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『日日是好日』を読んで

本はよく読む方ですが、小説はめっきり読まなくなりました。読んでいる間は小説の世界に入り込んで、日常生活とは別の世界にいられるのは充実感があるのですが、読み終わってしばらく経つと、ストーリーすら覚えていないことが多いです。ましてやテーマが何だっただとか、読んだ後で自分の考え方や行動が変わったということなど非常にまれです。小説を純粋に娯楽として楽しんでいるといえないことはないのですが、後にほとんど残らないというのは、時間の無駄というかちょっと空しい気もします。僕が読書の求めていることは、現状を変えるヒントやきっかけ、ノウハウです。その目的からすると、小説はちょっと違うという感じです。だからノンフィクションや自己啓発、一般向けに書かれた様々なジャンルの教養書（学術書）、行動や考え方の方法論などが書かれた本の方に惹かれます。最近読んだ本の中で印象に残ったのは、森下典子著の『日日是好日』（飛鳥新社）です。ノンフィクション・ライターである著者が、２０歳頃から習っている茶道のことについて著者の生活史に沿って書かれた本です。お茶というと様式と形式に縛られた自由のない伝統文化というイメージがありますが、そこに描かれているお茶の世界は、全く別物です。お茶を習うことで、まず季節感に敏感になるようです。道端に咲いている草花、雨が降る直前の空気の匂い、風が梢を鳴らす音、川面に流れる水の音、そして季節ごとの空気の温度や湿度。お茶の席（教室）では、あまり個人的に立ち入ったことは話題にしないようなのですが、少ない情報の中からその人の人と成り、感情を感じ取り、さりげなく相手を気遣う心づかいは美しいと思いました。床の間の掛け軸に書かれた書、お茶と一緒に出される和菓子の種類にもその場や季節、参加している人に相応しい内容と意味があるのだそうです。仕事に追われ、時間を分単位で気にする生活の中では気付かなかった自然や季節の移り変わり、日常の中にも感覚を研ぎ澄ませば発見できる繊細な世界や人の心を、茶道を通して、しだいに気づくことができるようになる様子が、著者の半生と共に描かれています。いたずらに物事に意味を求めず、効率も考えず、ただ、自分がいる世界の美しさ、儚さと人と人との関係や気持ちをも感じ取り、そこに自分が在ることの幸福を味わうことが人生の目的というか本当に生きることなのだと思いました。最近読んだ中では、とても印象に残った本です。ちょっと古い本ですが、まだ大きな書店やネットで手に入ります。

『異邦人』を読んで

社会性と自分に素直に生きることは両立するか？フランスの作家カミュの『異邦人』は短編だが、人間のある種の生き方、人生観、世界観が凝縮された作品だ。主人公の生き方は一般的な社会常識からすれば非常識で不条理とも言えるが、自分の感性と価値観、本能的直感を最優先させた生き方は、ある種の理想だ。普通、人は他人の思惑や社会の常識、自己中心主義を生き方の指針として巧妙に使い分けながら生活している。それを一切とっぱらったところで生きようとすると、遅かれ早かれ社会的には破綻する可能性が高い。『異邦人』の主人公はそれを実行した結果、ある種の悲劇的偶然が重なり、死刑判決を受けた。死刑になりたいわけでも社会的に排除されることを望んでいるわけでもないが、他人の思惑や社会通念、常識、肉親や知人とのしがらみなどが全てどうでもいいことのように思えるときがある。「我思うに我あり」というわけでもないが、自分の感性や直感、世界観だけで生きることができたらどんなにいいかと思うことがある。外国に旅に出ると、異邦人になる。そのときの感覚は『異邦人』に近い。自由と疎外感の入り混じった感覚。自己を知る者のいない孤独と気楽さ。何をやっても全て自分に帰ってくるだけという無責任と自己責任の紙一重の感覚。純粋に世界の傍観者、客観視できる視点の獲得。そうとてつもない解放感がそこにある。異邦人になる場所は、できれば地理的に本国から遠いところ。言葉が全く通じないところ。文化的に大きく隔たっているところがいいだろう。社会の歯車であることに疲れた人に「異邦人」はお勧めだ。できれば、仕事も家庭も交友関係も一時捨て置いて、日本文化からできるだけ遠い国へ旅程を決めずに行ってみるといい。生きる意味、人生の意味、生きる喜び、生きる苦しみ、まったく見ず知らずの他人と利害抜きで付きあうことの楽しさ、そして自分とは何かがわかるかも知れない。

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