☆財政戦略の理論☆財政戦略の理論政策構想と国家戦略には、地政学とともに財政問題が欠かせない。 そして財政は、常に経営戦略理論の応用展開を踏まえたものでなくてはならない。 《孫子兵法》も第二章に作戦篇を著わして、国家財政と戦争経済の問題を検討している。 《孫子兵法》で「作戦」というのは、戦争期間の事前事後の経済財政的な基盤と運用を説くものである。 五百人の軍隊がいて、五百人分の食料と武器と便益が用意できないとき、軍隊の指揮は崩壊し、兵士は飢餓に陥り、生きるための略奪や強盗もしかねない状況に陥る。 「十分な食料がなくては、兵士は動けない。最新最強の武器がなくては、兵士は戦えない。他国よりありがたい恩賞がなくては、兵士は進まない」という話は現代の組織にも通用する真実である。 《墨子・節用篇》は、この問題を論じている。 《節用》というのは、節約と利用の語を重ねたもので、 「死んだ金を使うな。金は生かして使え」という墨子の強烈なメッセージが込められている。 「偉大な指導者が国家を治めれば、一国は倍増することができる。これを大きく天下の政治に用いれば、天下も倍増することができる。倍増させるといっても、天下が二つになるわけではなく、単純に外に侵略戦争をしかけ、領地を拡大して倍増させようとするのではない。その国民経済の中からムリ・ムダを省くようにして、国家の金を活かして使い、国民生活の満足を倍増するのである。偉大な王者が政治を執っていた時代、その命令によって公共事業を発生させた目的は、国民の経済活動をいっそう便利なものにするため、そして社会的なコストの削減に効果的な事業に絞り込まれ、限定されたのである。これによって、国家が政策的な投資をすればするほど国民の便益は増加し、社会的なコストは削減され、国民経済は合理的になり、国民も努力すればするほど利益は増加し、多大な社会的成功となったのである(聖人為一国、一国可倍也、大之為政天下、天下可倍也、其倍之、非外取地也、因其国家其去無、足以倍之、聖王為政、其發令興事、便民用財也、無不加用而為者、是故用財不費、民徳不労、其興利多矣)」 古代の知恵は本当に現代にも通用するものであることを痛感させられる。 われわれが見失った知恵の源泉は、常に古典にあるのである。 財政を戦略的に運営するという議論は、松下幸之助翁のような民間の企業経営者から起きた議論であった。 彼が昭和21年に、「PHP」の旗を揚げて、このような議論をはじめたとき、真っ先に理解を示したのは物理学者の湯川秀樹教授や、戦前の駐米大使だった野村吉三郎元提督など数人だけであった。 多くの財政学専門の研究者は、企業経営の経験などもちろんなく、「戦略」という言葉だけを聞いても何のことか正確に知らないために、最近までこのような要望には応じられなかった。 それどころか、本当の心情においては、 「学問も知らない電気屋の親父が何を言うのか」と反発して、そんな突拍子もない議論に耳を傾けたり、理解さえもしたくなかったに違いない。 こうして日本の財政は五十年以上も合理的な真理に目を閉ざしていた。 数年前までの財政学の教科書を読み返せば、財政学は税制と支出政策の学問であり、税金の使いみちや支出方法の合理化については何の視点も持たないままで、莫大な国家予算のバラまきと、新税や増税の問題提起に関わってきた人々の牙城であったことが直ちに理解されるであろう。 しかしそれは本当の「牙城」などではなく、ただの「画餅」だったのである。 小渕政権まで自民党政府は、橋本内閣の増税ショックに懲りて、大幅な減税政策を打ち出しながらも、その一方で公共料金を値上げしたり、介護保険など新たな社会保険料を新設して、全体の国民負担率から見れば、公共経済負担の膨張に歯止めがかかっていなかった。 つまり実質的に大幅な国民負担を強制しながら、部分的に少しばかりの減税をするという「ごまかしの財政」をしていたのである。 この大きな戦略矛盾の失敗を「二枚舌の財政ではないか」と痛烈に批判したのは、前衆議院議員の鈴木淑夫博士だけであった。 こうした経済政策間の矛盾こそが財政戦略の欠如である。 したがって財政学の一部は、全く名前だけの「ごまかし」の学問芝居に堕していると批判されなければならない。 語学ができるつもりでいて、実際にネイティブ・スピーキングにぶつかって、急に語学に自信がなくなって、せっかく一人で外国に来てもホテルの部屋に閉じこもってしまう日本人は非常に多い。 「声を上げない」ままで、タコツボに引きこもっている経済学部教授は、結局は何もわかっちゃいないから発言できないのである。 私は平成七年に産経新聞の紙上で、次のように訴えたことがある。 ■《徹底的な行政改革でムダ排せ》 「日本の国が民間企業だったら、とっくに破産している」ということは、多くの経営学の専門家が認めている。 国ばかりではなく、地方自治体にはすでに破産状態のところもある。 国民のためにと、われわれの子供や孫の名義で膨大な借金をし、クレジット・カードを好き放題に使っているのが「日本政治」の正体である。 さらに借金が増え、国債発行が増加していくのにブレーキをかけて止めることができない。 止めようとする人間がいないからである。 政治家も官僚も、新たな利権と予算の獲得を競いあうありさまで、政府の財布をにぎっている大蔵省は増税をもくろむ。 それよりも、税金をムダにつかう役所を解体して、徹底的な行政の合理化を図るべきである。 行政改革の問題で、時代遅れの政府系金融機関を統廃合したり、国営企業を民営化する動きはあったが、役所の仕事に「生産性の向上」を求め、公務員にコスト意識を徹底して、事務作業のやり方を民間企業なみに改善することについては真剣な論議は聞かれない。 過疎地域では票数三百票ぐらいで当選する地方議員もいるようだが、都市の中学校の生徒会長選挙より得票が少ない。 思い切って定数を削減すれば経費も減り、議員の権威も高まるだろう。 いま政治に必要なのは、とにかく徹底的なコスト削減をめざす経営改革である。 不合理な行政慣行を完全に廃し、事務作業の進め方も民間企業のように時間と期限を設定して、キビキビと仕事を仕上げるルールを確立することだ。 公務員教育も一般社会にも通用する「サービス産業」という職員各自の明確な自覚に立ったものに改め、その反応ぶりが、民間のボランティアの活動に比べて見劣りがしないようにする。 そして、すべての公務員が業務内容の改善について自由な提案の権利を持ち、よいことはすぐに実施し、よくないことは即刻やめるようにしなければならない。 そうすれば行政コストは必ず削減することができるようになり、行政機関は納税者の生活にとって必要不可欠なサービス・センターとして生まれ変わることができるだろう。 政治の本質は、経営にある。 経営の原則にはずれた政治は、決して存在しえない。 日本の政治が硬直化しているのは、つまるところ経営の基本原則に反しているからではないか。 (産経新聞 平成7年12月15日) また平成十年の八月には参議院選挙の結果を踏まえて、次のような主張を展開した。 ■《わが国の命運、経済政策の選択に》 十八世紀のパリに、チュルゴーという中国趣味の財政家がいた。 彼は鮮魚市場の監督官に就任すると、清王朝の経済政策を実験すべく、市場取引税の税率を半分にする大胆な減税に踏み切った。 市場の取引は活発になり、最終的な税収総額は以前と変わらなかったという。 大幅減税をしても、景気が回復して経済全体が成長すれば、長期的に財政状況は改善される。 レーガン政権が、このサプライサイド経済学派の主張に基づく大幅な減税を断行したとき、保守的な経済学者は呪術宗教になぞらえて「ブードゥー・エコノミックス」とこきおろした。 ところが結果は見ての通りだ。 橋本龍太郎元首相が公約した恒久減税は、小渕恵三首相も対外的に実行を約束し、国際公約になった。 ところが宮沢喜一蔵相の私案と大蔵省案が対立しているうえ、野党にも複数のプランがあり、いまだに調整ができていない。 選挙制度改革案が四分五裂した宮沢首相当時と同じ状況だ。 与野党の論議が紛糾して手がつけられない状態となり、それを口実に政策の実行は先に延ばされ、いずれは葬り去られる運命にあるのではないか。 そもそも宮沢蔵相は高名なケインズ主義者である。 彼がバブル経済の契機を作った円高不況脱出のための景気刺激策は、国家予算を大規模公共事業に傾注するケインズ主義的政策であった。 この失敗については宮沢蔵相も衆院本会議で部分的に認めている。 ところが財政当局が準備中の来年度予算案の景気刺激策の骨子は、またもや公共事業拡大である。 だが公共事業の増発は、長期の維持運営費など採算性を度外視したものが多く、地方財政の悪化につながる。 赤字国債の発行は、さらに赤字地方債を累増させるのだ。 宮沢蔵相の本音は、各地方の組織票の元締になる建設業界にテコ入れし、同時に公的資金を銀行再編に注入して、政治資金の蛇口になる銀行業界を一日も早く再生させることにあるようだ。 その場のごまかしと無責任な先送りで政権を自壊させていった幕末の幕府首脳の轍(てつ)を踏むつもりなのか。 童話のマッチ売りの少女は、酷寒の中で売り物のマッチを一本一本燃やし、温かい家庭の食卓や理想の生活を夢見ながら凍死してしまった。 わが国の命運を、マッチ売りの少女のような酔生夢死の経済政策にかけるのか。 あるいは減税政策が実行できない場合、恒久減税を断行する新政権樹立のために政界再編を起こすべきか。 さらには解散総選挙をすべきか。 すでに参院選で目覚めかけた国民の再覚醒が、この選択のカギを握っているといえる。 (産経新聞 平成10年8月25日) これらの主張は、現在から見直してみても、間違いはなかったと思う。 財政は堅実な経営戦略と実力と手腕のある経営のプロによって運営されなければならない。 松下幸之助翁が昭和21年に明確に表明し、そしてスタンフォード大学名誉教授のマイケル・ボスキン博士が1980年代に体系化したように、 「財政は経済の経営であり、経済は国家の経営である。そして経営組織は経営戦略にしたがう」からである。 森前内閣で発足した財政諮問会議の原型は、昭和三十年代の佐藤栄作内閣における第一次臨時行政調査会で、労働組合の総評議長太田薫氏が提起した「太田私案」にある。 行政の合理化は行政権限の拡大と利益が一致した官僚機構にはできない。 民間企業はコストダウンのために技術革新を導入し、そのたびに生産体制の機構そのものを改善してきた。 機構をコストダウンのために改善するという発想は官僚機構にはない。 コストダウンをして特別な成果をあげても、出世が早くなったり、給与があがるわけではない。 そのことが政府内部で足を引っ張り合ったり、互いの弱みを攻撃しあう公然戦争に発展することを恐れるのだ。 日本にはこれだけのたくさんの大学経済学部があり、経済学者も財政学者も多数いるのにもかかわらず、そのほとんどは政策論争の経験など一つもない「タコツボ学者」が多かった。 海外の政策論争を理解して、日本に紹介するぐらいの語学と知見の能力があれば、日本経済新聞にコラムも連載できたわけだ。 一方では、実際の経済学部では、リカードとマルサスの「穀物法論争」はかなり詳細に勉強したわけだが、 「センセイ、間接税の導入に反対しないんですか」と聞くと、答えをアイマイにする教授たちがほとんどだった。 「反対」という教授もいたが、経済学的な根拠は何一つ聞けなかった。 今の民主党ではないが、ただ反対する理由はたくさんあっても、 「対案」の具体的な理論や政策論がないのである。 要するに自民党(中曽根・竹下)政権が嫌いなだけで、別に深い理屈はなかったのである。 政策論争という前に、大学教授が自民党政権のブレーンになるということ、そのこと自体に嫌悪感や遠慮があって、みんな安全なタコツボに隠れていたのである。 そして現代政治や政策の議論に積極的に関わらないことで、どうにかこうにか格好をつけていたのであった。 みんなが仲良しで、お互いがタコツボの中の「裸の王様」だったのだ。 それで元證券マンの経済評論家とか、證券アナリストの資格もない自称エコノミストなどが、 「景気対策をやれ、税金をつぎ込め」とクチうるさく発言し、政治家もウカウカとそれにだまされ、 「巨額の金をまんべんなくバラまけば何とかなるだろう」という胡散臭い話にマンマと乗っかってしまったのだ。 それで、せっかく土光敏夫臨調の行政改革で得られた成果を、そのまま世紀末バブル経済に投げ入れ、火に油を注いで、大団扇であおる結果になったのである。 バブル経済は、当時の日本人の大半を狂わせた。 何の役にも立たない金塊を一億円で購入して、市民に見物させたバカ自治体もあった。 その狂気と麻痺は、バブル崩壊の後も、ずっと尾を引いた。 ウルグアイ・ラウンドのコメ市場開放でコメ流通が混乱したことは細川内閣にも痛手だったが、自民党は政権に返り咲くと、さっそく農業振興対策費六兆円の特別会計予算をつくった。 これは山間地に農道や林道を整備して、まんべんなく予算をバラまくための資金だったが、まだ土地の値上がり熱が冷めきっていない時期だから、土地の買収もできない。 環境保護団体は林道建設に反対するばかりか、しまいには自然林の大樹一本一本にまとわりついて伐採に反対した。 そこで各地に「ご当地温泉を掘ろう」という熱狂的なブームが起き、まるで各市町村三つに一つは温泉ができたのではないか。 ここにウルグアイ予算がメチャメチャに投入されたのだ。 たまりかねた衆議院議員が予算委員会で質問した。 「農業振興費をどうしてこんなに各地の温泉開発に流用するのか。予算支出の目的とちがうではないか」 農水大臣曰く。 「農業の皆さんも、仕事が終わったら、近場の温泉でゆっくりできるわけで、それがひいては農業の振興にも非常に役立っているかと思う」 この冗談の巧みな農水大臣は、今は総務大臣をしている。 さすがに最近は、「沸かし温泉」・「循環温泉」・「湯の花(入浴剤)温泉」という「ニセ温泉スキャンダル」があって、有名な温泉まで宿泊観光客が激減した。 「ウルグアイ温泉」は、今日も「沸かし湯」とともに、赤字を垂れ流している。 「われわれ大銀行に公的資金を注入しないと、日本経済が崩壊しますよ」などと、衆議院参考人質疑で、平然と発言する傲慢な銀行経営者の態度に、われわれは唖然としたものであった。 そいつは妙チキリンな話だ。 「われわれ有能な医師に高額の手術費用を支払わないと、あなたの寿命は持ちませんよ」と言うような傲慢な医師がいるだろうか。 その経営者も不正な融資先の高級旅館経営者の接待を受け、熱海の温泉に行くたびに芸者を指名して、自分の自室に連れ込んでいたと報道されると、とたんに口をつぐんでしまった。 この経営者も世間体を捨て、バブルの狂気に踊りつづけた末に、国会の場に引き出されても、知覚も自覚も麻痺していたのである。 わが国の根幹が腐敗堕落の極みに達していることは、今日までも暴露が続いているありさまである。 そこで私は平成10年に再び筆を執り、このような経済学の俗論党を「タコツボ経済学」と公然と論難攻撃したのである。 ■《国策を誤らせるタコツボ経済学》 日本にはこれだけ多くの大学があって、経済学の専門教育研究機関がありながら、「現実の経済政策はどうすべきか」という問題には、株式評論家とか金融エコノミストの思いつきのような意見がマスコミと世間を引きずり回している。 奇怪としか言いようがない。 実は日本の経済学者や経営学者は「世間知らず」の人が多い。 いわばゲームの達人であり、歴戦の勇士ではない。 れっきとした大学の金融経済論の教授が、学生がデリバティブや電子マネーの質問を持ってくると、何一つ答えられないので逃げ回っている。 タコツボの中でしか通用しない、タコツボ経済学で満足しているからだ。 ある経済学者は、「調整インフレを起こせ」という暴論さえ公言している。 アメリカのカーター政権の例を引くまでもなく、穏やかなインフレ政策が引き金になって国際的な通貨価値が暴落すれば、激しい物価上昇と経済不況で恐慌化が進み、スタグフレーション状態になる。 政府筋が「インフレ政策をとる」と発言したとたん、円相場は大暴落、一ドルは二百円まで暴騰だろう。 つまり調整インフレ政策は、国民経済が半ば閉鎖的であり、マネー・サプライを中央銀行が管理できるレベルでしか可能ではない、ということである。 日本各地は、採算不能に陥った工業団地や倒産同然の第三セクターであふれかえっている。 バラマキ行政のツケが地方財政をつぶしかけている。 国債関係支出は、予算全体の四分の一を喰っている。 このように社会資本の投資効果がゼロを通り越してマイナスになる社会経済状況は、ケインズ自身が「ケインズ政策の限界」として規定したものではないか。 私は公共投資の必要性を完全に否定するわけではない。 しかし、これからの財政は《経営の知恵と哲学を要する》と考える。 現在レベルの円安が続くなら、アジア経由で欧米向に輸出を増やした日本企業の立ち直りは早くなる。 デフレで物価の低落が進んでいるのは、中期的にみれば経済の足腰と体力を強める。 ひどく円安が進行したら、日銀はためらわず公定歩合の引き上げを検討すればよい。 「弱い」といわれながら日本には、まだ使っていない政策のフリーハンドがたくさんある。 政府の予算も、ムダだとわかっていながら浪費されている部分が多い。 不生産的投資を減らし、効果的な事業に投資を集中すれば、投資総額を減らして効果倍増という結果も得られるかもしれない。 必要なのは、臨機応変に的確な処置が出せる臨床経験と、無から有を生み出す経営能力であり、歴戦の勇士たちなのだ。 (産経新聞 平成10年9月24日) 平成13年にも調整インフレ論は、「ターゲット・インフレ政策」という議論で、またまた息を吹き返してきたので、私は再び筆をとって、これらの俗論党を徹底して攻撃したのである。 ■《金利ゼロの先には何がある》 戦前のこと。 経済学者のシュムペーターが来日し、現在のキャンパスに移転したばかりの一橋大学兼松講堂で講演した。 その時、生意気盛りの学生が議論をふっかけた。 「先生の御持論の金利ゼロ状態は事実上不可能ではないか」 シュムペーターは真顔で応答した。 「いや、いつの日か金利はゼロになるさ」 日本経済のイノベーションや生産性が公共部門の不採算性と停滞に引きずられてゼロサム状態に陥り、ゼロ金利は現実になった。 しかし、それを容認するかは別問題だ。 経済学者の中には、以前から「デフレ不況の落ち込みを抑止するにはインフレ政策が必要だ」と主張する人々がいて、今夏の参議院選挙に引き続いて景気回復を目玉公約としたい政権の意向と利害が完全に合致したようだ。 しかし私は問いたい。 全国の百円ショップが百二十円に単価を引き上げたら好景気になるのか。 公共料金や消費税を再び引き上げてもいいのか。 食品の物価が上昇したら、すぐ国民生活に支障が出る。 阪神大震災の直後,日用品の値段をつり上げた商店はニュースキャスターに公然と非難された。 政府が対外関税を引き上げて衣料関係の物価が上昇しても、着る物に困る心配はないだろう。 しかし、それで「好景気になる」というのは真っ赤なウソだ。 インフレは景気過熱のオーバーランで発生する経済現象で、政策的に創出して都合良いターゲット・ゾーンに閉じ込めることはできない。 ぬるま湯に熱い湯を入れるのは問題ないが、冷水に浸っている人に頭から熱湯をかけたらどうなるか。 したがって、日本銀行首脳が「ターゲット」なる言葉を使うのを聴くと、かつてネズミ講の詐欺師が「未常識経済学」なる奇説を流行させ、「あなたも金持ちになれる」と言いふらした世紀末的事件を思い出す。 厚生省のエイズ問題では医学部教授の責任が追及されたが、数年後には経済学部教授の確信犯的言論が、轟々たる社会的非難の「ターゲット」になることだけは、まず間違いないであろう。 (産経新聞 平成13年2月29日) 政府が内閣で財政戦略を検討することになると、多くの研究者が財政問題に発言しなくなった。 政府税調が増税の議論を出したり、引っ込めたりして、世間の失笑を買っているぐらいである。 つまるところ、日本の財政学というのは「新税・増税のお墨付き」を与える学問であり、増税そのものを議論しにくい雰囲気があると沈黙せざるをえないのだ。 だから私は、「財政学者」と聞くと、 「あなたは増税学者ですか、それとも新税学者ですか、それ以外ですか」と面と向かって痛烈に罵倒しているのである。 もちろん、現在の財政諮問会議も、このような俗説を公然と却下し、財政戦略を立て、構造改革を進めるという基本路線を打ち出している。 ここで、わが「失敗」の思い出を語ろう。 これまでの政策決定プロセスでは、姿の見えない役人たちが筋書きを書き、名ばかりの政治家や学識経験者が台本通りにしゃべるという構成で行政の仕組みが動いていた ところが、今日では、行政改革担当大臣の私的諮問機関・行革断行会議など「官僚OBや学者は排除する」という会議体も誕生している。 なぜか。 これは簡単なことで、学識経験者が高位の勲章栄典の推薦をもらうために官省庁キャリアの言いなりになって、ラッキョウのようにコロコロ転ぶために、過去に行政改革の断行がネジ曲がってしまった経緯があるのだ。 特に東京大学農業学部の農業経済学教授が、専門のエコノミストでも、財政学者でもないのに、永年にわたり政府税制調査会長を黙々と勤め上げて、しかも文化勲章の栄典に輝いたことは、後任者たちにも大きな影響を与えていると思われる。 国民もわかっている。 どうして政府なり、農水大臣が決断すべきことを、「審議会の答申を待つ」という制度上の儀式にあずけて、「政治的圧力は感じていない」などとノーネクタイの学者に「ウソ」を言わせるのか。 かつて細川内閣が成立した直後に、われわれは日本新党の政策として大幅に所得税を減税し、法人税も引き下げて、税の理念を変革し、多段階式の税制構造を改めるような具体策を進めようとしたことがあった。 すると政府税制調査会長が首相官邸に怒鳴り込み、 「減税は増税とセットで行わなければ、財政再建計画に支障を生じる。増減税一体でなければ減税は絶対に認められない」と大暴れしたものだ。 これは後になって、当時の大蔵省幹部の陰謀だったとわかるのだが、当時の私などは三十そこそこの若造であった。 しかも、ケンカ相手は、首相とも親しい友人関係がある高名な財政学者(彼は松下政経塾の評議員もしていた)である。 「そこまで言うならば」ということで、私は自分の提案を引っ込めてしまった。 「あの時はまんまとだまされましたな。お互いに。ハッハッハッ」と今では笑い飛ばすしかない。 結局、彼も文化勲章はもらえずじまい。 そこで、あの時点の判断では、やむをえず政府税調の議論を尊重して、消費税を廃止するかわりに新しい税制を導入することになった。 それは所得税・法人税など税制全般の改革の第一弾として、消費税5%で1,000円以下の非耐久消費財は無税とし、単価1,000円以上の商品は領収書代わりに納税証明を発行し、消費税の納税を透明化するものであった。 これはこれなりに、私が真剣に考えて、きちんと練りに練ったプランになっていたのである。 しかし、実際は政府税調が他の条件を「検討中だから出すな」と言っている間に、5%の増税率だけが一人歩きしてしまった。 この数字をリークしたのも政府税調の関係者であり、背後で糸を引いていたのは大蔵省の幹部である。 そこで内閣記者会が「増税の話は本当か」と首相に会見を要求し、その準備をしているドタバタの中で、菅直人衆議院議員が官邸にやってきて、鳩山由紀夫副官房長官をつかまえて、 「名前を福祉目的税にしろ。そうすればイケる」と首相に直訴するように求めた。 私はそんな議論を聞いていて、 「名前だけで国民がだませるのか。われわれの税制改革の全体像をどうして国民に正々堂々とアピールしないのか」と心の中で思ったが、その場で彼らの話を 「待ってください。それはいけない」とひっくり返すことができなかった。 運命のなせるワザとしか思えない。 この混乱が一つの原因となって、細川内閣は税制改革を貫徹することなく退陣することになった。 しかし、あのときにきちんと税制改革が成し遂げられ、法人税が大幅に減税され、消費税も単価1,000円以下の商品は無税ということになっていれば、日本のバブル崩壊後の低迷は、ここまで長期化することはなかったであろう。 細川内閣は自民党の利権構造や圧力団体を、小泉内閣を待つまでもなく徹底的に破壊してしまったかもしれない。 そこまでいかなくても、今の道路公団・郵政事業・社会保険庁、どれをとっても腐敗と既得権益で肥大化したムダな組織ばかりではないか。 腰をすえれば、政権交代の成果は大いにあげられたはずだ。 村山内閣が大蔵省の言いなりに消費税の増税を決定し、何もわからないまま橋本内閣が増税を実行して、政府が景気をひっくり返す「官製不況」もありえなかった。 もう少しだけでも細川政権ががんばっていれば、阪神大震災も、オウム事件も、被害を拡大させる前に先手を打つことはいくらでもできたであろう。 やはり、日本の政治が硬直化しているのは、「つまるところ、経営の基本原則に反しているから」である。 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