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曹操閣下の食卓

☆SD戦略の理論

☆システム・ダイナミックス戦略の理論

 コンピューター技術の進歩は、数値予測の手段を発展させた。
 まず、ナチス・ドイツの暗号「エニグマ」解読のためにイギリスで発明された暗号解読器が電子式計算機のはじまり。
 フォン・ノイマンが弾道計算や原子爆弾の物理方程式のために自分で開発した≪エニアック≫が基本的な四則計算コンピューターの原型。
 そこで現在の画像処理などの技術が発達した段階で「非ノイマン型コンピューター」というパラダイムまで生まれた。

 最初に民間需要向けに転用された「ユニバック・ワン」は、1946年のアメリカ大統領選挙の当確予測に使われ、大方の予想を裏切って、トルーマン大統領の再選を的中させた。
 それに続いたIBMもコンピューターを主に選挙の集票読み取りやマクロ現象の予測の道具として売り込んだので、当初からコンピューターは集計や会計のような現実の情報処理と並んで、それらを基盤として将来の予測方法を織り込んだシステム技術の開発がなされた。

 次にコンピューターは、アイゼンハワー政権の下で、ソ連との宇宙ロケット開発競争で、有人宇宙衛星を実現するための軌道計算などに威力を発揮した。
 こうした力学的な現象予測のソフトウェア技術開発が進むと、次に研究者は社会科学の分野にも同じ力学原理・ダイナミックスが適用できるのではないかと考え始めた。
 ワシリー・レオンチェフがノーベル経済学賞を受賞した≪投入・産出分析≫はマクロ経済の集計数値を景気循環や景気動向の指標としてとらえ、1960年代の西側諸国における急速な経済成長路線をコンピューターを使った分析によって明らかにした。

 このように多くの経済学者が「経済成長」の分析と、その発展と拡大の政策に腐心しはじめた同じ時期に、「経済成長神話」に代表されるような考え方に対して、都市人口の過密化や生活環境の悪化を≪生態系の崩壊≫と≪エネルギー消費の限界≫などの≪逆の発想≫として公表しはじめたのがマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者たちである。
 彼らは政府の委託を受けて、自動車交通の過密と交通事故の増加、大気汚染などの関係を≪MITレポート≫として集約するうちに、これまでのアメリカ型の経済的な繁栄はさまざまな≪成長の限界≫に到達すると考えはじめた。
 その重大な警告は世界に衝撃を与え、石油危機として現実のものとなった。
 社会経済現象をコンピューター・シミュレーションによって分析する方法は、今日の政策科学の基本的手段である≪システム・ダイナミックス≫として体系化された。

 その代表者であり、創造者がジェイ・フォレスターJay Wright Forresterである。
 彼の主著≪ワールド・ダイナミックス≫(小玉陽一訳 日本経営出版会 1972年 "World Dynamics"1971)という著書で社会システムの特性を見かけ上の≪ワナ≫として次のように列記している。

 (1)ある問題の解決に処方される対策は「副作用」が内在し、前よりも事態を悪化させるかもしれない。
 (2)短期的な改善をしようとする試みが、しばしば長期的な問題を悪化させる素地となってしまうこと。
 (3)問題の全体からして局所的な場当たりの解決が、全体の目標と矛盾したり、阻害要因になること。
 (4)ある問題解決に費やされる努力は、それ以外の拮抗力に阻害され、十分な効果が期待できない。

 これらの戦略的な矛盾を解決するには、どのような問題にあってもシミュレーションによって≪ワナ≫にはまらないような処理方法の可能性をさぐり、政策決定の判断基準としなければならない。

 古代の≪孫子兵法≫においても、「数(データ)と算(シミュレーション)」は非常に重視され、第一章の結論として「算を得ることが多ければ勝ち、算を得ることが少なければ負ける」と主張されている。
 現在ではアメリカの大統領選挙における財政政策の議論において、ブッシュ・ケリー両候補とも同じデータソースに基づく財政シミュレーションという共通の土俵で政策論争が行なわれていた。
 現在は、わが国の財務省の政策決定においても、財政シミュレーション技術が応用されている。

 民間企業間の競争においては、もちろんコンピューターによるオンライン・ネットワークを戦略的に活用する技術が発達をとげてきている。
 コンビニエンス・ストアの発達で、流通業界は販売情報を全品管理し、すぐに欠品を補充するための情報システムとして≪POS≫という情報ネットワークシステムを構築し、これは25年の実績があり、世界的に評価されている。
 ただし、この原型システムはすぐに欠陥が出たので、次に≪SIS(戦略情報システム)≫という改良コンセプトが発達し、この改良型POSネットに、代金支払いや金融システムをのせて現在に至っている。
 POSは、もともとコカコーラなどの単品販売における欠品情報の自動連絡システムであった。
 これに対して、数百種類の商品を扱うコンビニエンスでは≪売れ筋をつかみ、売れ残りを圧縮する≫という思想を持っていたので、厄介者の売れ残りの品物をやっと売り払っても、再びその補充を自動指令してしまうPOSは少なからぬ混乱を引き起こすことになったのである。
 つまり、流通業者が知りたい情報は、仕入れと販売の「時間の遅れ(タイム・ラグ)」であり、売れ行きの速度「スピード」の数値情報なのである。
 商品の大きさにもよるが、「販売速度」スピードは、総合的には店舗の運営コストに関係している。
 そこで自動欠品管理ではなく、≪売れ筋情報をつかむ≫という戦略目的をシステム構築のメインにすえて、購入者の性別や年齢層、販売した時と場所の状況、天候や気温の変化まで、「なぜ売れたのか」という手がかりを情報データとして集積し、その過去の経験や教訓などを生かして、仕入れ内容の増減に反映させるという方法に変わった。
 これが戦略情報システム(SIS)の名前の理由である。

 膨大な販売データの中から将来予測に役立つ≪戦略情報≫を集積し、寒い日には暖かいものを販売し、暑い日には冷たいものを売るという具体的な戦術につなげていく。
 その意味では、昔の伝統的な小商店が四季折々の儀式を重視し、季節ごとに「店卸・廉売」などを行事として定着させていたように、「お店(たな)」にはいつもワクワクするような新しい情報がなくては、来店回数を増やすことはできないのである。
 現場では、「近くの小学校で運動会のある日には弁当がたくさん売れる」といった作戦レベルでの仕入れ注文が出てくる。
 そこで現場の責任者は、周辺の小学校の運動会の期日をすべて確認しておくという情報探索も必要になり、どうやったらコンビニで弁当を買ってもらえるか、つまり大人向け弁当と子供向け弁当の割合はどうなるかという現場責任の見切り判断も欠かすことができない。
 現場に優秀な経営判断がなければ、消費者を満足させることができない。
 不満がある消費者は激怒して、ほとんど別の店に行ってしまうのである。
 情報が集積する中心にいる本部では「運動会の季節になったので、子供向けのメニューを入れた新しい商品を開発する」などといった大きな戦術手段を用意していくことしかできない。
 本部が現場に手を伸ばして、できることといえば、教育と研修だけなのである。
 もちろん、他のコンビニエンス・チェーンも競争対抗策をとる場合がある。
 したがって≪戦略情報≫のやりとりにあっては、本部と現場は緊密な関係を維持し、戦術と作戦を一体化させて、どこまでも戦略目的である≪売れ筋≫を二人三脚で追いかけなければならない。

 この現場レベルの作戦展開の不活発と、本部レベルの戦術選択が、不幸にも誤ったコースに進んでいくとどうなるか。
 スーパーのダイエーが業績悪化して、経営危機が表面化したのは、このような原因によるものだと考えられている。
 すなわち、本部がすべての人事権限を掌握しているので、本部の命令に忠実にしたがって成績をあげた人物の昇進が早く、現場の特殊な事情などは本部は聴こうともしない。
 「いいものをたくさん、安く」という本部サイドの価格破壊戦術が当たり続けて、営業成績が上がっている時点では、このような価格戦術中心の指導力は次々に巨大化する組織をまとめていく上で必要不可欠だともいえる。
 ところが組織があまりに巨大化してしまって、それぞれの現場が本部の指示を待たないと動けないような仕組みができ上がり、指示待ちの間にビジネス・チャンスを他のライバルに取られる「負け癖」がついてしまうと、≪戦略情報システム≫は逆の効果も増幅させることがわかった。

 簡単にいえば、ダイエーがいくら巨大でも、ユニクロで何が売れているかはわからない。
 どんな価格で売っているのかもわからない。
 ダイエーの店舗の中に≪売れ筋≫がなくなり、消費者に「特に欲しいものはダイエーにはない」という印象を持たれてしまった場合に、SISを稼動しても、POSのように売れ残りばかりを自動的に補充してしまう結果になり、各店舗内に不良在庫がドンドン増える結果になってしまう。
 すると単純な成績主義も裏目になる。
 ひどく売れ残りを抱えてしまった店舗では、追いつめられた店長が成績をごまかして、本部に虚偽の数値を報告することになる。
 ダイエーの場合、よく調べてみると、この不良在庫の山が数年分も残っていた実例が多数あった。
 製品開発や価格設定は、本部レベルの戦術にかかっているわけだが、安値競争をしている量販店では価格の設定はほとんど現場に任されている。
 「他の店より安くします」という看板が多く見られる時代になっているのに、本部レベルの戦術が適切でなかったのは同族経営のしがらみで、中内ファミリーがお気に入り人事を進めて、自分より有能な人物をしりぞけたり、異論や反論をしりぞけていった経緯があった。
 戦略システムそのものを破壊する阻害要因が中内ファミリーそのものに存在するという事実が、誰の目にも明らかになった時点で、≪中内経営哲学≫も終焉したのである。
 これが戦略・戦術・作戦の使い分けという大原則を誤った末の結果であることは言うまでもない。

 こうして長崎屋・ダイエーなど経営再建に着手した大手スーパーが、百円ショップ・コーナーを店内に設けたり、ユニクロなどの繁盛店を店内の一角に空け渡して、他店のノウハウも吸収することから、売り場の再建に着手したのが第一ラウンド。
 ところが、ユニクロ(ファースト・リテーリング)も店舗数が巨大になり過ぎ、過大になると、ダイエーと同じ「巨大病」が生じてきた。
 過去のユニクロの消費者は今、雪崩のように、コムサ・ストアとGAPに流れている。
 ユニクロの店舗の中に≪売れ筋≫がなくなり、消費者に「特に欲しいものはユニクロにはない」という印象を持たれ、各店舗内に不良在庫がドンドン増える。したがって、単純な成績主義も裏目になり、売れ残りを抱えた店舗では、追いつめられた店長が成績をごまかす。
 売上高一兆円のダイエーは沈没まで十年以上かかり、ゆっくりと「神話」は消えていった。
 ユニクロが「危ない」と株式市場でいわれながらも、店舗数拡大をつづけ、「ユニクロ・ショック」の業績悪化で方針転換するまで、数年も要しなかった。
 巻き返しはやっているが、デザインのGAP、デザインに加えて厳しく店員教育をしているコムサ・ストアには、なかなか利益率では追いつけない。
 「利益率の高い商品アイテムを拡大して」というオプションは、セオリー・ブランド、靴製造会社の買収でやってみた。
 その効果はよほど爆発的なヒット商品が出ない限り、「焼け石に水」になることはわかっているはずだ。
 ショックはまだ癒えていない。

 閣下がユニクロの最高経営者ならば、一部の店舗の看板を架け替え、少し暗くして、ライティングだけでイメージを変え、セオリー・デザインを半額で出せるリニューアル・チェーンにしていくね。
 ただし、急場のリニューアルに決して経費をかけないこと。
 慎重に「成功できる」場所を選ぶこと。
ここが《ワナ》に陥らないポイントでね。
 悩みの多い敗軍を撤退させながら、別の軍隊で新たな攻勢に出るわけだ。

 今、世界はわれわれの見えない競争と闘いに満ち溢れている。
目を開いて、その現実に着目した時、あなた自身の闘いがはじまるのである。


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