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カテゴリ:作家
あらすじ 悠介は、長野県安曇野の隣、池田町に産まれ、長野高校に進学した。大学は東京のM大学である。その間、小平由樹枝と良いお付き合いをした。大学2年になり罠にはまり、由樹枝に振られた。罠をかけた美恵子とはいやいやながら彼女が卒業すえるまで付き合った。悠介は、就職も決まり、唐橋由美子と親しくなったが、別れたいが別れさせてくれない。就職して由美子が自殺未遂をした。親に会い慰謝料も支払い問題は解決した。悠介は希望の鹿沼工場に配属されたが、女性問題がありタイのシラチャへの出張が決まった。シラチャでの仕事、恋愛も順調であった。2年強のシラチャ生活を終え、鹿沼に帰り2年が経過した。そして2年振りに心がときめく女性を会う。橋本千恵子と言う女性である。何とか彼女を誘い赤城山、伊香保温泉の旅にでた。3人と同時に付き合っていた千恵子であり気になっていた。アパートを替え千恵子の誕生日の誕生日祝いを行った。そして10月下旬、奥鬼怒温泉郷への旅に出る。 ![]() 写真はネットより借用 ================================ 第215回 2026年9月13日(日) 千恵子の十九歳の誕生日を祝ってから、季節は驚くほどの速さで駆け抜けていった。あっという間に九月が去り、十月の風が街に冷たさを運んでくる。 毎週のようにデートを重ね、重なり合う時間は確実に増えていた。けれど、悠介の胸の奥底には、どうしても消えない小さな暗黒が澱(よど)のように沈んでいる。 四ヶ月前、彼女は悠介を選んだ。しかしそれまで、彼女は悠介を含む三人の男と同時に付き合い、その全員と唇を重ねていたのだ。彼女の隣にいるとき、ふとした瞬間にその事実が脳裏を掠め、胸が締め付けられるような嫉妬と虚無感に襲われる。彼女の笑顔はあんなにも無垢なのに、その唇は他の男の温もりも知っている。そんな割り切れぬ思いを抱えたまま、約束の十月二十四日がやってきた。金曜と土曜に休暇を取り、二泊三日で奥鬼怒温泉郷の秘湯・八丁の湯へと向かう旅である。 悠介の調べでは、金精峠から標高二千メートルを超える稜線を踏破し、八丁の湯まで歩いておよそ六時間。昼前に金精峠へ着くよう計算し、午前九時三十分、東武日光線の新鹿沼駅で待ち合わせた。 十五分ほど早く到着して改札の前で待っていると、刻限ぴったりに千恵子が改札を抜けてきた。秋の柔らかな光の中に、彼女の姿が浮かび上がる。 「待たせちゃった?」 「いや、今来たところだよ。ぴったりだ。さあ、行こうか」 悠介はニッカボッカに足元は硬い登山靴、長袖の上には登山用ベストという、そのまま富士山や北アルプスへ向かえそうな完全武装だった。一方の千恵子は、動きやすいスラックスに履き慣れた運動靴、薄手のジャンパーを羽織っている。 「悠介さん、すごい格好。本格的なのね、山登り、昔からやっていたの?」 「うん、たまにね。登っていた。標高二千メートルを超えるからね、かなり冷え込むと思ってさ。千恵子、セーターは持ってきた?」 「ええ、ザックに入れてあります。寒くなったら着ますね」 二人は東武線の電車に乗り込んだ。車内は静かで、シートの適度な揺れが心地よい。日光駅まではわずか三十分少々の短い電車旅だった。そこからバス乗り場を探すのに少し手間取ったが、無事に金精峠経由・沼田行きの路線バスに乗り込むことができた。 乗客は半分ほどで、車内にはゆったりとした時間が流れている。バスが日光の街並みを抜け、なだらかな道を走り出すと、悠介は緊張が解けたせいか、不意に強い眠気に襲われ、深く瞼を閉じた。 「ねえ、悠介さん起きて。いろは坂よ」 肩を揺すられ、目を開ける。車窓の向こうには、つづら折りのカーブと、色づき始めた木々が万華鏡のように広がっていた。 バスがぐんぐんと標高を上げ、金精峠の停留所に降り立ったのは、正午ぴったりだった。バスのエンジン音が遠ざかると、周囲は一転して深遠な静寂に包まれた。標高二千メートルを超える風は鋭く冷たい。見上げれば、山頂付近のダケカンバやシラビソの枝はすでに葉を落とし、晩秋の寂げな骨組みをさらしている。だがそのおかげで視界は澄み渡り、遥か遠くの連山が蒼穹の下に鮮やかにくっきりと浮かび上がっていた。 「すごい、遠くまで見えるね」 千恵子が白い息を吐きながら呟く。二人は道の傍らの丁度良い岩に腰掛け、千恵子が作ってきてくれたお弁当のおにぎりを食べる事にした。弁当を開くと、綺麗な形に握られたおにぎりが並んでいる。それを食べながらも、悠介の頭の片隅には「この手料理や気配りも、かつてあの二人に見せていたのだろうか?」という毒を含んだ問いが首をもたげていた。 「よし、行こうか」 想いを振り払うようにザックを背負い直す。千恵子と顔を見合わせ、ショルダーストラップの締め加減を確認してから、根名草山へと続く登山道へ踏み出した。 道はよく踏み固められており、苔むした古い道標がひっそりと佇んでいる。振り返れば、眼下に細く伸びる金精道路と、錦を纏った山並みがどこまでも広がっていた。 「綺麗な紅葉、来てよかったな」 「うん、本当に」 取り留めのない会話を交わし、落ち葉を踏みしめる音を響かせながら歩く。山独特のツンとした冷気と土の匂いを吸い込んでいると、胸の中の暗い鬱屈がほんの少しだけ和らぐ気がした。 登り坂と戦うこと約三時間。標高二千三百メートルを超える根名草山の山頂に辿り着いた。息を整え、岩に腰掛けてしばし休憩をとる。ここからは一転して下り道だ。 山道を下っていくと、深い森の木立の隙間に、一軒のこぢんまりとした木造小屋が見えてきた。念仏平避難小屋である。 無人の小さな建物だが、頑丈な木の床と中二階があり、ただ風雨を凌ぐためだけの無骨な空間が、荒涼とした秋山においてはひどく温かい温床のように思えた。 ザックを下ろし、一口水を飲んで行動食のチョコレートをかじりながら、並んで小さな窓から外の森を眺めた。 ================================= お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.09.13 11:12:45
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