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H5・平成5年度4967598圓。超宇宙の魂、超神霊教諭。

世間に土下座致して為すのが出家

 世間に土下座致して為すのが出家(釈尊の魂は、臣民に対して、ずっと詫び続けている)

 「人を裁くことできない」 裁判員制度で善光寺住職 に関して。この考え方を致すと、焼身自殺を致した大雄山最乗寺の住職、慧春尼と同じ状態に追い込まれてしまうではないか。食物連鎖の現実の否定になるので。我々は、水よりも価値の有る生き方を致す支払いを致して、水を飲む。同様に、植物、動物も食べる。私はその支払いを致し続けて、生きているのです。これが現実を生きるという事です。釈尊の教えと、大乗仏教の教えとが異なっている点はそこなのです。釈尊は、供養を受けて、生きていた。即ち、最低限の生存費用だけを払って、生きていた。これが仏教の原点であると私は思うのです。最低限の生存費用分の業、カルマを、忍耐の修行生活によって、消化致すという事をやっていたと。私は、このレベルでの生活が、仏教徒のやらなければならない事であると思うのです。殺生のカルマの報いを受けて、苦しむと。これが出家者の役割と。もしくは、社会的責任を取って、社会改良の為に働くかと。これをやると、釈尊よりも上の生き方と。勿論、私も社会改良の為に働き続けています。出家者ではないから。15年間、お給料を戴いていたのだから。今は、精神障害者1級の状態なので、復職など、遥かに遠い現実なのですが。
 釈尊は、大乗仏教など説いていない。そんな観念的な事、言えるわけないのだ。自分がやっていないのに、どうして、やれと言えるのか。言えるわけない。だから、私は、大乗仏教は魔界が作った観念の世界と判断致しています。以上の私の見解を、非童貞である全ての私の上司の方々に、謹んで、御報告致します。宜しく御願い致します。H20.12.1.月 20:20。(極悪党の兄が出家致したから、美形の妹は顔を焼いて、出家致して、最後は、焼身自殺まで致さざるを得なかったのです。私はこの兄を極悪党であると思います。妹をここまで追いつめたのだから。これが私の人間と致しての心なのです。出家はエリートではない。在家者皆に、「御免なさい。限界です。」と土下座を致して、為すものなのです。これがおそらく、釈尊の魂なのです。王子であった釈尊の魂は、その王子と致しての責任を全うできなくて、自分の王国の臣民達に、ずっと、ずっと、ずっと、詫び続けている筈なのです。)


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