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飛ぶように売れる製造業『日はまた昇る!』

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敗者復活戦!

2009/04/29
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カテゴリ:敗者復活戦!
昨日の朝、社員全員と全体会議。


最近は、会う人来る人口から出る言葉は「一体どげんなっとると?」とか、良い話はなかなか聞かなくなりました。

どこそこが週休3日だの、助成金をもらっているだの、製造業の未来がまるでないような・・・。

いえいえ、製造業だけでなくどの業界も一緒でしょうね。


しかし、今更ジタバタしてもどうしようもありません。

我が社は、経費削減をして将来のために踏ん張るつもりでいる。

家賃などは値下げ交渉をして、それでも駄目なら移転も視野に入れている。

年間300万が200万になれば、100万浮きますからね。


そして、聖域の給料も例外なし。

私の役員報酬は当然としても、さすがに躊躇したが、社員も納得してくれました。

その時、こんな話をしました。

「辞めてもらったら困るけど、辞めると言ったら・・・あっ、そうね、と言うしかないな(笑)」

それまで、重たい空気だったのが、この一言で皆大笑い。

こんな時は、笑うのが一番ですね。

いや、もう笑うしかないような(笑)。


それから、あるメーカーとの代理店契約も取り止めました。

契約の条件として、在庫の購入があったが、元々「それいけドンドン」の私ですので、契約書は書いていました(笑)。

やらないで後悔するよりやって後悔したほうが良い「やってかませっ」で生きてきた私なので、やるつもりでした。

しかし、今回は弱気になったのか・・・いや、冷静になりました。

ちょっとは、過去の経験が生きてきたかな?(笑)。



会議では、ざっくばらんに話し過ぎたかもしれないが、社員が付いてきてくれるので、安心した。

彼らを、路頭に迷わすことだけは、できませんね。

自分で言うのもおかしいかもしれないが、今まで窮地になればなるほど、異様?とも言える力が湧き、周囲を驚かせてきた鍛冶屋の息子であります。

今、アドレナリンが血液の中で爆発しそうです(笑)。


こうしてブログに書くのも、自分を鼓舞するため。

今日は、昭和の日。

昭和天皇の誕生日ですね。

トップに書いている敗者復活戦の第4ラウンドに突入の日としましょう!。

不景気なんかブッ飛ばしてやれ。

大笑いしながら生き残ってやるぜっ。

オガチは、必ず空を飛ぶ!(笑)。


それではまた。






不思議と冷静な自分がいる。
5月は、幸運の女神が舞い降りてきそうだ・・・ほらっ、すぐそこに?。
どこまでも楽観的とは言わないでね???

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最終更新日  2009/04/29 08:10:58 PM
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2009/04/03
カテゴリ:敗者復活戦!
『敗者復活戦』《凡人の独立編》 第21話
(メルマガ敗者復活戦保存版)

訪問販売、そして店頭販売での経験は、大学へ行くより貴重なものでした。

しかし、故郷に帰ってその経験を活かすことが出来るのか?。

現実の壁の前では立ち往生するしかないのか?。

鉄筋屋に入ったと思ったら、30人に職人さんから口を聞いてもらえず、それは勇気を出して懐?に飛び込んで話せるようになった。

しかし、今度は社長に暴言で現場へ飛ばされる始末。

一体、どこまでバカなのか?。

そして、現在の生業となる会社へ転職・・・そこでもまたもや?。


第22話スタート!

●敵は本能寺にあり!味方のサーブが後頭部を直撃?

鼻の穴から狼煙(のろし)を上げる受付嬢?の話は前回書きましたが、男性人もなんか風変わり人たちがいましたね。

まずはワンマンな所長Aさん。

元々地元出身ですが、高校を卒業してから直ぐに大阪本社勤務で、20代後半で地元の営業所所長になった社長の秘蔵っ子です。

後々、所長Aさんとは事あるごとに対立することになります(笑)。

次に先輩のPさんとZさん。

二人とも所長より年上でしたが、入社してから一度も所長と二人が飲みに行ったのを見たことがありません。

10人弱の営業所ですから、皆で行く時だけは一緒でしたが、後は、なんか殺伐とした雰囲気でしたね。


このPさんは、売上はいつも良かったのですが、客からは余り良い評判は聞きませんでした。

一言で言えばいい加減で、担当の客が売上が上がりそうな時は、頻繁に通うのですが、これはしばらく出ないなと思ったら全く行かないんですね(笑)。

そのくせ客から怒られるとニコニコしながら謝って、最後には悲しそうな顔をして、本当に反省していると言うものですから、客もころっと騙される?わけです。

結局、この繰り返しなんですが、終いにはあのPだったらしょうがないとお客さんが笑っていましたから、これも人徳かもしれません(笑)。

 
あれは、忘れもしません。

二人の先輩女性から受けたスパルタ?研修が終わり、私が漸く外回りを始めた時でした。

初めから新規営業を遣らされましたが、電話でアポイントを取っての訪問ですから、訪問販売で飛び込み営業の経験がある私にとっては、とても楽に思えました。

やはり人生には無駄がありませんね。

O社、M社、F社、その他大手メーカーの販売店と言えば、その業界の人は変な断わり方もしませんでしたね。


しかし、敵は本能寺にありました?。

新人の私が訪問した会社と担当者の名前をPさんがしつこく聞いてくるんですね。

私は、もう一人の先輩Zさんの下で動くことになっていました。

別の若い社員は、Pさんの下にいるわけです。

Pさんは当時主任で、10数年の営業経験があるベテランです。

私が訪問した客の情報は、大体把握していたはずです。

Pさんは会社全体の事を考えて、当然、私のフォローのために担当者の名前を聞いていたんですね・・と思っていた・・信じて疑わなかった?(笑)。

ところがどっこいです。

Pさんは、な、なんと、自分の客にする気だったんですね(笑)。

何故分かったかというと、お客さんから直接こっそり教えてもらいました。


このメルマガを初めから読んで頂いている方は、覚えておられるでしょう。

訪問販売時代に、新人の私をセッチン詰にして潰そうとした元キックボクサーのIさん。

第4話 所長Iさんの究極の営業戦略は、新人潰しのセッチン詰め!
 
まさか、完全歩合制でもない会社で同じような奴?がいるとは。

私は、完全に無防備でした(笑)。

正に、敵は本能寺にいたわけです(笑)。

訪問販売時代が明るい仁義なき戦いなら、これは、テニスのダブルスで味方が打った弾丸サーブが、相手コートを見て背中が無防備な前衛の後頭部を直撃したような感じと言えば分かっていただけるでしょうか(笑)。

なんか前途多難を暗示しているような気がしましたね。


続きをお楽しみに!。



それではまた。







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最終更新日  2009/05/20 07:30:44 PM
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2009/04/02
カテゴリ:敗者復活戦!
『敗者復活戦』《凡人の独立編》 第21話
(メルマガ敗者復活戦保存版)

訪問販売、そして店頭販売での経験は、大学へ行くより貴重なものでした。

しかし、故郷に帰ってその経験を活かすことが出来るのか?。

現実の壁の前では立ち往生するしかないのか?。

鉄筋屋に入ったと思ったら、30人に職人さんから口を聞いてもらえず、それは勇気を出して懐?に飛び込んで話せるようになった。

しかし、今度は社長に暴言で現場へ飛ばされる始末。

一体、どこまでバカなのか?。

そして、現在の生業となる会社へ転職・・・そこでもまたもや?。


第21話スタート!

●なんやこの会社?くわえタバコでで鼻から狼煙(のろし)を上げる受付嬢!

父の危篤で横浜から帰ってきて、しばらく鉄筋屋で働いた後、学歴も何もない私が、20社近く面接を受けて、やっと入った会社は電子制御機器の販売会社でした。

ちょっと分かり易く言えば、工業用の電機部品、制御盤や分電盤、工場や建物の電気設備の部品、この販売です。

これでも分かり辛いですかね(笑)。

大阪が本社で、地元の営業所は十人程度の小さな会社でした。

私にとっては、真っ当な仕事に付いたのは、初めて?だったと思います(笑)。


3ヶ月は、社内で研修です。

2階建ての1階に、営業アシスタントの女性が二人いて、その後ろは、すぐ倉庫になっています。

狭い事務所ですから、ドアから入って直ぐカウンターがあり、その女性たちが受付も兼ねているわけです。

初日から、ちょっと驚きましたねっ~?。

女性二人とも、くわえタバコで鼻の穴から狼煙を上げて仕事しているんですね(笑)。

女性がタバコを吸うのは珍しくもないですが、まさか受付嬢が・・・。

なんとまぁ~自由な会社だこと(笑)。

来客があっても、下手をするとそのままで、客の方が気を遣っているほどでした(笑)。


30代前半のSさんと30代後半のMさん。

二人ともベテランで、男をアゴで使っていましたね(笑)。

当然、研修期間の3ヶ月、私も二人からアゴで使われることになってしまったのですが、短気な私は事件?を起こしてしまいました。

一度だけ頭に来て怒鳴り返したら、二人とも目を点にしてギョッとした顔で驚いていましたね。

所長以外文句を言う人はいませんでしたから、まさか、新人がという思いだったんでしょう。

それ以来、しばらく口を聞いてくれず、女性の怖さを嫌と言うほど思い知らされました(笑)。

この二人からは、その後数年経っても事あるごとに「新人の鍛冶屋さんから怒鳴られた」と言われましたが、それは私がこの会社を辞めるまで続いたのでした(泣)。


後々、二人にはお世話になるのですが、学歴も何もない私が、中途入社できるのは、こんなもんか(会社)と正直ちょっと落ち込みましたね。

身の程知らずもここまでくると、救いようがありません(笑)。

後に経理担当になるMさんでしたが、この女性から私の運命を変えるような名言?を聞くことになるとは、この時は想像も出来ませんでした。


男たちも、訪問販売の世界とは違った、個性的な人たちが働いていました。


お楽しみに!。



それではまた。




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最終更新日  2009/05/18 11:39:16 PM
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2008/10/24
カテゴリ:敗者復活戦!
『敗者復活戦』《凡人の独立編》 第20話
(メルマガ敗者復活戦保存版)

訪問販売、そして店頭販売での経験は、大学へ行くより貴重なものでした。

しかし、故郷に帰ってその経験を活かすことが出来るのか?。

現実の壁の前では立ち往生するしかないのか?。


鉄筋屋に入ったと思ったら、30人の職人さんに口を聞いてもらえず・・・。

それは勇気を出して懐?に飛び込んで話せるようになった。

しかし、今度は社長に暴言で現場へ飛ばされる始末。

一体、どこまでバカなのか?。



第20話スタート!

●バカは死ななきゃ直らない、またも孤立で・・!

建設現場に行きましたら、私は何もできませんので、当然と言えば当然のこと、もちろん下働きです。

重い鉄筋を肩に担いで、職人さんたちの仕事の流れに合わせて、言われた場所に置いていきます。

かなりの重量ですが、元々体力には自信がありましたので、何とかこなせました。

しかし、肩が痛いのには、参りましたね。

それに、夏の暑さは堪えました。

鉄筋工事は、工事現場全体の流れの中で、型枠の壁に囲まれた日陰がなく風もない状態で作業することが多く、その暑さは相当なものです。

もし、減量で汗をかきたい人がいたら、夏の建設現場に行って働かせてもらうのが一番です。

但し、食べないと絶対もちませんから、具合が悪くなるだけかもしれませんね(笑)。


そんな暑さのなかの仕事ですから、10時と3時には、近くの店へ冷たい飲み物を買いに行きます。

それは、当然下働きの私の役目。

お昼も、職人さんたちが使った湯呑みを全部洗うのですが、たまには、他の若い職人がやっても、おかしくはないだろう、と思ってしまったんですね(笑)。

ある朝、同年代の職人に声高に文句を言ってしまいました。

社長に暴言を吐いた話は職人さんたちの話題になり、不思議と好感を持たれたんですが、今度は違います。

また、口を聞いてもらえない状態に戻ったわけです(笑)。

あれだけ気を遣って、職人さんたちに溶け込んだというのに、「たった一言」でパーです。

元の木阿弥とはよく言ったものですね。

後々、私は何回となく、この「たった一言」をやってしまうのですが(笑)。


朝令暮改という言葉があります。

私は一日で白旗を上げて、夕方皆に謝り、翌日から笑顔で買い物や洗い物をやっていました。・・・涙

しかし、私の見栄と驕りのような当時のプライドですから、耐えられなくなり、とうとうその年の年末に逃げるように辞めさせてもらいました。

社長、専務、職人さんたち本当にお世話になりました。

今思うと感謝という言葉しかありません。


会社を辞めて運転手や土方でもやるか、とよく言われる人がいます(最近はあまり聞かなくなりましたが)。

本気か冗談か知りませんが、簡単に口に出してはいけません。

余程の覚悟がないと持ちませんよ。


年が明けてから、また職探しです。

20社近く面接し、やっと2月後半に決めたような記憶があります。

その会社は、工業用電機部品の販売会社です。

そこで覚えたことが現在の生業となっているのですから、訪問販売にしろ鉄筋屋にしろ、それまでの経験は遠回りとは言え無駄ではなかった、ということでしょう。



・・・工業用電機部品の販売会社でまた一暴れ?。

お楽しみに!。



それではまた。







前回から一月以上空いてしまいました。続けて書かないとなかなかリズムに乗れないですね。勝手気ままに書いているとは言え、もっと詰めて書くことにしましょう!!!・・・・クリックよろしく!
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最終更新日  2009/05/18 11:27:54 PM
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2008/09/01
カテゴリ:敗者復活戦!
『敗者復活戦』《凡人の独立編》 第19話
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訪問販売、そして店頭販売での経験は、大学へ行くより貴重なものでした。

しかし、故郷に帰ってその経験を活かすことが出来るのか?。

現実の壁の前では立ち往生するしかないのか?。



第19話スタート!

●社長に暴言、あっという間に現場行き!・・・『志』なき者の末路?
 
ある日、私が加工場で溜まったゴミを燃やしている時でした。

ゴミを燃やしているくらいですから、気が緩みボーッとしていたのかもしれません。

すると、いきなり大きな怒鳴り声がしました。

「なん、だらだらしとるとか、ちゃんと燃やさんか」

いきなり、背後から怒鳴られたので、ビックリしたのと同時に、一瞬頭に血が上ってしまいました。

相手が誰かは分かっていましたが、上ってしまった血は直ぐに下りてきません(笑)。

「せからしか、ゴミ燃やすくらいで文句言われる筋合いはなか」

こんなことを、瞬間的に言ってしまったんですね。


私は、父親譲りの短気なところがあり理不尽なことを言われたりすると、上司やお客さんでもよく口論になることがありました。

単なる生意気で単細胞のバカなのですが、よくよく考えれば世の中理不尽なことだらけですから、組織の中で生きていけるわけがありません。

ただ、誤解しないで下さい。

私は、本来大先輩の方に敬語で話さないようなことはありません。

たまたまカッとして言ってしまっただけです。

しかし、言い訳にもなっていませんね(笑)。

この性格は現在まで、短気は損気ということを実践しています。・・・涙


それと、実はいつ辞めてもいいなという気持ちもあったと思います。

今の鉄筋工事会社は、現場で働く女性が少なくないような環境のようですが、当時はあまり良い職場環境ではありませんでしたし、何よりも鉄筋工という職業は、アウトローと言われるような人もいました。

元アウトローと言った方が正確ですが。

当然、尊敬されるような職業ではなかったんですね。

もちろん、会社によって違いますが、日雇いの会社には、どうしてもそういう人たちが多かったようです。

当時の私の心の底には、正直なところ差別的な気持ちがあったと思います。

今になって、なんと愚かなことか、とは思いますが。


そんな気持ちの私に追い討ちをかけるようなことがありました。

なんと、中学時代の同級生の父親と一緒だったのには参りました。

私は、田舎の少人数の学校でしたが生徒会長をやったりしていましたので、その人から「○○君、なんでおまえが、こんなところで働くのか」と聞かれたりして落ち込みました。

ある職人さんから「○○高校まで出て、何でここに来たのか」と言われた時には、これまたショックでした。

特に、高校時代の同級生と建設現場で偶然に会った時は、プライドはガタガタになってしまいましたね。

彼は、元請けの現場監督として事務所の2階から私を見つけたのですが、その時の私は職人さんたちの下働き。

自他共に認める男の中の男?鍛冶屋の息子は、声を掛けられると、冷静を装い一言二言話しただけで、その場から逃げました。

何が男の中の男でしょうか。

プライドでも何でもなく、あるのは見栄と驕りだけでしたね。

一流の職人になる、とか何の『志』もなく、ただ給料をもらうことしか考えず、私自身が軽蔑されてもおかしくないような人間になっていました。

気の荒い職人さんたちも半分は兼業農家で、他の人も真面目な人が多かったですので、それに比べれば何をか言わんやですね。

但し、酒を飲んだ時の喧嘩の時なんかは、まだまだ元気な人たちがいましたので、間に入って止めるだけでも一筋縄では行きませんでしたけどね(笑)。


話が逸れてしまいましたが、私は首にはならずに、社長の娘婿の専務の計らいで現場で修行ということになりました。

今思うと、何と寛大な処置でしょう。

叩き上げで、今まで数えきれない職人を使ってきた社長からすれば、私のようなやんちゃ坊主?なんか可愛いものだったのでしょうね。

社長にも専務にも感謝しかありません。


しかし、現場でまた一騒動?。






・・・続きをお楽しみに!。

それではまた。






現場監督をしていた同級生の会社は、バブル崩壊後に倒産したことを知った。あれから一度も会っていない。あの時、逃げずにもっと話をしておくべきだった・・・クリックよろしく!
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最終更新日  2008/09/01 07:51:29 PM
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2008/08/26
カテゴリ:敗者復活戦!
『敗者復活戦』《凡人の独立編》 第18話
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訪問販売、そして店頭販売での経験は、大学へ行くより貴重なものでした。

しかし、故郷に帰ってその経験を活かすことが出来るのか?。

現実の壁の前では立ち往生するしかないのか?。


第18話スタート!

●職人さんたちと飯を食う、そして汗をかく!
 
30人の職人さんたちから口を聞いてもらえず、話せるのはパートの事務員さんだけ、というのは辛いものです。

何とか、職人さんたちに口を聞いてもらうには、と始めたのが昼の弁当を一緒に食べることでした。

そんなくだらない、と思われるかもしれませんが、こんな些細なことが大切なんですね。・・・と偉そうに言える立場ではありません(笑)。

私自身、すべて後から分かったことでした。


それまで、プレハブの2階の事務所で事務員さんと一緒に食べていました。

ある日、昼になって弁当を持って下に降りて行き、1階の休憩所に入ったのですが、皆のきつい視線は今でも鮮明に覚えています。

引きつった顔で「今日から下で食べます」と作り笑いをして、部屋の奥に座り食べ始めました。

すると、強烈な一言が。

「あんたは、上で食べんね。上の方が良かろうもん」

喧嘩を売られているわけではありませんが、ちょっとカチンッと来ましたね。

気まずい雰囲気になり、部屋の中がし~んと静まり返ってしまいました。

すると、職長が「まあ、よかたい。下で食べたかと言よるなら、それでよかじゃなかか」と助け船を出してくれたのです。


それからは、徐々にではありますが打ち解けて、皆さんから口を聞いてもらえるようになりました。

そして、時々加工場の後片付けや掃除も手伝い、気軽に話せるようになり、会社へ行くのにやっと苦痛を感じなくなりましたね。

横浜時代、若い連中ばかりの職場で和気あいあいとやっていましたので、人に気を遣うこととか人間関係など勉強になりました。


しかし、どうしても我慢ができない男が一人いました。

それは、年は60代後半で、たまに出て来ては人を怒鳴り散らすのです。

お分かりだと思いますが、この会社の社長です。

正に叩き上げで、気が荒い職人達を使ってきたのですから、並の「じいさん?」ではありませんでした。

ある日、私が加工場に溜まったゴミを燃やしていると、いきなり後ろから怒鳴ってきました。

その時は私も、ゴミを燃やすくらいですから、気が緩みボーッとしていたのかもしれません。

 
私は、いきなり怒鳴られたので・・・我を忘れてしまいました。

そして、社長に向かって・・・・。



・・・続きをお楽しみに!。

それではまた。





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最終更新日  2008/08/26 09:14:17 PM
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2008/08/25
カテゴリ:敗者復活戦!
『敗者復活戦』《凡人の独立編》 第17話
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久しぶりの『敗者復活戦』です。

以前発行していたメルマガを一部手直ししながら進めていくつもりです。

読み流していただければ嬉しいです。

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それでは、始まり始まり!

訪問販売、そして店頭販売での経験は、大学へ行くより貴重なものでした。

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第17話スタート!

●仕事を探して、鉄筋屋へ就職!
 
故郷に帰って来てからは職探しです。

数ヶ所面接を受け、家から然程遠くなく、給料も中では一番良かったので簡単に決めてしまいました。

田舎の高校の普通科卒で、大学は夜間部に行っていたものの中退でしたので、何の資格もなく、一流の会社など無理でした。

おっと、夜学中退と書きましたが、正確には学費未納のため除籍となっていました。

情けない話ですね。

やはり楽あれば苦ありで、何も考えずに横浜で仕事をしていた報いだったのかもしれません。

故郷に帰って来て、初めて自分の立場を認識できたわけです。


さて、皆さんは鉄筋工事を御存じでしょうか。

建設現場で生コンを型枠に流し込むわけですが、それだけですと非常に弱い。

強度を増すために型枠の中は、鉄筋が縦横に組んであります。

阪神大震災で、倒れた高速道路から鉄筋が剥き出しになった映像は、覚えておられると思います。

あれですね、あの工事を遣るわけです。

最近では、構造計算書偽造問題で有名?になりましたので、説明の必要なしと言われる方も多いでしょうが念のため。


最初に工場、いいえ工場ではなく鉄筋加工場に行った時は驚きました。

野晒しなんですね。

クレーンと鉄筋を曲げて加工する機械はありましたが、雨の時などはカッパを着て遣るわけです。

私も幼き頃は鍛冶屋の息子、後には時代の流れで鉄工所の息子でしたから、鉄筋加工の仕事に抵抗はなかったのですが、一人で経営していた父の工場も屋根らしいものはありましたので、ちょっとショックでした。

それに、職人さんのなかには背中に彫り物があるような人もいましたので、当時の気持ちを正直に言えば「地元に帰って来て、俺は何をしてるんだ」と惨めな思いになったのは事実です。


しかし、よく考えてみれば大型クレーンを覆うような屋根付の工場では、莫大な費用が掛かるでしょうから、無理なのは当たり前の話だと納得もしました。

それに、現場では雨の中作業を遣る事も多いわけで、合理的と言えば、これほど合理的な話はないわけです。


私の場合は、営業見習いで事務所の仕事の手伝いしていましたので、プレハブの2階とは言え環境は良く、優遇されていたと思います。

しかし、30人位いた職人さんから中々口を聞いてもらえません。

職人さんたちは日当制で、休めば当然金が入ってこないわけです。

給料制の若造が優遇されて面白いわけがありません。

何とか口を聞いてもらいたい、職人さんたちと溶け込もうと、自分なりに努力しました。

これは、後々良い経験になりましたね。


・・・続きをお楽しみに!。

それではまた。







当時の気持ちを正直に書いていますが、ネット上で検索すると、鉄筋加工会社も私が知る四半世紀前と様変わりしています。女性も現場に出ている会社もあるようです。この変化は凄いです!!!クリックよろしく!
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最終更新日  2008/08/25 09:08:17 PM
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2007/07/02
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『敗者復活戦』《凡人の独立編》 第16話
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●故郷に帰っては来たけれど!

それは、横浜での生活が5年を過ぎようとしている頃でした。

文字通り青春を謳歌していたのですが、そんな時に突然父危篤の知らせが入り、慌てて帰郷し某大学病院へ駆けつけました。

担当の医師の説明では、石原裕次郎と同じ病気だということでした。

裕次郎はまだ肝臓が丈夫なので手術できたようだが、父の場合は肝臓がかなり悪いので、手術はできない。

大動脈瑠?が、1週間から1ヶ月で破裂する。

そして・・・ということでした。

(記憶に間違いがなければ、このような説明だったと思います。)


大きな瘤が出来ているように見える動脈の画像を見ながらの説明でしたので、疑う余地はありませんでした。

そこまで言われれば、母一人では不安でしたから、長男である私は、横浜での仕事や生活をすべて整理して福岡に帰る決意をしました。

当時私は、訪問販売の会社で工事をやっていたのですが、社長や先輩に可愛がられ優遇して頂いておりました。

家に仕送りしながら、歓楽街で遊ぶことも出来るような生活でした。

あんな生活は、あれから今日まで残念ながら味わえないままです(笑)。


父は、私が幼い頃は鍛冶屋を生業にしていましたが、時代の流れで食べていけなくり、その後幾つかの会社で鉄骨建築を覚え、自営ではありますが鉄工所をやっていました。

昔気質の頑固者でしたので、商売は下手で儲ける術を全くと言っていいほど知りませんでした。

しかし、現在零細企業とは言え経営者となった私から冷静に見て、昔の尋常小学校しか出ておらず、新聞の字も半分も読めなかった父が、よくぞ独立独歩の道を歩んだものだ、と感嘆という言葉を使いたいほどです。

大正生まれで戦地にも行った世代の気骨、そして胆力は、現代人が失ってしまったものだと思います。

見習うべきものがありますね。


それでも、いよいよ食べていけなくなり、鉄工所を諦め、病に伏せるまでは運送会社で働いていたようです。

もうじき60歳に手が届くという年齢でしたので、若い頃は力自慢だった父も、さすがに応えたのでしょう。

私が、横浜で青春を謳歌している間に、こんなことになっていたのですから、家業を継ぎもせず、親不孝なことをしました。


・・・ここまで書くと、なんと素晴らしいお父さん、と誤解されそうですね。

実際は、暇があれば真っ昼間でも酒を飲む、というしたい放題でしたので、商売しても儲かるわけがありません。

ぐうたらで、憎たれ口をきく、どうしようもないオヤジでもあったわけです(笑)。


話が逸れてしまいましたので、帰郷してからの話に戻しましょう。

さて、辞めたくない会社を辞めてまで、帰って来たのですから、後は、父が天国に逝くのを見届けるだけ、のはずでした。

ところがどっこいです!。

な、なんと、後一月以内に大動脈瑠?が破裂する、と画像を見て大学病院の先生が、御墨付、否、太鼓判を押した (こんな時適切な日本語は・・・笑)父でしたが、それから、なんと約10年生き延びたのです(笑)。

入退院を繰り返しながら、体調の好い時は、近くの川に釣りにまで行って、マガママ放題で、病院からは、「お父さんに、文句をあまり言わないように、言い聞かせてくれ」と何回呼び出しがあった事か。

「ダマサレタッー!」「俺の青春を返せ!」と言いたいくらいでした(笑)。


皆さん、ご家族が余命・・・・と言われても、希望を持ちましょう。

それにしても、大学病院に半年後に検査に行った時、先生が目を白黒させていたのは忘れられませんね(笑)。


・・・続きをお楽しみに!。



それではまた。






父は、最後に入院する時、初めて「俺は死ぬとか?」と言った。
余りにワガママ放題なので本人に告知しても、全く聞く耳を持たず、死ぬことなど考えてもいなかったようだ。
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2007/06/27
カテゴリ:敗者復活戦!
『敗者復活戦』《凡人の独立編》 第15話
(メルマガ敗者復活戦保存版)

奇人変人?が集う訪問販売の世界を卒業し華麗なる転身を遂げるはずが、今度は店頭販売の世界へ。

溺れる者は藁をも掴むと言います。

その掴んだ物は一体なんだったのか?。


第15話スタート!

●故郷に帰る前の、ひと時の休息?

店頭販売の会社が騙されて倒産してからは、営業が嫌になり、しばらくは肉体労働の毎日でした。

夜の仕事が金になるので、深夜の倉庫内作業をしたりして食いつないでいましたね。

会社が倒産してからは、なんかやる気がなくなり其の日暮らしのような生活でした。

苦学生を気取って大学の夜学に行っていたのに、「行っても意味がない」と中退して仕事をしていたものですから、それが駄目になって余計に投げ遣りになっていたのかもしれません。

店頭販売の会社のKさんが、「あなたは学校まで辞めて・・・」と言ってくれましたが、辞めたのは私の意志ですから、Kさんに何の責任がありましょうか。

しかし、中退したのが家にばれて、母に泣かれた時だけは参りましたけどね。

親不孝なことをしてしまいました。


そんな日が続いていた夜勤明けに、横浜の下宿で寝ていると、突然ドアを強く叩く音がして起こされました。

誰かと思ったら、訪問販売時代に一番仲が良かった四国生まれの色黒のNさんでした。

色黒だったということは強く覚えています(笑)。

当時電話もなかったですから、何の前触れもなく突然来て、そのまま連れていかれて、太陽熱温水器の販売をやることになったわけです(笑)。

この会社は、知らない間に太陽熱温水器の販売を始めていたんですね。

しかし、この時の心境は、正に『捨てる神あれば拾う神あり』でした。

やっと其の日暮らしから抜け出せるのと、それも以前の仲間と一緒に仕事が出来るのですから、こんな嬉しいことはなかったですね。


但し、私は営業はやる気がなかったので、今度は工事部の所属になり、水道工事の経験がある色黒のNさんの下で主任として働くことになりました。

慣れないことばかりで、最初は大変な思いをしました。

怪我もしましたし屋根から太陽熱パネルを落とす事故等々色々ありましたが、一番困ったのは人の問題でした。

予想外に台数が売れ始めたのはいいのですが、やってもやっても工事が追い付きません。

もうくたくたでした。

そしてまたここでも私の悪い虫が出てしまい、「人を増やして欲しい」と社長に食って掛かったのですが、予想外に「わかった、わかった」と怒りもせず認めてくれたのは、嬉しかったですね。

嬉しかったのはいいのですが、『捨てる神あれば拾う神あり』なんて言った舌の根の乾かぬうちに、この有様ですから、「バカに付ける薬はない」・・・ですね(笑)。


それにしても、訪問販売時代は売れないセールスマンで、おまけに出戻りの私だったのに、その社長からは本当に可愛がっていただきました。

待遇も良くしていただき、今から約25年前に5万円から10万円毎月実家に仕送りしながら、10万円前後のお金を歓楽街で使っていました。

お人好しの私は、一人で使うより煽てられて年上の人にまで奢ったりしていたんですね。

もし、あの当時よびりんさんのように『半分の法則』でお金を貯めていたら、私は20代半ばで会社を興していたかもしれません。

やっぱり「バカに付ける薬はない」・・・ですね(笑)。


ただ、訪問販売の会社だけあって、出入りする男たちは奇人変人ばかりで楽しかったですね。

当然揉め事も耐えませんでしたが、どれもこれも、今ではやろうと思ってもできない、若さでエネルギーがあり余っている時代でした。

貴重な経験をさせてもらったことに感謝です。


しかし、そんな生活が1年続いたころ、父危篤の知らせがあり、長男である私は仕事も生活もすべて整理して、福岡に帰ることになったのでした。



・・・続きをお楽しみに!。



それではまた。






訪問販売の会社、店頭販売の会社。
今思えば、大学へ行くことよりも本当に貴重な経験をしたと思います。
その後、武骨者の私が選んで営業職をやったのは、この原点とも言える経験があったからだと思いますね。・・・クリックよろしく!。
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最終更新日  2007/06/27 08:56:55 PM
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2007/06/22
カテゴリ:敗者復活戦!
『敗者復活戦』《凡人の独立編》 第14話
(メルマガ敗者復活戦保存版)

奇人変人?が集う訪問販売の世界を卒業し華麗なる転身を遂げるはずが、今度は店頭販売の世界へ。

溺れる者は藁をも掴むと言います。

その掴んだ物は一体なんだったのか?。


第14話スタート!

●騙すより騙される方がいいなんて、嘘だ!

あの演説会?から3ヶ月が経ったというのに、今までと変わらずスーパーで店頭販売の毎日。

あの夢のような全国展開の話は、どこに行ったのでしょう?。

指導員として全国を飛び回っているはずなのに、今までと何の変化もない。

仕事に身が入るわけがありません。


ある日、マネージャーのKさん、いや、総務課長のKさんから呼び出しがありました。

京橋の事務所に、スーパーが閉店したら必ず来るように・・・。

高田馬場の新事務所ではなく、京橋と聞き悪い予感がしましたね。

Kさんの声も元気がありませんでした。

本来なら合併する前の本拠地に用はないはずです。


京橋の事務所には、H社長、奥さん、Kさん、他の社員のNさんとIさん、それに私の合併する前のメンバーが揃いました。

おもむろに社長が困惑の表情で口を開きました。

「会社を閉める事になった。おまえたちには申し訳ないが、私の不徳が原因としか言いようがない。」

あまりに驚いて、社長が何を言っているのか全くわかりませんでした。

若い社員は、狐につままれたようで呆然としているだけでした。

この言葉も記憶が曖昧です。


そして、冷静になってよく聞いてみると、合併した時、あの社長と本部長の会社は、すでに破綻していたようです。

合併して、直ぐに地元にちょっと帰るから100万円用意して欲しいという話から始まったようです。

ある地方出身だったその社長は、地元にも親族と共同経営の会社を持ち、それも倒産寸前だったのです。

慌てて帳簿を見てみると、もはや破綻状態。

財布の中身も殆んどカラッポだったのです。

負債は、約25年前で数千万。

何故、そんなことに気付かなかったか?。

社長もKさんも、それほどバカではなかったと思いますが、仲を取り持ったコンサルタント会社のM先生に、全幅の信頼を寄せていましたので、何の疑いも持たなかったと言うのです。


「あのおっさんの責任じゃないですか。あの男から金を取りましょう。」

私は、一人で興奮して社長やKさんに訴えました。

もちろん、こうなるまでかなりの修羅場があったようです。

コンサルタント会社のMも騙されていた、と社長もKさんも言うのです。

そんなこと、信じられるわけがありません。

私だけでなく他の社員も納得出来きませんでした。


すると、それまで黙っていた奥さんが目に涙を浮かべて・・・。

「○○君、もう何もかも終ったのよ。ごめんなさいね」

こんな意味のことを言われたものですから、私は、もう言葉が出ませんでした。

これ以上話しても、奥さんを苦しめるだけになってしまいます。


もちろん、当時20代前半の私ですから、興奮しているだけで何の役にも立たなかったのは間違いないですね。

何の相談もなかったのは、当然のことでした。

こんなことになっているのは露知らず、能天気にフランチャイズの指導員の夢を見ていたのですから、情けないとしか言いようがありませんね。


結局、社長は家も土地も手放すことになったようです。

一度だけ、自宅で奥さんの手料理を御馳走になったことがありました。

その一戸建ての家は、確か山の手線の内側か?、記憶が曖昧ですが、とにかく直ぐ近くに山の手線が通っていました。

バブルの頃だったら、どれくらいの値がついたんでしょうね。

 
社長は全てをなくしましたが、誰にも迷惑は掛けていません。

凄いことだと思います。

そんな社長ですから、旧くからの友人の方からのお誘いで、その方の会社に就職。

女性マネージャーのKさんは、優秀な女性でしたから、やはりお誘いがあり再就職。

同僚のNさんは、人柄も良かったので、Kさんのご主人の会社に就職。


そして、Kさんが私に言ってくれました。

「あなたは、どこに行ってもやっていけると思うわ・・でも」

でも、なんだろう?・・・・。

Nさんのようにどこかに紹介は?・・・ないの・・・でしょうか?。

「あなたは、S急便に入ってお金を貯めて何か自分でやりなさい。その方がいいと思うわ」

ガッ~ンと来ましたね(笑)。

確かに当時のS急便のドライバーは、大変なお金を稼いでいました。

Nさんと違って、私は、組織の中でやっていくのは、無理だろうと思われたんですね(笑)。

しかし、今考えると、よくそんな私を我慢して使っていただいた、と感謝しかありません。

仕方がないので、その後しばらくは、どこにも入らず肉体労働で食いつなぐことにしました。


この店頭販売の会社に勤めたのは、たった1年でしたが、KさんとNさんとは今でもお付き合いがあり、私が平成14年に首の手術した時は、メールや電話で励ましてくれました。

社長とは、その後私が父の病気で福岡に帰ることになり、帰る前に一度お会いしただけです。

今、どうなさっているか知る由もありませんが、お元気で平穏に余生を送られていますように祈るしかありませんね。


それにしても、何か、夢を見ているような1年でした。




・・・続きをお楽しみに!。



それではまた。






あの社長は、逃げもせず全ての責任を全うしました。騙されはしましたが、今世間を騒がしている社長たちに比べたら遥かに立派な方でした。徳が高い、とはあんな人のことを言うのかもしれません。
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最終更新日  2007/06/22 09:02:12 PM
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