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清河八郎顕彰会のブログ

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2025年10月27日
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カテゴリ:里山ウォーキング
​​​マル ​​​「第18回歩いて楽しむ回天の道と清川歴史の旅」を10月19日​(日)​​に開催しました。
 参加者は21名でその内リピータの方は16名、この事業を待ち望んでおられる方が大勢いると実感していますし、遠くは秋田県小坂町からも参加して頂きました。
 山形県では熊出没警報が延長されている中、主催者として最大の注意を払っての実施でした。熊鈴の携行は勿論、スタッフ全員がホイッスルを所持、さらに参加者全員に「音だけクラッカー」の配布、そして「クマよけスプレー」と「クマよけピストル(音だけピストル)」1丁を準備して実施しました。


▼ 開会式で挨拶する齋藤満清河八郎顕彰会会長
 
 

※ 挨拶概要
 「『回天の道』にご参加いただきありがとうございます。」とお礼を述べ、顕彰会は清河八郎公の偉業を顕彰し広く伝えていくために活動している。
 生誕200年にあたる2030年を目途に、NHKの大河ドラマ化を目指している。皆さんからも広めていただきたいし、今日は一日楽しんでもらいたい。

▼ 齋藤秀樹庄内町議会副議長による祝辞
​​


※祝辞概要
 この事業は大変歴史のある事業で今年で18回になっている。清河八郎の名前を広く知ってもらうために大いに貢献している事業だ。
 今日は、清河八郎大河ドラマ誘致についてと題した、庄内町議会総務文教厚生常任委員会の調査報告書を持ってきた。報告書は14ページからなっており、人物像に始まり、大河ドラマ誘致協議会や、記念館の運営、関連事業としてこの事業にも言及している。
 大河ドラマ化についてはNHKから地元の気運醸成を言われているが、そう簡単ではない。皆さんの力も是非お借りしたい。

▼今年の特別企画展「京都遊学と長崎への旅日記」を解説する
廣田幸記清川八郎記念館館長



※解説概要
 八郎数え21歳の年に父から許可を得て京都遊学に向かった。京都で遵古塾堂(じゅんこどう)に入塾したが、八郎の知識を超えるものではなかったため、外国の情報が多く入る九州へとさらに旅立った。九州に32日間滞在し、船からオランダ商館を眺めたり、許可ある者でなければ出入りできないオランダ商館に友を介して変装して中に入り見学している。
 その時の日記「西遊記事」で「万巻(多くの書物)の書を読んで得た知識を以って物事を処理すれば、経世済民(世を治め民を救う)の学に役立つことが大きいであろう。これが九州を遊学する所以である。」と記している。
 
▼回天の道へ出発する前に記念の集合写真


▼ 回天の道トレッキング









!! 回天の道の途中、キノコをあちこちで見つけることができました。トレッキングしながら今晩の味噌汁の具ができたと自然の恵みに感謝でした。
▼ スギヒラタケ(通称:スギワケ)


▼ マスタケ(鱒茸)


▼ シロマイタケ(白舞茸)


▼ ササクレヒトヨタケ?(現地で即断できる人が居なかったため採取していません。後日gooレンズで検索です。)


▼ 約4.0kmの回天の道と大森山展望台までの距離約0.7kmを1時間50分位で歩き、再びバスへ乗り込んで昼食会場の月の沢温泉「北月山荘」へ移動です。


▼ 月の沢温泉「北月山荘」では、本格的なフレンチを提供している食堂「モン・ヴィペール」での昼食になります。
 この日のメニューは、≪前菜:魚介とジャガイモのキッシュ・いでは工房さんのベリーリーフサラダ≫≪メイン:庄内豚ロースのロースト・赤玉ねぎとマディラのソース≫≪デザート:バスク風チーズケーキとバニラアイス≫それにフランスパンがセットになっていました。
▼月の沢温泉北月山荘「モン・ヴィペール」での昼食風景



▼ 魚介とジャガイモのキッシュ・いでは工房さんのベリーリーフサラダ


▼ 庄内豚ロースのロースト・赤玉ねぎとマディラのソース


▼ バスク風チーズケーキとバニラアイス


マル 月山の山懐で頂くフランス料理の意外性に驚きもありましたが、その味は絶品。特にメインディッシュ
のマディラのソースは深みのある味で皆さん美味しく頂いていました。
 食事が終わるとお風呂に入る人、ゆっくり休む人それぞれに過ごしていました。

マル 午後からは、
清川観光ガイドの会の案内で清川歴史の旅です。7名の方が参加してくれました。

▼ 清河八郎座像の説明
 『昭和42年に清河神社大鳥居側に建立されたもので、八郎が京都壬生新徳寺で、浪士組234名を前にして尊皇攘夷の大義を説く英姿を現している。』


▼御殿林
 『御殿林は、1717(享保2)
に荘内藩主酒井家が防風林として3000本の苗木を植えたのが始まりで、「御殿林」という名前は、この林のそばに藩主が参勤交代の際の休憩所である本陣があり、それが「御殿」と呼ばれ、御殿のあるお林であることから「御殿林」と呼ばれている。』


▼ 清河八郎生家跡
 『酒造業を営んでおり、また立谷沢川で採れる砂金も取り扱っていた。生家は平屋で約1,000坪の敷地に蔵などを含めると約230坪の建物だった。』


▼ 金華山歓喜寺(八郎生家齋藤家菩提寺)
 八郎生家齋藤家の墓所があり、八郎本人と妻お連、それに父(豪寿)、母(亀代)、それに二人の弟(熊次郎、熊三郎)の墓碑にお参りした。



▼時間の関係で御諸皇子神社までは上らず、歓喜時の前で隋神門の仁王像や源義経が一夜の宿にしたことを説明。併せて北館大堰が開削された歴史も説明しました。


▼北館大堰沿いに歩いて最後の案内箇所に向かいます。


▼ 官軍墓碑
 『1868(慶応4)年4月、戊辰戦争清川口の戦いで亡くなった長州藩士2名の墓で、清川の人々は敵と言えども温かく弔っている。同郷である元首相岸信介氏が酒田を訪れた際にそのことを聞き及び、「赤心薫萬古(せきしんくんばんこ)」(地元の人々より手厚く葬ってもらい感謝に堪えない。二人の忠誠心は永久に忘れられない)の言葉を残している。』


マル これで今年の全日程は終了です。北月山荘からの帰りのバスで、午前中のみの人もいることから会長のお礼の挨拶がありました。「皆さん今日は楽しかったでしょうか。」の問いかけに「楽しかったで~す。」の声が車中に響いたことが何よりの成果で、また来年も参加してくれることを確信した瞬間でした。皆様大変ありがとうございました。
最後に参加者の感想を紹介します。

右矢印「三度目の参加でした。清河八郎に思いを馳せて、今年も歩く事が出来たと今満足感でいっぱいです。またモン・ヴィペールでのお食事も大満足。‼機会があればまた参加したいです。」(庄内町・女性)

右矢印「鬱蒼とした山道を志を立てて故郷を離れ、日本の明日に向けてひた走る若い八郎の姿に感動ばかりです。」(鶴岡市・男性)










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最終更新日  2025年10月31日 08時16分20秒
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