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カテゴリ:つれづれ
何か最近ばたばたしてて、気が付けば日記を書く事すら忘れていた。
日々これ塞翁が馬ではないが、そろそろ人生の終焉に向って拍車がかかったのかも知れない。 ロビンソン・クルーソの棲み家が発見されたとか。もっともロビンソン・クルーソは小説の人物だが、発見された場所がロビンソン・クルーソ島というから、今までわからなかったのが不思議だ。発見者は日本人とか。 もし島流しにあったりしたら、今の文明にどっぷり浸かってる我々は何人生き残れるのか。サバイバルでは、生きる意志の強い者が最後まで残るのだろう。創造する事の苦手な案山子などは、まず漁や狩りを試みた後、無理だとわかり悲観して沖合いに泳ぎだすのが関の山だろうなぁ・・・。 前回の「オペラ座の怪人」思い出したが、6、7年前ある小学校で金管バンドの指導をしていた時、たまたま楽譜を発見して次回の体育祭の曲に推薦したことあったっけ。あっそうそう、それとあの映画のヒロイン、どっかで見たことあったと思ったが、「ディ・アフター・トゥモロー」ででてたっけ。この日記でも早見優に似てるって書いたはず。天は二物を与えずっていうけど、役者だけではもったいない。 今日は徳島方面へ行ったが、用事を済ませた後、久々にピアノ教師からうどん屋の女将に転職した(すばらしい転職!)先生の店を訪れた。店に入ると、あいその悪いおばはんが奥にいたので、先生かと思い、貫禄ついてきたなぁ~って思ってた矢先、店の外から先生が現れ、にこにこしながら「まぁ、いらっしゃい!」って歓迎してくれた。先生には言葉に表せないぐらい、色々と御世話になったが、職は変わっても、心根が変わらないのがうれしかった。 さて、かけうどんの大を頼み、ひとすすり・・・・おお!味が前回より極端によいではないか。しばし歓談するが、水がおいしいうどんを作る秘訣ではないかって訪ねてきた。軟水の度合いによるのではないかって答えたが、心の中では先生のうどんに対する情熱に密かに舌を巻いていた。讃岐うどんを知らしめたきっかけは案山子だが、実戦で鍛えている先生にこれ以上言うことはないと実感。 神戸ナンバーのお客が入ってきたのでさて、帰ろうとしたら、おみやげに天ぷらの詰め合わせ、徳島名産スダチ、そしてお米まで頂いてしまった。恐縮しながら心の中で、先生頑張って!と唱え帰途についた。 今日は敬老の日。5人に一人が60歳以上になった、高齢社会において敬老とは幾つぐらいからだろうと考えた。もちろんちゃんとした定義があるのだろうけど。それで思い出した事は、昔、母方の祖父に敬老の日に何か忘れたが、プレゼントした時、そんな年じゃないと母に言われた事だ。考えてみれば、早くに母が自分を産んだせいもあって、その時の祖父の年は多分50代前半であったろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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