し････」ヒルダの反抗をやんわりと押さえ込み背中に口唇を這わせながら、柔らかい胸を包んでいる不粋な下着を外す。ラインハルトはヒルダを仰向けに戻した。「フロイライン？」覗き込むと顔を真っ赤にして涙ぐんでラインハルトを恨めしげに見上げている。ラインハルトは笑みを零した。息を切らし涙目で非難されても迫力がないではないか。荒い呼吸に合わせ上下する二つのふくらみを目標に定め指をさまよわせると、再びヒルダは眉間にしわを寄せ呻いた。「柔らかいな･････。ここを吸うと母乳が出る思うか？フロイライン」「そんなわけありません････！」からかい交じりの問いかけに、ヒルダはムキになって答える。しかしその頂きを吸われ指先で何度も感触を楽しまれ続けると、反抗的な態度を続ける事が出来なかった。「フロイライン。予も服を脱いでよいか？」ヒルダは息を弾ませながら頷いた。着崩したガウンを脱ぎ寝間着を脱いで現れた皇帝の裸身は芸術的なまでに均整が取れている。やがて覆いかぶさってくると、ラインハルトの低めの体温がヒルダには心地良く感じられた。（ずっとこうしていたい･･･）口には出さずヒルダはそう思う。しかし、ラインハルトの指が自分の下肢を被う衣服に及ぶとヒルダの頭の中はそれどころではなくなってしまった。ラインハルトに続いて一糸纏わぬ姿になったヒルダは、肌寒さとこれから為される事への予感にぶるりと震えた。

  2008年10月16日

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• 夜の鎖　16

  夏の終わりのある日、ラインハルトは政務を休んだ。熱を出したのだ。昨今ラインハルトはしばしば発熱に悩まされていた。医師団は過労が原因と言っているが、現在戦争もなく、皇帝にとってはそれほど多忙な日々ではなかった。「もう御召し上がりになりませんか？」ほとんど手を付けられていない膳を見て、エミールは心配で眉根を寄せた。「食欲がないのだ。････それより、決済待ちの書類を持って来てくれないか」こんな時でも仕事ですか･････。エミールは内心嘆息した。「それでしたら、後ほどフロイライン・マリーンドルフが急を要する案件だけお持ちするとの事です」「そうか････。フロイラインの判断なら任せられる。彼女の政治的センスは予の信頼するところだ」ラインハルトは安堵の溜め息の後、目を閉じる。早くヒルダの快活な笑顔を見たいと思いながら････。「陛下が発熱？」その朝ヒルダが出仕すると、皇帝についてそんな連絡事項が手元に届いた。勿論内々に。（最近はこんな事なかったのに･････）皇帝の度々の発熱は部下達の不安のひとつだった。（早く仕事を終わらせて、陛下の体調がよろしいようなら一目でいいからお見舞いにいこう）ヒルダは精力的に仕事を片付け始めた。涙と熱で潤んだ瞳。冷たい暗闇に零れる熱い息遣い。痛みに反り返る白い身体。ラインハルトはその温かい手を必死で握りしめた。「･････････！！！」ラインハルトは跳び起きた。「･･･夢･･･？」窓を見ると空がオレンジ色に染まっている。結構長く眠っていたようだ。荒くなった呼吸を正常に整えようとする。その頬に赤みがさしているのは発熱だけのせいではない。性的な意味合いの夢など殆ど初めて見た。その衝撃は大きかった。そして自分の下半身にかかる重力に気付くとさらに動揺した。少し落ち着いたラインハルトは再び横になった。（まさか夢にみるとはな････）自嘲気味に苦笑する。明晰な頭脳と心優しい気遣いで、いつも己を見守るフロイライン・マリーンドルフ。徐々に特別な位置を占める様になり、さらに彼女の事を知りたいと思う様になった。自分が激した時でも時には宥め、時には敢然と反対してくる恐れを知らぬ瞳。彼女なら今この激情を鎮める事が出来るかもしれない。何となくそう感じる。そんな事を思っているとエミールが入室してきた。「フロイライン・マリーンドルフから面会の申し込みがありますが如何致しましょうか」「…受けよう」ラインハルトは苦笑して告げた。「失礼致します。お休みの所面会を許可して下さり恐縮でございます」扉が閉まるとヒルダはまず一礼した。ラインハルトはガウンを羽織りベッドに半身を起こしている。そのベッドの脇の椅子にヒルダは皇帝の許しを得て腰掛けた。「お加減は如何ですか陛下」「うむ。熱は下がった様だ。明日は大本営にも行けるだろう」ヒルダはほっとしたように微笑んだ。「それはよろしゅうございました。ですがあまりご無理なさいませんよう」その柔らかい微笑にラインハルトは手をヒルダの方へ差し延べた。「フロイライン、こちらへ」呼ばれて椅子を立ちラインハルトのいるベッドの方へ足を踏み出した途端、その手をギュッと握られる。「陛下？」ラインハルトは息をひとつ吸い込み薄い唇を開いた。「フロイライン・マリーンドルフ、予は貴女を、抱きたいのだ」ヒルダは驚愕に眼を見開いた。ラインハルトの瞳の奥に揺れる焔に魅入られながらも、数瞬の後ヒルダは尋ねた。「何故でございますか？」優しく握られたはずの手は、しかししっかりと握られていて逃れる事が出来ない。「判らない」その言葉にヒルダは失望感に似たものを感じた。だがどこかで納得もした。その答えは以前から覚悟していたものだった。「しかし予の中の何かを押さえ込むのに貴女が必要なのだ」ラインハルトに抱き寄せられた。ヒルダはその腕を拒めなかった。 瞳をきつく閉じる。（駄目。抗えない･･････！）唇がそっと重なる。「フロイライン・マリーンドルフ」口付けを段々深くしつつ、ヒルダの細い身体を柔らかい褥に押し倒した。

  2008年10月13日

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• 夜の鎖　15

  「素晴らしいバラの花束、ありがとうございます」上級大将以上が集まる会議を終えラインハルトが廊下を歩いていると、一歩後ろをついて来たヒルダに礼を言われた。振り返りヒルダを見ると、彼女は俯いている。「フロイライン・マリーンドルフ？」ラインハルトが優雅に小首を傾げ、ヒルダの顔を上げさせると、ヒルダの顔が少し赤らんでいた。そんな常にないヒルダを目の当たりにして皇帝は嬉しくなった。「フロイラインがバラを好きになったと言ってくれたので････。喜んでもらえてよかった」言い慣れないいささか気障な台詞に、言った本人であるラインハルトも照れ臭そうな表情をした。後ろにいたキスリングがそれを見て『やれやれ』と思ったかもしれないが、ラインハルトとヒルダには親衛隊長の気持ちまで忖度する余裕はなかった。皇帝陛下がフロイライン・マリーンドルフに花束を贈った　　　　　　　何日か経って、そんな噂が流れた。勿論キスリングが漏らしたわけではない。エミールが花束を持って帝国軍幕僚総監の執務室に向かう姿が数人に目撃されていたのである。エミールがフロイライン･マリーンドルフに花束を持っていく････。その花束の主は皇帝ラインハルトではないのか。そのように噂は流れ出した。偶然目撃した数人の内の一人であるナイトハルト・ミュラーは賢明にもその事実を自分から流布しなかったが、高級士官用クラブでもその噂が話題になった。「よい事ではないか。皇帝がフロイライン・マリーンドルフに」コルネリアス・ルッツはそう言ってブランデーを一口含む。「カイザーもフロイライン・マリーンドルフも今まで私人として馴れ合う風ではなかったではないか。何故フロイラインを登用して３年も経ってから･･･」「俺は聡明なフロイライン・マリーンドルフはカイザーに相応しいと以前から思っている。是非ともお二人にはうまくいってほしいがな」ビッテンフェルトの疑問にミッターマイヤーはそう応じた。ミュラーも頷く。「しかし軍務尚書殿の思惑とは違ったようですよ」「どうせナンバー２不用論の類似品だろう。あいつがなんか言って良く行った試しがない」ビッテンフェルトは若干私情を交えて言い捨てる。彼は当然ながら軍務尚書に良い印象はない。ミッターマイヤーは苦笑で応えた。「オーベルシュタインはともかく、カイザーとフロイライン・マリーンドルフのお気持ち通りの結果になるといいがな」バラの芳香の中で今日もヒルダは仕事をしていた。コンソールデスクに置いたバラの花を活けた花瓶。仕事合間にふとそのバラの見ると皇帝を思い出して微笑み寸前の表情を浮かべた。皇帝はバラの花に似ている。危険な美しさ、みずみずしさ、そのトゲにに刺される痛みすら甘美に感じるかもしれない。ヒルダは苦笑して仕事に戻った。詩はメックリンガー提督に任せておこう。このバラの香りがいけないのだ。いつも皇帝の事を考えてしまう。ヒルダは深いため息をつき、それからハッとして仕事を始めた。ラインハルトは見事にヒルダを翻弄している。しかし残念ながら、ラインハルトには全くその意図がなかった。ラインハルトもヒルダに翻弄されていたからである。ヒルダが特に何かするわけではない。たまに見せる表情ひとつひとつに何故だか引き付けられるのだ。この間、バラの花束のお礼を言われた時など思わずその場で抱きしめてしまおうかと思った。･･････キスリングがいたのでやめたが。「そろそろ限界のようだ･････」他人事のように一人呟くラインハルトだった。

  2008年10月09日

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• 夜の鎖　14

  自分の私室に戻ってから、ラインハルトは激しく反省していた。（あの様な言い方をして、さぞかしフロイラインは呆れたろうな。）ヒルダと自分の関係を考えてみる。彼女は部下であるが、自分の心を占める質・量共に部下以上の存在である。既成事実もある。しかし、恋人かと言えば、まだ互いの気持ちを確かめてすらいない。にもかかわらず、先程体の関係を求めてしまった。「フロイライン・マリーンドルフ･････」声に出して呟いてみる。彼女に対する気持ちはまだまだ混迷を極めそうであった。「ヒルダ、手が止まっているよ」父のフランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵に指摘され、ヒルダは慌ててナイフとフォークを動かした。「どうしたんだね。今日はいつになく上の空じゃないか」「なっ何でもないですっ。お父様。」何でもないわけない。ヒルダの頭の中はラインハルトの事でいっぱいである。今日のマリーンドルフ家は、ヒルダもマリーンドルフ伯も同じ位の時間に帰宅し、館で一緒に夕食をとっている。「････････････陛下の事かね」「！！！そそそそそそんな事ありませんお父様」（これはまた何かあったな）冴え冴えとした知性と理性を脳内に同居させているはずの娘が、あの一件以来皇帝に関しては面白い程反応する。ある意味感心してしまうマリーンドルフ伯であった。『貴女と褥を共にしたいのだ』ラインハルトの言葉を今夜だけで何度思い出したろうか。その度に脈拍数心拍数体温（特に顔）が上がり、どうしていいか判らなくなってしまう。ヒルダは美しいが、昔から社交界に興味がなかったし、貴族の令嬢が気まぐれに楽しむような恋愛にも無縁であった。柔らかい羽の枕に顔をうずめ瞳を閉じる。（恋愛って難しいものだったのね…。ひとつ勉強になったわ…）遅い初恋に翻弄されるヒルダだった。ヒルダが次の日出仕すると、彼女の机の上に大きな花束があった。先に出勤していた彼女の従卒が驚くヒルダに説明する。「先程、皇帝従卒エミール・フォン・ゼッレが持って参りました」見事な薄紅色のバラ。添えられたカードにはプレゼントの主の名が記されている。『フロイライン・マリーンドルフへ　　　　　ラインハルト・フォン・ローエングラム』世慣れた人間なら気の利いた一言でも添えられているだろうに、このカードには宛先と贈り主しか書かれていない。まことにカイザーらしい、とヒルダは微笑んだ。「エミール、ご苦労だった」ラインハルトは皇帝執務室で小さな従者を労った。「フロイラインも今頃、花束をご覧になり驚いている事でしょうね」エミールもラインハルトも驚愕したヒルダを想像し、少年らしい笑顔を見せた。

  2008年10月05日

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• 夜の鎖　13

  夕方、ヒルダが書類を順番に片付けていると、内線のビジフォンが入った。「仕事中にすまないフロイライン・マリーンドルフ」「陛下」「今からフロイラインの部屋に伺ってもいいだろうか」気のせいだろうか。皇帝の瞳が小さくさざ波を立てているように思う。ヒルダは心の中で首をかしげた。「よろしければわたくしからお伺い致しますが」「いやいい。こちらから伺おう」ヒルダと少し話しただけでささくれ立つ気持ちが落ち着いてくる気がした。「はい陛下。ではお待ちしております」ヒルダは急いで机の上を整理し始めた。「皇帝陛下がいらっしゃいました」従卒が皇帝を部屋に案内して来た。ヒルダは席を立ち迎え入れる。ラインハルトは応接用のソファーに座り優雅に脚を組むと、ヒルダに隣のスペースに座る様ジェスチャーで示した。テーブルに二人分のコーヒーを出した従卒が部屋を去ると、静けさが室内を満たす。銀河をその手に治める皇帝とその優秀な元首席秘書官は黙って目の前のテーブルに視線を落とした。皇帝自らがわざわざ部下の執務室を訪れる位だから、何か話したい事があるのだろう、とヒルダは考え、ラインハルトが口を開くのを待った。「…昨夜…」「はい」ヒルダはラインハルトに目を合わせた。「仕事を終え寝室に戻ると若い女性が訪れたのだ」ヒルダの青緑の瞳が揺れた。それを見たラインハルトはこんな話をしている時であるにもかかわらず、ヒルダの瞳を綺麗だなと思っていた。ヒルダの方は動揺している自分に驚いていた。宮内省などが前々から折りをみて皇帝に美姫を推薦している事など知っているのに。何故動揺しているのだろう自分は。「もちろんその女性にはお帰り願ったのだが」ラインハルトの話が続いたので、ヒルダは自らに対する疑問を慌てて胸の奥にしまい込む。「予はその時気付いたのだ」ヒルダは瞳でその言葉の先を問うた。意を決してラインハルトは美しい硬質の唇を開く。「もし夜が長いなら、ともに過ごしたいのは貴女だと。つ、つまり…貴女と褥をともにしたいのだ」ヒルダは身も思考も固まった。しかしラインハルトは頬を紅潮させながらまだ話を続ける。「フロイラインには予の傍らにいつもいてほしい。でももし予の願いが叶ったら貴女は予から遠ざかるのではないかと思うのだ。それでは駄目だ」いつもそばにいて欲しい。手をのばしたら受け入れてもらいたい。でも愛しているかはわからない。「予は…都合のいいことばかり言っているな。これでは貴女に嫌われてしまう」ラインハルトの自嘲しながら苦笑する。ヒルダにはその表情の陰りが気にかかった。「陛下。陛下はわたくしにご自分の事を沢山教えて下さいました。そしてこの度の事も隠す事なくお話しになりました。陛下の事を嫌うなんて事はありえませんわ」今まで俯き加減だったラインハルトが顔をあげた。頬を染めたヒルダが目に入る。「ただ、もう少しわたくしに心の準備期間をお与え下さいませんか？」自分はこの周囲を焼き尽くす炎を持つ青年を慕っている。この人がたまに見せる未熟な面も愛しい。それはヒルダにももうわかっている。しかし、愛されていないのは判っているのに捧げるのは、少々悔しい気がする。ヒルダは自分も存外子供っぽいな、と心の中でひとりごちた。ラインハルトは輝く金色の髪を揺らしギクシャクと頷いた。「わかった」「話はそれだけだ。邪魔をしてすまなかった」話した内容とはほど遠い優雅さで、ラインハルトは席を立った。ドアの手前まで歩いた所で振り返り、悪戯めいた顔をしてヒルダを見つめる。「フロイライン・マリーンドルフ。予は我が儘だな」ヒルダは苦笑し首を横に振った。つられてラインハルトも苦笑すると、今度こそヒルダの執務室を退室した。

  2008年10月03日

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• 夜の鎖　12

  それからというもの、ラインハルトとヒルダは『仕事に関係ない話題』を少しずつ楽しむようになった。夏の終わりの一夜を意識するあまりビジネスライクに徹しようとしていた二人には、良いリハビリになったようだ。既にヒルダはラインハルトに対して特別な感情を抱きつつあると自覚している。ラインハルトも精神が熟してきたのかヒルダに対する気持ちが信頼だけではないと日々実感していた。ただ、ラインハルトの場合は事情が異なる。ヒルダへの淡い想いを自覚すると、彼の心には罪悪感が影をさす。（キルヒアイスは俺のせいで死んだというのに俺はこの上特別な女性まで････････）それはどうにもし難い後ろめたい気持ちを生じさせた。軍務尚書 パウル・フォン・オーベルシュタインが査閲関連の報告書についてフェルナー准将にいくつか注文をしている時だった。「そういえば閣下、昨夜皇帝陛下とフロイライン・マリーンドルフが二人きりで食事をしている所に遭遇致しまして･････」オーベルシュタインは片眉を少し上げるとフェルナーに先を促す。「特に親密というわけではなさそうなのですが、何時もより穏やかな微笑ましいような雰囲気でして。」フェルナーが退室すると、彼の上司は机の上で指を組んだ。暫くすると別の部下を呼び、何かを指示した。数日経ったある夜の事。その日のラインハルトは夜遅くまで仕事し、私室に戻った。エミールを下がらせ一人で読書をしながら寛いでいると、控えめにドアをノックする音がする。ラインハルトが入室を許可すると若く美しい女性が立っていた。ラインハルトが露骨に眉を寄せた。また宮内省が寄越したのだろうか。一人考えているとその女性が怯えた表情をした。「いや、貴女のせいではない。誰に頼まれたのだろうか」グロスが引かれた魅惑的な唇が軍務尚書の名を紡ぎ出した時、皇帝の心は憤った。ラインハルトは女性を丁重に帰らせた。翌日、ラインハルトは皇帝執務室に軍務尚書を呼び出した。「ああ、あの娘は陛下のお気に召さなかったようで」ラインンハルトの苛烈な視線に臆することなく、オーベルシュタインは言い放った。「陛下。お分かりとは存じますが、専制君主には子孫を絶やさないという義務があります。ローエングラム王朝繁栄の為にも、女性を陛下のお側近くに配するのも臣下の役目でございます」「そんな事は宮内尚書が気を揉むものであり、まさか軍務尚書たる卿が気を使ってくれるとはついぞ思わなかったな」ラインハルトが苦々しげに皮肉る。「何も国務尚書のご令嬢でなくてもよろしいでしょう。フロイライン･マリーンドルフを特別に扱わずとも陛下に相応しい女性はおります」昨夜の所業の所以はその牽制だったと暗に示した。「そうか。卿は、予に相応しい女性はどんな女性だと考えているのだ？」問いながら、ラインハルトはオーベルシュタインの答えを察した。政治への介入の恐れがない女性。愚鈍な程でも構わない。ラインハルトは今度こそ立ち上がった。「卿の考えはよく判った。しかしその通りの女性を予が娶る事もない。もうよい。下がれ」低く抑えられたものの怒りのこもった声を、オーベルシュタインは意に介する事もなく皇帝の執務室を後にした。一人になったラインハルトは、必死で苛立ちを抑えていた。（フロイライン･マリーンドルフに会いたい）ラインハルトは心からそう思った。

  2008年09月30日

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• 夜の鎖　11

  そして二人は、二人が私人として逢う理由をはっきりさせぬまま、プライベートな時間を以前より少しずつ共有するようになった。とはいえ、双方とも普通の男女の事情等には疎い。晩餐を共にする時も結局は政策や軍事などの散文的な話題に終始する為、二人の関係がある一定の方向に踏み込みつつあるとは誰も気付く事がなかった。食事が終わると皇帝は私室に、ヒルダは屋敷へそれぞれまっすぐ帰る。娘が皇帝と頻繁に会っている事は知っているものの、ヒルダがいつもと変わらない様子なので、ヒルダの父であるマリーンドルフ伯も二人が今どういう関係なのか、はかりかねていた。それでも娘の事を信頼しているので、何もきかずに黙って見守るつもりだった。「　　　　　という観点から、今回新造する設備をシャーテンブルグ要塞にも設置すべきだと小官は考えます」ラインハルトの執務室にてプレゼンテーションをしているのは、宇宙艦隊司令長官たるウォルフガング･ミッターマイヤーだ。「成る程。卿の考えは理解った。では次回の定例会議にかけてみよ」「御意」ミッターマイヤーが退室の準備をしていると、ラインハルトがおもむろに話しかけた。「ところでミッターマイヤー、奥方は息災か？」ミッターマイヤーは向き直り「はい」と短く返事をした。皇帝から妻の話題が出るとは少々珍しいと思いながら。「卿ら夫婦はいつもどんな事を会話しているのだ？」ますます珍しい事を聞かれた。普段何を話しているかとあらためて聞かれると、すぐには思い付かない。「･････････そうですね。風が冷たくなったとか、今日の料理は美味しいとか････。他愛ない事です」照れたように苦笑してミッターマイヤーは上司に答えた。皇帝は感心したように頷き、「そうか･････そういう事でいいのだな」と呟いた。「では失礼致します」ミッターマイヤーは一礼し今度こそ退室した。ラインハルトは思っていた。折角お互いを更に知ろうと決めたのに、二人の時間でも以前の会話と大差ない。もう少し先に進んでみたいと思う。もう少し進んで未知の領域を知りたい。しかし思春期の年齢の時、ラインハルトは姉アンネローゼを前王朝の皇帝フリードリヒ4世から取り戻す事とその為の戦いと準備に邁進し、恵まれた容姿を持ちながら女性関係には振り向きもしなかった。ミッターマイヤーなら愛妻家として有名だし幸せな家庭を築いている。そこで彼に白羽の矢を立てたラインハルトだった。だが、『女性と会う時どうしたらいいのだ？』とはストレートには聞けない。だからさりげなく会話から様子見で聞いてみようと思ったのだった。ちなみにラインハルトは気が付かなかったがミッターマイヤーは思い切り不思議に思ったので、『さりげなく』は失敗した事になるかもしれない。大本営のあるホテルの最上階のレストランで、ラインハルトとヒルダは３日ぶりに夕食を共にする事になった。（陛下、今日はどうなさったのかしら）いつものように政策の話をしているのだが、何故か皇帝がそわそわしているような気がする。ヒルダは首をかしげながらワインを傾けた。政策の話題が一段落し、次の料理が運ばれると、ラインハルトは意を決して話題転換に挑戦した。「フ･･･フロイラインの･･････好きな花は何だろうか」ラインハルトにしてみれば、精一杯私的な事を聞いたつもりだ。しかし常識的に考えて、この質問の類は社交辞令的なものであろう。しかしその言葉を聞いたヒルダは目を見開いた。何と！今、カイザーがわたしに仕事以外の話題を振ってきた！ヒルダも負けず劣らず男女の機微には疎かった為に、彼女にとっては十分衝撃になりえた。そしてその衝撃はヒルダの心を浮き立たせるものだった。ヒルダは目を伏せ、はにかみながら唇を開く。「薔薇････でしょうか･････。陛下に薔薇を戴いてから今まで以上に好きになりましたわ」ラインハルトも目を見開いた。ヒルダがあの朝の薔薇を気に入ってくれた。その事はラインハルトの胸に温かい波を溢れさせた。「そ･･････それならよかった。またいつか貴女に贈るとしよう」ラインハルトは頬の熱を自覚した。二人はその夜も食事の後それぞれまっすぐ帰宅した。しかし、ラインハルトもヒルダも前回の逢瀬の後より心が暖かいと感じていた。

  2008年09月24日

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• 夜の鎖　10

  「は･････っ。ふうん････」角度を変え幾度も交わされる口づけ。絡み合う指先。潤む瞳。息があがっても止むことはない。「へい･････か･･･っ」どれ程時が経ったであろうか。時間にしてみると決してそんなに長い時間ではない。情熱に任せ、硬質の唇をヒルダの頬に滑らせた時、ラインハルトは彼の軍服を握る指先が震えている事に気付いた。そして熱から一気に醒めたラインハルトは、素晴らしい瞬発力でもって体を起こした。「フロイラインっ！大丈夫だろうか!?」今まで唇を奪っていた女性に対し、『大丈夫か』とは奇妙な第一声かもしれない。「予は、予は、非力な貴女に無体な事をしてしまった！体調が優れない貴女に対し無理矢理･･････！」皇帝が部下の女性に口づけを求めたとして、誰がそれを断れるのか。その分野に対して超がつく程潔癖なラインハルトにとって、その様な権力の行使は断じて忌避すべきものであった。ラインハルトのこの世の終わりのような動揺の仕方に、一方のヒルダは呆気にとられていた。呼吸を整え気をとりなおしたヒルダは、不敬とも思ったが、まだ混乱しているラインハルトの眼を覗きこむ。「陛下、どうか落ち着いてくださいまし」ヒルダも皇帝と同様戸惑っていたが、今は年長者のように振舞わねばならなかった。（こんな時、取り乱すのは女性の役目だと思っていたけど･････）現実はなかなか想定通りに行かないものである。しかもくちづけひとつで。･････ひとつではなかったが。「陛下、これは無理矢理ではありません。わたしは･････その、同意、したのだと思います。わたしはこういった方面は不勉強で何と申し上げるべきか判らないのですけれど････。言ってみれば共犯というか････」年長者として振舞おうとして、ヒルダは自分が失敗した事に気付いた。言ってる事が支離滅裂で思考がまとまらない。しかしラインハルトの混乱をストップさせるには効果があったようだ。紅潮していた顔はそのままだったが、徐々に冷静さを取り戻し始めた。「共犯････？」「はあ･･････」ラインハルトの問いかけに、優秀な幕僚総監は少々間の抜けたあいづちを返した。しかし『同意』という言葉に全宇宙の覇者はひとつの結論に思考を突っ走らせる。「では求婚を受け入れてくれるという事だろうか!?」「いや、あの･････そういうわけではないんのですが････」たぐいまれな美貌を持つ皇帝と彼の腹心たる美しい幕僚総監は、ベッドから抜け出しながら色気のありそうな話を色気を極力排除した雰囲気で話し合い始めた。彼ら自身が納得するべく。エミールがコーヒーを運んで来たので、一時無言の時間があったものの、ラインハルトにとっては成果ある話し合いだった。そして。「ふむ。するとフロイラインは求婚は断るが、予の事は嫌いではないのだな？」「予は正直、愛するとかそういうのは判らないのだが、フロイラン･マリーンドルフの事は好ましく思っている」「口づけは貴女にとって不快ではなかったのか。よかった」などラインハルトは素直な発言を連発し、ヒルダに恥ずかしさのあまり幾度もこの毛足の長いカーペットに突っ伏したいと思わせた。「では、結婚の話はひとまず置いておいて、予は貴女とより多くの時間を過ごしたいと思うのだが、貴女はどうだろうか」ラインハルトがヒルダに結論を促した。ヒルダはしばらく考えた。（これは交際になるのかしら）ヒルダはラインハルトの申し出を承諾した。

  2008年09月20日

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• 夜の鎖　9

  「検査の結果、特に異常はみられません。しばらく安静にしていれば大丈夫でしょう」ラインハルトの仮眠室に運ばれたヒルダは、脈拍や体温を計り、血圧測定、血液採取の後、医師からそう言われた。ヒルダが礼を言い、ラインハルトが頷くと医師は退室した。そしてラインハルトとヒルダが残される。数秒の後、ヒルダは形の整った唇を開いた。「陛下、ご迷惑をおかけ致しました。また改めてお話をうかがいに参ります故……」ベッドから下りようとしたヒルダをラインハルトが慌てて制止する。「フロイライン、今エミールが温かい飲み物を持ってくるからそれを飲んで少し眠るといい。予は執務室に戻るから」そう言ってヒルダの両肩をそっと掴むとベッドに戻した。自然、ヒルダを押し倒した様な恰好になる。この体勢はまずいかもしれない！ラインハルトとヒルダは同時にそんな事に気付いた。二人共微かに顔を赤らめながらギクシャクと身体を離した。「すっ…すまない」「あっいえ！こちらこそ…」獅子帝と呼ばれるラインハルトが少年の様に頬を染める姿を見ると、無意識の内にヒルダの口元に笑みがのぼる。彼女は以前から皇帝のこの純粋な真面目さを尊いものだと感じていた。「では陛下、お言葉に甘えてこちらで少し休ませて頂いても宜しいですか？」ヒルダの笑顔にラインハルトは心が暖まる気がした。ラインハルトの手がヒルダの腕に触れる。自分の腕に触れた美しい指先を見、その指の持ち主を見上げると、白皙の顔がゆっくり近付いて来た。ヒルダは目を閉じた。二人の唇が重なった。

  2008年09月15日

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• 夜の鎖　8

  互いの心中はともかくとして、表面上二人は平素と変わらず過ごしていた。ラインハルトはヒルダに常の如く助言を求めたし、ヒルダもよくそれに応えた。現在のヒルダは帝国軍幕僚総監であるから政治的な助言は控えている。その為、ラインハルトは仕事の合間などにヒルダを自分の執務室に呼び、コーヒー等を飲みながらヒルダの見解を聞いた。 一方のヒルダも『あくまで私的な意見』として皇帝に言上した。「そろそろフロイライン・マリーンドルフがいらっしゃる時間ですね」エミールが、皇帝の冷めて残り少なくなったコーヒーを銀細工の見事なトレイに下げながら話しかけた。その日はヒルダの意見を聞きたいような問題が浮上し、彼女が仕事の合間にラインハルトの執務室を訪れる予定になっていた。知的好奇心を刺激された皇帝の姿もまた神々しい。ラインハルトとヒルダが真剣に、時に笑みを浮かべながら会話を交わす姿を見ると、エミールはその輝きに度々見とれてしまうのだった。しかし時間になってもヒルダは来ない。時間を厳しく守るヒルダにしては非常に稀な事だ。「････････っ」「････････････！」ラインハルトは眉をひそめた。なにやら部屋の外が騒がしい。暫くしてキスリングが入室してきた。「陛下。東側エレベーターの内の一つが故障し停止しております。中にどうやらフロイライン・マリーンドルフが閉じ込められているようで…」ラインハルトは席を立ち急いで部屋を出た。「フロイラインは確かにこの中にいるのか！？」ラインハルトがエレベーターホールに着いた時、警備兵達がエレベーターの扉をこじ開けていた。「フロイライン・マリーンドルフご自身からインターフォンを通じて警備室に連絡がありました」ヒルダがエレベーターに乗っていると突然大きな音がして、照明が落ちたらしい。警備兵の一人が皇帝に事情を説明してると、他の兵士達が完全に扉を外し終えた。下を見下ろすとエレベーターの上部が見える。どうやら13階と14階の間で止まっているようだ。「予が行く！ロープを持て！」「無茶を申されますな陛下！」ラインハルトを近侍が止める。その隙に警備兵が命綱を腰に装着し、エレベーターの中へ侵入した。侵入した兵士から合図があり他の兵士が引っ張り上げると、ヒルダと兵士が出て来た。「フロイライン・マリーンドルフ！」ラインハルトが駆け寄るとヒルダの顔色が真っ青なのが判った。それでも、ラインハルトの姿を認めると弱々しいものの微笑んで見せた。「陛下、ご心配をおかけし誠に申し訳ありません。それと、あまり近侍の者を困らせてはいけませんわ････････」ラインハルトの顔を見て安心したのか、ヒルダは座り込んでしまった。「大丈夫か！フロイライン！」「は、はい････」ヒルダの顔は真っ青だ。「フロイライン･マリーンドルフを医務室へ！」「担架を！」警備兵達がにわかに騒然とすると、ラインハルトはヒルダに手を差し伸べた。「ここからなら医務室より予の仮眠室の方が近かろう。フロイライン、予の首に腕をまわせるか？」ヒルダが言われた通りに入らない力を総動員して腕を皇帝の首に巻きつけると、体がふわりと浮いた。ラインハルトがヒルダを抱き上げたのだ。「フロイラインは軽いな。もう少し食べたほうがよいのではないのか？」軽口をたたきながらラインハルトはヒルダを己の仮眠室に運んだ。

  2008年09月12日

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• 夜の鎖　7

  　　　　　　ヒルダは翌日より出仕した。ラインハルトがマリーンドルフ邸に秘密裏に行幸した昨日、ヒルダは一日だけ休暇をとった。いくらヒルダが智謀の持ち主だとしても今は冷静な判断が出来そうもないと感じていた。その日ヒルダの父親は娘に何も言わなかった。それが彼女には有難かった。「一身上のことで、たいへんご迷惑をおかけいたしました。今後このようなことがないようにいたしますので、ご容赦くださいまし」彼女の上司はひとつうなずいただけだった。ヒルダは一礼をし退出する。残されたラインハルトはヒルダが入室した時より感じていた胸の鼓動を未だ持て余していた。ヒルダを一日ぶりに目にして、安堵と、その他になんとも表現が出来ない感情が急にせり上がり、ラインハルトを非常に困惑させた。断られたものの求婚をした事で責任感を満たし精神を落ち着けたラインハルトであったが、ヒルダを目にするとどうしてもあの夜を思い出してしまう。思い出すと仕事が暫し手に付かなくなる。因みに昨日もそれの繰り返しであった。昨日休みをとった分、ヒルダは勤勉にならなくてはいけなかった。彼女は生粋の軍人ではないが、皇帝にその才覚を認められ大本営幕僚総監を務めている。一兵も率いた経験なしに要職にある事に無意識に引け目を感じている彼女は、机に向かうと溜まっていた仕事を精力的に片付けだした。仕事のおかげでヒルダは皇帝との不明瞭な関係などに気を回さなくても済んでいる。しかし仕事の合間の休憩の折など思い出して赤面してしまう。（しっかりしなくては！）心の中で戒めつつも、ふとした時にラインハルトの匂いを思い出してしまい、なかなか仕事が捗りそうもなかった。ラインハルトは大本営にてその日の仕事を終え同じ建物の14階にある私室に戻ろうとした。ヒルダの執務室の前を通ると警備兵が敬礼する。「フロイライン・マリーンドルフは中に？」警備兵はラインハルトの問いに肯定した。常のヒルダならもう帰路についている時間なので、様子を窺おうと思った。（しかし昨日の今日だ）何を話しかけてよいかわからない。少し悩んだがラインハルトはその場を後にした。後ろ髪を引かれる思いと共に。仕事を片付け、そろそろ帰り仕度をしようかとヒルダが思った矢先、ノックの音がした。「フロイライン・マリーンドルフ。コーヒーをお持ち致しました」いつもの従卒が一礼をした。「有り難う」ヒルダは微笑み、コーヒーを飲む為に机の上を整理する。そして気付いた。従卒は手に何も持っていなかった。心なしか顔が紅潮し、緊張している。「あら？コーヒーは？」すると従卒の背後から金髪の覇王が現れた。コーヒーの載ったトレイを持って。ヒルダの微笑は固まった。「フロイラインにコーヒーをと思い持ってきた。入っていいだろうか」未だ固まっているヒルダを見ると、ラインハルトは悪戯を成功させた子供の様に瞳を煌めかせた。我に返ったヒルダは、ドアの傍に棒の様に立っている従卒に慌てて言った。「へ、陛下にもコーヒーをお持ちして！」そしてラインハルトに向かって「陛下！お戯れにも程がありますわ！わたくし心臓が止まりました！」と言って顔を赤くした。ラインハルトはその顔を可愛いと思った。そして従卒を止め、予はフロイラインの顔を見に来ただけだから、と言い去って行った。残されたヒルダは顔を上気させたまま、途方にくれたのだった。

  2008年09月08日

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• 夜の鎖　6

  早朝の旧フェザーン代理総督邸の庭を、若い男女が無言で歩いていた。事情を知らぬ者ならば、古代神話の神と女神かと見紛うやもしれない。しかしその館は現在銀河帝国国務尚書たるマリーンドルフ伯爵の住居に充てられたもので、豪奢な金髪を持つその男は全宇宙を掌中におさめる銀河帝国の皇帝である。ヒルダはここにきて落ち着きを取り戻しつつあった。ラインハルトが求婚をした事で、精一杯の誠意と責任感を感じた。それで十分報われた様な気がするのだ。ラインハルトは自分を愛しているわけではない。それをヒルダは知っている。皇帝の戸惑いの空気を感じつつ、硬質の唇を開いた。「昨夜…私は、出来ることなら陛下をお救い申し上げたいと思いました。ですが、陛下がそれにより苦しみを取り除く事が出来たのか自信がないのです」ヒルダは顔を赤らめて続けた。いくら落ち着きつつあるといっても、共にした夜の褥を思い出すと心が波立つ。彼女にとって昨夜の事は想定外の出来事だった。「ですから……今回はご容赦下さいまし。陛下が心からわたくしを欲して下さった時にまた薔薇の花を頂きたく存じます」ラインハルトはヒルダの言わんとしている事を理解して眼を見開いた。腕を伸ばしヒルダの両肩を掴むと顔を寄せ視線を合わせる。彼の瞳は動揺に満ちていたが、真摯であった。「予は貴女を･････手折ってしまった。貴女はそこまでして予に献身してくれた。予は、予は貴女に何もしてあげれぬのだろうか」ヒルダは己の肩にある皇帝の右手を外しながら握った。「わたくしはわたくしの意志で陛下に、その、だっ抱かれました。陛下のそのお気持ちだけで十分なのです。ですから今回の事はどうか･････」ヒルダは彼女らしくない事に言葉を濁した。その続きの『忘れて下さい』を何故だか言えないのだ。その事は彼女の心に小さな不安を生じさせた。長い沈黙の後、ラインハルトはため息をついた。「わかった、フロイライン。貴女も存外頑固だな」微苦笑と共に吐き出された言葉に、そしてヒルダは安堵する。「陛下はわたくしの気性などご存知でいらっしゃいますでしょう」多少ぎこちなく笑み返した。とりあえず落ち着いた皇帝は、ヒルダと共に玄関ホールへ足を向け始めた。「またいつもの様に食事などご一緒してくださるだろうか」「はい。喜んで」ヒルダの微笑みに、ラインハルトは心が暖かくなるのを自覚し始めた。

  2008年09月04日

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• 夜の鎖　5

  ラインハルトが目覚めた頃、皇帝の寝室を辞したヒルダは彼女と彼女の父親の館に戻った。家令のハンス・シュテルツァーの訝しげな視線をかわし、シャワーを浴び身支度を整えると、食堂へ向かった。すでに父のマリーンドルフ伯が朝食をとっていた。「おはようございます」「ああ、おはよう」挨拶を交わし席についたヒルダがスープを掬ったその時、「ゆうべは陛下と一緒だったのだね、ヒルダ」ヒルダは頭が真っ白になった気がした。「うん。わかっている。多分わかっていると思う。だから言わなくていい。ただ、確認しておきたかっただけだから」「ごめんなさい、お父さま」父の寂寥を帯びた瞳を見て、ヒルダは俯いた顔をあげる事が出来なかった。そんな二人の間に流れる沈黙を破ったのは、ハンスが大慌てで食堂へ駆け込んでくる音だった。「扉を開けてみたら、こ、皇帝陛下が、皇帝陛下が立っておいででした。ぜひ伯爵様とお嬢様にお目にかかりたいと！」皇帝の行幸の意味をほぼ悟ったヒルダは立つ事が出来なかった。「お父さま、わたし、立てない」「陛下はお前にお話があると思うのだがね」マリーンドルフ伯は真剣な眼差しで娘を見据えた。「ごめんなさい、おねがい、お父さま」同じく皇帝の行動が意味する所を感じ取った伯爵は、微かに息を吐き玄関ホールへと足を向けた。玄関ホールには、全宇宙の覇者が、大きな薔薇の花束を抱え佇んでいた。「マリーンドルフ伯、お宅のご令嬢を予の妃として迎えたいのだ。結婚の許可をいただけるだろうか」ラインハルトは世慣れぬ青年ぶりを伯爵の前でさらすはめになった。そして、それに対し、伯爵が皇帝に好感を持ったなどと気付きようもない。さらに、マリーンドルフ伯とラインハルトの会話がヒルダに聞こえてるとは思いもしなかった。だから「フロイライン・マリーンドルフによろしく･･････」と言って立ち去ろうときびすを返した時、玄関ホールの奥からヒルダに声をかけられて、心臓が一瞬大きく跳ね上がったのだった。「陛下･････」「フッフロイライン・マリーンドルフ！」「ヒルダ、どうしたのだね？」マリーンドルフ伯は振り返りヒルダに問いかけた。ヒルダは父親と皇帝に歩み寄り、頭を下げる。「お父さま、有難うございました。陛下、このような格好で失礼かと存じますが、少々お時間を頂戴してもよろしゅうございますか？」昨夜以来初めて見るヒルダにラインハルトは赤くなりながらも、ひとつ肯きを返した。

  2008年08月31日

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• 夜の鎖　4

  　　　　　　その夜、キスリングは皇帝の居室の前で夜を明かした。暗殺が未遂に終わった後、ラインハルトは独り自室に閉じこもった。主君の気落ちした様子は心配だったものの、彼には何も出来ない事は判っていた。あの事件はキスリングに何としても皇帝を守るという決意を新たにさせるに十分であった。「陛下･････」傍にはエミールが涙を浮かべ心配そうに硬く閉ざされたドアを見つめている。暫くすると、戸惑いがちな････しかし、規則正しい靴音がキスリングの耳に届いた。ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフだった。エミールはヒルダに陛下の様子を涙声で伝えると、ヒルダはエミールを励ました後、ラインハルトの私室に入室した。しかしヒルダはなかなか部屋を出てこない。泣きつかれたエミールは膝を抱えて眠ってしまったが、日付が変わる時間になると、流石にキスリングも事情を察せざるをえなかった。そして早朝。皇帝の私室の扉が開き、ヒルダが出てきた。キスリングは平素の様に敬礼をしたが、ヒルダは俯きがちに早足に去っていった。どれ程過ったであろうか。キスリングはラインハルトに命じられた。「赤と白と淡色の薔薇を用意し、ランドカーの手配を」行き先は確認せずとも判っていた。ラインハルトはランドカーの中で悶々としていた。（フロイライン・マリーンドルフに会ったら何から言おう）彼は女性に愛の告白をした経験もなければ、求婚の経験もない。（ミッターマイヤーにもっと詳しく聞いておけばよかった････）何故恋愛の師としてミッターマイヤーを選んだのか。それは後世の歴史家も苦笑せざるをえない所だろう。マリーンドルフ伯爵邸の車寄せにランドカーを停めると、館の使用人に用向きを伝えた。

  2008年08月29日

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• 夜の鎖　3

  その目覚めはゆるやかだった。ラインハルトにしては珍しく…昨夜の酒が残っているのか…暫く忘我の淵に佇んでいた。（･････？）ベッドの、自分の隣に微かに残るやわらい温もりに気付くと彼の意識は急激に浮上した。「フロイライン・マリーンドルフ！」ラインハルトは彼の裸身を今まで包んでいたシーツを慌ただしく剥ぎ取ると、ガウンを羽織りながら大きなストライドで広い部屋を横切る。バタン！音を立て別の部屋につながるドアを開けた。不在を確認するとまた別の方向に歩き、今度はバスルームに続くドアを開けた。「いない････」放心してぽつりと呟く。だが、仮にヒルダがそこにいたとしてばったり顔をあわせたら、ラインハルトはどうすれば良いのかきっと判らなかったに違いない。（フロイライン、泣いていたようだった････）ベッドに腰かけため息をつく。ラインハルトが抱いている間、ヒルダの頬に何度か朝露の様な涙が光るのを見た記憶がある。ふと、闇の中静かに涙を流すヒルダの頬が徐々に薔薇色に染まっていく姿を思い出し、ラインハルトの顔は上気した。何にせよ自分は皇帝でありながら、信頼し今まで最大限尽くしてくれた部下を自ら手折ってしまった。≪求婚の際、黄色い薔薇を…≫その時ウォルフガング・ミッターマイヤーの言葉を思い出した。「キスリング！」部屋の前で待機しているであろう親衛隊長を呼び、外出する旨を伝えた。

  2008年08月25日

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• 夜の鎖　2

  カーテンから差し込む太陽の光線がそれ程強くない時間に、ヒルダは目覚めた。昨夜の事が何故か非現実的に感じたが、隣で睡眠を貪るラインハルトがその感覚を否定する。そして自身の体に残る気だるさ。ぼんやりとラインハルトの寝顔を眺めた。暗闇の褥で夢中でかき乱した金色の髪。すがりついた肩。熱いため息。ヒルダは思い出して赤面してしまった。眠るラインハルトの寝顔に安らかなものを感じ取ると、ヒルダは身を起こした。珍しく怠惰を要求する身体を叱咤し衣服を身に着けたその時。「フロイライン・マリーンドルフ････？」ヒルダの心臓は大きく飛び跳ねた。「陛下･･･」寝起きでまだ然程覚醒していないラインハルトは、ヒルダにほころぶ様な笑顔を向けた。「フロイライン、ありがとう」ヒルダは慌ただしく一礼すると足早に部屋を出た。キスリングが敬礼をしたが、返す余裕もなかった。涙がなぜか溢れ出しそうになった。（わたしは、まさか陛下の事を････！）ヒルダは自分の身体をきつく抱きしめながら一瞬浮かんだ想いを必死で否定した。

  2008年08月18日

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• 夜の鎖　1

  「くうっ･･･、ん･･･」微かな衣擦れの音とため息が薄暗い部屋に響いた。ヒルダはそれを恥じる様にくすんだ金髪を振ると、心の中でひとりごちた。（この方を少しでも救う事が出来るのだろうか･･･）立ちのぼる汗の香りに甘い眩暈を感じながら、ヒルダは豪奢な金髪の青年を抱きしめた。「ヴェスターラントを忘れたか！」憎悪に漲った暗殺者。その言葉に若き皇帝が受けた衝撃は小さなものではなかった。決して忘れられぬ後悔。失ったものの大きさ。一人部屋に閉じこもるラインハルトを、ヒルダは一人訪ねた。暗い瞳をしたラインハルトにかける言葉が見つからなかった。ワインで濡らした手を拭き、テーブルを拭き、ヒルダは口を開く。「･･･陛下は罪を償っておいでです･･･」自分の語彙力の無さが恨めしいと生まれて初めて思った。「予を一人にしないでくれ」自分が彼の孤独を埋められるのだろうか。その自信はなかった。それでもヒルダは縋る様なその手をとったのだった。浅い思考の海から浮上させたのは、皇帝の濡れた瞳だった。ラインハルトは泣いていたのだ。ヒルダは指でそれを拭うと、何も言わず抱きしめた。初めての侵入者にヒルダの細い肢体は悲鳴をあげた。激しい痛みと、それでも齎される別の感覚に二人は次第に飲まれていった。

  2008年08月15日

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