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鴎座俳句会&松田ひろむの広場

鴎座俳句会&松田ひろむの広場

稲2(春)2006.4

畦塗のちから加減を腰の位置     松田ひろむ
 私には稲作はもちろん農の体験はありません。まして畦塗りなどわかるはずもありません。しかし、なぜかありありと畦塗りの光景が浮かびあがります。おそらくは幼児体験のどこかで畦塗りに見とれていたに違いありません。そんなやや横向きになった畦塗りの力加減を一句にしてみました。
畦塗 畔(くろ)塗・塗畦
 耕した後、その田の畦を塗りつけること。つまり水田のぐるりから水が洩らないように土を盛って塗り固めることです。てらてらと春日に光る畦がだんだん塗り立てられてゆくのです。畦は田の境の役目もしますので、特別な鍬を使ってきっちりと塗り固めます。塗ったばかりの畔を利用して、枝豆(畦豆)を植えることもあります。
 これも重労働でしたが、いまでは畦塗機ができて四隅まで塗れます。
 実作では「光る」が目立ちますが、塗ったばかりの畦は光るものです。
  畦ぬりや蓑ふりすゝぐ流れ川        荊口
  畦ぬりの泥より出でゝ蓮花草        琴木
畦塗るや塊生きて居し泥の中     (ホ)土音
山桜桃(ゆすら)熟れ老農夙(つと)に畦をぬる   飯田 蛇笏
曙の早き畦塗立てりける       阿波野青畝
畦塗に天くれなゐを流したる   相馬 遷子
畦塗の深田踏みぬく音ひびく   大野 林火
畦塗の片がはばかり乾きをり   上村 占魚
畦塗を一枚終るまで見たり   及川  貞
畦塗って男まさりの息を吐く    安達実生子
  ふたかみに見下ろされをり畦を塗る  中島みちこ
なのはなの後畦塗の安房郡   大屋 達治
一すじの村の境の畦をぬる   戸井 文雄
畦塗の踏み固めをる鼠穴       福神 規子
畦塗の夕日に押されゐたりけり   柳澤 和子
畦塗の螻蛄塗込めて去りにけり   遠藤 正年
円盤のまはる新型畦塗機       佐藤 稲舟
「畦塗」の畦は「疇」とも書きます。最近入手した『分類俳句全集』(正岡子規)は十二巻十二万句収録でさらに詳細な分類で感動的です。そこには、「疇ぬり」として次の句などがありました。
  疇に寝て塗りこめられな頭陀袋     支考
ぬり立の疇をゆり出る田螺かな     十丈
疇つくる土のはねけり燕(つばくらめ)       成美
燕の巣は泥を塗りたてたもので、どこか畦塗りに通じます。季節的にも燕の飛び交うななかでの畦塗りなのでしょう。その土が燕に飛んでいったというのでしょう。江戸蔵前の札差の成美ですから叙景の句です。
【夏目成美】(せいび)、通称井筒屋八郎右衛門。札差夏目八郎右衛門宗成の五男。寛延六年(一七四九)江戸浅草生。父に俳諧を学び江戸四大家の一人と称されるに至る。几董・重厚らと親しく一茶の庇護者としても知られる。文化十三年(一八一六)歿、六八歳。(参照WEB「美術人名辞典」など)
塗畦
塗畦に燕が水輪落しけり      水原秋櫻子
畦のぐうつと曲りゐるところ     清崎 敏郎
塗畦のきのふの光なくなりぬ   大橋桜坡子
塗畦のはやも光らず田を巻ける   篠原  梵
塗畦の光りて蜑が通るなり   木村 蕪城
塗畦の光るに大豆埋めてゆく   篠原  梵
種選(たねえらび) 種選(たねえらみ) 種選り
 前年取り入れた籾を春三月ごろに俵から出し、本田に必要だけを選り分けた後に、桶に鶏卵の浮き上がる程度の濃度の塩水を作り、種撰用の籠で沈んだ良い種だけを取り出すいわゆる「種選び」をします。その後清水でよく洗って俵に入れて、池・川・桶に浸します。この期間はおよそ七日から十日間です。「種選び」は籾だけでなく他の作物の種の場合もあります。
  種選るや妻聞き出せる雨の音     (ホ)暁華
  種選山が山押す飛騨の国       杉浦 範昌
  種選ぶ鼻先すぐに信濃川       加藤 有水
  種選むとき北国の風硬し       北  光星
  沖荒れの一日は過ぎ種選       斎藤 梅子
  山上の城真向ひに種選        村岡  悠
うしろより風が耳吹く種選み     飴山  實
白波の昼となりたる種選       斎藤 梅子
種浸し 種かし・種ふて・種つける・種ふせる・籾つける・種井・種俵・種池
種選びした籾を水に浸けておくと七日から十日で発芽の兆しを見せます。この籾を苗代田に蒔くのです。「かし」は水に浸けておくことをいいます。
【年浪草】二月土用中、吉日を選びて、農民旧穀の種を水田に浸す。○和漢三才図会に曰、凡そ田を作るに、彼岸の前十日に穀を水に浸す。彼岸の後十日に取出し種を下ろす。(改造社「俳諧歳時記」)
 種かしや太神宮へ一つかみ        其角
 古河の流引つゝ種ひたし         蕪村
 種浸し徑をふさいで居りにけり   (ホ)穀雨
 水まるく回してゐたる種浸し    松村 富雄
種井
 おがたまの木に縄さげし種井かな     支考
 ひらひらと蛭すみわたる種井かな  飯田 蛇笏
 雨水の濁りさし込む種井かな    (ホ)白山
 地震のあと水脈変わりたる種井かな 成田 黄二
 種井澄み観世世に出し土舞台    北出 礼子
 大山の伏流といふ種井かな     波出石品女
種池
種池の木木に快楽の雀かな     加藤あさじ
種俵
 よもすがら音なき雨や種俵        蕪村
種俵緋鯉の水につけてあり     星野 立子
 種俵蠑*(いもり)の乗ってあがりけり   (続ホ)來子
種蒔 種下し・播種・籾蒔く
稲の籾種を蒔くことをいいます。他の穀物・野菜・花卉の種を撒くことは「物種蒔く」または「藍蒔く」「麻撒く」などと作物の名をいいます。
 舞鶴や天気定めて種下し          其角
水鳥の帰ていづこ種おろし         白雄
種蒔もよしや十日の雨ののち      蕪村
鶴ゆるく種蒔くひとの頭上飛ぶ    大谷 句仏
きらきらと輝く種を蒔きにけり    星野 立子
 籾種を下して畦に護符をさす     馬越 冬芝
やはらかき夜がふくれ来る種下し   米澤吾亦紅
白山に雲の壁立つ種下し       望月たかし
種蒔に大乳房揺れて人の母   中山 純子
籾蒔いて田に胸映る白い山      和知 喜八
苗代(なわしろ) なはしろ(苗田・親田・苗代田・代田・苗代水・苗代案山子・種案山子・苗代神・苗代粥・苗代時・苗代寒) 派生季語→水口祭(苗代祭・みと祭・種祭)
『至宝抄』(天正一三)『花火草』(寛永一三)に二月として所出。『袖かがみ』(延享元)『種袋』(宝暦九)に三月として所出。
現在では、苗代を作らないで苗箱に籾を撒き、育苗器で発芽させ苗を育てます。農の姿もまったく変わりました。
苗代に老がちからや尻だすき       嵐雪
苗代やうれし顔にもなく蛙        許六
苗代に仁王のやうな足の跡        野坡
しこまれて苗代馬のあゆみかな      山店
苗代や親子して見る宵の雨        一茶
苗代に雨緑なり三坪程       正岡 子規
苗代の泥足はこぶ絵踏かな     正岡 子規
苗代の密生密の密なるもの     山口 誓子
苗代の密なる緑いつまでぞ     西東 三鬼
苗代の密の苗読み眼をいやす    上田五千石
幾世継ぐ苗代なれどみづみずし   村上 義長
出羽の国苗代に花吹き溜る     皆川 盤水
苗代と死者を隔つる白襖      野中 亮介
苗代にひたひた飲むや烏猫     村上 鬼城
苗代に映りし雲に乗りて蒔く    高橋 悦男
苗代に指深く刺しあそばせる    永田耕一郎
苗代の一寸二寸人老いぬ      山田みづえ
苗代田
三ヶ月に狐化かさん苗代田        支考
けふできて光り一日苗代田     森  澄雄
稀に書く本名優し苗代田      中村草田男
山吹の水を引きたる苗代田     松瀬 青々
霽れ際の明るき雨や苗代田      日野 草城
うどん茹でる苗代田圃目の中に   鴻巣又四郎
代田
  提灯に水おとなしき代田かな    阿波野青畝
苗田
  虹の輪の下の苗田のみどりかな  (懸葵)雨六
苗代水
泥亀や苗代水の畦づたひ         史邦
苗代の水にちりうくさくらかな      許六
さくら散苗代水や星月夜         蕪村
苗代の水のつゞきや鳰の海     松瀬 青々
苗代の水の中なる薄みどり     村山 一棹
苗代の水の天井風が吹く      田中 裕明
苗代の水よくみれば流れゐる    能村登四郎
苗代の水を平らにして眠る     村松ひろし
 苗代案山子
夕まけて苗代案山子弓の杖     皆吉 爽雨
苗代や逆さに吊りし鴉の羽    長谷川かな女
苗代につるす目のない鴉かな    渡辺 白泉
苗代神
  雨晴れて田川音なす苗代神     鳥越 三郎
子規に「苗代や許六の蛙史邦の亀」という句があります。前述の「苗代やうれし顔にもなく蛙」(許六)、「泥亀や苗代水の畦づたひ」(史邦)を踏まえています。苗代には蛙も亀もいました。史(ふみ)邦(くに)(~貞亨二(一六八五)年)は犬山藩の侍医。後、京都所司代与力。京都蕉門の一人。『嵯峨日記』執筆時の落柿舍滞在中の芭蕉を訪問したこともあります。
 水口(みなくち)祭 苗代祭・みと祭・種(たな)祭
 田へ水をひく入り口が水口です。苗代の種まきのときに行う田祭りです。農家がそれぞれに行ないますが、神社の祭事になっている場合もありなす。田の神の依代として土を盛り、柳・栗・つつじ・藤・うつぎなどの木の枝を指し、供え物をして田の神を祭ります。
また「焼米」を供物とするのは、田を荒らす鳥へも捧げる意味があります。これは正月の「鳥追い」の行事とも関連しています。
『毛吹草』(正保二)『増山の井』(寛文三)以下に二月。『袖かがみ』(延享元)のみは三月とする。『小づち』に「田を祭る」を併出。『至宝抄』(天正一三)『花火草』(寛永一三)に二月として所出。『種袋』(宝暦九)に三月として所出。
作品のどれを読んでも、豊作への期待と祈りが込められています。
水口に祭られかほの蛙かな        菊渓
小魚まで遊ぶ水口祭りかな     柳几
水口や濁りにしまぬ幣の丈        平砂
蛙皆うたふ水口まつりかな  正岡 子規
山冷えて水口祭る燧火かな  松村 蒼石
水口を祭るくさぐさ蓑のうち  西山 泊雲
美保神社講じ水口祭りけり  山口 青邨
幣ひらひら夜も水口の神います  橋本多佳子
神迎水口だちか馬の鈴      浜田 酒堂
水口に田の神在す良夜かな  藤原 款冬
水口に遊ぶ田螺も祭りかな  宮川 庚子
水口の神在します海芋の辺  町田しげき
水口をまつるや仔馬駈けり越ゆ  加藤かけい
水口を祭りし畦の塗り照らふ  金子無患子
水口を祭り田螺を拾ひけり  滝沢伊代次
草分けの村の水口祭るなり  成田 千空
撤き米の白く水口祭られし  丹野 斗星
幣散つて水吸ふ水口祭あと  山田みづえ
落葉松のかこむ水口祭りけり  大島 民郎
会釈して水口祭の峠神      大井戸 辿
海にはなびら水口をまつりけり  田中 裕明
絹糸の雨に水口まつりけり  大峯あきら


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