●一話 「And, the end starts.」七つの位を待ち続ける。安心していい。私の時間はこれからも無限にあるのだから。 『導きは杯より“座”へ。唯一無二の舞台へと召喚されたし』 無変化。と呼ぶに相応しい“座”に亀裂が奔った。 強力な魔力の奔流。 一切の無駄が無い戒めは、爆発的な構成力へと変貌し、“座”から“エミヤ”を引きずり出していった。 第二・第三要素である精神・魂の構築。現世干渉力を伴った血と肉の形成。 元来無色の力であるべき筈の抑止は、霊長に使役される存在となるべく、杯の儀式により世界へと放り投げられた。 ―――何て乱雑。 あまりにもぞんざいなその扱いに、アーチャーは出来たばかりの声帯を使って低くうなった。 召喚の際に正式な手続きを踏まなかったのか、身体をきりもみされながら世界へと吐き出されてみれば、そこは足場が全く無い地上数十メートル上空。 文句の一つくらい言ったとしても決して罰はあたるまい。 霊体化をすれば落下の時に周囲への被害を無害にする事は出来た。が、こんなにも下手糞な召喚をした者への意趣返しも兼ねてそれは敢えてやらない事にした。 丁度いい。と呟いて、そのままマスターの家であろう屋根に落下した。 それぞれの終焉。 第一話 「And, the end starts.」落下の衝撃でありとあらゆる物を破壊したアーチャーはガラクタとなってしまった家具に腰をかけて深く息を吐いた。 「ふむ」 周囲を見回すと、何かしらの役割があったと思われる家具の残骸と、落下の時に開けてしまった屋根の大穴が目に入った。 「人はいないな」 周りに人はいなかった。 これだけ大きな破壊活動をされたら誰かしらすぐ駆けつけても良さそうなものだが、そんな気配すら一切無かった。 多分、この家に住んでいるのはマスターだけなのだろう。繋がりからしてマスターは今、地下にいるのが分かる。 「さて」 状況を冷静に把握してみる。 今回呼び出された理由は十中八九聖杯戦争とみて間違いは無いだろう。 クラス名“アーチャー”、固有能力として『鷹の目』『単独行動』の二つを確認。 召喚の不手際からしてマスターは未熟者と推定。マスターを含めて後で検討する必要があると思われる。 言語知識の習得内容『日本語』、舞台は日本である可能性が高い。 問題点壱、現界時の排出のされ方が悪かったのか一部に記憶混濁有り。時間経過と共に改善されると判断。 ―――こんな所だろうか。 不完全な召喚にも特に慌てる事も無く、手際よく自らの現状を把握したアーチャーはその直後、物凄い勢いで階段を駆け上ってくる音を聞いた。 「ああっ!扉壊れてる!!」 そう叫んで、何度もドアノブをガチャガチャと回してくる扉の向こう側の住人は、扉が機能しないと判断するや否や扉を蹴破ってアーチャーがいる部屋へと侵入して来た。 入って来たのは若い女性だった。 20歳に届くか届かないかというくらい若い女性。 髪を両側で縛っているせいもあるのだろうが子供といってもまだ通用するような気がする。 赤を基調とした服が何だか似ているなと軽い親近感を覚えた。また、それと同時に少女の目に得体の知れない既視感を覚えた。 ―――何処かで見たことがあるような気がする。 「・・・それで、アンタ何?」 部屋に入ってきてすぐに独り言を言い始めていた少女は、若干呆然としていたアーチャーに向かって唐突に言い放った。 不思議な感覚に捉われていたアーチャーはそれが最初、自分に向けられたものだとは気が付かなかった。 「・・・はぁ、やれやれ。開口一番それか。これはまたとんでもないマスターに引き当てられたものだな」 繕う様に、多少毒舌気味に言葉を吐く。 それと同時に目の前の少女を知識の中から検索する。 少女の目から発せられる力強さ。 それがとても大事で忘れてはいけないと思ったからだ。 「確認するけど、アンタはわたしのサーヴァントで間違いない?」 「それはこちらが訊きたいな。君こそ私のマスターなのか?ここまで乱暴に召喚されたのは初めてでね。正直、状況が掴めない」 だが、それが誰であるかは分からなかった。 記憶は擦り切れるまで磨耗して、記録は映画を見るように不確か。 そんな出来損ないの頭で、人並みに思い出そうとするのが間違いだったのだ。 ―――この少女では聖杯戦争を勝ち抜くのは無理だな。 必死で思い出そうとする中、目と頭はこんなにも彼女を値踏みしている。 「わたしだって初めてよ。そいういう質問は却下するわ」 「そうか。だが私が召喚された時、君は目の前にいなかった。これはどういう事なのか説明してくれ」 チリッ―――っと頭の中で焼けるような音を聞いた。 「本気?ヒナドリじゃあるまいし。目を開けた時にしか主を求められない何て冗談はやめてよね」 小馬鹿にする様に少女は言う。だが、その皮肉はアーチャーには届かなかった。 最も効率的で、合理的に思考する時に聞こえる熱焦音。 ああ、またか。と、アーチャーは口の端を上げて哂った。 勝ち抜けていく為に身に付けた、人間らしさなどまるで無い機械的に思考する為の“心眼”。 それが今、この少女をどうするか。という点を判断する為に起動した。 「まぁいいわ。わたしが聞いているのはね、貴方が他の誰でも無いこのわたしのサーヴァントかって事だけよ。それをはっきりさせない以上、他の質問に答える義務は無いわ」 「召喚に失敗しておいてそれか・・・。この場合、他に言うべき事があると思うのだが・・・」 魔術師には様々なタイプが存在する。 過信する者と現実を直視する者。探求を重んずる者と秘匿を重視するもの。 それら様々なタイプはどれが良いという事は特に無く、方向性によって重要度が異なる。 これらの中でアーチャーがマスターとして選んだものが、自分を過信せず、最小の犠牲を以てして最大の効果を冷静に選択できる頭脳をもった、アーチャーと同じようなタイプだった。 「そんなの無いわよ。主従関係は一番ハッキリさせておくべきものだもの」 ―――さて、その点でいけば彼女はマスターとして相応しいのだろうか? 「ふむ、主従関係はハッキリさせておく、か。やる事は失点だらけだが口だけは達者らしい」 組んでいた足を組み替えて、アーチャーは少女を挑発するかのように見下す。 「―――ああ、確かにその意見には賛成だ。どちらが強者でどちらが弱者なのか明確にしておかなければお互いやり辛かろう」 「・・・どちらが弱者ですかって・・・?」 「ああ、私もサーヴァントだ。呼ばれたからには主従関係とやらを認めるさ。だが、それはあくまで契約上の話だろう?どちらがより優れた者か、共に戦うに相応しい相手かを図るのは別になる」 少女の神経を逆撫でするように、言葉を選びながら続ける。 これに刺激されて己を見失うような者なら、この戦争で冷静な判断を下せるとは到底思えないと判断したからである。 「さて、その件でいくと、君は私のマスターに相応しい魔術師なのかな?お嬢さん」 止め―――とばかりに口端を歪めてアーチャーは少女を見た。 少女の方は頭でヤカンが沸きそうなくらい顔が真っ赤になってはいたものの、まだ我慢は利きそうだ。 「貴方の意見なんて聞いてないわ。わたしが訊いているのは貴方がわたしのサーヴァントかどうかって事だけよ」 少女の声には多少の震えが混じり始めていた。アーチャーはそこで彼女の限界を見定めた。 あと一息。それが彼女のレッドライン。 「ほぅ、成程成程。そんな当たり前のことは答えるまでも無い、と?実に勇ましい。いや、気概だけなら実に立派なマスターだが・・・」 「だ・か・ら順番を間違えるなって言うの!一番初めに確認するのは召喚者の務めよ。さぁ、答えなさい!貴方はわたしのサーヴァントなのね―――!?」 「―――はぁ、強情なお嬢さんだ。これでは話が進まんな。・・・仕方あるまい。仮に、私が君のサーヴァントだとしよう。で、その場合、君が私のマスターになるのか?」 見定めた通りの限界点にアーチャーは冷静さの項目に“×”をつけ、辟易した。 予想はしていたものの、冷静さが今ひとつ及第点には届かなかったのだ。 残る項目は判断力・理解力と魔力。今までの展開からして、それらも期待は出来なさそうだ。 「あっ、当たり前じゃない・・・!貴方がわたしに呼ばれたサーヴァントなら、貴方のマスターはわたし以外に誰がいるって言うのよっ!!」 次問、理解力・判断力のテスト。 マスターとサーヴァントは上手い具合に連携が出来るのが好ましい。 無論マスター本位でも構わないのだが、先程の冷静さの問題において彼女は既に失格だった。 よって、せめてサーヴァントとの連携が取れるようでなければ話になるまい。 「まぁ、仮の話なんだが・・・、取り敢えずそうだとしよう。それで、君が私のマスターである証拠はどこにある?」 証拠・・・、そう言ったアーチャーの台詞には色々な意味での含みが込められていた。 “マスターたるものであるならば、それに相応しいものを見せてみろ”という意味が。 もし、ここで令呪などを見せようものなら・・・ 「ここよ、貴方のマスターである証ってこれでしょう?」 理解力・判断力の項目も失格という事だ。 ―――眼前にあるのは火傷のように赤く浮かび上がった、紋様が刻印された腕。 しかし、アーチャーが問うたのはそういう意味ではない。彼女はそれすらも理解できなかったということだ。 「納得いった?これでもまだ文句を言うの?」 ふふん、と少女は自慢気に鼻を鳴らす。 厚顔無恥なその態度にアーチャーは頭痛がした。 少女はアーチャーの意図を汲めないばかりか天狗にさえなっているようだった。 「・・・はぁ、まいったな。本気で言っているのかな?お嬢さん」 「ほ、本気かって、なんでよ?」 半人前の少女に対して親切心を出したアーチャーが教えてやる。 サーヴァント達が・・・その令呪が如何なるものなのかを、ひとつひとつ丁寧に。 それが功をそうしたのか、それとも半人前には半人前の恥があったのか、アーチャーが説明し終わる頃には少女は閉口したかのように暫らくの間、口を噤んだ。 「あ―――う・・・、な、何よ。それじゃ、わたしはマスター失格?」 「そう願いたいがそうはいくまい。令呪がある以上、私の召喚者は君のようだ。・・・信じ難いが君は本当にマスターらしいな」 肩をすくめて、やれやれといった感じで言う。 冷静欄、理解欄で失格だったのだ。魔術師として最も基本的で必要な能力。 それらを欠いてしまっては、致命的と言われても仕方の無いことなのだろう。 アーチャーが不満に思うのも無理らしからぬ事だった。 「まったくもって不満だが認めよう。取り敢えず、君は私のマスターだ。だが、私にも条件がある。私は今後、君の言い分には従わない。戦闘方針は私が決めるし、君はそれに従って行動する。それが最大の譲歩だ。それで構わないな、お嬢さん?」 それが最大の譲歩。 未熟な 少女はその決定に納得がいかないのか、小刻みに肩を振るわせ始めた。 「・・・そう。不満だけど認めるくせに、わたしの意見には取り合わないってどういう事?貴方はわたしのサーヴァントなんでしょう?」 散々言ってきたその問いにもやや震えが混じっている。 ここで感情の堰が外れるのもまた良いだろう。とアーチャーは考えた。 ―――考えてしまった。 「ああ、カタチの上だけはな。故に形式上は君に従ってやる」 アーチャー自身は未だ気が付いていないのか、未熟なマスターを勝利させるのだからこの少女は戦線に出ないほうが良いと考えていた。 いつの間にか、自分が持っている最大級に柔らかい口調で伝えている事にさえ気が付かずに。 『君は無力だから、一週間ほど地下に篭っていてくれ』と。 『後は全て自分がやるから』と。 「ん?怒ったのか?」 アーチャーの言葉を受けた少女は、不満そうに眉を中央に寄せ、睨み付けるかのように上目遣いをしていた。 その顔を見てアーチャーは、ほんの一瞬だけ恐怖が走った。 幾億もの戦争を潜り抜けてきたアーチャーが、“ようやく”この危機的状況を察知したのだ。 「いや、勿論君の立場は尊重するよ」 ―――有り得ない。 そうフォローを口にしながらアーチャーは自分の今の状態を分析して驚愕した。 『何故、自分がこんな少女に対して恐怖心を抱かなければならないのか』と。 怒気を表す目の前の少女に、再び何とも言い難い既視感を感じたのはその直ぐ後の事だった。 「私はマスターを勝利させる為に呼ばれたものだからな」 睨み上げる少女の目を再度見る。 ―――どこで見たというのだ。 やはりこの少女の事を知っているようだ。そうでなければ先程の感覚も、今のこの感覚も説明できない。 ならば一体どこで会ったというのか? アーチャーは再び少女の記録を検索し始めた。 探し出さなければなるまい。自身の記録の中から。存在の情報を。転生し、外れる者となったとしても埋め込まれ続ける知識の蔵書から、一片の零しも無く探し出せ。 「私の勝利は君の物だし、戦いで得た物は全て君にくれてやる。それなら文句は無かろう?どうせ君には令呪は使えまい。まぁ後の事は私に任せて、君は自分の身の安全を・・・」 ・・・果たしてそれは、膨大な知識の蔵書が災いだったのだろうか? アーチャーはその記録全てを探し終える前に、そこまで言った自分が地雷を踏んでしまったのを経験から察知した。 「あったまきたーーー!!!いいわ。そんなに言うならーー!」ダン!と床を踏みつけ、部屋全体に怒号が響き渡る。 「―――Anfang――・・・!!」 暴風にも似た魔力がアーチャーに叩き付けられ、奇蹟の具現とも言われる三本の令呪が赤く輝き始めた。 「な―――まさか!?」 目の前のいきなりの事態と、目の前の意味不明の悪寒にアーチャーは混乱した。 後悔しても後の祭りと言ったのは誰だったか、意外と上手いことを言うなと、明後日の方向へと飛んだ思考回路が一言の単語を知識の蔵書から弾き出した。 “あかいあくま” 懐かしい響きを伴った意味不明の単語を反芻しつつもアーチャーは、自分が戒めの鎖に絡み捕られ形成し直されるのを感じていた・・・。 ・・・・・・。 『だから私はこれ以上、アンタのそんな姿見ていられないのよ』 ―――そう言ったのは、果たして誰だったのだろう。 令呪の縛りを受けた後、アーチャーは一人、主に命じられて部屋の片付けをしていた。 箒を持っている手を止めて、半ば片付いた部屋を見渡す。 『そんなことをしても■■■は戻っては来ないのよ』 頭の中で響く声。 頭痛すら伴ってきているソレは、彼女の令呪を受ける直前からずっとしていたものだった。 「どうしたものかな、これは・・・」 ボタンをひとつ掛け間違えたかのような違和感が、もどかしさとなって付きまとう。 考えても思い出せない事項は仕方が無いと言われれば確かにそれまでの代物なのだが、気になるものはやはり気になるものだ。 「―――」 気分転換に、風を浴びようと思った。 吹き抜けていく凍えるような風は心身共に身を引き締めてくれる。 そうする事で何か落ち着きがあるのかもしれない。 そう考えて、アーチャーは閑散とした部屋を残して屋根の上へと上がって行った。 屋根の上は風を遮るものが無いせいか、やや強めの風が吹いていた。 髪や外套を風に遊ばせながら、その心地に身を委ねる。 固く目をつぶって風の感覚を肌で感じている間は、アーチャーの頭痛は治まっていた。 柔らかくも気持ちのいい感じが精神安定剤に近い役割を果たしてくれた。 ―――やはり、こういう夜は風が一番だな。 誰に伝える事も無く一人呟くアーチャーは、目を開けて周囲の景観を改めて観た。 どこにでもあるような、どこかで見た事があるような気がする平凡な風景。 周囲360度全てが懐かしい気分にさせる、そんな光景だ。 まぁ、それも当然と言えば当然なのだろう。須らく見渡せば、あの方角にかつての我が家が見えるのだから・・・ 「―――何?・・・何だと?」 唐突に、自らの心情を、正体不明の既視感を理解した瞬間、アーチャーは愕然とした。 何かに急かされる様に、忙しなく首を回す。 三度観てみる周囲の家屋。かつての光景。それらは以前、いや、生前、いつも自分が見ていたものではなかったか・・・。 ―――連鎖反応は化学薬品を混ぜ合わせた時より高速に行われた。 掛け違えたボタンを全て引き千切ったかのような圧倒的崩壊はもう止まらない。 『いいよ・・・、殺してくれたのがシロウでよかった・・・』 『私・・・まだ先輩に教わっていない料・・・』 『私は人生を謳歌すると言った筈だ。衛宮士郎』 『衛宮君を止める事はもう私には出来ないけれど、これだけは言っておくわ。貴方のその生き方・・・絶対に間違ってる』 決壊したダムと称するに相応しい荒波がアーチャーを満たした。 ―――ああ、そうだったな。・・・この時代・・・この場所は・・・・。 『大丈夫だよ爺さんの夢は俺が―――・・・』 不意に、長い間、アーチャーの体を撫でていた風が止んだ。 赤い騎士周辺の空気があるものに支配されていく。 殺気、歓喜、狂喜、悲哀、憤怒。 抑えきれない感情が次から次へと沸いて出て来るのを、アーチャーは狂ったかのように喜んだ。 「は、は、は・・・ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!!!!!!!!」 ――――濁りは骨子すら曇らせる。 白痴のような笑い声、嘲笑、自らの悲願達成と破滅への片道切符を手に入れた赤い騎士は確信した。 『自分はついに機会を得たのだ』と。 停滞した空気に佇むアーチャー。その貌には、ひどく歪んだ笑みが刻まれていた。 その胸には深紅の宝石、まぶたの裏には青く光るあの・・・かつての出会いの光景を抱きながら・・・・・。 ―――何者にも私は止められない。誰も私の思惑を知らないのだから。 BACK MENU NEXT |