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怪人Yの館

怪人Yの館

●プロローグ 「青」

 
  
 「それを手に取る前に、きちんと考えたほうがいい」



 ある魔術師が見せてくれた。

 ある国の滅びまでの過程。

 業火が広がり、幾万もの死体が丘を埋め尽くし、幾万もの民が嘆く叫喚の光景。

 国の崩壊と呼べるものは、私に一瞬の躊躇いを生ませた。

 「それを手にしたが最後、君は人ではなくなるよ」

 魔術士、マーリンが私の身を案じて見せてくれた光景は、凄惨の一言に尽きた。



 ―――恐怖がなかった訳では無い。



 王になるということは国で一番人を殺す存在になるという事だ。

 目の前にある選定の剣を抜いた瞬間から、私と国の運命は決定する。

 屍が累積する丘で、剣を手放し力尽きるその光景。



 ―――恐怖しない筈が無かった。


 震える手を押し隠しても、心は身体を蝕んでゆく。

 身体が自然と後ろへ傾いた。



 ―――それでも民は笑っていてくれた。



 その瞬間脳裏をよぎったのは国民の笑顔。

 魔術師が滅びと断定し、私が凄惨と思い至った国の過程の中にそれは存在した。

 民が笑っていられる時が在るならば、この行いは決して間違いではない。

 唯一それのみを糧として、後ろへ下がる体を押し留める。

 「・・・それでも、あの中で民は笑っていてくれました。ならそれは間違いではありません」

 自分に言い聞かせるように。

 人である心はこれで最後だと言わんばかりに涙して、右足を一歩前へ出す。



 右左右左



 豪華に彩られた剣を前にして、深く息を一つ吐く。

 ゆっくりと右手を黄金の剣の柄にかける。

 震えは既に止まっていた。



 ―――それから少女の国は大国と化していった。



 十二もの大戦を勝ち抜いて、私達は最も欲しかった民の笑顔を手に入れた。

 十年。

 成長が止まった私にとって、十年という月日は苦ではなかった。

 王という存在には感情はいらないのだから、苦というものが存在しなかったといったほうが正しかった。

 しかし、それももう終わり。

 見渡して眼下に広がるのは血と炎が広がる焼け野原。

 いつか告げてきた魔術師の予言の通り。

 滅びは呪言となって現世うつしよに降臨す。



 ―――これは確定していた結末。



 剣を失い、鞘を失い、国を失い、臣下を失い、民を失ったのも全ては固定未来の出来事。

 身体で傷が付いていない箇所こそ在りえなく、見知った結末にこそ心は軋む。



 ―――ああ、ならばこそ。



 十年前に決心した心は、十年の歳月をして綻びを見せる。

 もし私が王にならなかったとするならば。



 決して戻る事は無い刻の中、少女は奇蹟を求めて妄執する。

 「時間が戻る事は決して無い。だが、もしそれが叶うなら。私は死後、世界あなたの奴隷となりましょう」



 ―――それを世界は是とする。



 そして、ここに契約は完了する。



 赤く染め上げられた空を黒煙が暴虐してゆく中、王はそこで剣と共に意識を手放し、血濡れの丘に倒れ伏した。





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