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かめおかゆみこの≪表現するからだとことば≫塾

2

第2回「こんかつ!こころの量稽古」
稽古用テキスト

10年前のメルマガ「今日のフォーカスチェンジ」から、読者さんの質問を抜き出してみました。それに対するかめおかゆみこの回答を、あとに掲載します。これが正解ということではなく、まず自分の回答を考えてから、ひとつの参考例として読んでみてください。



ネガティブな人が隣の席にいて、
離れたくでも離れられないときは
どうすればいいですか?
…かめおか回答 P2


私は、執拗に「痛み」をあたえ続けられた事があります。
ぞくにいう「いじめ」です。
傷つけられて、それを感じないようにする。流す。
相手の立場になって考える。許す。
それが出来ないのはやはり自分が小さいからなのですか?
…かめおか回答 P4


夫が、私の嫌がることばかりしてくるように、
感じてしまうのです
(本人はそんなつもりは全くないそうですが…)。
どのように考えていけばいいのでしょうか?
…かめおか回答 P6


ものすごい近い身内から、絶えず、金銭的に
依存されるとしたら、どう考えれば良いのでしょうか?
…かめおか回答 P8


からだや心の声をもっと聞いてあげようって、
頭では分かってるつもりなんですが、
頭の声がうるさすぎて、口数も多くて、
心の声までたどり着けない時ってありませんか?
…かめおか回答 P10


自分の意見を言って、受け入れられればOKですが、
袋だたきにあってしまったときは?
…かめおか回答 P12


どういう状態が「手放している」ことになるのか、
わからないでいます。
たとえば、相手に対して執着していること、
怒りや寂しさを感じていることを、
感じないようにしたり、気にしないようにして
忘れようとすることが、
「手放す」ということなのでしょうか?
…かめおか回答 P13





P2
ネガティブな人が隣の席にいて、
離れたくでも離れられないときは
どうすればいいですか?


★今日のフォーカスチェンジ♪
616
突き抜けてしまいなさい。


ネガティブなひとが、そばにいて、
物理的に離れることができないとき。

あなたならどうしますか?

私のお返事・スーパースペシャル編は、
これです。
「突き抜けてしまいなさい」

ネガティブなひとが、あなたに、
ネガティブな対応をしてくるとすれば、
それは、あなたが、
ネガティブな対応に反応する人間だと、
見なされている証拠です。

突き抜けてしまいなさい。
次元が変わってしまえばいいのです。

突き抜けかたには、いろいろあります。
その対応によって変わってきます。

ひとつは、悠々泰然としていること。

何を言われても、何をされても、
「そうか、ほほう、そうか、
 あなたは、そのように生きているのか」と、
悠然とかまえているのです。

別名、馬耳東風とも言います。

ただし、無視するのはいけません。
相手の声も態度もすべて、
あなたには聞こえ、見えているのです。

でも、それは、
別の次元のできごとなのです。

ちょうど、テレビを見ているのと同じです。

そこで、どんな悲惨な事件が起きていても、
どんなに、怖いものがせまってきても、
あなたは、決して
おびやかされることはありません。

だって、テレビなのですから!

実は、現実だって似たようなものなのです。

そのネガティブなひとは、あなたに、
いきなり煮え湯をかけますか?

いきなり、ナイフで襲いかかってきますか?

もしそんなことが現実にあるなら、それは、
ネガティブではなくて、アブナイひとです。
すぐに逃げるか通報してください。

そうでないのなら、あなたは、
テレビの映像に過剰反応しているのと、
同じ状態になっているだけなのです。

次元を変えるんです。
テレビを見ていることに気づくんです。

テレビの内容を変えることはできません。
だから、あなたのほうが、変わるんです。

「ほう、今日も派手にやってるなあ。
 これはすごいぞ、おもしろいぞ」

こころのなかに、
目に見えないスクリーンを一枚立てて、
冷静に見てみるんです。

そうやって、突き抜けてしまいなさい。
あなたの「突き抜け」を応援します!







P4
私は、執拗に「痛み」をあたえ続けられた事があります。
ぞくにいう「いじめ」です。
傷つけられて、それを感じないようにする。流す。
相手の立場になって考える。許す。
それが出来ないのはやはり自分が小さいからなのですか?


★今日のフォーカスチェンジ♪
700
光のプロセスを、ゆきましょう。


誰かに傷つけられたと感じるとき、
ひとは、さまざまな反応をします。

感じた痛みのぶんだけ、
相手を攻撃してしまうひと。

自分が悪いと思ってしまうひと。
歩み寄ろうと、こころみるひと。

ほかにも、いろいろありますね。

実は、何を選んでも、
「間違い」はありません。

言い換えれば、
すべては「正しい」のです。

  ただし、…そのひとにとって、ね。

  ほかのひとには、そのひとだけの
  「正しさ」があり、押しつけることも比べることもできません。

それらはすべて、「プロセス」と呼ぶのです。

すべてのひとにとって、
生きるということは、「プロセス」なのです。

たしかに、私たちは、ときに、
目の前の状況を選ぶことができないかもしれません。

でも、その状況にたいして、どのように向き合い、
生きるかという「プロセス」を選ぶことはできます。

誰かに傷つけられたと感じたとき、
攻撃するのも、そのひとの「プロセス」。
自分を否定するのも、そのひとの「プロセス」。
ちがうありかたを探るのも、やはり「プロセス」。

そして、その選んだプロセスによって、
次のプロセスが決まります。

あなたは、あなたの「プロセス」を、
自分で選ぶことができます。

怒りと憎しみの「プロセス」であれ、
ゆるしとやすらぎの「プロセス」であれ、
すべて、あなたの選択にかかっています。

そして、怒りと憎しみの「プロセス」を選んだひとは、
それにふさわしいギフトを受け取りながら生きるのです。

ゆるしとやすらぎの「プロセス」を
選んだひとも、それにふさわしいギフトを
受け取りながら生きるのです。

プロセスが終わるのは、
そのひとの、人生が終わるとき。

  終わりかたによっては、実は、
  本当には終わらないこともありますが…。

そこでね、これは私からの提案です。

  提案っていうことは、拒否権も
  もちろんあり、ってことです。

光のプロセスを、ゆきましょう。

光のプロセスを選べる、
あなた自身を信頼してください。

あなたには、
それだけのエネルギーがあります。
それだけのつよさがあります。

  もしも、そうでないと思うとしたら、
それは、忘れているにすぎません。

  忘れていることは、
  思い出せばいいだけなのですよ。

あなたが、光のプロセスを選ぶとき、
あなたは、光につつまれます。

光につつまれた、あなたは、
あなたのまわりにあった影が、
そのとき、光に変わるのを見るでしょう。







P6
夫が、私の嫌がることばかりしてくるように、感じてしまうのです(本人はそんなつもりは全くないそうですが…)。どのように考えていけばいいのでしょうか?


★今日のフォーカスチェンジ♪
750
いまのあなたにふさわしいんです。


こんな話を、どこかで、
読んだ記憶があります。

人間は、恋をすると、変になって、
うっかり結婚してしまうのだそうです。(爆)

それって、人生のお勉強のために、
計画されたことなんだそうです。

結婚してから、
こんなはずじゃなかったのに、
こんなひとじゃなかったのに、
…そんな話、よく聴きます。

話を聴いていると、どうして、
そんなひとと結婚したのかなあ
って、不思議に思うばかりです。

やっぱり、変に
なってたのでしょうか?(笑)

でも、ものごとの原則は、
「必要だからあらわれてくる」

そして、「他人は自分の鏡」

これらの視点で、
考え直してみましょう。

パートナーさんに不満をもつ
あなたに、ちょっと質問です。

もしも、突然、
あなたのパートナーさんが、
あなたの理想どおりのひとに
変身したら、どうしますか?

あなたが不満に思っていた
習慣・態度・口ぐせ等は、
もう、いっさいありません。

完全です。完璧です。
パートナー見本市があったら、
ぶっちぎり最優秀賞です。(爆)

あなたは、うれしいでしょう。
幸せでしょう。
自慢したいでしょう。(笑)

でもね、実は、その幸福感は
ずーっとはつづかないんです。

こんなに完璧で完全なひとが、
この私を、ずっと変わりなく、
好きでいてくれるんだろうか?

私よりも、もっともっと、
ふさわしいひとがあらわれて、
去っていくのではないかしら。

そんな不安が、じわじわと、
頭をもたげてくるんです。

すると、あなたは、その完璧な
パートナーさんの言動から、
重箱の隅をつつくように、
欠点を探すようになるんです。

ね? 気づきましたか?

あなたが、パートナーさんに
不満を持っている度合いだけ、
実は、パートナーさんは、
いまのあなたにふさわしいんです。

だって、パートナーさんが、
すてきなひとになってしまったら、
あなたは、不安のどん底に
突き落とされてしまいますから。

では、どうしたら、この
悪循環から抜け出せるでしょうか。

こたえは簡単です。
逆をやればいいんです。

そう、あなたが、
あなたのパートナーさんにとって、
最高にすてきなひとに
なってしまえばいいんです。
すると、パートナーさんは、
いまの自分のままでは、
捨てられてしまうと不安になります。

そこで、あなたにふさわしい
すてきなパートナーになろうと、
せっせと努力しはじめます。(笑)

努力しないパートナーさんであれば、
残念ながら、ご縁は終わっています。

すてきになったあなたには、
ふさわしいパートナーさんが
あらわれます。

楽しみに、
自分磨きをつづけてください♪







P8
ものすごい近い身内から、絶えず、
金銭的に依存されるとしたら、
どう考えれば良いのでしょうか?


★今日のフォーカスチェンジ♪
751
「いいひと」をつづけますか?

私が何かを決断するときの、
決め手は、これです。

「明日死ぬとして、それでも私は、
それをつづける(引き受ける)だろうか」

こう考えてみて、決められなかったことは、
ただの一度もありません。

さて、ずいぶん前に知り合った、
あるひとの話をしてみたいと思います。

そのひとは、とても「いいひと」でした。

ひとから何か頼まれごとをされて、
いやと言ったことがありません。

自分に損になるとわかっていても、
やってしまうことさえありました。

そんな状態ですから、
まわりのひとは、何かあると、
すぐにそのひとに頼りました。

でも、なぜか、そのひとの
生活は楽にならないのです。

たとえば、いろいろ頼みごとを
しているひとも、発注するときは、
そのひとのつとめる会社とは、
別の会社に頼んだりしていました。

同じものが、そのひとのつとめる
会社にあるにもかかわらず、です。

そのひとは、「いいひと」でした。

そう、頼っていたみんなにとって、
「都合のいい」ひと。

かんじんなときには、
「どうでもいい」ひと。

酷な言いかたですが、
はたから見ていると、そのことが
よくわかりました。

そのひとは、自分が不利な状況に
置かれているとわかっても、
言い返すことをしませんでした。

そのひとは、最後まで
「いいひと」でいたかったのです。

だから、そのひとは、みんなにとっては、
「無視してもいい」ひとでした。

もしも、あなたが人間関係で、
うまくいかないかもしれないという
怖れをいだいているとき…。

あなたのその相手は、
あなたの努力、あなたの誠意を、
本当に受け止めてくれるひとですか?

はっきり言います。

もし、そう思えないとしたら、
あなたは、単に「いいひと」として
利用されているに過ぎません。

あなたがそのひとに、
提供してきたものを、
提供できなくなったなら、
そこで、その人間関係は終わります。

「いいひと」をやめるのは、
ある意味、人生のひとつの試練です。

でも、本当の自分を生きるための
大切なステップでもあるのです。

どんなひとも、自分の人生の責任を
ひとに押しつけることはできません。

もしも、あなたがこれまで
提供してきたことをやめたとしても、
その結果をどうするかは、
そのひとの問題なのです。

あなたの問題ではありません。

駄目押しで、もうひとつ。

あなたが「いいひと」でいることが、
相手を「だめなひと」に
してしまう危険性だってあるんです。

あなたが手を放すことで、
あなたに依存してきたひとが
自立することだってあるのですよ。

さて、最初の問いにもどります。

明日死ぬと決まったとして、
あなたは、それでも
「いいひと」をつづけますか?

もちろん、
どんな選択も、あなた次第です。







P10
からだや心の声をもっと聞いてあげようって、
頭では分かってるつもりなんですが、
頭の声がうるさすぎて、口数も多くて、
心の声までたどり着けない時ってありませんか?


★今日のフォーカスチェンジ♪
779
本当は、何がしたいの?


生きていくうえには、
さまざまな課題がおとずれます。

それは、外からもたらされる
ものであったり、ときには、
自分の内がわに見えてくる
ものであったりします。

どちらであれ、私たちは、
迷います。悩みます。
でもね、それが一体、
何を意味することなのか。

今日は、そのことに、
気がついていきたいと思うのです。

私たちは、すべて、深い部分で、
正しい答えを知っています。

この正しさとは、
誰にも照らす必要のない、
自分自身の真実です。

でも、それをつらぬこうとするとき、
さまざまな障害物があらわれます。

それは、家族や友人の反対だったり、
世間の常識とのずれだったり、
失敗を怖れるこころだったりします。

私たちは、そのたびに、足をすくわれ、
立ち往生する気持ちになります。

そんなときはね、急がずに、
ちょっと立ち止まってみるんです。

香りのいいお茶でも飲んで、
ふっと深呼吸してごらんなさい。

そして、自分のこころの深いところに、
そっと、聴いてみるんです。

「本当は、何をしたいの?」って。

最初のうちは、わーっと、雑音が
聞こえてくるひともいるでしょう。

でも、あせる必要はありません。

もう一度、お茶を飲んで(笑)、
また、深呼吸して。

「急がなくていいから」って、
自分に言ってあげるんです。

何度でも、何度でも繰り返して。
あせらずに、自分にOKをあげて。

そうするとね、少しずつ少しずつ、
舞っていたほこりが、
おさまってくるみたいに、
雑音も、静まってくるんです。

そしたら、もう一度、しずかに、
やさしく聴いてみるんです。

「本当は、何がしたいの?」

こたえは、ちゃんとかえってきます。
あとは、自分次第です。

あなたの深いところからのこたえに、
いまのあなたは、すぐには、
したがえないかもしれません。

でも、それは、したがえないことを
選んだあなたがいるということなんです。

「この自分を選んでいるのは自分」

責めるのでも、おとしめるのでもなく、
ただそのことを、認め、受け入れ、
抱きしめてあげてください。

そして、こうつぶやいてみてください。

「この自分のままでもいいし、
 そうではない自分を選ぶことも
できる。
 どちらを選ぶこともできる」
 納得して言おうとするのではなく、
 ただ、呪文のように言ってみるんです。

私たちは、ただ、
体験するために生まれてくるのです。

その体験を、選んでいるのは、
自分自身なのです。

もう一度、繰り返しますね。
私たちは、選ぶことができます。

  選べないと思っているのは、
  選べないと思う自分を
  あなたが選択しているという
  ことです。

選んで、いまを生きています。

その自分を、
抱きしめてあげてください。

そして、何度でも何度でも、
問いかけ直してみるのです。

あなたが、その深いこたえに
たどり着き、それを
受け止めることができたとき…。

あなたの前にたちふさがっていた
すべての問題が、実は、
あなたのその選択を助けるために
存在していたことを知るでしょう。







P8
自分の意見を言って、
受け入れられればOKですが、
袋だたきにあってしまったときは?


★今日のフォーカスチェンジ♪
780
背すじを伸ばしてごらんなさい。


自分の思いが伝わらない。
もどかしさに、足踏みしてしまう。
そんな体験、あなたにもありますよね。

そのときにね、あなたは、
どんな姿勢をしていますか?

背中を丸めて、
下を向いていませんか?
肩をすぼめていませんか?

思いって、エネルギーなんです。
エネルギーには方向性があります。
届けるには、こつがあります。
それはね、背すじを伸ばすこと。

背すじを伸ばしてごらんなさい。

もしも、あなたが、あなたの思いを
しっかりと届けたいなら、
あなたの姿勢が変わるんです。
そう、文字どおりね。

まっすぐに、意志をもって、
あなたの思いを発するとき、
思いは、いきおいをもって
相手に届きます。

相手も、それを、
しっかりと受け取るでしょう。

もちろん、相手が、
あなたの思いを、受け入れるか
どうかは、別のことです。

ひとは、それぞれの
思いをもって生きています。
ことなることがあっても、
それは、しかたがありません。

ただ、仮に、相手がそれを
受け取ってくれなかったとしても、
臆する必要はないのです。

あなたが、自分の思いを、
真摯に伝えたと思えるなら、
そのまま、背すじを伸ばして、
相手の反応を受け止めるのです。

あなたの姿勢が大切なんです。
あなたの生きかたが大切なんです。

あなたが、あなた自身を
まっすぐに生きていくとき、
誰も、あなたの尊厳を
そこなうことはできません。

背すじを伸ばしてごらんなさい。
あなたの世界が変わります。







P10
どういう状態が「手放している」ことになるのか、
わからないでいます。
たとえば、相手に対して執着していること、
怒りや寂しさを感じていることを、
感じないようにしたり、
気にしないようにして忘れようとすることが、
「手放す」ということなのでしょうか?


★今日のフォーカスチェンジ♪
783
手放すとは、受け入れること。


私はこの「今日のフォーカスチェンジ」で、
しばしば、「手放す」という
表現を使います。

でも、「手放す」って、
一体、どういうこと?

あらためて、聴かれてみると、
うまくこたえられないものですね。

それは、たとえていえば、
その存在を認知しつつも、
そこにたいして、一切の
決めつけも拘束もしないこと。

ただ、あるがままにあることを
受け入れること。

そう考えて、はっとしました。

手放すということは、
受け入れることではないのかと。

もはや、自分の手のうちから
離れてしまったものがある。

いとおしさや、せつなさや、
ときには、怒りや憎しみが、
繰り返し、繰り返し、湧いてくる。

誰もが、そんな感情を、
体験してきていると思います。

そんなとき、目をそらさずに、
耳をそむけずに、
まっすぐに、受け止めるのです。

取り返しのつかない後悔も、
伝えられなかった思いも、
ありとあらゆる、まるごとの
湧いてくる思いすべてを、
ひとつも、否定することなしに
受け止めるのです。

そして、ゆるすのです。

離れていったものをゆるすのです。
離してしまった自分をゆるすのです。

どこまでも、どこまでも、
ゆるすのです。

感情は、繰り返し、繰り返し、
湧いてくるかもしれません。

それでもいいのです。

その、湧いてくるものもすべて、
否定せずに、受け止めるのです。
受け止めて、ゆるすのです。

すると、その感情のかたわらから、
ゆっくりと、湧き上がってくる
別の感覚に気づくのです。

それは、深いやすらぎです。

怒りも悲しみもさびしさも
すべてひっくるめて、
あたたかく抱きしめることの
できる、やすらぎです。

このやすらぎのなかにあるとき、
私たちは、すべてを、
あるがままに、受け入れます。

もはや、感情が、それを
じゃますることはありません。

感情もまた、ともに
受け入れられていることを
知っているからです。

このとき、私たちは、
すべてを認知していながら、
すべてを手放しているのです。

決めつけることも、
押さえつけることもなく、
ただ、あるがままの存在を、
受け入れているのです。


手放すとは、受け入れること。

世界は、いつでも
まるごとで、ひとつです。


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