あらすじ
悠介は、長野県安曇野の隣、池田町に産まれ、長野高校に進学した。2年の春、写真部の新入生歓迎撮影会で、小平由樹枝に会う。その後、恋人関係になる。3年の夏休み、北海道無銭旅行を遂行。大学の推薦が決まった後、上高地へ出かけ二人は結ばれる。実力試しに受験したW大学に合格するも、M大学に進学する。
写真はネットより借用
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高橋の話しを聞いていて、彼は、ホームシックになっているのではないか、と思った。故郷を語り過ぎるのである。東京の楽しさとか、東京の面白さは話さない。それで、悠介も、話しに付き合って、合いの手を入れ質問もした。18歳にして初めて生まれ育った故郷を離れ、誰も知り合いのいない東京に出て来たのである。寂しさがあって当たり前であろう。彼の家庭は、両親と妹の4人家族である事を知った。それに、年老いた祖父母も同居している。3世代家庭である。
悠介も、岩手県と長野県の違いはあるが、高橋と似たような環境にある。しかしながら、悠介にはホームシックらしい感情はない。勉強とバイトで充実しているのも理由であろうが、由樹枝がいる事も大きいと思われる。長野時代と異なり、頻繁には会えないが、手紙が1週間に2通は来る。受験勉強中なのに、由樹枝は頑張って書いてくれるのである。その手紙を読み、そして彼女に手紙を書くのも楽しみであった。
「高橋さぁ、彼女はいないの?」
「今は、いない。」高橋は寂しそうに言った。
「今はいないって、別れたの?」
「高校3年の夏に別れた。受験勉強で焦っていたんだ。それでね。」
悠介は、深くは聞かなかった。言いたくなれば、彼が、言い出すだろうと思ったのである。それに、悠介も同級生を見ているので、想像は出来る。悠介は、推薦狙いで勉強して来たので余裕はあった。しかし、同級生たちは、3年になってから、皆、目が血走ったように焦っている者が多かった。模試の結果に一喜一憂していた。夏休みは勝負時と言う時期で、彼女どころではなかったに違いない。
高橋の実家は米農家である。それも悠介と同じだ。米作りに関して、高橋は饒舌に喋った。悠介も高校になってから、農家の手伝いはしなかったが、中学の頃は田植えや、稲刈りなど手伝ったので、農家を体感している。話は合った。悠介が小学校や中学生の頃は、結(ゆい)と言う制度が残っており、親戚や近所の人達が総出で、田植えや稲刈りを行った。子供達や中学生の悠介も借り出された。
多くの人達がおしゃべりしながらの作業を行い、悠介も楽しかった。女衆が準備したおやつを食べるのも楽しみであった。高橋も同様な経験をしているとの事である。その結も、農作業用の機械が普及して、消滅していったようである。悠介は、その丁度、転換期にいたのであった。
「いつ、盛岡に帰るの?」
「まだ決めていない。お金もかかるし、帰ったら、東京に戻りたくなくなるのでは、と自分が怖いんだ。」
「そうか。」
「寺本は?」
「俺は、1ヶ月に1回は帰ろうと思っている。」
「そうかー、良いなー。寺本は、強いな。自信を持っている。」
「そんな事、ないよ。訳分からないけど、一生懸命やっているだけだ。」
「俺も、バイト探すかなー?」
「暇つぶしになるし、金も貰える。それに社会人と直接話も出来る。」
「うん。」
「良い事だらけだよ。」
高橋は、バイトをやる気になったようである。悠介は、「暇があると碌な事はない。余分な事も考えてしまう。だから、忙しい方が良いよ」、とアドバイスをした。高橋から、これからも、たまに付き合ってくれと言われた。勿論、悠介に断る理由はなかった。
5月の連休は、目いっぱい働いて、その後、由樹枝に会う為、長野に帰った。どこで会うか、由樹枝と手紙で何度も連絡し合った。由樹枝が東京へ来るケース、東京と長野の途中のどこかで落ち合うケース、しかし、由樹枝の勉強を優先すると、悠介が長野へ行くケースが最良と言う結論になった。バイトは休んで、土曜、日曜をデートに当てた。
1ヶ月以上、会っていないので、長野へ向かう列車の中では、心が躍っていた。
悠介のおばさんの家は引き払っているし行けない。由樹枝の部屋で会うのも良いが、両親や妹がいる。それで、旅館を予約してある。二人だけで、誰に遠慮する事なく会えるからである。場所は、高校から離れた所にした。万が一、由樹枝の同級生や友達に会うのを避ける為であった。
木々の緑が青々としている。空も晴れて爽やかである。由樹枝ととある場所で、待ち合わせし、その空の下を歩いている。自然と笑みがこぼれる。
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