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鴎座俳句会&松田ひろむの広場

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草餅

季語探訪―草餅                 松田ひろむ
母子草
草餅に使う「草」とは、もとは母子草でしたが、江戸中期から明治になってもっぱら 蓬が使われるようになりました。
小野蘭山の書いた「本草綱目啓蒙」(一八〇三)に「三月三日の草餅はこの(母子)草で作ったものであったが、近ごろは蓬で作ったほうが、緑が濃くて喜ばれるようになった」と書かれています。
おそらく芭蕉が呼んだ「草の餅」は母子草のそれだったと思われます。
このことは江戸期の句(発句)を読むときに考慮しないといけないことです。「蓬餅」とした句は白雄の
匂はしや誰しめし野のよもぎ餅          白雄
だけです。言い換えれば「草餅」は母子草でつくったもの。蓬餅は別のものという意識があったかもしれません。
ハハコグサ(母子草・御行・ごぎょう、おぎょう)
 キク科ハハコグサ属。ハハコグサは春の田でお馴染みのもので、日本全国に分布します。秋に芽生えてロゼット(根出葉)で越冬し、春に茎をもたげて花を咲かせる越年性の一年草です。
春の七草の一つの御形(おぎょう)です。ムギ類の栽培とともに伝来した史前帰化植物の一つです。
ハハコグサという和名は、母子草と書きたくなりますが、古い呼び名はホウコグサあるいはオ(ゴ)ギョウですので、毛が多い状態あるいは毛を持った種子が形成される状態を「ほほけ立つ」と呼んでホホケグサがなまったもの。あるいは、ハハコグサの葉や茎には白い毛が生え、暖かく子をつつむ感じがします。御形とは腹ばいの赤子をかたどった身代わり人形のことで「這子(ほうこ)」と呼ばれ母子の厄介やけがれを移して川に流しました。
 ホホケグサかホウコグサか、語源的には母子とは関係ないようです。

【母子餅】(春) ははこもち ほうこもち
 母子草の葉を餅に搗きこんだもの。江戸中期からは蓬に取って代わられました。
『曲尺』に三月三日として所出ですので、江戸期から季語となっていました。
実作では和菓子屋さんが「母子餅」を題にして募集したものが多いようです。母子からの連想の作品ばかりで実際に食べた、いわゆる食体験にもとづく作品はないといっていいでしょう。ほぼ絶滅季語となっています。
言葉にもほうこ母子餅とは母恋し          富安 風生
目くばせも言葉の一つ母子餅  白井 春子(平成十五年度和菓子の日俳句募集特選)
野にあれば野にあるごとく母子餅 井上 広美(平成六年度和菓子歳時記特選)
 餅ではありせんが、
母子草這ふ児に黄ろく咲きそめぬ       伊東 月草
は語源を正しく踏まえたもの。逆に『日本大歳時記』(講談社)「母子草」の季語解説の「つつましく花期は長い。父に先立たれた母子が、寄り添って挫けずに生きている面影とも見える。」(山田風人子)は、「母子」の名前からの勝手読みです。
ヨモギ(蓬)
蓬はキク科ヨモギ属。畦や草地に普通にある多年生草本。群生して地下茎で増殖します。春の若葉で餅と混ぜてヨモギ餅を作ります。葉は羽状に分裂してキク科植物の特徴を良く示しています。茎や葉の裏には密に絹毛があり白くなっています。この毛を集めて「もぐさ」を作ります。
このほかヨモギ酒やヨモギ風呂、せんじ薬など民間薬として使われてきました。
ヨモギの名前の由来は、四方に根茎を伸ばして繁茂するという意味から、四方草(よもぎ)という説や良く燃えるということから善燃草(よもぎ)という説があります。
葉裏の毛を集めたものが、燃え草という意味から艾(もぐさ)といい、それに葉がついて艾葉(がいよう)という漢名が生まれました。
また、ヤイト(灸・きゅう)グサという別名や草餅の原料に用いられることからモチグサとも呼ばれます。
ヨモギには、クロロフィル(葉緑素)殺菌作用、免疫のインターフェロン増強作用。やカルシウムが豊富に含まれています。
 夏から秋にかけ、ヨモギは花序を出して目立たない花を咲かせます。頭花は少数の筒状花のみから構成されます。色は紫褐色で、咲いたとは思えないままです。頭花の幅は1.5mm、長さ3.5mm。
 ヨモギはセイタカアワダチソウと同様にアレロパシーを発生させる能力を持っているため、地下茎などから他の植物の発芽を抑制する物質を分泌します。自らの種子も発芽が抑制されますがヨモギは地下茎で繁殖するので問題はありません。

【草餅】(春)くさもち 草の餅 蓬餅 
 草餅は蓬の葉を摘んで、茹で上げ、細かに刻んで餅の中に入れたものです。路傍に自生する庶民的な春の菓子のため、和歌に詠われることはありません。草餅は三月三日の桃の節句には欠かせないものです。
 同様に餅に搗き込むものには、「蕨餅」があります。「桜餅」「椿餅」は葉で餅をくるんだもの、「鶯餅」は青きな粉をまぶし、形も鶯をかたどったものです。いずれも春を愛でる心です。
  大仏に草餅あげて戻りけり    正岡 子規
 この句は大きな仏と小さな草餅との対比。こうしてみると子規はなかなかに技巧的だったようにも思います。
 季語としては古く『毛吹草』(正保二年・一六四五)以下に三月として所出。【蓬餅】『花火草』(寛永一三)に三月として初出。『毛吹草』以下に三月三日としています。近年の歳時記では虚子編『新歳時記』では四月に所収、三春としています。三月三日のものという意識は薄れています。
実作の草餅
 草餅に母子はその歴史から付き過ぎ。それにしても例句には母も子も多いこと。
草の餅
両の手に桃とさくらや草の餅           芭蕉
鶯の来て染つらん艸の餅             嵐雪
春の野のものとて焼や草の餅           也有
たち屑も女なりけり草の餅            蓼太
下草の桃にはなれず草の餅            蓼太
花に来て詫よ嵯峨のゝ艸の餅           几董
  眼ざむるや枕の先の草の餅          蒼きゅう
  旅人や馬から落す草の餅          正岡 子規
乳垂るる妻となりつも草の餅         芥川龍之介
佐保姫も襷かけゝん草の餅          尾崎 紅葉
*釈尊も厨子出でられよ草の餅        下田  稔
妻とゆく帝釈さまや草の餅           茂里 正治
*岩手日報膝にひらいて草の餅          遠藤 梧逸
草の餅似而非万葉を憎みけり         久保田万太郎
助六のうはさあれこれ草の餅        久保田万太郎
うぶすなに茶屋一軒や草の餅    (ホトトギス)木魚生
出来たての赤子と草の餅ありぬ        佃  悦夫
朝市の農婦の皺や草の餅           梶原 敏子
うかうかと祖父になりたる草の餅        加治 幸福
草餅
青ざしや草餅の穂に出でつらん          芭蕉
草餅にあられを煎るやほろほろと          嵐雪
草餅に我こけ苔ころも衣うつれかし             蕪村
草餅を先ず吹にけり筑波東風           一茶
草餅や片手は犬を撫でながら           一茶
ふやふやの餅につかるる草葉哉          一茶
草餅の草より青き匂かな             春和
草餅の香りは婆が自慢かな          幸田 露伴
草餅の重の風呂敷紺木綿          高浜 虚子
侘しさの草餅焼きある網目         松根東洋城
草餅や二つ並べて東山           角田 竹冷
草餅やマリア観音秘めらるゝ        野村 喜舟
草餅や二三本ある草の筋          相島 虚吼
草餅に染まれる杵を干しにけり  (続ホトトギス)規水
草餅や山駕籠過ぐるまた一挺    (ホトトギス)一轉
草餅や庇にのれる風暖簾      (ホトトギス)爽雨
草餅や並べる茶屋の中の茶屋   (続ホトトギス)丹櫨
草餅や籬の外の二渡舟      (続ホトトギス)月華
草餅をたべて再び濯ぎけり     (ホトトギス)楽南
草餅を供へて古き佛達      (ホトトギス)南山洞
今もある紺屋の脇の草餅屋    (続ホトトギス)草餅
草餅や足もとに著く渡し舟        富安 風生
みづのとの已のけふ草餅出そめけり      下田  稔
今年はやこの草餅をむざとたべ       川端 茅舎
草餅の柔らかければ母恋し         川端 茅舎
*草餅の少し固くて柔らかし          高野 素十
草餅の濃きも淡きも母つくる         山口 青邨
草餅の色の濃ゆきは鄙めきて         高濱 年尾
草餅の色香のこりて夜の臼         難波  勉
草餅やこのごろ鳴らぬ愛の鐘         大島 民郎
草餅や映画となりし大師伝          大島 民郎
草餅や弁財天の池ほとり          篠原 鳳作
草餅や野川にながす袂草           芝 不器男
草餅や四五日降らぬ川の音          藤田あけ烏
草餅を子と食ひ弱くなりしかな        石田 波郷
草餅を頬ばりし時目が会ひぬ         星野 立子
杵一吐こねどり白陀草餅搗く         八木林之介
草餅搗く父を亡くせし男搗く         八木林之介
草餅や戸のあけたての海匂ひ        神尾 季羊
草餅や床に藤原朝臣の図           堀口 星眠
*草餅やふはと触れたる膝と肘         栗林 千津
草餅に河波の遍路の道なかば         山本 洋子
草餅のつまみ笑窪も食べて仕舞ふ        辻田 克巳
草餅を焼く天平の色に焼く          有馬 朗人
草餅の草色深き忌明けかな          宇多喜代子
粘り強し母のこねたる草餅は        品川 鈴子
草餅屋金子みすゞの詩集売る        高松早基子
出来立ての草餅を掌に室生口        佐藤 映一
草餅をひっぱていし西行忌        松田ひろむ
駅売りのパック草餅ずんだ餅        松田ひろむ
蓬餅
匂はしや誰しめし野のよもぎ餅          白雄
灰吹いて焼きふくれるや艾餅       (同人)月村
掌中の珠とまろめて蓬餅          富安 風生
小道具の蛇ほど青し蓬餅         長谷川かな女
帰省子に朝一臼の蓬餅            松村 蒼石
たてまつる八十路の母に蓬もち       及川  貞
父の忌のことぶれ母の蓬餅          福永 耕二
消しゴムと鉛筆の机蓬餅           瀧井 孝作
*天恵のゑくぼつらねし蓬餅          原   裕
男助山見えて一寺や蓬餅           斉藤 夏風
ふるさとの海は鳴る海蓬餅          藤田 湘子
*父を焼き師を焼き蕨餅あをし        黒田 杏子
昼深しあまたいびつに蓬餅          辻  桃子
蓬餅供へ言ひ訳してしまふ         高瀬 恵子
航海に持たせて太き蓬餅           田代キミ子
蓬餅一つ残りし末子かな           松浦  力
(ハハコグサ画像=青木繁伸(群馬県前橋市)


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