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テーマ:脊髄梗塞リハビリ(207)
カテゴリ:脊髄梗塞リハビリ
2026年5月03日(日) 2007年12月20日(木) ザビードからタイズへ ザビードが良かったら、1泊しても良いかな? と思っていましたが、 2時間で、充分でありました。 ここから、コーハ、そしてコーヒーで有名なモカへ行くのも、旅程案に ありましたが、世界遺産のザビードがこの程度なので、紹介文の少ないコーハ、 紹介文が全くないモカへは、行かず、そのままタイズへ行くことにしました。 ザビード周辺は、このような景色で、平坦で気温も高いです。 ![]() しかし、しばらく行くと、道は平坦ですが、左手に山が見えて来ます。 ![]() 何の目的か、道路脇に、草? をこのようにしてありました。 ![]() 途中の小さな町です。 ![]() ダッバーブは、相変わらずギューギュー詰め。別にこれが 普通の状態なので、乗客で文句言う人なんかいません。 楽しそうに、写真撮ってくれ、と言います。 どうですか? 嬉しそうでしょう? ぎゅうぎゅう詰めです。でも喜んでいます。 ![]() 皆さん、あっち見て、写真撮れ!そっち見て、写真撮れ! って言いますので、落ち着いて、居眠りも出来ません。 まぁ、親切で言ってくれるので、撮らなければ悪いと思って、パチパチと 撮りましたが、後で、消去しましたです。 言葉も通じないのに、何かと、話かけて来ます。イエメン人は、気さくですよねー。 又、小さな町を通過しました。 ![]() こんな平原の中に、草で作ったテント状のものが作ってあります。 そう言うところで、ダッバーブを降りる人もいました。 何してんでしょうねー? 言葉が通じないので、確認のしようもありません。 ![]() これは炭です。 薪を、野積みしてあるのを、沢山見ました。 何だろうなー? と思っていたら、乗客が指差し、何とか言うので 野積みの炭焼きをしているのであると、分かりました。 ![]() アル・マフラックと言う街を過ぎて、 右へ曲がれば、モカです。左へ曲がり、山道となります。 今にも止まりそうに、ゼイゼイしながら、車は走ります。 ![]() もうすぐ、タイズです。 ============================== 今朝も早起きしました。食事のお粥が少ないのでお腹が空きます。 朝も早いのに、お菓子を食べます。 ![]() 朝食です。おかず3種です。納豆を食べるのでおかずは不要ですが、 お粥を食べた後、全部食べます。 ![]() お粥に味噌汁、お茶です。隣のおばあさんに海苔を頂いています。 納豆を2回上げただけなのに、いつも貰って申し訳ないです。 ![]() 納豆です、Tkeさんから頂いた納豆、これが最後の1箱です。 ![]() 朝食後部屋に戻りゆったりしながらコーヒーを飲んでいます。昨日、 五十嵐淳子さんが急死したとのニュースを見て、亡くなった方を思い 出します。 チェンマイ仲間でよく一緒にゴルフをさせて頂いた方が、2年前でしたか 新年のご挨拶を受信しました、毎年送ってくれている方です。Doiさんと 言います。 そのメールでは、第二の人生について熱く語っていました。 しかしその2週間後位でしょうか。脳梗塞により倒れその2日後位に 亡くなってしまいました。 チェンマイでお葬式に参列しましたが、奥様が挨拶でやりたい事を やって来て、文字通りピンピンころりだったので、人生悔いなしでしょう、と 言う言葉が印象的でした。 人間の命は儚いなー、と思いましたです。 ![]() 氷川餅も食べました。 ![]() もうお一人は、チェンマイのタイ語クラスでお会いし、その後、ずっと お付き合いして頂いた方です。Yutakaさんと言います。ご夫妻は 仲良くていつも一緒でした。元気で活動していました。 それが、2022年1月の夜、腹が痛くて我慢できないと言う事で 緊急入院し即日手術しました。退院してからカフェでお会いしたの ですが、元気でした。 そして、その年の6月、軽バン車泊の旅、日本2周目で、北海道へ 行った時、富良野でお会いし、お元気な姿を拝見しました。 ![]() 北海道車泊の旅を完了し、私はチェンマイへ戻りました、Yutaka ご夫妻もチェンマイへ来られたので、2022年11月、私の住む ベランダキッチンへご招待し、食事をご一緒しました。 この時も病気の影すら見えず元気でした。 ![]() これがベランダキッチンの炊事用具です。もう1年住んでいませんが、 今もこのように保管されているはずです。 ![]() 下手くそな料理ですが、8種類位準備したのですよ。煮物などは 前日から煮込みました。 ![]() 頑張って食べてくれましたが、ずいぶんと余ってしまいました。 ![]() それから半年、翌年の5月、胃がんが再発転移したとの事で、 余命数ヶ月と診断されてしまいました。そして診断通り、9月に 天国へ旅立ちました。 Yutakaさんは、山のガイドもやっており、南米へ半年も行って いたとかツワモノなんです。南米なんて一人で旅するにしても バスの手配や食事など大変なんです。 それを10名以上引き連れてのガイドですから凄い事なんですよ。 でもYutakaさんか寡黙な方で、そんな自慢話は一切せず、 知り合ってからかなり経ってから、奥様に教えて貰いました。 奥様の話では、一切悔やんだ話などせず、楽しい人生だったと 語って黙して息を引き取ったとの事でした。 まだまだ、一緒に食事したり温泉へでも行きたかったのに、残念な 方を亡くしてしまいました。 ![]() 昼食です。おかず4種です。 ![]() お粥、味噌汁、お茶です。 ![]() 作業があるので食堂に来ました。コーヒーも買って来ましたぞ。 ![]() 介護保険の申請書を作成しました。これに医師の診断書が届いたら、 介護保険証のコピーを取って、PGF生命へ送り返します。 時間がかかりますね。医師の診断書の届くのが、今月中旬なりそう なので、まだ入金まで、1ヶ月以上かかりそうです。 ![]() 日曜日のおやつです。もうコーヒーは飲んだし、お菓子も食べたので、 お菓子だけ部屋に持ち帰りました。 ![]() 夕食です。すき焼き、卵焼き、茄子焼き、豆です。 ![]() お粥にお茶に、う? これは何でしょう? 大きな油揚げが乗って いますぞ? ![]() カップうどんですねー! 隣のおばあさんがくれたのです。美味いですなー! こう言ううどんを出して欲しいですよ。 こんな美味しいカップ麺は、レバノンで食べたインスタントラーメン以来 でしょうか? あの時も美味しくて、2杯も食べて腹壊しました。 1杯にしといて丁度良いですね。おばあさん、ありがとう。いつも 貰ってばかりです。 ![]() 本日は日曜日、ディサービスも休みで、何にもない1日でした。 自主トレもしないで、完全休養日で、人生なんぞを考えていました。 近い友人の死を思い起しました。まだまだお付き合いしたい人は 多数ですが、限りある人生ですね。 「人生、産まれて、生きて、死ぬ。」 あと、何年生きられるか分かりませんが、お迎えが来るまで、しっかり 生きましょう。 あぁ、そうだ、親戚関係の人とライン電話したので、「貴女と結婚出来た のが、一番幸せだった。」と伝えました。そしたら、「そう言う事は、男は 黙っているものだ。」と言われました。 そんな彼女だったので、自由にあちこち行かせて貰えたのです。感謝ですね 「30年も別居生活だったからね。」、とも言われました。面目ない。 世界を駆け巡っていたので、一緒に生活する暇がなかったのです。 。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.05.05 06:41:52
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