なにはともあれ

2010/08/08(日)16:00

クォ・ヴァディス32-2

小説「クォ・ヴァディス」改定&仮公開用(40)

註※このページは、本来「覚醒都市DiX」で公開する予定の「幻想水滸伝4」二次創作小説「クォ・ヴァディス」の改定ページ、新規ページを、サイトに先駆けて公開しています。  そのため、後に「覚醒都市DiX」で公開されるものとは内容が変更される可能性があることをご理解ください。 クォ・ヴァディス32-2 カタリナに黙認され、リノ・エン・クルデスには無視されているなかで、マクスウェル独立の噂は、静かだが力のある奔流と化して、ラズリルの周辺を流れていた。 【オベル島攻撃】の暴挙によって、幾分名誉を失墜したとはいえ、マクスウェル自身の才腕や、なによりも真の紋章の持つ可能性は、未だ計り知れない。  この噂は、事件を見守りつつ、それを知る人々の決心に、ある程度の方向性を与えると思われていた。  マクスウェルたちは注意深くその様子を探りながら、自らも行動を起こしている。  マクスウェルはケネスやカタリナと毎日のように会い、フレアやビッキーともできる限り時間を作って協議を重ねた。  リノ・エン・クルデスだけを徹底して避けていたのは、明らかに不自然な行動ではあったが、それはリノの方でも同様だった。  そんな忙しい彼ら一派のなかでも、もっとも活発な動きを見せているのは、意外にもリシリアというエルフの少女である。  マクスウェル独立の噂を聞きつけて、ラズリル騎士団やオベル海軍から、彼を慕って尋ねてくる兵士が徐々に増えつつあるが、それらの人物を見るたびに、リシリアはポーラの後ろに隠れながら、 「ポーラ、こいつは【悪い心】の持ち主か?」  と、この時期のラズリルで最も有名になってしまったセリフを言った。  リシリアは、彼らが本当にマクスウェルの役に立つ存在どうか、といった大人の事情など全く関係なく、自分の欲求に従って、人間というものをストレートに知ろうとしているようであった。  彼らはマクスウェルのために何かできないかと思っている者、より活躍の場を求めて近寄ってくる者など、彼に接近する動機は様々であるが、その奥底には、マクスウェルという英雄の【ブランド】に日和ることで、未来の自分に齎される利益を計算したり、などといった打算が全く無いわけではない。 「いきなり面接官か尋問官に下心をのぞかれた様で、心臓に悪い」  などと、リシリアに言われた彼らは、そろって苦笑した。  そしていつのまにか、「このエルフの少女の人選眼にかなえば、独立勢力の一員として認められる」という、いささか奇妙な暗黙の了解が成り立ってしまっていた。  マクスウェルは、その様子を黙って眺めていた。  一つには、ただでさえ忙しいさなか、一日に会う人物の数を、これ以上増やしたくなかったのだ。  この時期のマクスウェルを最も喜ばせたのは、ラインバッハが彼の一派への参加を熱望してくれたことだった。  ラズリル入港直後、オセアニセス号の船牢から開放されたラインバッハは、「ぜひミドルポートの新しい指導者に」という盟友シャルルマーニュの懇願を、極めて丁寧に、だが頑として拒絶した。 「自ら民を裏切った愚者の一族が、同じ民を率いるなどという恥知らずな真似は、私にはできない」  という彼の意思は、どうあっても動かすことができず、シャルルマーニュも諦めざるを得なかった。  もともと詩人めいた、繊細な感性を持つラインバッハである。実の父への憤りは大変なもので、彼の決断と行動は非常に早く、噂を聞いたその日には、マクスウェルのもとを訪れていた。  この青年貴族の誠実さは、少なからず彼の助けとなるであろう。  カタリナの予想したとおり、彼は本拠地をラズリルには構えないことを決心していたが、それをどこにするのか、場所が決まったとしてどうやってそこまで行くのか、問題は山積している。  そのために、マクスウェルはまず、アカギとミズキにチープーへの手紙を持たせ、ネイ島に派遣した。船にとりつけることで常識外の高速航行を実現する「流れの紋章」を調達するためだ。  マクスウェルは、アカギからナ・ナル島での事件の顛末を聞いたときから、この紋章の利用法を考えていたらしい。  実はもう一つ、マクスウェルからチープーにあてられた手紙には、今後のマクスウェル一党の進退に関わる重要な一案が添えられている。  エレノアとアグネスの思惑により、マクスウェルは既に自らの独立勢力の中核となるべき部隊を海外に求めているが、その勢力と、元より自分についてきてくれている一派との融和を図るために、マクスウェルはチープー商会の群島における影響力を最大限に利用するつもりだった。  無論、チープー商会側にもメリットをもたらす形で、である。  様々な悩みを抱えながらも、マクスウェルの視点はすでにラズリルの外に向いている。  では、脱出するための肝心の船のほうはどうするのか。その問題を解決するために、五月三日、マクスウェルはアグネスを連れ、ラズリルの漁村を訪れた。  ラズリルの漁業を取り仕切る責任者、シラミネに会うためである。  シラミネはラズリルの出身ではないが、異国のラズリルでも尊敬されるほど、漁師としての腕前は確かだった。  筋骨逞しい長身の青年だが、その表情には、ナ・ナル島のロドルフォのような荒々しさはない。  常に落ち着いた大人の気性をもっていたが、唯一、その体格からは想像しづらい、妙に甲高い声が、彼に接する人の意表を突いた。  そのシラミネが、マクスウェルの眼前に、あぐらをかいて座っている。 「ムウウウウン、船を貸せと簡単に言われるが、詳しい状況が何もわからぬではなあ……」  シラミネは顎に指をあてて、細い目をさらに絞り、首を派手にヒン曲げた。  奇妙なうなり声は、この偉丈夫の口癖であった。 「貴殿らの話は理解できるし、拙者は貴殿を尊敬しているから、味方はしてさしあげたいが、それと船の話はまた別でなあ。  日取りも、人数も、行き先すらわからぬ。そのようなあやふやな状況で、協力を求められても困る。  我らは無理に戦争だの政治だのにかかわらずとも、漁師として平和に暮らせればそれでいいのだが」  まったくもってそのとおりだろう、とマクスウェルも思う。  言ってしまえば、マクスウェルの独立の話は、シラミネたちの生活には関係のないことである。  そんなところに一方的に船を貸せ、などと言い寄られるのは、迷惑以外の何者でもないだろう。  シラミネを説得するには、彼らの現実に即した、それなりの「理」が必要だった。  しばらく、マクスウェルとシラミネの、丁重な押し問答が続く。  慎重なシラミネに、後ろで話を聞いているタルがじれてきている。  タルはマクスウェルやケネスの海兵学校の同窓であるが、マクスウェルやケネスなど性質的に大人しい者が多かった優等生集団にあって、彼は例外ともいえる熱血漢だった。  今回も、親友のよしみもあってか、彼はマクスウェルに同情的だった。 「シラミネさん、らしくないぜ、なに躊躇してんのさ。  マクスウェルが、また悪いヤツと戦おうってんだ。  ここは味方してやるのが男の道ってやつだろう」 「ムン……」  シラミネは腕を組んだまま首を振った。 「タル、それは騎士の男の道だ。漁師の男の道ではない。  お主はなるほど、海上騎士の出身(で)だから、そのような道の捉え方もあろうが、いまはいまの立場で己を見よ。  拙者たちがまず護るべきは、家族と、漁場と、船である。  たとえ領主が騎士団からいずこの者に変わろうと、これに危害が加えられぬ限り、我らの生活に変わりはない。  我らは、軽々に周旋(政治活動)に乗り出すべきではない」  このような視点でものを見ることができることからも分かるとおり、シラミネはただの武弁ではなかった。  ナ・ナル島の漁師のように、強烈な保守性、攻撃性によって、自らの生活そのものを破壊してしまうような短慮さはない。  その慎重さは、時にことなかれ主義のようにうつることもあるが、どちらかといえば性質的に大人しいラズリルの漁民たちの間では、むしろ彼の慎重さは信頼された。  シラミネの大きな背中は、若い漁師たちに、説得力という大きな重石となって、どっかりと彼らを制御している。  マクスウェルとシラミネの会談が硬直しかけたとき、初めてアグネスが口を挟んだ。 「シラミネさん、私を覚えておいでですか」 「ムン?」  シラミネはほぼ直角に首を曲げてアグネスを見てから、ぽんと手を叩いた。 「おお、エレボス軍師の元におられたラスネール君ではないか、久方ぶりじゃのう」 「ラスネールじゃなくて、アグネスです! しかも誰ですか、エレボスって!」  全力で突っかかろうとするアグネスを、マクスウェルとタルの二人がかりで羽交い絞めにして止める。  当のシラミネは飄々として、 「拙者、名前と顔がなかなか一致せぬ。  マクスウェル殿とはよく釣りを共にした仲ゆえ、よう覚えておるが、そなたとは久方ぶりゆえじゃと思うて、まあ堪忍堪忍」  などと、手を振った。

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