2008/07/27(日)11:06
南パタゴニアへようこそ (20)
この旅行記は平成9年3月12日から3月26日までの15日間、かむなから6名で
南米ボリビア、アルゼンチン、南パタゴニアを現場神業した記録です。
3月21日
ラプラタ川の見えるところへ行きなさいと指示が入っていました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%BF%E5%B7%9D
行ってみると河口で幅275kmというとてつもなく大きな川で
どうやっても海としか見えません。
9/3/21
通信
『11:50よりまつり』とのご下命で、レストランのテーブルにて神合わせ。
11:53
書記
『太陽が海を渡る。川をのぼる。少し溶けてまるくなる。また溶けてまるくなる。
もう「絶対」ではなくなって、1つのシステムに組み込まれてしまった。
今はイヤな顔。
太陽がもどっても、人の頭は考えるチカラがないまま、
ウソの太陽も本当の太陽も見分けなどつくはずがない。
〆の祭事は、やはり、日本の然るべき場所で行うこと。
反動が大きすぎて、太平洋側の海律補団は泡を喰ってる。
大きな仕返しは一度。これは覚悟しなさい。簡単におわりはしない。』
チキ
* 12:00の太陽、鉛のように“顔のない”太陽。
皇族、貴族がいっぺんに一般平民になったみたい。
これで一旦ブエノスアイレスでの神業は了として、
ジェット機でいよいよ南パタゴニアへ飛び立つこととなります。
ただ印象としては、取り継ぎの内容が変わってきており
神業が新たな展開に入ったなあと感じました。
祭りの対象が良くわからないのです。
こういう時は考えていても始まりません。
どんどんと神のスケジュールに乗っかり動くしかありません。
16:50
機内で「みほさんに襲来」
眼下右側、パタゴニア、真下、太平洋。
「初めてのイヤな奴」と感知したとのこと。
18:33
ウシュアイア着陸
「(着陸寸前の空気に)
「北米インディアンの玉子が一杯、気の粒」を感じる。
念願のウシュアイアに到着はしましたが、
どうやら想像外の存在が待ち構えているようです。
まるで掘っ立て小屋のような空港には、英語しか話せない女の子が
ガイドとして迎えに来てくれていました。
これ以降はみほさん頼りの心細い島さんです。
ホテルは街から少し離れた高台にあります。
ホテル内のレストランしかありませんから、集合がかかります。
行ってみるとみほさんがすまなさそうに言います。
「ここは場所の関係でろくなものがないと旅行社が言っていたから我慢してね。」
メニューを見ます。
とんでもない、どんな都会のレストランにも負けない数の品数です。
それも野菜料理がふんだんにあります。
なんと今回の旅行中最高の食事になってしまったのです。
日本で言えば高原のリゾートホテル、そんな感じです。
観光でなりたっている町だということが良く理解できました。
翌朝、南緯55度ということを体感したくて夜明け前にホテルの外に出てみました。
うっすらと明るくなっていく空を追い続けていると
古田さんが立派なカメラと三脚を持って出てきました。
ここでの夜明けがどうしても撮りたくて日本から持ってきたと。
このページのトップの写真が雰囲気を伝えています。
実際はもっと雲がなく、その美しさにふたり唖然としていたものでした。
http://homepage3.nifty.com/mands/abroad/patagonia/12.htm